(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年9月30日04時20分
東シナ海
(北緯30度45分 東経127度47分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三悠久丸 |
総トン数 |
135トン |
全長 |
45.60メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
860キロワット |
(2)設備及び構造等
第三悠久丸(以下「悠久丸」という。)は、昭和62年12月に進水し、平成10年4月にC社が購入した船首楼付一層甲板型の網船で、灯船及び運搬船各2隻とともに大中型まき網船団を構成して操業に従事していた。
船体は、ほぼ中央に船橋及び機関室囲壁が設けられ、船首楼甲板にアバ巻ウインチ、前部甲板左舷側に環巻ウインチ、ワイヤリール及びパースウインチ、機関室囲壁船尾部左舷側に大手巻ウインチ、同囲壁後方右舷寄りにコーンローラーブーム等がそれぞれ配置され、後部甲板は網置場となっていて、ブルワークとほぼ同じ高さの船尾端甲板には網さばきブームとネットホーラーが設置されていたほか、右舷側ブルワーク上にサイドローラーが設けられていた。
船首楼甲板は、前後長さ約6メートル(m)後部端の幅が約8mで、高さ1mのブルワークが巡らされ、全面に甲板上高さ0.5mのグレーチング床が敷き詰めてあり、後部中央に設置したアバ巻きウインチのほかに、船首ブルワーク上中央に三方ローラー(以下「船首ローラー」という。)、その約3m船尾方にH型ビット、H型ビットの右舷船尾方に双頭立型ローラー、同ローラーの右舷側ブルワークの内側に2本ビット等の漁労用機器が配置されていた。
船首ローラーは、両側辺及び下辺にそれぞれローラー2本を配置し、6本ローラーと称されて専ら漁網の浮子(以下「アバ」という。)側に取り付けたアバ綱を巻き込む際に使用されており、巻込み時に同綱が外れないよう、右側辺頂部を支点にして水平方向に開閉可能な止め金具を備え、閉じた状態でピンを挿入して固定すると開口部の寸法が下辺28センチメートル(cm)高さ22cmであった。
3 事実の経過
悠久丸は、佐賀県名護屋漁港を基地に、月夜間と称する満月前後の5日ばかりを休業する以外は、周年あじ、さばを対象に黄海から東シナ海に至る広い海域で船団とともに一航海25日前後の操業に従事していた。
(1)漁網、操業方法等
漁網は、長さが約1,200m網丈が中央部約350m両縁部が約150mの合成繊維製で、上縁に多数のアバを、下縁に多数の沈子及び金属製丸環を取り付け、アバ側の片端にはアバ綱を、他端には大手巻ワイヤを結び付け、沈子側丸環に環ワイヤが通してあるほか、網のアバ綱側縁部にも、同所を絞る目的で、複数の丸環を取り付けておもて締綱と称する締綱(以下「絞り綱」という。)を通し、絞り綱の片端に付けた丸環に環ワイヤが通してあった。
操業方法は、アバ綱及び絞り綱と環ワイヤの片端を手船と称する灯船に渡して投網を開始し、集魚中の灯船を中心として魚群を囲むように右回りに網を入れ、手船の位置に戻ってアバ綱等を船首部で受け取り、灯船を網から出したうえ手船をうらこぎに就け、網の両側から環ワイヤで沈子側を絞るとともにアバ側を引き寄せ、船尾側から網の揚収にかかり、網の輪が小さくなったところでサイドローラーを使用して網の横揚げを行い、運搬船に魚を取り込んだのち網を船内に収容するもので、投網に約10分、揚網に約2.5ないし3時間を要し、日没から夜明けまで一晩に平均1ないし2回操業を行っていた。
揚網開始時の船首楼甲板での作業は、乗組員3人が配置に就き、外径55ミリメートル(mm)長さ200mのアバ綱を船首ローラーに掛けてアバ巻ウインチで巻き込むほか、外径36mm長さ約180mの絞り綱がアバ綱の途中に結ばれて一緒に上がってくるので、これを取り外して船尾方に移し、右舷ブルワーク内側の2本ビットに掛けて双頭立型ローラーで巻き込むものであった。
そして、船首ローラーの止め金具は、取扱手順が決められておらず、海況が比較的静穏なときは取り付けられなかったり、取り付けるときは絞り綱を外した後に取り付けるようにしていたので、アバ綱巻き込み中、同金具が取り付けられる前に波浪などの影響で船首が大きく上下すると、アバ綱が船首ローラーから外れて作業中の乗組員を跳ね飛ばすおそれがあった。
(2)漁労作業中の乗組員に対する安全管理
C社は、乗組員の安全管理については乗組員全員が経験豊富だったこともあって漁労長及び各船の船長に任せており、月に一度幹部乗組員を集めて会合を開く際、安全運航を心掛けるよう挨拶する程度で、漁労中は危険を伴う作業が多いうえ船長及び漁労長とも乗組員の行動を十分に監視することが難しいから、安全な作業手順を確立してこれを遵守するよう指導するなど、危険な作業についての安全教育を行っておらず、また、乗組員が作業用救命衣を着用していないことを知っていたが、甲板作業に就くときは必ず着用するよう指示していなかった。
A受審人及びB受審人は、乗組員がときには緊張するロープ類の内側で作業したり、船首ローラー止め金具が取り付けられないままアバ綱の巻き込みが行われるなど、漁労作業の安全な手順が定まっていないことは認めていたが、長年の経験によって自然と定まった手順があり、経験豊富な乗組員がこれに従って臨機応変に対応しているので任せておけば大丈夫と思い、機会がある毎に安全作業を心掛けるよう注意するとともに、改善余地がないか作業手順を常に見直して安全な手順を確立するなど、乗組員に対する安全措置を十分にとっていなかった。
また、両受審人は、甲板作業に就く乗組員が作業の邪魔になるので作業用救命衣を着用していないことを知っていたが、これを黙認していた。
(3)本件発生に至る経緯
悠久丸は、A受審人及びB受審人ほか19人が乗り組み、操業の目的で、船首2.0m船尾3.5mの喫水をもって、平成15年9月14日09時00分僚船とともに名護屋漁港を発し、東シナ海の漁場で操業を繰り返し、途中、台風避難の目的で船団とともに同月20日から22日まで、また、甲板油圧機械の故障修理のため単独で同月26日正午過ぎから夕刻までそれぞれ福岡県博多港に寄港し、同月27日23時ごろ船団が待機する漁場に到着して再び操業を繰り返していた。
悠久丸は、9月29日17時ごろ灯船2隻とともに操業を開始し、魚群探査及び集魚ののち、翌30日04時00分B受審人が操業指揮及び操舵操船に当たるほかA受審人、次席一等航海士及び通信長が船橋配置に就いて投網を開始し、同時10分これを終えたところで、A受審人が甲板作業監視のため船橋を離れ、他の乗組員が船首甲板及び前部甲板に各3人、後部甲板に11人それぞれ配置に就いて引き続き揚網に取り掛かった。
D甲板員は、雨カッパのズボンに薄手のナイロン製長袖ヤッケという服装でゴム長靴、軍手及び安全帽を着けて、作業用救命衣は着用せずに、他の甲板員及び機関員と3人で船首配置に就き、手船から受け取ったアバ綱を、船首ローラーに掛けてH型ビットの間を通したうえ、甲板員をアバ巻ウインチに就けて巻き込むよう指示し、絞り綱が揚がってきたところで同ウインチを一旦停止させて取り外し、船首ローラーの止め金具を取り付けないまま、機関員と2人で絞り綱を船尾方に引いて双頭立型ローラーで巻き込むように指示したのち、止め金具を取り付けるため船首ローラーに向かった。
こうして、悠久丸は、波浪によって船体が動揺する状況のもと、アバ綱を巻き込み中、船尾方からうねりを受けて船首が大きく下がり、止め金具が取り付けられていなかった船首ローラーからアバ綱が外れ、04時20分北緯30度45分東経127度47分の地点において、同綱の内側を船首に向かって歩いていたD甲板員が跳ね飛ばされ、ブルワークを越えて海中に転落した。
当時、天候は曇で風力5の北東風が吹き、海上には波高約3mのうねりがあった。
悠久丸は、双頭立型ローラーを操作していた機関員がD甲板員の姿が見えないことに気付き、アバ綱が船首ローラーから外れていたことから海面をのぞき、潮流に流されて正船首やや右舷方約10mの海面に仰向けに浮いているD甲板員を認め、作業を中断して大声で船橋に異状を知らせた。
B受審人は、直ちに船内マイクで乗組員が海中に転落したことを知らせ、救命浮環を投入するよう指示するとともに、揚網中は身動きがとれないことから作業を続行するよう指示した。
一方、A受審人は、自室で着替えていたところ、船内マイクを聞いて急いで船首甲板に向かい、海面のD甲板員を認めて救命浮環を投入しようとしたが距離が離れていたので断念し、船橋に戻って灯船にD甲板員の救助を指示するとともに、付近で操業中の僚船に救援を求め、海上保安庁ほか関係先へ連絡に当たらせた。
D甲板員は、灯船が救助に向かったが、波浪が高く、潮流も早かったので助け上げることができず、作業用救命衣を着用していなかったこともあって海中転落して10分も経たないうちに、海中に没して見えなくなった。
その結果、来援した僚船や海上保安庁の巡視艇等によって付近海域の捜索が一週間にわたって続けられたが、D甲板員は行方不明となり、のち死亡と認定された。
(4)事後の措置
C社は、事故後、月一回の幹部会合等を利用して漁労長及び各船船長に指示し、船首ローラー使用中は止め金具を必ず取り付けるなど漁労作業の見直しを行ったほか、漁労機器やワイヤ類の点検を実施し、また、薄型の作業用救命衣を全船に支給して甲板作業中の着用を徹底させ、乗組員に対する安全管理の改善を図った。
(本件発生に至る事由)
1 C社が甲板作業を行う乗組員に対して安全な作業手順確立の重要性など、危険な作業についての教育を行っていなかったこと
2 C社が作業用救命衣を着用するよう指導していなかったこと
3 A受審人及びB受審人が甲板作業を行う乗組員に対し、機会がある毎に安全作業を心掛けるよう注意するとともに改善余地がないか作業手順を常に見直して安全な手順を確立するなどの安全措置を十分にとっていなかったこと
4 D甲板員が作業用救命衣を着用していなかったこと
5 D甲板員が緊張するアバ綱の内側で作業に当たっていたこと
6 D甲板員が船首ローラーの止め金具を速やかに取り付けなかったこと
7 揚網作業開始時大きなうねりを受けて船首が下がり、アバ綱が船首ローラーから外れたこと
(原因の考察)
本件乗組員死亡は、経験豊かな乗組員が一寸した油断からか、船首ローラーの止め金具を速やかに取り付けず、アバ綱の内側で作業するなど不安全な手順で作業を行ったことによって発生したもので、安全な作業手順が確立され、また、同人が機会がある毎に安全作業を心掛けるよう注意を受けていれば本件は防止できたものと認められる。従って、甲板作業を行う乗組員に対し、船長及び一等航海士が機会がある毎に安全作業を心掛けるよう注意するとともに安全な作業手順を確立していなかったこと及び船舶所有者が安全な作業手順確立の重要性など、危険な作業についての教育を行っていなかったことは本件発生の原因となる。
また、乗組員が短時間のうちに行方不明となったのは作業用救命衣を着用していなかったためであり、船舶所有者が作業用救命衣を着用するよう指導していなかったことは本件発生の原因となる。
なお、揚網作業開始時大きなうねりを受けて船首が下がり、アバ綱が船首ローラーから外れたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、受けたうねりの大きさは、予想を超える範囲のものではなく、また、同ローラーに止め金具が掛けられていればアバ綱が外れることもなかったもので、本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件乗組員死亡は、漁労作業中の乗組員に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
安全措置が十分でなかったのは、船長と漁労長兼一等航海士が、乗組員に対して機会がある毎に安全作業を心掛けるよう注意するとともに安全な作業手順を確立していなかったことと、作業用救命衣を着用しないまま船首配置の揚網作業に就いた乗組員が、緊張するアバ綱の内側で作業を行うなど、不安全な手順で作業を行ったこととによるものである。
船舶所有者が、甲板上で漁労作業に従事する乗組員に対し、安全な作業手順確立の重要性など、危険な作業についての教育を行っていなかったこと及び作業中は必ず作業用救命衣を着用するよう指導していなかったことは本件発生の原因となる。
(受審人の所為)
1 懲戒
A受審人は、乗組員に甲板作業を行わせる場合、漁労中の甲板作業は危険を伴う作業が多いから、改善余地がないか作業手順の見直しを心掛け、漁労長兼一等航海士と協議して安全な作業手順を確立するなど、乗組員に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、乗組員は全員経験豊富なので任せておいて大丈夫と思い、甲板作業中の乗組員に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により、船首配置に就いた経験豊富な乗組員が、揚網作業中、不安全な手順で作業を行い、アバ綱に跳ね飛ばされ海中転落する事態を招き、同乗組員が作業用救命衣を着用していなかったことから行方不明となり、死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同受審人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は、安全担当者を兼務する漁労長として乗組員に甲板作業を行わせる場合、漁労作業中は乗組員の行動を十分に監視することが困難であったから、機会ある毎に安全作業を心掛けるよう注意するとともに安全な作業手順を確立して乗組員に遵守させるなど、乗組員に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、長年の経験に基づいて自然と定まった手順があり、経験豊富な乗組員がこれに従って臨機応変に対応しているので必要はあるまいと思い、甲板作業中の乗組員に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により、前示の事態を招き、乗組員を死亡させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同受審人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
2 勧告
C社が、甲板上で漁労作業に従事する乗組員に対し、作業手順の見直しと作業用救命衣の着用を遵守するよう指導していなかったことは本件発生の原因となる。
C社に対しては、所有船全船に改良型の作業用救命衣を支給して着用の徹底をはかり、作業手順の見直しを指示するなど、改善措置をとったことに徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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