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平成16年門審第91号
件名

押船第五瑞穂丸被押起重機船第八瑞穂丸作業員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年12月20日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(長谷川峯清、千手末年、上田英夫)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:第五瑞穂丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:第五瑞穂丸甲板員 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
作業員が骨盤骨折による出血性ショックで死亡

原因
岸壁上における作業時の安全措置不十分

主文

 本件作業員死亡は、重量物である船内属具の交換作業を、岸壁上において行う際の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月4日15時25分
 鹿児島港谷山2区第2突堤7号岸壁
 (北緯31度29.2分 東経130度31.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 押船第五瑞穂丸 起重機船第八瑞穂丸
総トン数 19トン 1,709トン
全長 13.90メートル 59.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 1,176キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 第五瑞穂丸
 第五瑞穂丸は、平成7年4月に進水し、同16年2月C社がD社から購入してE社が借入する2機2軸2舵で全通一層甲板型のアーチカップル式鋼製押船で、沿海区域を航行区域とし、最大搭載人員が船員1人その他の乗船者5人であった。
 同船は、専ら第八瑞穂丸の船尾凹部に船体を嵌合(かんごう)した状態で、全長59.00メートルの押船列(以下「瑞穂丸押船列」という。)を構成して捨石及びケーソン固定用の根固め方塊の各投入作業に従事し、機関室が船体中央部上甲板下に、操舵室が同甲板上の船首寄りにそれぞれ配置され、同室上方に高さ5メートルの鋼製櫓が、その頂部の最上船橋甲板上に長さ、幅各1.5メートルの操縦室がそれぞれ設けられていた。
イ 第八瑞穂丸
 第八瑞穂丸は、第五瑞穂丸と同時に購入された全旋回式クレーンを搭載する一層甲板型の起重機船で、船首端から後方1メートルの船底にバウスラスタが装備されており、同16年4月に船首部右舷側にウインドラスと錨及び錨鎖、両舷にスパッド、船尾両舷にムアリングウインチの各新設、並びに第五瑞穂丸の船体全体が嵌合部に収まるように船尾凹部の船首側への延長等の各改造整備が行われた。同船の上甲板下には、船首側から順に、錨鎖庫、上甲板が鋼甲板となっている長さ22.0メートル幅20.0メートル深さ4.0メートルの空所、燃油槽及び清水槽が配置され、上甲板上には、船首側から順に、船首部係留設備、クレーン室、船尾部に3層の船尾ハウス、同ハウス船首側両舷に縦横とも1.2メートル長さ25メートルの船体固定用スパッド各1基及び船尾部係留設備が装備されていた。同ハウスには、上甲板上の1層目の左舷側に発電機室、同右舷側に食堂、調理場、浴室及び便所が、2層目に作業員室10部屋及び便所が、最上部の3層目の左舷側にブームレスト及びクレーン用ワイヤの巻取りドラムが4個装備された汎用ウインチ、同右舷側にバウスラスタ、スパッド等の操作を行う操縦室並びに同室後部に灯火表示用マストがそれぞれ設けられていた。船尾ハウス後方には、船尾端から船首方に長さ14メートルの押船用凹型嵌合部及び同部両舷に押船連結垂直溝がそれぞれ設けられていた。
 係留設備は、全てのホーサーが直径60ミリメートル(以下「ミリ」という。)の合成繊維製で、船首部に、クレーン室の右舷船首側にホーサーリール1個付きのウインドラス1台、同室船尾側両舷に同リール2個付きの係船ウインチ各1台がそれぞれ船首向きに、船尾部に、船尾端左右に重量約3トンで8メートルのチェーン付きストックアンカー各1個、船尾ハウス後部の両舷に直径38ミリのワイヤロープ(以下「ワイヤ」という。)製錨索用及びホーサー用の各リール1個付きの係船ウインチ各1台が船尾向きに、嵌合部左右上甲板上にホーサーリール1個の同ウインチ各1台が各舷側向きにそれぞれ装備されていた。各リールから繰り出されるホーサーは、船首尾の各ブルワーク下部の上甲板上に設けられた水平ローラー付きフェアリーダー(以下「フェアリーダー」という。)を介して、あるいは上甲板上の舷側に設けられたボラードから直接、それぞれ岸壁ビットに係留するようになっていた。
ウ 全旋回式クレーン
 全旋回式クレーンは、クレーン室の前端下部にブームの起伏ピン(以下「基部」という。)が旋回中心から3.50メートル上甲板上高さ3.26メートルのところにあり、鋼製アングル製のブームが、基部から幅2.63メートルでブーム先端に向かって長さ8.00メートル高さが2.10メートルまで漸増する下部ブーム1台、同幅で長さ6.00メートル高さ2.10メートルの中間ブーム3台、同幅で長さ3.00メートルの中間ブーム1台及び同幅で四角錐状の長さ8.00メートルの上部ブームを直列に接続し、更にその先端に下方に38度傾斜する高さ2.00メートル長さ3.35メートルの補助シーブを接続した構造になっており、上部ブーム先端の上面に2輪、下面に8輪の定滑車がブーム中心線から約1メートルの位置にそれぞれ設けられていた。
 クレーンの能力は、補助シーブを使用せずに、基部から上部ブームまでの長さ37.00メートルのブームを仰角73度、作業半径15メートルとして使用したときの定格総荷重が、280トン用8輪滑車のフックブロックでは、8本掛けで137トン、50トン用単輪滑車のフックブロックでは、3本掛けで48.7トンであった。
エ クレーン室
 クレーン室は、旋回中心が船体中心線上の船首端から7メートル後方に、上甲板上高さ2.00メートルで備え付けられた長さ約12メートル幅約11メートル高さ約4メートルの鋼製構造物で、同室中央部に設置された4台のワイヤドラム、天井部のガントリ、同室前部にあるブーム基部及びバックストップ部並びに同室後部にあるカウンターウエイトがそれぞれ暴露部になっているほかは囲壁と天井によって閉囲された機械室になっていた。
 ワイヤドラムは、全て油圧駆動で、クレーン室中央に一列に並べて配置され、前端から順に、グラブバケット使用時のタグラインドラム、補巻ワイヤドラム、主巻ワイヤドラム及び同室後部のカウンターウエイト上部にブーム起伏ワイヤドラムが設置されていた。タグラインドラムを除く各ドラムは、そのドラムフランジの縁辺部が鋸歯状を呈しており、ブレーキ、クラッチのほかに、ロックパウルと称する安全爪によって作動を固定できるようになっていた。
 機械室は、クレーン室の右側前部に操縦席のある運転室、右側中央部に出入口、同室中央後部に駆動用ディーゼル機関及び油圧ポンプユニット、左側中央部に主巻、補巻両ドラムのクラッチ、ブレーキ及びロックパウル機構部、その他燃料タンク、作動油タンク、ラジエータ、オイルクーラー並びに旋回、起伏及び巻上げ各機構部が設置されていた。
 運転室は、後方に出入口扉と配電盤が設けられ、同室の前方、左右方及び上方がガラス張りになっており、中央に背もたれ付きの操縦席、同席の中央前方下部に主巻、補巻両ワイヤ(以下「両ワイヤ」という。)ドラムのフットブレーキ、同左右前方にクレーン操作盤、同左右後方に照明等のスイッチ盤がそれぞれ設置されていた。なお、運転者が運転席に着席してクレーンを操作するときには、乗降セーフティレバーと称するハンドルを「作業位置」に倒さないと全ての操作を行うことができず、同席を離れるときには、これを「休止位置」に倒さないと同席から離れることができないようになっていた。
オ 使用ワイヤ
 クレーンに必要なワイヤはJIS規格品が使用され、主巻ワイヤが、直径36ミリのIWRC6×Fi(29)規格で1メートル当たりの単位重量が5.7キログラム、補巻ワイヤが、同規格の直径28ミリの同種で同重量が3.4キログラム、ブーム起伏ワイヤが、直径28ミリのIWRC6×Ws(31)規格で同重量が3.6キログラム、ブーム起伏用のガイラインが、直径50ミリのIWRC6×Ws(36)規格で同重量が11.6キログラムであった。
 ワイヤの経路は、主巻ワイヤが、主巻ワイヤドラムから、上部ブーム先端上面の2輪滑車の1個、同下面の8輪滑車の1個、フックブロックの単輪滑車及び8輪滑車の別の1個の滑車を経て同ブロック頂部のピンに取り付けたロープソケットに至る3本掛けと称する方法で、補巻ワイヤが、補巻ワイヤドラムから、上部ブーム先端上面の2輪滑車の1個及び同下面の8輪滑車の1個を経て直接補巻フックに、ブーム起伏ワイヤが、ブーム起伏ドラムから、複数輪の滑車を使用した上部スプレッダを介して上部ブーム先端上部のアイピースに固定されたガイラインにそれぞれ接続されていた。
カ クレーン作業用金物
 瑞穂丸押船列は、第八瑞穂丸の属具であるクレーン作業用金物として、捨石作業にはグラブバケットを使用し、同作業を行うときには、主巻ワイヤを同バケット支持用に、補巻ワイヤを同バケット開閉用に使用しており、方塊投入作業にはフックブロックを使用することから、両作業が変更されるときには、同金物を交換する必要があった。
キ フックブロック
 瑞穂丸押船列が方塊投入作業に使用するフックブロックは、全体の高さが約2メートル重量が約1.3トンのクレーンフック付き単輪滑車の50トン用鋼製動滑車(以下「主巻フック」という。)、及び鋼製で全体の長さが約2メートル、重量が約100キログラムで中央に撚り戻しが取り付けられた同船の特注品の補巻フックであった。主巻フックは、シーブのあるブロック部(以下「ブロック部」という。)が上辺幅940ミリ、下辺幅300ミリ、高さ1,550ミリ、シェル間の厚さ380ミリ、シーブ直径720ミリで、クレーンフック部(以下「フック部」という。)が幅560ミリ、ブロック部下部のピンまでの高さ590ミリ、厚さ120ミリであった。
ク クレーン作業用金物交換作業
 グラブバケットと、主巻及び補巻両フック(以下「両フック」という。)とを交換する際には、上部ブーム先端上面及び下面の各滑車にワイヤを通す作業を行うために作業員がブーム上を移動する必要があり、伸縮ができないブームを第八瑞穂丸の船上で水平にすることができないことから、クレーンを岸壁上に旋回し、ブームを水平に倒して行っていた。なお、ワイヤの交換作業は、船尾ハウス最上部の汎用ウインチに使用済みのワイヤを巻き取り、新たなワイヤを各ドラムに巻き取る方法で行われることから、船上での作業が可能であった。
ケ 鹿児島港谷山2区第2突堤7号岸壁
 鹿児島港谷山2区第2突堤は、鹿児島港の南部に位置する同区の北側の臨海工業用地1号地A及び南側の同Bとの間に、北から順に第1ないし第3として築造された各突堤の中央に位置し、同区東方沖合の北東方に開口した谷山東、同南両防波堤間の幅660メートルが出入口になっていた。
 7号岸壁は、昭和46年から整備が始められ、同51年に完成した第2突堤の南側に設けられた水深7.5メートル岸壁延長390メートルの鹿児島県が管理する係留施設で、鹿児島港谷山2区東防波堤灯台から278.5度(真方位、以下同じ。)1,960メートルの地点を南東端としてその岸壁法線が301度で、港奥の水深5.5メートル岸壁延長90メートルの谷山8号岸壁に接続しており、岸壁の高さは基本水準面上4.00メートルで、上面が水平に均されたコンクリート製であった。
 第2突堤の岸壁には、上面に鋼製のビットが、法面にゴム製のフェンダーが約20メートル間隔でそれぞれ設置されていた。

3 事実の経過
 瑞穂丸押船列は、A及びB両受審人が乗り組み、作業員Hほか4人を乗せ、平成16年5月から行っていた鹿児島県古江港における捨石作業を終え、同港南方約7海里の同県肝属郡大根占町皆倉の捨石積込み作業現場に移動して残った捨石を陸揚げののち、重量50トンの根固め方塊投入のためのクレーン作業用金物交換の目的で、第五瑞穂丸の船首1.2メートル船尾2.4メートル、第八瑞穂丸の船首1.3メートル船尾1.5メートルの各喫水をもって、同年6月3日13時00分皆倉を発し、鹿児島港に向かった。
 18時00分A受審人は、鹿児島港谷山2区第2突堤7号岸壁に到着して入り船右舷着けとし、左舷船尾のストックアンカーを左舷船尾30度方向に投入して錨索を100メートル、右舷船首錨を左舷船尾60度方向に投入して錨鎖を38メートルそれぞれ繰り出し、右舷船首部の2連ホーサーリールからフェアリーダーを介して前方の岸壁ビットにヘッドライン2条、船首端から後方15メートルにある右舷船首ボラード及び船尾端から前方22メートルにある右舷船尾ボラードから正横方向の岸壁ビットにブレストライン各1条、右舷船尾部の係船ウインチ及び嵌合部右舷上甲板上のホーサーリールからフェアリーダーを介して岸壁ビットにスターンライン各1条をそれぞれ繰り出して係留した。このとき、同受審人は、潮差による船体の上下を考慮して各ホーサーに余裕を持たせるために、錨索と錨鎖を緊張させて船体を岸壁から約2メートル離したのち、各ホーサーを巻き締めて右舷舷側と岸壁法面との水平距離を約1メートルとした。当時の潮候は上げ潮の末期に当たり、上甲板が岸壁上面から0.98メートル高い位置にあった。
 翌4日08時00分A受審人は、作業責任者として、B受審人及び5人の作業員全員を第八瑞穂丸の食堂に集合させ、両ワイヤが引き渡し前から搭載されていたもので、これまで交換せずに使用して古くなっていたことから、これらを新換えしたのちにクレーン作業用金物を交換する旨の当日の作業内容を約5分間説明したのち、潮汐表により当日の潮差を確認しないまま、B受審人をクレーン操縦に当たらせて同作業に着手し、12時20分主巻ワイヤ400メートルの新換え及び主巻フックの装着両作業を終えて昼休みになった。当時の潮候は、作業が開始された08時30分には、下げ潮の初期に当たり、船体の岸壁への係留状況は前日の着岸時とほぼ同じで、上甲板が岸壁上面から0.94メートル高い位置にあり、12時20分には、下げ潮の末期に当たり、右舷舷側と岸壁法面との水平距離が約1メートル、上甲板が岸壁上面から1.05メートル低い位置にあった。
 13時30分A受審人は、全員で午後の作業に取りかかって補巻フックを岸壁上に陸揚げしたのち、第八瑞穂丸の上甲板上で、ブームを立てて主巻フックのフック部を同甲板上に倒し、ブロック部の下辺を同甲板上に垂直に立てた状態で置き、補巻ワイヤ250メートルの新換え作業を開始した。当時の潮候は、ほぼ低潮時に当たり、右舷舷側と岸壁法面との水平距離が午前中よりも狭まり、上甲板が岸壁上面から1.44メートル低い位置にあった。
 14時20分A受審人は、補巻ワイヤの新換え作業を終了したことから、岸壁上で同ワイヤと補巻フックとの装着作業に取りかかることとしたとき、船体装備のクレーンにワイヤで接続された背の高い重量物を岸壁上に置くと、船体のわずかな移動によって同重量物が傾斜あるいは転倒するおそれがあったが、これまでの経験から、船首及び船尾からそれぞれ投錨したうえで、ホーサーを十分にとって係留しているから、船体が移動することはあるまいと思い、岸壁上での作業を始める前に、改めて錨索と錨鎖を緊張させるとともに、新たにスプリングラインをとって各ホーサーを巻き締めるなど、船体の移動を防止する措置をとらないまま、B受審人をクレーン操縦に就かせ、主巻フックを主巻ワイヤに吊り下げたのち、自ら岸壁上に立って手合図により、クレーンの旋回、起伏、同ワイヤの巻上げ及び降下の玉掛指示を始めた。
 14時30分A受審人は、ブームを右舷船尾45度方向に出して仰角を7度とし、主巻フックが船首端から後方約35メートル、旋回中心から約28メートルで岸壁法面から約17メートルのところに達し、ブーム下面の8輪滑車下部が岸壁面上約4メートルとなってフック部が岸壁上に倒れ、ブロック部の下辺が同岸壁上に垂直に立った状態となったとき、主巻フックが移動しないようにブームと主巻フックとの間のワイヤを少したるませることとして、B受審人に手合図によりブームを3メートル船側に旋回させたのち、1メートル主巻フック側に戻したところでクレーンを停止させ、8輪滑車と主巻フックとの間のワイヤにわずかなたるみを持たせたものの、船体装備のブームにワイヤで接続された背の高い重量物を岸壁上に置くと、船体のわずかな移動によって同重量物が傾斜あるいは転倒するおそれがある状況であったが、これまで、主巻フックのブロック部を垂直に立てた状態で置いても、倒れたことがなかったことから、この状態でも安全に両フックの装着作業を行うことができるものと思い、船体の移動に伴ってブームが移動しても主巻フックが傾斜あるいは転倒しないように、ブロック部を岸壁上に倒したうえで、ブームと接続している主巻ワイヤを十分に繰り出すなど、重量物である船内属具の交換作業を岸壁上において行う際の安全措置を十分にとることなく、このことに気付かないまま、全員で補巻フックの装着作業に取りかかった。当時の潮候は、ほぼ低潮時に当たり、右舷舷側と岸壁法面との水平距離が午後の作業開始時とほぼ同じで、上甲板が岸壁上面から1.45メートル低い位置にあった。
 B受審人は、ブームを3メートル船側に回す指示を受けたときに、両ワイヤドラムのクラッチとブレーキを開放し、両ワイヤに張力がかからないようにフリースラックできる状態とし、1メートル元に戻すときには同ブレーキをかけ、A受審人の両ワイヤにたるみを持たせるという指示に従ってクレーンを旋回させた。
 15時25分少し前A受審人は、約1時間を要して補巻ワイヤ先端のロープソケットの加工を終え、第八瑞穂丸の船上で作業員3人に工具等の片付けを行わせ、主巻フックのブロック部が垂直に立った場所からブーム下面の8輪滑車下部寄り1メートルのところに、同船を向いて屈み込み、補巻フックを挟んで向かい側に屈み込んだB受審人と2人で、同ロープソケットと同フックとを接続する装着作業を行い、A受審人の左側でブロック部と補巻フックとの間にH作業員、B受審人の右側に作業員1人が装着作業を見ているとき、何らかの理由により船体が動いてブームが移動し、主巻ワイヤが緊張してブロック部が8輪滑車下部側に引き寄せられて倒れかかり、自らの背中を擦ったときに大声で危ないと叫んだが、間に合わず、15時25分鹿児島港谷山2区東防波堤灯台から279.5度2,060メートルの地点において、瑞穂丸押船列は、ブロック部が傾斜してH作業員の腰部を直撃したのち、左半身を下にして岸壁上に倒れた同作業員の右半身上に倒れかかり、ブロック部は主巻ワイヤが緊張して岸壁上のフック部と8輪滑車との間に傾斜して止まった。
 当時、天候は晴で風力2の東風が吹き、潮候は上げ潮の初期に当たり、港内には波浪がなく穏やかな海面を呈していた。
 B受審人は、この状況を見て、直ちにクレーン室に駆け込み、ブームと主巻ワイヤとを操作してブロック部を引き起こし、同ブロック部の下敷きとなったH作業員を救出した。
 この結果、救出されたH作業員は、いったん最寄りの整形外科病院に搬送されたものの同院では手に負えず、G病院に搬送されて入院したが、翌5日01時50分骨盤骨折による出血性ショックにより死亡した。
 その後、E社は、A、B両受審人ほか作業員を含めた検討会を開催し、本件を教訓として重量物である船内属具の交換作業を岸壁上において行う際の安全措置について、ワイヤ新換え作業等を行うときにはタイヤなどの上に主巻フックを完全に倒したうえで作業を行うこと、主巻フックの転倒防止架台を作成すること、潮汐を含む気象海象状況や他船の動向を十分に把握すること、作業内容の打ち合わせを入念に行うこと、及び作業手順、作業者の配置を検討し、全員が十分にこれを理解した上で作業に当たることなどを改善事項として社員に周知した。

(本件発生に至る事由)
1 クレーン作業用金物をグラブバケットからフックブロックに交換する必要があったこと
2 両ワイヤを新換えする必要があったこと
3 岸壁作業開始時に船体の移動を防止する措置をとらなかったこと
4 全員で作業にかかり、船体が動揺する要因を見張る者を立てなかったこと
5 A受審人が、事前に潮位を把握して作業に当たらなかったこと
6 ブームを岸壁上に振り出して補巻フックの取付作業を行ったこと
7 岸壁作業として両ワイヤを8輪滑車に通す作業のみとしなかったこと
8 重量物の主巻フックのブロック部を岸壁上に垂直に立てて置いたこと
9 A受審人が、主巻フックのブロック部を岸壁上に垂直に立てて置いたとき、主巻ワイヤを繰り出しながらブームを旋回させて8輪滑車を3メートル船側に寄せたのちに、1メートルブロック部主巻フック側に戻したこと
10 B受審人が、主巻ワイヤを十分に繰り出すよう進言しなかったこと
11 補巻フックの取付作業を岸壁上に垂直に立てて置いた主巻フックの近くで行ったこと
12 作業員に対して重量物の主巻フックに近づかないよう指導しなかったこと
13 主巻フックのブロック部が転倒したこと

(原因の考察)
 本件作業員死亡は、瑞穂丸押船列が船内属具の両ワイヤ及びクレーン作業用金物をグラブバケットからフックブロックに交換する作業を行う際、船体装備のクレーンの主巻ドラムから繰り出された主巻ワイヤを、背の高い重量物である主巻フックのブロック部に通して接続した状態で、これを吊り下げたブームを倒して同ブロック部を岸壁上に垂直に立てて置き、その傍で、同ブームを経て繰り出した補巻ワイヤと補巻フックとを装着する作業中、同ブロックが傾斜して同作業を見習っていた作業員に直撃したことによって発生したものである。
 瑞穂丸押船列は、岸壁上で前示船内属具の交換作業を行う際、船体のわずかな移動あるいは動揺により、ブロック部が傾斜あるいは転倒するおそれがあったが、主巻フック全体を岸壁上に倒したうえで、主巻ワイヤを十分に繰り出すなど、重量物である船内属具の交換作業を岸壁上において行う際の安全措置を十分に行なっていれば、船体のわずかな移動あるいは動揺があったとしても、岸壁上に垂直に立てて置いたブロック部が傾斜あるいは転倒することはなかったものと認められる。
 A受審人が、主巻フックのブロック部を岸壁上に垂直に立てて置いたとき、主巻ワイヤを繰り出しながらブームを旋回させて8輪滑車を3メートル船側に寄せのちに、1メートルブロック側に戻したことは、主巻ワイヤにたるみを持たせてブロック部の転倒を防ぐために行ったものと思われるが、本件発生時にブロック部が傾斜したのちに、同ブロック部は主巻ワイヤが緊張して岸壁上のフック部と8輪滑車との間に傾斜して止まった状況から、主巻ワイヤが十分に繰り出されていたとは認めらない。
 以上のことから、A受審人が、重量物である船内属具の交換作業を岸壁上において行う際の安全措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 瑞穂丸押船列が、岸壁作業開始時に船体の移動を防止する措置をとらなかったこと、船体が動揺する要因を見張る者を立てなかったこと、A受審人が事前に潮位を把握して作業に当たらなかったこと、岸壁作業として両ワイヤを8輪滑車に通す作業のみとしなかったこと、重量物の主巻フックのブロック部を岸壁上に垂直に立てて置いたこと、補巻フックの取付作業を同ブロック部の近くで行ったこと及び作業員に対して主巻フックに近づかないよう指導しなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件作業員死亡と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらの事項は、作業を安全に遂行する上で改善が必要なことであり、海難防止の観点からも是正されるべきことである。
 瑞穂丸押船列が、安全を考えて船体引渡し前から搭載されていた両ワイヤを新換えしたこと、作業内容の変更によってクレーン作業用金物を交換したこと、両ワイヤと両フックの接続をブームを水平にして行ったこと、船上でブームを水平にできないから岸壁上で作業を行ったこと、及びブームを岸壁上に振り出して補巻フックの取付作業を行ったことは、主巻ワイヤを十分に繰り出すなど、重量物である船内属具の交換作業を岸壁上において行う際の安全措置を十分にとっていれば、本件は発生していなかったものと認められることから、本件発生の原因とならない。
 また、B受審人が、A受審人に対して主巻ワイヤを十分に繰り出すよう進言しなかったことについては、労働安全衛生法に定められているとおり、クレーン操縦者の同受審人が、玉掛合図者のA受審人の手合図による指示に従ってクレーンを操作したものであり、A受審人が主巻ワイヤを十分に繰り出すように指示していれば、本件は発生しなかったものと認められることから、本件発生の原因とならない。
 なお、主巻フックのブロック部が傾斜したことについては、海上に浮いている瑞穂丸押船列の船体が何らかの理由で移動あるいは動揺したときに、岸壁とブームとの相対位置が変わって主巻ワイヤが緊張したことにより発生したものであるが、船体が移動あるいは動揺したことについては、当時の気象海象、付近の通航船舶の有無、潮差の影響などが考えられるものの、その理由を特定することはできない。

(海難の原因)
 本件作業員死亡は、鹿児島港谷山2区第2突堤7号岸壁に係留中、重量物である船内属具のクレーン作業用金物の交換作業を、同岸壁上において行う際の安全措置が不十分で、主巻ワイヤを通した主巻フックを吊り下げたブームをほぼ水平に倒し、同ワイヤを十分に繰り出さずに同フックのブロック部を岸壁上に垂直に立てた状態で、同ブームを経て繰り出した補巻ワイヤと補巻フックとの装着作業中、船体が動いて同ブームが移動したとき、主巻ワイヤが緊張して同ブロック部が傾斜し、同ブロック部がその傍で交換作業を見習っていた作業員を直撃したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、鹿児島港谷山2区第2突堤7号岸壁に係留中、同岸壁上において、背の高い重量物である主巻フックのブロック部に主巻ワイヤを通し、これを吊り下げたブームをほぼ水平に倒して同ブロック部を岸壁上に垂直に立てた状態で、クレーン作業用金物の交換作業を行う場合、船体のわずかな移動あるいは動揺により、同ブームが移動して主巻ワイヤが緊張し、同ブロック部が傾斜あるいは転倒するおそれがあったから、安全に作業を行うことができるよう、ブロック部を岸壁上に倒したうえで、主巻ワイヤを十分に繰り出すなど、重量物である船内属具の交換作業を岸壁上において行う際の安全措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが、同受審人は、これまで、主巻フックのブロック部を垂直に立てた状態で置いても、倒れたことがなかったことから、この状態で安全に作業を行うことができるものと思い、重量物である船内属具の交換作業を岸壁上において行う際の安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により、主巻ワイヤを十分に繰り出さずに作業を行ってブロック部の傾斜を招き、同ブロック部がその傍で作業を見習っていた作業員の腰部に直撃し、骨盤骨折による出血性ショックにより死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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