(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月11日13時57分
愛媛県野忽那漁港
(北緯33度58.5分 東経132度41.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船第二ななしま |
総トン数 |
528トン |
全長 |
44.0メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 船体構造等
第二ななしま(以下「ななしま」という。)は、昭和61年2月に進水した、鋼製旅客船兼自動車渡船で、愛媛県温泉郡中島町と同県松山港三津浜及び同港高浜間を結ぶ定期航路に就航していた。
船体は、上甲板を全通車両甲板とする四層甲板で構成され、最上部の航海船橋甲板に船橋と乗組員室を、遊歩甲板に客室を、船楼甲板には客室との間を結ぶ階段と係船機器をそれぞれ配置し、上甲板下には船首からスラスター室、機関室、空所、操舵機室が配置され、2機2軸の機関と舵1枚を装備していた。
上甲板は、車両甲板として船首尾にランプドアを取り付け、自動車を2列に収め、船首側の左右端がコーミングで仕切られ、各港への荷物を置く場所になっていた。
船楼甲板は、船首側両舷にウィンドラス兼係船ウィンチを装備し、接岸時間の短い港で岸壁のビットとの間に取るワイヤロープの取扱いと同ウィンチの操作場所にもなっており、車両の様子や船首ランプドアの付近の状況が見えるよう、上甲板側の壁にはガラス窓が取り付けられていた。
遊歩甲板の船首側には、船首付近までのびる庇(ひさし)が取り付けられ、同庇の一部に、左右幅0.8メートル船首尾長さ1.8メートルの天窓が左右舷に取り付けられていた。
船橋は、操舵室中央に操舵輪、機関制御盤及びレーダーを組み込んだコンソールが、同盤背後の左舷側に船内指令装置が、前面の矩形の窓ガラスに面して中央にジャイロコンパスが取り付けられ、スラスターのスイッチ箱が左右両舷ウィングに届くよう延長コードで取り付けられていた。
イ 機関の遠隔制御と操縦
主機は、油圧クラッチ式逆転減速機でプロペラを駆動しており、主機の回転数制御とクラッチの嵌脱を空気式遠隔制御装置で制御できるようになっていた。
主機の操縦は、操舵室の機関制御盤上でテレグラフ発信器兼用の操縦ハンドルによって回転数及びクラッチ嵌脱を行うものであった。
ウ 操舵室からの見通し
操舵室は、前面の窓からの視界のうち、船首ランプドア(以下「ランプドア」という。)方向が遊歩甲板の庇で遮られていたが、それを補うように前示天窓が取り付けられており、体を横に動かせばランプドアを下げたときの先端付近の様子を全幅にわたって見ることができた。
エ 出入港時の乗組員配置
乗組員は、定期航路では最大13人から8人の範囲で乗組員が配乗されていたが、出入港時には船橋に船長と操舵手の2人が、ランプドア、遊歩甲板船首のウィンチ操作及び船尾甲板にそれぞれ1人が配置に就くよう、当直表で示されていた。
オ 船橋と各配置間の連絡方法
船内各部の通信は、操舵室に本体が設置された船内指令装置を通して、船橋から船首船楼甲板のウィンチ前、車両甲板など全ての区域にスピーカーで指示を出すとともに、各所に設置されたマイクロフォンから応答できるものであったが、ランプドア付近にマイクロフォンが設置されていなかったので、接岸中に同ドア付近から船橋に報告する際には、ウィンチ前の乗組員が仲介して報告が行われていた。
(3)航路と就航船
Gは、燧灘に点在する中島町内各島のうち西側に位置する各島と、松山市とを結んで往復する西線、及び東側に位置する各島と同市とを結んで往復する東線の航路に、フェリー及び高速船を就航させていた。
東線フェリー便は、同町大浦の中島港を始発港として野忽那島、睦月島及び松山港高浜を経由して同港三津浜に至り、折り返して逆回りに中島港に戻る航路で、1日5便が運航されていた。
ななしまは、西線の定期便に就航していたが、平成15年5月中旬、東線の就航船が入渠した期間、東線の各便に就航した。
(4)野忽那漁港
野忽那漁港は、野忽那島の北西に開く湾にあり、北端西側に防波堤が設置された基部にフェリー用岸壁が設定されていた。
フェリー岸壁は、潮位の高低に合わせられるよう、それぞれ10メートル幅で高さ0.9メートルの差がつけられた3段のスロープが並び、それぞれ陸側から緩やかな勾配で下り、いったん水平になる部分を経て、海側端部の2.9メートルが同様の勾配で下り、それぞれの段に係船ビットが設置されていた。また、ランプドアが降ろされるときの、同ドア先端の概略目標として水平部から海側端部の下り始める付近にオレンジ色の線が塗装されていた。
3 事実の経過
ななしまは、A受審人、B受審人ほか6人が乗り組み、船首7メートル船尾2.7メートルの喫水をもって、平成15年5月11日12時55分下り第3便として松山港三津浜を発し、同港高浜及び睦月島を経由して旅客28人、自動車8台を載せ、船橋にA受審人と操舵と機関操作の甲板員1人が、ランプドア付近にB受審人が、遊歩甲板の係船ウィンチに機関長が、及び船尾甲板に一等機関士がそれぞれ配置について13時54分ごろ野忽那漁港フェリー岸壁に直角に近づいた。
D指定海難関係人は、ななしまから荷物を受け取るために手押車を押して岸壁中段の中央付近で待機していた。
A受審人は、13時56分左舷ワイヤロープを岸壁上のビットに送らせて、船首を037度(真方位、以下同じ。)に向けて同岸壁の中段ロープに接岸し、旅客と自動車の乗り降りがなく、同島に陸揚げされる荷物があることが分かっていたので、回漕店への荷物渡しを待った。
また、B受審人は、左舷遊歩甲板の機関長に合図してランプドアを岸壁スロープに近づけるよう下げさせ、いつも同ドア右端とスロープの間に挟むタイヤフェンダーを挟まなかった。
13時56分半A受審人は、折からの東北東の風で船尾が10度ほど左舷側に振れたので、船首を再び直角に立て直すこととしたが、操舵室の左舷寄りの窓から船首方を見ていた位置で、遊歩甲板の天窓を通してランプドア中央から左舷側の先端が見えていたところ、わずかに体を横に動かせば、D指定海難関係人が同ドア先端の右舷側付近の岸壁にいるのが見える状況であり、また船内指令装置のマイクで直接指示できたが、いつも少しの船首立て直し角度なら確認しないで微調整していたので確かめるまでもないと思い、体を動かしてランプドアの右舷側まで確認しなかったうえ、B受審人に同ドア先端付近の安全を確認するよう指示することなく、右舷機を微速前進に、左舷機を微速後進にそれぞれ令し、5ないし6秒で再び停止を令した。
D指定海難関係人は、E回漕店店主がランプドアの左舷側から乗り込んで荷物を取りに左舷船首内側の荷物置場に向かうのを認めるとともに、同ドア右舷側に近づいた。
そのころ、B受審人は、風の影響で船尾が振れて、いつ機関が使用されて船首立て直しが行われてもおかしくないと認めていたところ、荷物係がランプドア近くのスロープ上のD指定海難関係人に伝票を渡すのを見ながら、同指定海難関係人が船体の移動などに慣れていると思い、荷物の陸揚げが終わるまで同ドア先端付近の安全を十分に確認することなく、荷物が残っていないか確かめようと荷物置場に歩いていった。
一方、D指定海難関係人は、荷物係の一等機関士が船内から差し出した荷物の伝票を受け取り、店主が船内から運んで来る荷物の他に船内に残っていないか、また、折から降っていた小雨で荷物が濡れないかを気にしながら、右足を同ドアに載せて乗り込もうとしたが、同ドア先端の動きに注意を十分に払わなかった。
こうして、ななしまは、機関操作でわずかに左向きに回頭しながらゆっくり前進したところ、13時57分野忽那港北防波堤灯台から067度130メートルの地点で、D指定海難関係人がランプドアと岸壁スロープとの間に左足を挟まれた。
当時、天候は雨で風力2の東北東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期であった。
D指定海難関係人は、動けなくなって声を上げたところ、B受審人が異状に気付き、すぐに機関長に指示してランプドアを上げさせ、足が開放されたが、直後に左足の痛みを訴えて病院に搬送され、その結果、左足挫滅創、同第三指PTP脱臼及び同足底慢性血腫と診断され、3箇月の入院加療を余儀なくされた。
(本件発生に至る事由)
1 B受審人が、ランプドア右端とスロープとの間にタイヤフェンダーを挟まなかったこと
2 D指定海難関係人が、岸壁上のランプドア近くで伝票を受け取り、乗り込む際に同ドア先端の動きに注意を十分に払わなかったこと
3 A受審人が、操舵室の窓から見ていた位置で、体を横に動かしてランプドアの右舷側まで確認しなかったこと
4 A受審人が、B受審人にランプドア先端付近の安全を確認するよう指示しなかったこと
5 B受審人が、荷物の陸揚げが終わるまでランプドア先端付近の安全を十分に確認しなかったこと
(原因の考察)
本件作業員負傷は、野忽那漁港において、車両及び旅客の乗り降りがない、荷物の陸揚げだけの短時間接岸の間に発生したもので、風の影響で船尾が振れた船首を立て直すよう主機を微速力で前後進に運転する際に、A受審人が、操舵室前面の窓から船首付近を見ていた位置で、わずかに体を横に動かせば明らかに岸壁上のランプドア近くにいたD指定海難関係人が見えたのであり、さらに、船内指令装置でB受審人に指示して同ドア先端付近の安全を確認させる必要があることが把握できたのである。すなわち、A受審人が、体を横に動かしてランプドアの右舷側まで確認しなかったことと、B受審人に同ドア先端付近の安全を確認するよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
B受審人は、ランプドアを下げて荷物の陸揚げに当たり、接岸中の安全確認の主たる対象として、同ドアとスロープとの位置関係のほかに作業員の動きがあった。当時、荷物の陸揚げのみであることが分かっており、出港までの所要時間が短いながら、風による船尾の振れと船首の立て直しも予測していた。また、荷物置場に荷物が残っていないか気になっていても、ランプドア付近全体の状況を把握することを妨げるものはなかった。すなわち、荷物の陸揚げが終わるまでランプドア先端付近の安全を十分に確認しなかったことは本件発生の原因となる。
D指定海難関係人が、ランプドア先端に近い位置で伝票を受け取り乗り込もうとする際、普段のフェリーと違う同ドアの形状、雨による荷物の濡れが気になっていたことなどの状況を考慮しても、足下の安全を確かめることはできるのであり、同指定海難関係人が同ドア先端の動きに注意を十分に払わなかったことは、本件発生の原因となる。
B受審人が、ランプドア右端とスロープの間にタイヤフェンダーを挟まなかったことは、同ドアとスロープとの間が、足先が挟まれる隙間になり、物理的要件になったと考えられるが、通常どおりタイヤを挟んだとしてもドア全体の幅にわたる隙間が残るのであり、足がくさび形をなしていることと併せ考えれば同様な事態に至らなかったとは言えず、相当因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは海難防止の観点から十分な配慮がなされるべき事項である。
(海難の原因)
本件作業員負傷は、愛媛県野忽那漁港フェリー岸壁において、ランプドアを下げて接岸中、風で船尾が振れたあと船首を立て直す際、同ドア付近の安全確認が不十分で、荷物の受取りに乗り込もうとした作業員が、機関使用で前進した同ドア先端と岸壁スロープとの間に足を挟まれたことによって発生したものである。
安全確認が十分でなかったのは、船長が、体を動かしてランプドアの右舷側まで確認しなかったうえ、一等航海士に同ドア先端付近の安全を確認するよう指示しなかったことと、船首配置の一等航海士が、同ドア先端付近の安全を十分に確認しなかったこととによるものである。
作業員が、ランプドア先端の動きに注意を十分に払わなかったことは本件発生の原因となる。
(受審人の所為)
A受審人は、船橋操舵室で操船指揮にあたり、ランプドアを下げて接岸中、風に船尾が振れたあと船首を立て直そうとする場合、荷物の陸揚げを行っていたのであるから、一等航海士に同ドア先端付近の安全を確認するよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、いつも少しの立て直し角度なら確認しないで微調整していたので確かめるまでもないと思い、一等航海士にランプドア先端付近の安全を確認するよう指示しなかった職務上の過失により、作業員が同ドア右舷先端から乗り込もうとしていたことに気付かず、機関を使用して船体を左回頭しながら前進させ、作業員が同ドア先端と岸壁スロープとの間に足を挟まれる事態を招き、左足挫滅創、同足底慢性血腫などを負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、船首配置に就いて、ランプドアを下げて接岸中、荷物の陸揚げをする場合、風の影響で船尾が振れて船首の立て直しが行われてもおかしくなかったから、荷物の陸揚げが終わるまで同ドア先端付近の安全を十分に確認すべき注意義務があった。しかるに、同人は、作業員が船首立て直しによる船体移動などに慣れていると思い、荷物の陸揚げが終わるまで同ドア先端付近の安全を十分に確認しなかった職務上の過失により、作業員が、前進したドア先端と岸壁スロープとの間に足を挟まれる事態を招き、前示の傷を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
D指定海難関係人が、荷物の受取りに船内に乗り込む際、ランプドア先端の動きに注意を十分に払わなかったことは、本件発生の原因となる。
D指定海難関係人に対しては、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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