(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月22日02時30分
熊本県牛深港南東方沖合
(北緯32度08.3分 東経130度03.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十八和丸 |
総トン数 |
9.7トン |
全長 |
18.75メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
382キロワット |
(2)設備及び構造等
第三十八和丸(以下「和丸」という。)は、平成元年12月に進水した船体ほぼ中央から船尾寄りに船室及び操舵室を備える一層甲板型のFRP製漁船で、同10年11月にA受審人が購入し、操舵室船尾側の後部甲板上にオーニング及びスパンカ用の船尾マストを新たに設置し、周年一本釣り漁業に従事するとともに、毎年6月から11月の期間は漁模様などの状況によって棒受網漁業に従事していた。
オーニングは、一辺が約2メートル(m)のほぼ正方形をした鋼管製型枠に、同じ鋼管製の補強材を升目状に溶接し、厚手のプラスチック板を張り付けたもので、前端を操舵室後壁天井近くの甲板上高さ2.35mの位置に取り付け、後端2箇所から船尾マストに鋼材を溶接して支えてあり、オーニング上がフェンダー、ボンデン及びロープ類の置き場所として使用されるほか、長い航海のときは両サイドに巻き上げたキャンバスを降ろして風雨を防ぎ、後部甲板上で食事や仮眠がとれるようにしてあり、オーニング型枠の周囲にはステンレス鋼製手摺が溶接されていた。
船尾マストは、長さ約6m直径約120ミリメートル(mm)の鋼管製で、下端に溶接した丸形フランジのボルト穴に合わせ、船尾張出甲板を貫通してボルトを通し、両側からナットで締め付けて固定されており、操舵室側壁天井近くの後端両側から同マストまでオーニング上を斜め上方に横切るかたちでステンレス鋼製のステイ(以下「船尾ステイ」という。)が取り付けてあり、同マストには先端まで鋼の丸棒製手摺兼ステップが溶接され、オーニングに上るときは同ステップが使用されていた。
なお、船尾張出甲板の下側は、航行中海水のしぶきを受けるなどして常に湿気を帯びた状態であることから、船尾マストは、下端の固定ボルトを介して電気的に海面に地絡状態であり、同マストと接触しているいずれも金属製のオーニングの型枠、同型枠周囲に溶接した手摺、船尾ステイ等も同様に海面に地絡した状態となっていた。
また、和丸は、前部甲板上約4mの高さに張られたワイヤに4個、操舵室屋根上の両側に各4個及びオーニングの左舷側に2個右舷側に1個それぞれ集魚灯が取り付けられ、船尾両舷に各1個及び前部甲板左舷側に2個の水中灯設備を備え、いずれも主機駆動の三相交流発電機から操舵室内の配電盤に設けられた個別のノーヒューズブレイカー式スイッチを介して給電するようになっていた。
集魚灯は、定格容量200ボルト2,000ワットのハロゲンランプで、高い光度が要求されるため長いフィラメントを採用して直径40mm全長240mmの細長い円筒形状をしており、点灯中は電球部分が著しく過熱するので、できるだけ口金部と離すようにフィラメントの導入線を長くして電球と一体構造のガラスで覆ったうえ、強度上、周囲に複数の放熱用開口部を設けたステンレス鋼製保護リングで囲い、同リングを真鍮製の口金にろう付けして固定してあり、口金をソケットにねじ込んで取り付けた状態で長さ65mmの保護リングが露出する構造となっていた。
したがって、集魚灯を点灯中、同保護リング(以下「口金リング」という。)に触れると感電するおそれがあり、集魚灯メーカーは、点灯中口金リングには高電圧高電流が流れているので絶対に触れない。取付け取外しのときは電源を切る。光度が高いので近距離から直視しない等の注意書きを包装箱やカタログに明記して注意喚起を行っていた。
3 事実の経過
(1)集魚灯の取扱い
A受審人は、集魚灯について、自らを含め乗組員全員が口金リングに触れると感電のおそれがあることは常識として認識しており、点灯中は著しく過熱して直視できないほど光度が高く、取付場所も通常では手が届かない高所であったことから、乗組員が点灯中意識的に近づいて接触することは考えられないので、平素の注意喚起は行うまでもないと考えていた。
また、購入時から和丸は光を集めることが目的の集魚灯用電灯傘を全数分備えていて、A受審人は、同傘を使用すれば口金リングが囲われて感電防止対策になることは認めていたが、装着すると過熱して集魚灯の寿命が短くなるので以前から使用しておらず、装着している僚船もいなかったので、和丸でも同傘は使用していなかった。
しかしながら、A受審人は、集魚灯が切れたときには乗組員が交換しようとするおそれがあるので、電源スイッチを切ったうえ、念のため交換は帰港して発電機を停止するまで待たせ、その間集魚灯に触れないように乗組員に注意していた。
(2)本件発生に至る経緯
和丸は、A受審人が船長としてB甲板員ほか4人と乗り組み、うるめいわし棒受網漁の目的で、船首0.5m船尾1.0mの喫水をもって、平成15年8月21日18時00分牛深港を発し、同時20分同港南東方沖合の漁場に至って投錨したうえ、19時20分全集魚灯を点灯し、翌早朝からの操業に備えて全員が休息した。
A受審人は、操舵室の魚群探知機で魚の集まり具合をときどき確認しながら休息し、翌22日02時ごろ起床して乗組員が揃うまで一服していたとき、1匹のかじきまぐろが船の周囲を回遊し始めたことに気付き、そのうち離れていくものと思っていたが、順次起きてきた乗組員が全員揃ったときも回遊を続けていたので、操業の邪魔にならないよう捕獲することとした。
そして、全員が甲板に出て、02時15分A受審人が後部甲板上から銛を同まぐろに命中させ、銛の係索(以下「銛索」という。)を繰り出していたが、まぐろが船を左回りに3周程度して銛索が半分ばかり繰り出されたとき、銛が外れてまぐろが離れていったので、銛索を回収して操業に掛かることとした。
ところで、銛索は、直径約3mm全長200mのクレモナロープで、上蓋のないプラスチック製の格納箱に束ねて納め、オーニング上船首左舷端に置かれていて、繰り出した銛索を同箱に収納するときは先端から回収して束ねたうえ、船尾マストからオーニングに上がり、そのまま同箱に格納するのが手順となっていた。
A受審人は、後部甲板上から銛索の回収を指示し、乗組員が前部及び後部甲板に分かれて行くのを見て、手順どおり乗組員が銛索の先端を束ねながら順次手渡しして回収するものと思っていた。
B甲板員は、襟付半袖Tシャツ及びジャージの長ズボンにゴム長靴を履き、野球帽を被った服装で、手袋は付けずに作業に就き、それまで和丸で銛索の回収を経験したことがなかったが、まぐろ捕獲中、オーニング上の黄色いプラスチック箱から銛索が繰り出されるのを見ていたので、A受審人が乗組員全員に銛索回収を指示したとき、気を利かせる積もりで残りの銛索を甲板上に降ろしておこうと考えた。
そして、同甲板員は、操舵室船尾の左舷側通路から同側壁を手摺等を利用してよじ登り、甲板上高さ約1.3mの位置にある側壁のわずかな段差に左片足を掛けて立ち、左手で船尾ステイを握った体勢で、右手を伸ばして格納箱から銛索の束を取り出し、通りかかったA受審人に声を掛けて投げ渡した。
A受審人は、左舷側通路を通って船首側に向かおうとしていたときB甲板員から声を掛けられ、初めて同甲板員が操舵室側壁の段差に立っていることを知り、同人の姿勢から判断してそのまま甲板上に降りるものと考え、何も注意を与えずに銛索を受け取り、方向を転じて銛索を末尾から回収しながら左回りに船首方に向かった。
ところが、B甲板員は、銛索格納箱も降ろしておこうと思ったものか、オーニングに上がろうと船尾方に向き直り、右足を上げてオーニングに掛け、船尾ステイを握った両手に力を込めて体を引き上げようとしたとき左足が滑り、02時30分砂月港出の串防波堤灯台から真方位156度2.7海里の地点において、後方に姿勢を崩して後頭部が操舵室屋根上の左舷最船尾側に取り付けた集魚灯の口金リングと接触し、体を支えようと船尾ステイを握りしめた左腕を通り、電流が流れて感電した。
当時、天候は晴で風力1の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人は、船体に重巻になった銛索を末尾から回収する結果となって作業に手間取り、船首甲板で乗組員に指示を与えているとき、後部甲板にいた甲板員から異状を知らされて現場に駆け付け、オーニング手摺の内側にゴム長靴の右足首を挟み、Tシャツの左腋部分を操舵室屋根の左隅に引っ掛けた状態で、左足を伸ばして気を失っているB甲板員を認め、集魚灯の電源を切って同人を甲板上に降ろし、直ちに帰途に就くとともに携帯電話で自宅に連絡して消防署への通報を依頼した。
その結果、B甲板員は、牛深港入港後待機していた救急車で直ちに最寄りの病院に搬送されたが、感電による死亡と検案された。
(本件発生に至る事由)
1 集魚灯の口金リングが大きく露出した構造であったこと
2 乗組員が自発的に操舵室側壁のわずかな段差に左片足を掛けた状態で立って作業を行ったこと
3 A受審人が操舵室側壁の段差に片足で立っている乗組員を見たとき直ぐ降りるように注意しなかったこと
4 船尾ステイが船尾マストを介して海面に地絡状態であったこと
5 乗組員が足を滑らせて後方に姿勢を崩し、後頭部を集魚灯の口金部に接触させ、左手で船尾ステイを握ったこと
(原因の考察)
本件乗組員死亡は、自発的にオーニングから銛索を降ろそうと操舵室側壁の段差に上った乗組員が、足を滑らせて後方に姿勢を崩し、大きく露出した集魚灯の帯電部及び地絡状態であった船尾ステイに同時に接触したことによって発生したもので、不幸にして重なったこれらの事実及び乗組員の行為はいずれも原因となる。
A受審人が操舵室側壁の段差に片足で立っている乗組員を見たとき直ぐ降りるように注意しなかったことについては、同受審人は、乗組員の姿勢から判断してそのまま甲板上に降りるものと思い、何も注意せずに現場を離れたもので、その後乗組員がオーニングに上る可能性は、当時その必要性もなく、予見困難であったことを考えると、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとするまでもない。
(海難の原因)
本件乗組員死亡は、牛深港南東方沖合の漁場において、操舵室側壁の段差に左片足を掛けた状態で作業を行った乗組員が、同室後方のオーニングに上ろうとして誤って足を滑らせ、後方に姿勢を崩して後頭部が集魚灯の口金リングに接触するとともに、体を支えようとして海面に地絡状態であった船尾ステイを握り、感電したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人の所為は本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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