(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年5月26日06時42分
沖縄県伊江島西方沖合
(北緯26度46.2分 東経127度32.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船第五海耕丸 |
総トン数 |
6.6トン |
全長 |
15.84メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
216キロワット |
(2)設備及び性能等
第五海耕丸(以下「海耕丸」という。)は、昭和63年10月に進水し、最大とう載人員17人の一層甲板型FRP製遊漁船で、甲板上には、船首方から順に船首甲板、12個の魚倉口が配置された前部甲板、船体中央部より船尾寄りに客室及び操舵室、次いで船尾甲板をそれぞれ配置していた。
船首甲板は、長さ2.84メートルで、船首寄りの中央にビットを、右舷側にアンカーホーラーをそれぞれ備え、前部甲板より47センチメートル上方に位置する船首甲板船尾上端の両舷側に高さ約30センチメートルのブルワークを設けていた。
操舵室は、前面に旋回窓が取り付けられたガラス窓及び両舷に引き戸式の同窓をそれぞれ設け、右舷側にある操縦席の前部に主機遠隔操縦装置、操舵輪及び自動操舵装置のほか、GPSプロッター、レーダー及び船内放送装置などを備え、同室前部左舷側に、客室に至る出入口を設けていた。また、前部甲板上には操縦席から船首方の見通しを妨げる構造物を配置していなかった。
3 事実の経過
海耕丸は、A受審人ほか2人が乗り組み、米国人の釣客13人を乗せ、遊漁の目的で、船首0.6メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、平成15年5月26日05時00分渡久地港を発し、同港西方約27海里沖合にあるパヤオに向かった。
出港に先立ち、A受審人は、釣客に対し、客室に救命胴衣を格納してあることのほか、海中転落に注意すること、船内をむやみに動き回らないこと、及び甲板上が滑りやすいことなどの注意事項についてC乗組員を介して説明したが、運航中は船長の指示に必ず従うことなど、釣客が遵守すべき事項を説明していなかった。
海耕丸は、船首甲板の船尾端に3人、前部甲板の船尾側に3人及び船尾甲板に7人の釣客を乗せ、05時05分渡久地港第1号灯浮標と同港第2号灯浮標間を航過し、機関を全速力にかけて13.0ノットの対地速力としたのち、自動操舵により中ノ瀬の北方から伊江島の南岸に沿って西行し、同時40分伊江島灯台から197度(真方位、以下同じ。)1.5海里の地点に達したとき、パヤオに向く針路292度に定め、同速力のまま進行していたところ、06時10分北ノ曽根に差し掛かったころから船首方からの波浪が高まる状況となった。
操舵室で操船に就いていたA受審人は、船首部の上下動を緩和するため、波浪が押し寄せてくるごとに機関を半速力に減じる操作を繰り返しながら続航中、身体を船尾方に向け、コーヒー入りのペットボトルを左手に握り、船首甲板船尾端の右舷側に腰掛けていた釣客D(以下「D釣客」という。)が船首部の上下動を楽しんでいるかのように、腰を少し浮かせた姿勢で身体を上下にジャンプさせているのを認め、同室から「ジャンプするな。」と手まねで注意するとともに、その旨を同釣客に伝えるようC乗組員に指示した。
A受審人は、次第に波浪が高まって船首部の上下動及び船首船底部の衝撃が激しくなり、機関の増減速操作を繰り返していたところ、再び、D釣客が前示の無防備な姿勢で船首甲板上に腰掛けているのを認めたが、この程度の波浪ならば機関を半速力に減じれば大丈夫と思い、速やかに同釣客を客室や船尾甲板の安全な場所に移動させるなどの安全確保の措置を十分にとることなく進行した。
海耕丸は、船首方からの波浪がさらに高まり、船首部の上下動も激しくなったとき、D釣客と同じように身体を船尾方に向け、船首甲板船尾端の左舷寄りに腰掛けていた釣客2人は同端の縁を両手で掴まえて身体を支えていたところ、06時42分少し前A受審人が右舷船首20度方から押し寄せる波高約2.5メートルに高起した波浪を認めて機関を半速力に減じたものの、及ばず、船首部が大きく持ち上げられるとともに急速に落下し、06時42分伊江島灯台から284度11.2海里の地点において、跳ね上げられたD釣客が船首甲板上に臀部を強打した。
当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、海上には波高約2.5メートルの波浪があった。
その結果、海耕丸は、伊江島に急行し、D釣客は、来援したヘリコプターにより病院に搬送され、脊髄圧迫と神経障害を伴う腰椎破裂骨折の重傷と診断された。
(本件発生に至る事由)
1 釣客が遵守すべき事項についての説明及び同事項を記載した掲示板等を船内に掲示していなかったこと
2 船首方から押し寄せる高起した波浪を認めたが、機関の回転数を十分に減じることなく全速力でパヤオに向け航行したこと
3 船首方からの波浪によって船首部が持ち上げられたとき、D釣客が自ら腰を浮かせるなどの無防備な姿勢で船首甲板上に腰掛けていたこと
4 A受審人がD釣客を安全な場所に移動させるなどの安全確保の措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件釣客負傷は、伊江島西方沖合において、パヤオに向け航行中、船首方からの波浪が高まる状況下、釣客に対する安全確保の措置が不十分で、船首甲板上に腰掛けていた釣客が跳ね上げられ、同甲板上に落下したことによって発生したものである。
A受審人は、次第に船首方からの波浪が高まって船首部の上下動が激しくなったとき、D釣客が腰を少し浮かせ、船首部の上下動に合わせて身体をジャンプさせるなどの無防備な姿勢で船首甲板上に腰掛けているのを認めていたのであるから、跳ね上げられることのないよう、速やかに客室や船尾甲板の安全な場所に移動させるなどの同釣客に対する安全確保の措置をとっていれば、本件の発生は防止できたものと認められる。
したがって、A受審人が、D釣客を安全な場所に移動させるなどの安全確保の措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
A受審人が、釣客を乗船させる際、救命胴衣の格納場所、海中転落防止、転倒防止及び船首部の上下動に対する船首甲板の危険性などの注意事項についてC乗組員を介して説明したが、D釣客の行動からして同事項が守られていなかったこと、また、釣客は船内での移動、行動等については船長の指示に必ず従うことなど、釣客の遵守すべき事項についての説明、同事項の徹底及び船内掲示がなされていなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係にあるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が、船首方から押し寄せる高起した波浪を認めた際、船首部の上下動を抑えるために機関の回転数を十分に減じることなく全速力でパヤオに向け航行したことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件時、D釣客の左舷側に腰掛けていた釣客2人が船首甲板船尾端の縁を掴んで身体を支えていて負傷を負っていなかったことから、強いて原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件釣客負傷は、伊江島西方沖合において、パヤオに向け航行中、船首方からの波浪が高まって船首部の上下動が激しくなった際、釣客に対する安全確保の措置が不十分で、無防備な姿勢で船首甲板上に腰掛けていた釣客が跳ね上げられ、同甲板上に落下したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、伊江島西方沖合において、パヤオに向け航行中、船首方からの波浪が高まって船首部の上下動が激しくなる状況下、無防備な姿勢で船首甲板上に腰掛けている釣客を認めた場合、同釣客が跳ね上げられることのないよう、速やかに客室や船尾甲板の安全な場所に移動させるなどの同釣客に対する安全確保の措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら、同受審人は、この程度の波浪ならば機関を半速力に減じれば大丈夫と思い、速やかに客室や船尾甲板の安全な場所に移動させるなどの同釣客に対する安全確保の措置を十分にとらなかった職務上の過失により、船首方からの高起した波浪により船首部が激しく上下動して同釣客が跳ね上げられる事態を招き、船首甲板上に臀部を強打した同釣客に腰椎破裂骨折の重傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同受審人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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