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平成16年横審第54号
件名

旅客船第十三海宝丸潜水者負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年10月27日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(竹内伸二、西田克史、浜本 宏)

理事官
小金沢重充

受審人
A 職名:第十三海宝丸船長 海技免許:六級海技士(航海)

損害
潜水者が第一胸椎左横突起骨折、左後頭骨骨折、左頭部顔面及び胸部に挫創などを負い、約7箇月に及ぶ治療

原因
錨索を除去する潜水作業状況の確認が不十分

主文

 本件潜水者負傷は、プロペラ及びプロペラ軸に絡んだ他船の錨索を除去する潜水作業状況の確認が不十分で、機関が使用されたことによって発生したものである。
 受審人Aの六級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年7月27日20時40分
 東京都墨田区隅田川
 (北緯35度42.0分 東経139度47.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船第十三海宝丸
総トン数 29トン
全長 19.80メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 308キロワット
(2)設備及び性能等
 第十三海宝丸(以下「海宝丸」という。)は、平成5年7月に進水した、旅客定員80人の屋形船型FRP製旅客船で、専ら東京湾内の遊覧船として運航されていた。
 海宝丸は、船首端から7ないし16メートルの上甲板上に幅4.2メートル高さ2.1メートルの客室、その後方に操舵所、 賄(まかない)室及び便所が配置され、船体ほぼ中央部の上甲板下に機関室があり、船尾端から5.7メートル、喫水線から約1メートル下方に直径78センチメートルの固定ピッチ型プロペラ1個を装備し、最大速力は8.0ノットで、バウスラスタと日本型錨2個を備え、航海計器については、魚群探知機があるのみで、コンパス、レーダー及びGPSは装備していなかった。
 客室の屋根には、前端から船尾方6.1メートルにわたり、旅客の観覧場所として使用される、周囲に取外し式ハンドレールを巡らした幅2.6メートルの遊歩甲板が設けられ、また、船尾端から2.4ないし3.4メートルのところに縦1メートル横1.5メートルの操舵ハッチがあり、操船者は、同ハッチ下の操舵所に設置した台の上に立ってハッチから上半身を出し、周囲の見張りをしながら操舵所の機関遠隔操縦レバーと操舵輪を操作して操船にあたるようになっており、眼高は水面上約3メートルであったものの、賄室などの屋根に遮られて船尾付近の海面を見ることはできなかった。

3 事実の経過
 海宝丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、平成14年7月27日19時から開催された隅田川花火大会(以下「花火大会」という。)を観覧するため、観覧客60人を乗せ、船首0.8メートル船尾1.7メートルの喫水をもって、同日17時10分京浜港東京区第3区の多摩川大師橋下流にある船着場を発し、隅田川言問橋上流の花火大会第一会場に向かった。
 ところで、花火大会の観覧船は、上流の白髭橋から下流の両国橋まで約4.3キロメートルの隅田川流域に設定された第一会場及び第二会場内で、幅50メートルの緊急航路を除いた観覧区域に、船首を上流に向け、他船との前後距離を25ないし35メートルとして停泊するように規制され、18時00分から花火大会終了後水上警察署長の指示があるまで同区域内での移動が禁止されていた。
 A受審人は、予約していた観覧客の乗船が遅れたため出港予定時刻より約10分遅れて船着場を発し、京浜運河を航行して18時30分ごろ蔵前橋付近に達したが、既に同橋上流は花火大会の観覧船が一杯で錨泊場所を確保することが困難だったので、目的の第一会場に向かうことを断念し、18時35分同橋北側に船首から錨を投下した。
 投錨後A受審人は、錨索を伸ばしたところ蔵前橋の下に位置するようになり、観覧客から橋桁が邪魔になって花火が見にくいとの苦情が出たことから抜錨し、同橋下流にある蔵前専用橋の北側で漂泊しながら花火見物をした。
 20時00分ごろA受審人は、錨泊中の観覧船と接触しそうになり、上流を見ると蔵前橋北方が少し空いている様子だったので、そこに移動することとし、錨泊中の多数の観覧船の間を約1ノットの低速力で北北東方に前進中、20時05分蔵前橋P2橋脚北端から北西方20メートルの、隅田川中央より少し墨田区側に寄った水深約5メートルのところに達したとき、船首方向約50メートルに錨泊中の観覧船B丸(以下「B丸」という。)から船尾方向に延ばされた錨索が自船のプロペラに絡まって操船不能に陥り、B丸から絡んだ錨索の端を受け取ってその場に停船した。
 そして、A受審人は、第一会場にいた、C社所有の観覧船に携帯電話をかけてプロペラに錨索が絡んで動けないことを知らせ、花火大会実行委員会が観覧船のトラブルに対処する目的で配置した水上自主警備船(以下「警備船」という。)に潜水者の派遣を要請するよう依頼し、B丸が蔵前橋付近に投下した錨によって自船が川底に係止され、川岸に沿って北北東に向首した状態で潜水者の到着を待った。
 その後海宝丸は、ゆっくりと川下に流れ始めたが、A受審人は、折から左舷側10メートルに錨泊していた、C社所有の、総トン数15トン長さ12.85メートルの遊漁船D丸(以下「僚船」という。)の船首から直径約12ミリメートルのナイロンロープ1本を受け取り、係留設備のない客室屋根の上で乗組員に同ロープを持たせただけで、潜水作業開始前に、係留索を係船ビットに止めて僚船に係留するとか、船首から錨を投下するなどして圧流防止措置を講じなかった。
 潜水者Eは、昭和42年潜水学校のアシスタントとなり、同51年労働安全衛生法による潜水士免許を取得してから水中測量、水中溶接などの潜水作業に従事し、この日花火大会実行委員会から委託され、会場に配置された警備船2隻のうちの1隻に乗船し、観覧船のトラブルに備えて警備についていたところ、20時15分海宝丸がプロペラに錨索を巻き込んで動けないので潜水者を派遣してほしいとの要請を受けて直ちに蔵前橋に向かい、同橋付近で花火大会の水上本部と陸上本部との連絡業務などにあたっていた小型の連絡船に潜水作業補助者(以下「補助者」という。)とともに移乗して海宝丸に向かった。
 20時25分A受審人は、E潜水者と補助者ほか3人が乗った連絡船が到着し、海宝丸の右舷船尾に係留したあと、花火大会終了間際で多数の花火が打ち上げられて互いの声が聞き取りにくい中、船尾近くの屋根の上で周囲の観覧船や遊歩甲板の観覧客に留意しながら、絡んだ錨索の除去について、連絡船から海宝丸に乗り込んだE潜水者と打合せを行い、錨索を巻き込んだ状況、機関を停止していること及び絡んだ錨索の端が自船にあることなどを告げ、その後潜水作業状況を把握できるよう乗組員に同作業を監視させないまま、観覧客や周囲の観覧船に留意しながら錨索の除去を待った。
 20時27分黒のウエットスーツを着用したE潜水者は、連絡船上の補助者に送気ホースの操作、空気タンクの圧力監視及び周囲の安全確認などを行うように指示し、携帯式水中ライトとナイフを持って海宝丸の船尾船底付近に潜水した。そして、錨索がプロペラとプロペラ軸に絡み、船尾方向に延びていることを確かめてからいったん浮上し、その後再び潜水して、プロペラに絡んだ錨索の一部を解いて水面に引き上げ、折からA受審人を支援するため海宝丸に移乗した僚船船長に同錨索を同船に止めるよう依頼したあと3度目の潜水をし、プロペラに絡んでいた残りの錨索を全部切り取って補助者に渡し、プロペラ軸に絡んだ錨索を切る旨を告げて4度目の潜水をした。
 潜水作業が始まって間もなくA受審人は、花火の打上げが終了したので、乗組員に遊歩甲板の観覧客を客室内に誘導させ、ハンドレールなどを片付けていたところ、船首を右に振りながらゆっくりと川下に流され、錨泊中の僚船を引っ張る状況となったことから、僚船のナイロンロープを持っていた乗組員が支えきれなくなってこれを放し、しばらくして船首が東方を向き左舷側から河流を受けながら蔵前橋橋脚P2に接近した。
 A受審人は、上流のB丸から曳航の申出を受けたので、橋脚から少しでも離れるため、同船からロープを受け取って曳航を試みたが、船尾方に錨索が張っていたので期待したほど移動できず、曳航を断念した。
 その後僚船船長が、B丸の錨索を引いて錨を引き揚げ、錨索とともに操舵ハッチ後方の屋根の上に置いた。
 海宝丸は、東方に向首したまま次第に蔵前橋に近づき、そのまま流されれば客室の屋根が、橋脚近くで桁下が低くなったアーチ型の橋桁に接触する状況となった。
 A受審人は、橋桁に接触すれば観覧客が驚いて騒ぎになることを懸念し、右舷側の屋根の上で僚船船長及び手の空いた乗組員とともにボートフックを使用して橋脚を押し始め、間もなく船尾の方から誰が発したか分からない「いいよ」という声が聞え、その意味が不明であったものの、橋桁に接触しそうな状況で機関の使用に迫られたことから、これを「機関を使用してもいい」という意味に解し、急いで操舵ハッチに赴いたところ、同ハッチ後方の屋根に置かれた錨索を見て既に潜水作業が終ったものと思い、船尾に係留していた連絡船の補助者に声をかけ、潜水作業状況を十分に確認しなかったので、E潜水者がプロペラの近くで潜水していることに気付かず、20時40分蔵前橋P2橋脚北端から西北西方に10メートル離れた、東京都墨田区亀沢1丁目旧安田庭園内三角点から真方位012度320メートルの地点において、右舵一杯をとるとともに、機関を回転数毎分約800の前進にかけたところ、プロペラがE潜水者の頭部及び胸部に接触した。
 当時、天候は晴で風力2の南西風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、蔵前橋付近では川下に流れる弱い河流があった。
 A受審人は、右転しながら前進して橋脚から離れたのち機関を中立とし、連絡船の係留索が放されて僚船船長が自船に戻ったあと、連絡船から騒がしい声が聞えたので何かあったと感じたものの、E潜水者がプロペラに接触したことに気付かないまま多摩川河口の船着場に向けて航行を開始し、しばらく経って水上警察署から電話があり、E潜水者の負傷を知ったが、観覧客を下船させてから出頭する旨告げ、同警察署の了解を得てそのまま船着場に向かった。
 E潜水者は、プロペラに接触して意識不明となったが、異常に気付いた補助者によって引き揚げられ、その後救急車により病院に搬送された。
 その結果、E潜水者が、第一胸椎左横突起骨折、左後頭骨骨折、左頭部顔面及び胸部に挫創などを負い、約7箇月に及ぶ治療を受けた。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、乗組員に潜水作業を監視させなかったこと
2 A受審人が、潜水作業開始前に投錨するなどして圧流防止措置を講じなかったこと
3 A受審人が、補助者に潜水作業状況を十分に確認しなかったこと
4 A受審人が、機関を使用したこと

(原因の考察)
 本件潜水者負傷は、隅田川の蔵前橋上流側でプロペラ及びプロペラ軸に絡んだ他船の錨索を除去するため、プロペラの近くで作業をしていた潜水者に回転したプロペラが接触して発生したものである。
 圧流された海宝丸の客室の屋根が橋桁に接触しそうになったとき、A受審人が、船尾付近にいた連絡船上の補助者に声をかけて潜水作業状況を確認することは十分可能で、また、当時まだ橋脚を押しているだけの余裕があり、たとえ機関の使用が必要であったとしても潜水者を一時的に浮上させるなどの措置をとるべきであって、船体損傷を防ぐため潜水作業中に機関を使用したことをやむを得ない措置であったと認めることはできず、同受審人が潜水作業状況の確認をしないで機関を使用したことは、本件発生の原因となる。
 潜水作業開始前に投錨するなどして圧流防止措置を講じなかったこと及び乗組員に潜水作業を監視させなかったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件潜水者負傷は、夜間、東京都墨田区の蔵前橋上流の隅田川において、プロペラ及びプロペラ軸に絡んだ他船の錨索を除去するため、プロペラの近くで潜水作業中、河流に流されて同橋橋桁に接触しそうになり機関の使用に迫られた際、潜水作業状況の確認が不十分で、機関が使用されて回転したプロペラが潜水者に接触したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、東京都墨田区の蔵前橋上流の隅田川において、潜水者がプロペラ及びプロペラ軸に絡んだ他船の錨索を除去する作業中、船体が河流に流されて同橋橋桁に接触しそうになり、機関の使用に迫られた場合、係留中の連絡船の補助者に声をかけ、潜水作業状況を十分に確認すべき注意義務があった。しかし、同受審人は、船尾の方から聞えた声と操舵ハッチ後方の屋根に認めた錨索から潜水作業が終了したものと思い、補助者に対し、潜水作業状況を十分に確認しなかった職務上の過失により、潜水者が潜水していることに気付かないで機関を使用し、潜水者に約7箇月の治療を要する第一胸椎左横突起骨折、左後頭骨骨折、左頭部顔面及び胸部挫創などを負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の六級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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