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平成16年横審第57号
件名

漁船第五十三協栄丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年12月14日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(安藤周二、小寺俊秋、浜本 宏)

理事官
西林 眞

受審人
A 職名:第五十三協栄丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)(履歴限定)

損害
主機クランク軸及びクランクピン軸受のほか、台板の変形等の損傷

原因
主機の据付けボルトの締付けに対する点検不十分、クランクアームデフレクションを計測しなかったこと

主文

 本件機関損傷は、主機の据付けボルトの締付けに対する点検が十分でなかったばかりか、クランクアームデフレクションが計測されず、クランク軸の軸心が偏移したまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年11月1日02時00分
 福島県塩屋埼東方沖合
 (北緯36度58.20分 東経141度09.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第五十三協栄丸
総トン数 318トン
全長 54.55メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,176キロワット
回転数 毎分650
(2)設備及び性能等
ア 第五十三協栄丸
 第五十三協栄丸(以下「協栄丸」という。)は、昭和62年1月に進水した、大中型まき網漁業船団の鋼製運搬船で、船尾上甲板下方の機関室の中央部に主機が装備され、主機の船尾側に機関監視室が設けられていた。
イ 主機
 主機は、B社が製造したZ280-GN2型と呼称する、シリンダ内径280ミリメートル(以下「ミリ」という。)行程360ミリのディーゼル機関で、各シリンダに船首側から順番号が付されており、クランク軸には動力取出軸側のクラッチを介して漁労機械駆動油圧ポンプ用増速機が、フライホイール側の高弾性ゴム継手を介して逆転減速機がそれぞれ連結されていた。
ウ クランク軸
 クランク軸は、一体形の炭素鋼製鍛造品で、寸法が全長3,322.5ミリ、クランクジャーナル径245ミリ、同長さ116ミリ、クランクピン径215ミリ、同長さ118ミリ、クランクアーム幅325ミリ、同厚さ85.5ミリ、クランクジャーナルとクランクピンとの各中心間距離202.5ミリ及び各中心部に開けられた潤滑油穴径14ミリとなっており、クランクアームにバランスウエイトが固定され、クランクピン軸受に三層メタルが装着されていた。
エ 主機の据付け
 主機の据付けは、船体に左右両舷2列の機関台が固定されており、台板下面とこれに対応する機関台据付け面とに片列7箇所のボルト穴が開けられ、船首側から順番号の1番ないし5番のボルト穴には厚さ55ミリのU字形の調整ライナが、6番及び7番のボルト穴には同厚さの角形の調整ライナがそれぞれ置かれ、いずれも各調整ライナを挟んで台板下面のボルト穴と同据付け面のボルト穴とを貫通する全長290ミリ、両端部ねじの呼び径33ミリの据付けボルト及び7番専用のリーマボルトが二重のナットによって締め付けられ、クランク軸の軸心が維持される構造になっていた。また、取扱説明書には、定期的に実施すべき事項として、据付けボルト及びリーマボルトの締付けに対する緩みの有無の点検や、クランクアームデフレクション(以下「デフレクション」という。)の計測などが記載されていた。

3 事実の経過
 協栄丸は、平成13年12月上旬に中間検査工事で業者による主機のピストン抽出等の整備が行われ、デフレクションの計測値に異状がないことを確認した後、周年にわたり出漁し、主に茨城県波崎漁港を基地として運搬船の業務を繰り返していた。
 A受審人は、乗船したとき主機に関する引継ぎや点検整備来歴の記録がないまま、全速力前進で航行中には主機を回転数毎分600ないし610にかけ、年間に2,500時間ばかり運転していた。
 ところが、主機は、中間検査工事以降、長期間経過し、いつしか左右両列4番及び5番の据付けボルトが振動によるものかして締付けに緩みを生じ、その緩みが進行してクランク軸の軸心が徐々に偏移する状況になっていた。
 しかし、A受審人は、乗船以来、他船と比較して主機の運転時間が少ないから次回の検査工事まで無難に運転ができるものと思い、出漁の合間等に据付けボルトの締付けに対する点検を十分に行わなかったので、左右両列4番及び5番の同ボルトに緩みを生じていることに気付かず、これを増締めしなかった。さらに、同人は、停泊した際に備付けのデフレクションゲージでデフレクションを計測することなく、クランク軸の軸心が偏移したまま、運転を続けた。
 こうして、協栄丸は、主機の機関台据付け面の左右両列4番及び5番のボルト穴に置かれた調整ライナが据付けボルトの緩みに伴って抜け出し、3番シリンダのクランクピンと船尾側クランクアームとのすみ肉部に過大な繰返し曲げ応力が集中し、材料の疲労により同部を起点として生じた亀裂がねじり応力の影響を受けてクランクピンへ進展する状況下、A受審人ほか9人が乗り組み、船首3.8メートル船尾5.0メートルの喫水をもって、同15年10月31日14時20分船団の僚船とともに波崎漁港を発し、主機を回転数毎分580にかけて魚群探索を行いながら福島県塩屋埼東方沖合を北上中、同亀裂がクランクピンの潤滑油穴付近に達し、クランクピン軸受が焼き付き、11月1日02時00分塩屋埼灯台から真方位103度8.2海里の地点において、クランク軸が亀裂箇所で折損した。
 当時、天候は曇で、風力2の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、機関監視室で機関当直中、異状に気付き、主機を停止した後、主機の各部を点検して潤滑油に混入した多量の金属粉を認め、運転の継続を断念し、その旨を船長に報告した。
 協栄丸は、付近を航行中の僚船に救助を求めて福島県小名浜港に曳航され、主機が精査された結果、前示クランク軸及びクランクピン軸受のほか、台板の変形等の損傷が判明し、のち損傷部品が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 主機に関する引継ぎや点検整備来歴の記録がなかったこと
2 中間検査工事以降、長期間経過し、主機左右両列の据付けボルトに緩みを生じたこと
3 A受審人が、出漁の合間等に主機の据付けボルトの締付けに対する点検を行わなかったこと
4 A受審人が、主機のデフレクションを計測しなかったこと
5 主機左右両列の緩みを生じていた据付けボルトが増締めされなかったこと
6 主機のクランク軸の軸心が偏移したまま運転が続けられたこと
7 主機のクランクピンとクランクアームとのすみ肉部に過大な繰返し曲げ応力が集中したこと

(原因の考察)
 本件は、機関長が、出漁の合間等に主機の据付けボルトの締付けに対する点検を十分に行っていたなら、緩みを生じていた同ボルトを増締めし、さらに、デフレクションを計測していたなら、クランク軸の軸心が偏移したまま運転が続けられること及びクランクピンとクランクアームとのすみ肉部に過大な繰返し曲げ応力が集中することの回避が可能であり、クランク軸の折損には至らなかったものと認められる。
 したがって、A受審人が、出漁の合間等に主機の据付けボルトの締付けに対する点検を十分に行わなかったこと、さらに、デフレクションを計測しなかったことは、本件発生の原因となる。
 主機に関する引継ぎや点検整備来歴の記録がなかったこと及び中間検査工事以降、長期間経過し、主機の左右両列の据付けボルトに緩みを生じたことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は、主機の据付けボルトの締付けに対する点検が不十分で、緩みを生じていた同ボルトが増締めされなかったばかりか、デフレクションが計測されず、クランク軸の軸心が偏移したまま運転が続けられ、クランクピンとクランクアームとのすみ肉部に過大な繰返し曲げ応力が集中し、材料の疲労により同部を起点として生じた亀裂がねじり応力の影響を受けてクランクピンへ進展したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、主機の運転保守にあたる場合、据付けボルトに緩みを生じることがあるから、その緩みを見落とさないよう、出漁の合間等に、同ボルトの締付けに対する点検を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、他船と比較して運転時間が少ないから次回の検査工事まで無難に運転ができるものと思い、据付けボルトの締付けに対する点検を十分に行わなかった職務上の過失により、同ボルトに緩みを生じていることに気付かず、クランク軸の軸心が偏移したまま、運転を続けてクランクピンとクランクアームとのすみ肉部に過大な繰返し曲げ応力が集中し、材料の疲労により生じた亀裂が進展する事態を招き、クランク軸、クランクピン軸受及び台板等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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