(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年2月19日15時24分
宮城県金華山東方沖合
(北緯38度22分 東経144度13分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十金宝丸 |
総トン数 |
99.90トン |
全長 |
32.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
441キロワット |
回転数 |
毎分400 |
(2)設備等
ア 第十金宝丸
第十金宝丸(以下「金宝丸」という。)は、昭和47年12月に進水した鋼製漁船で、平成3年4月現船舶所有者に購入されて以来いか一本釣り漁業に従事しており、操業期間中は主機を月間50時間ほど運転して操業に従事していた。
イ 主機及び主機潤滑油系統
主機は、B社製の6L26AGS型と呼称する過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、同15年5月の第1種中間検査工事で開放・整備されていた。
また、主機の潤滑油系統は、潤滑油溜めに入れられた潤滑油が、直結駆動式の潤滑油ポンプまたは電動式の予備潤滑油ポンプで吸引・加圧されたのち、潤滑油こし器及び潤滑油冷却器を経て各部に供給されるようになっていたが、同12年5月に直結駆動式の潤滑油ポンプが損傷した際、同型ポンプの早期入手が困難であったことから、同ポンプが取り外されて代わりに電動式の潤滑油ポンプが新設され、以来、同ポンプが、主ポンプとして使用されていた。
なお、金宝丸は、主機の主潤滑油ポンプが直結駆動式であったことから、船内電源が喪失しても主機は自動停止せず、また、船内電源が復旧しても予備潤滑油ポンプが自動起動するようにはなっていなかった。
ウ 発電機及び冷凍機
金宝丸は、ディーゼル機関駆動式交流発電機2台(以下「1号発電機」及び「2号発電機」という。)と冷凍機3台を装備しており、冷凍機を1台しか運転しないときには発電機1台だけで電力を賄うことが可能であったが、冷凍機を2台以上運転するときには、発電機容量の関係から発電機2台を並列運転にしなければならなかった。
3 事実の経過
金宝丸は、A受審人ほか7人が乗り組み、操業の目的で、船首1.5メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、同16年2月9日09時00分青森県八戸港を発したのち、翌10日12時ごろ金華山東方沖合の漁場に至って操業を開始し、その後も漁場を移動しながら操業を繰り返していた。
越えて2月19日、金宝丸は、発電機2台を並列運転にして2台の冷凍機を運転しながら漂泊中、14時ごろ主機を始動して魚群の探索を開始した。
A受審人は、機関室巡視中の14時30分ごろ、2号発電機に異音がするのに気付いたので同機を停止して点検する旨を操舵室の船長に連絡し、冷凍機を1台停止して1号発電機による単独運転としたのち、2号発電機を停止して点検を開始した。
一方、船長は、A受審人から2号発電機の点検を行うとの連絡を受けたので、主機の回転数を停止回転数としてクラッチを中立にし、自らも確認のために機関室に赴いた。
A受審人は、2番シリンダの排気弁タペットクリアランス調整ボルト用締付けナットが緩んでいるのを発見したので、クリアランスを調整して同ナットを締め付けたのち、2号発電機を始動して並列運転するために主配電盤に向かった。
15時00分、金宝丸は、A受審人がいつもと同様の方法で2号発電機の気中遮断器投入操作を行ったところ、船内電源が喪失して運転中の潤滑油ポンプが停止した。
A受審人は、1号発電機の気中遮断器の投入を試みても同遮断器が投入できないことから、船内電源を直ぐに復旧させることが困難であることを認めたが、初めての経験に気が動転して船内電源を復旧させることで頭が一杯となり、主機を停止させなければならないことに気が回らなかった。
A受審人は、冷媒が噴出しないように運転中の冷凍装置の諸弁を閉鎖してから配電盤内の点検に取り掛かり、ヒューズが1本切れているのを発見して同ヒューズを取り替えたのち、15時10分1号発電機の気中遮断器を投入して船内電源を復旧させ、冷凍機を1台始動してから、同時20分に2号発電機の気中遮断器を投入して発電機2台を並列運転にしたが、依然、潤滑油ポンプが停止したままであることに気付かなかった。
その後、金宝丸は、A受審人が、発電機の並列運転後に潤滑油ポンプが停止していることに気付いて同ポンプを始動させたのち、15時24分、北緯38度22分東経144度13分の地点において、主機を停止させたものの、潤滑油ポンプが停止したまま主機の運転が続けられたために、既に主軸受やクランクピン軸受等の潤滑が阻害されていた。
当時、天候は曇で風力3の北東風が吹き、海上は穏やかであった。
A受審人と船長は、点検の結果、潤滑油ポンプを運転しても潤滑油圧力が上昇せず、クランク室内に煙が立ち込めて各軸受が触手できないほど熱くなっているのを認めたので、主機の運転は不可能と判断し、最寄りの海上保安部に救助を要請した。
金宝丸は、所属の漁業協同組合が手配した救助船によって青森県八戸港まで曳航され、修理業者が主機を開放して各部の点検を行ったところ、主軸受メタル及びクランクピン軸受メタルが焼損していたほか、クランク軸や台板等にも損傷が判明したので、のち、損傷部品を同型中古機関の部品と取り替えるなどの修理を行った。
(本件発生に至る事由)
1 潤滑油ポンプが直結駆動式から電動式に変更されていたこと
2 船内電源が喪失しても主機が自動停止するようになっていなかったこと
3 A受審人が船内電源喪失後速やかに主機を停止させなかったこと
(原因の考察)
本件は、船内電源喪失時に電動式の潤滑油ポンプが停止したまま主機の運転が続けられ、主機各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
本件は、船内電源喪失後も潤滑油ポンプの運転が継続されるか、船内電源喪失後に主機が速やかに停止されていれば、防止できたと認められることから、潤滑油ポンプが直結駆動式のままであるか、船内電源喪失時に主機が自動停止するようになっていれば、発生しなかったと考えられるが、これらのことは、A受審人が、潤滑油ポンプが直結駆動式から電動式に変更されたのちに乗船して主機の始動時にはその都度電動の潤滑油ポンプを始動していたこと、及び船内電源が喪失しても主機が自動停止しないことも承知していたことから、本件発生の原因とは認められない。
したがって、本件は、A受審人が船内電源喪失後速やかに主機を停止させなかったことが原因となる。
なお、A受審人は、同人に対する質問調書中及び回答書中において、「以前に潤滑油ポンプが電動式だけの主機を取り扱ったことがなく船内電源が喪失する事態も経験したことがなかった。初めての経験で気が動転してパニック状態になった。」旨述べているが、このことは、同人が普段から船内電源喪失時の対処方法を考えていなかったことを示すものである。
すなわち、機関取扱者は、船内電源喪失や火災発生等の緊急事態に、いかに対処すべきかを常日頃から考えておくことが求められる。
(海難の原因)
本件機関損傷は、潤滑油ポンプが電動式の主機を取り扱うに当たり、船内電源喪失後の措置が不適切で、潤滑油ポンプが停止したまま主機の運転が続けられ、各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、潤滑油ポンプが電動式の主機を取り扱うに当たって、船内電源が喪失して直ちに復旧できないことを認めた場合、主機各部の潤滑が阻害されることのないよう、速やかに主機を停止すべき注意義務があった。ところが、同人は、初めての経験で気が動転し、速やかに主機を停止しなかった職務上の過失により、潤滑油ポンプが停止したまま主機の運転を続けて各部の潤滑が阻害される事態を招き、主軸受メタル及びクランクピン軸受メタルを焼損させたほか、クランク軸及び台板等にも損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して、同人の五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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