(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月7日04時00分
長崎県比田勝港東方沖合
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船幸生丸 |
総トン数 |
19.79トン |
登録長 |
15.48メートル |
機関の種類 |
4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
154キロワット(制限出力) |
回転数 |
毎分1,700(制限回転数) |
3 事実の経過
幸生丸は、昭和53年に進水した木製の漁船で、あなご籠漁に従事し、主機として、B社製の6BNB型と称する過給機無装備のディーゼル機関を備え、長崎県比田勝港を基地とし、主として対馬北部の東方沖合を漁場とし、時化の日を除いて連日午後発航して1時間ないし3時間航走して漁場に至り、日没前に籠を入れ、夜半前から5ないし6時間かけて籠を揚げ、翌早朝帰航するか沖泊まりするかの運航を周年繰り返していた。
主機は、海水による直接冷却式機関で、圧力や温度など運転状態についての警報装置を設備せず、操舵室には回転計のみが、また機関室には機側の計器盤に回転計に加えて潤滑油、冷却海水(以下「海水」という。)、クラッチ潤滑油及びクラッチ作動油のそれぞれの圧力計のみが取り付けられていた。
主機の海水は、機関室船底の吸入コックから取り込まれ、主機駆動のゴムインペラ式海水ポンプで吸引加圧され、潤滑油冷却器で潤滑油と熱交換したのち、シリンダジャケット、シリンダヘッド及び排気集合管をそれぞれ冷却し、右舷外板の操舵室やや後方に位置する水線上約30センチメートルのところに設けられた口径50ミリメートルの船外排出口に至っていた。
幸生丸は、海水の船外排出口の真上にあたるところの甲板上に、漁具の籠が高く積まれていたことから、籠の収納時に操舵室から同口の海水排出状況が見えにくかったので、海水系統の不具合を知るためには、海水の排出量が多量となる条件下の、漁場で籠を投入し終えるころの主機の負荷ができるだけ高いときに、同状況を十分に確認しておく必要があった。
A受審人は、平成13年9月に一級小型船舶操縦士の免許を取得し、同年10月に幸生丸を前所有者から譲り受けたのち、年に1度上架して船体を洗浄していたものの、機関の整備を実施せずに出漁を繰り返しており、平成16年3月下旬ごろから、漁場で籠の投入作業を終えるころ海水の船外排出に勢いがなく、海水系統に不具合があることが分かる状況であったが、主機を始動したときに船外排出口から海水が僅かに出ていたので大丈夫と思い、海水の船外排出状況を十分に確認していなかったので、このことに気付かなかった。
こうして幸生丸は、海水系統が長期にわたる海水塩分の析出でスケール付着などの経年汚損を生じ、シリンダジャケットからシリンダヘッドに至る3本の接続金具が、スケール付着などで著しく閉塞する状態のまま主機の運転が続けられた。
幸生丸は、平成16年4月6日14時00分A受審人ほか2人が乗り組み、船首0.6メートル船尾1.7メートルの喫水で比田勝港を発し、15時00分同港東方沖合の漁場に至って操業を始め、翌7日03時30分あなごなど200キログラムを漁獲して操業を終え、漁具の籠1,000個約1トンを積載して帰途につき、主機の回転数を毎分1,500にかけて同港に向け帰航中、04時00分比田勝港雷埼灯台から真方位085度9.3海里の地点において、主機の冷却海水系統の汚損が更に進行し、機関が過熱運転状態となって2番シリンダのシリンダライナとピストン間の潤滑が著しく不良となり、ピストンがシリンダライナに溶着気味となったことから、クランク軸の回転に伴って下方に強い引張り応力を受けたピストンスカートが、ピストンピンとともに引き裂かれ、ピストン頂部や同スカートが割損しつつ連接棒とともにクランク室に脱落し、機関内部から異音を発し始めた。
当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、海上は穏やかであった。
操舵室で操船に従事していたA受審人は、機関室で発した異音に気付いて主機を中立回転とし、同室に急行したとき主機が自停した。
A受審人は、主機が激しく過熱していること、クランク室の潤滑油が同油の補給口から噴出して周囲に飛散していることなどを認め、温度が下がるのを待ったのち始動を試みたものの機関は始動せず、航行を断念して僚船に曳航を依頼した。
幸生丸は、同日09時00分比田勝港に引き付けられ、主機を開放点検した結果、前示シリンダのシリンダライナに3本の大きな縦方向の亀裂、同シリンダのピストンの焼損や破損、クランク軸の損傷、シリンダブロックの亀裂、主軸受及びクランクピン軸受の各メタルの焼損などが認められ、のち、船体及び機関とも廃棄処分となった。
(原因)
本件機関損傷は、海水直接冷却方式の主機の運転にあたる際、冷却水の船外排出状況の確認が不十分で、冷却水の流路が経年汚損で閉塞気味となったまま運転が続けられ、漁場から全速力で帰港中、冷却水の通水量が不足して機関が過熱状態となったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、船長として主機の運転管理に携わる場合、海水直接冷却方式の機関には警報装置がなく、操舵室にも回転計以外の計器が装備されていなかったから、冷却水系統の不具合の有無を早期に判断できるよう、冷却水の船外排出状況を十分に確認すべき注意義務があった。ところが、同人は、主機を始動したときに船外排出口から冷却水が僅かに出ていたので大丈夫と思い、冷却水の船外排出状況を十分に確認しなかった職務上の過失により、経年の汚損によって冷却水系統が閉塞気味となっていることに気付かないまま運転を続け、漁場から全速力で帰航中、冷却水の通水量が不足するようになって機関が過熱状態となり、ピストンとシリンダライナ間の潤滑が著しく不良となる事態を招き、シリンダライナに縦方向の亀裂が生じ、ピストンがシリンダライナに焼き付いて溶着寸前となったことから、ピストンスカートがピストンピンとともに下方に引き裂かれ、同下部が粉々に破損して連接棒とともにクランク室に脱落し、クランク軸損傷及びシリンダブロック亀裂などが発生して主機が自停するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。