(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年1月29日14時10分
周防灘
(北緯33度45.2分 東経132度00.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船海星丸 |
総トン数 |
449トン |
登録長 |
68.17メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分340 |
(2)設備及び性能等
海星丸は、平成6年10月に進水した、鋼材の運搬に従事する鋼製貨物船で、大阪港から、名古屋、北九州など国内の消費基地との間で1箇月当たり約8往復運航されていた。
ア 船体構造等
船体は、船尾船橋型で、中央に貨物倉を、また、その船底及び側部にバラストタンクを配置し、船橋楼の下に機関室を配置していた。そして、通常、鋼材を満載したときに約1.1メートルの、また空倉でバラストを張水したときには約2.0メートルの船尾トリムになっていた。
イ 主機
主機は、B社が製造した、LH28LRG型と呼称するディーゼル機関で、油圧クラッチ式減速逆転機を介してプロペラを駆動するもので、機関室に船底と水平に据え付られ、1箇月当たり360時間ほど運転されていた。
主機クランク室は、それぞれ一体型鋳鉄製のシリンダブロックと台板で形成され、台板のシリンダ仕切部に主軸受メタルを装着する軸受台が設けられ、同台板が潤滑油溜まりとなっていた。
主軸受メタルは、直径230ミリメートル(以下「ミリ」という。)のクランクジャーナルを受ける、幅112ミリの上下二分割の軸受で、厚さ4.5ミリの鋼製裏金に厚さ0.5ミリメートルのホワイトメタルが鋳込まれ、表面には鉛90パーセント錫10パーセントの合金が厚さ20ないし30ミクロンのメッキを施され、上メタルに潤滑油入り口の孔と油溝が設けられたほか、上面に連れ回り防止のノックピンが装着されていた。
ウ 主機の潤滑油装置と油量
潤滑油系統は、台板船尾側の吸込内管から直結潤滑油ポンプまたは電動の補助潤滑油ポンプに吸い上げられた潤滑油が、こし器、圧力調整弁及び冷却器を経て潤滑油主管で2ないし3キログラム重毎平方センチ(以下、圧力は「キロ」で表す。)となるよう加圧され、主軸受、カム軸受、伝動歯車などに分配され、主軸受に入ったものは同軸受を潤滑するほか更にクランク軸受、ピストンに分流され、潤滑を終えたものが再び台板に戻るようになっていた。
また、圧力調整弁で逃がされた潤滑油が、機関室中段の補助タンクに送られ、静置沈殿された上澄みが台板の潤滑油溜まりに戻るようになっていた。
潤滑油系統の計装は、主管の圧力が1.7キロ以下になると機関室及び船橋で警報を発し、1.2キロになると自動停止する保護回路が設けられているほか1.8キロを下回ると補助潤滑油ポンプが自動始動するようになっていた。
台板の潤滑油量は、機関が水平の状態で空気を吸い込まないための最低油面のときと、また通常運転で保つべきとされる最高油面のときとの差が90リットルで、同油量を概略計測する検油棒が、両油面高さに相当する位置と、それらの間を4等分する中間の位置とに線を刻まれ、台板船尾端から更に300ミリほど船尾側に設けられた鞘(さや)に挿入されていたので、船尾トリムが大きいときには潤滑油ポンプが空気を吸い込まないための最低油量でも高めの油面として示されるようになっていた。
潤滑油の消費量は、1馬力1時間当たりの標準消費率が概ね1グラムであったが、通常の航海中の出力では平均して1日当たり約20リットルであった。
3 事実の経過
A受審人は、海星丸が大きい船尾トリムで運航されることが多かったが、普段から主機の潤滑油だまりの油量を、検油棒の目盛りで一定の高さを保っておれば最低油量はあるものと思い、潤滑油ポンプが空気を吸い込まないよう、潤滑油だまりの油面高さを十分に保持することなく、船尾トリムに加えて船体の動揺が大きいときには最低油面を下回るおそれがあることに気付かなかった。
海星丸は、平成15年1月4日静岡県清水港で鋼材を揚げたのち、空倉のまま船首2.00メートル船尾4.02メートルの喫水をもって15時30分同港を発し、主機を回転数毎分310にかけて大阪港に向かったところ、潤滑油面が低下していたうえ、船体の動揺も加わって、同日19時ごろ主機の潤滑油ポンプが空気を吸い込み、補助潤滑油ポンプが自動始動したが、油面低下のため効果がなく、まもなく潤滑油圧力低下警報が鳴った。
主機は、船橋操作で減速されたのち当直機関士が潤滑油18リットルを補給したところ、警報がかろうじて消えるまで潤滑油圧力が回復したので、再び増速され、翌5日18時過ぎ潤滑油の消費で同様に油面が低下して再び潤滑油ポンプが空気を吸い込み、警報が鳴ったので減速され、当直機関士が潤滑油圧力調整弁を絞るなどしたのち、前日同様に潤滑油が18リットル補給されて警報が解除されたが、この間停止されず、主軸受の健全な潤滑油膜が切れた状態で運転が続けられた。
A受審人は、22時00分大阪港に入港後、警報が繰り返されたことが気になり、潤滑油こし器を開放してみると、ホワイトメタルの破片が付着していることを認め、クランク室を開放してみたものの、異状が判断できず、ホワイトメタルの付着量も少ないので詳しく点検するまでもないと思い、業者に依頼して点検の措置をとることなく、そのまま復旧し、また、その後も潤滑油だまりの油面を十分に高く保つことなく運転を続けた。
主機は、主軸受のホワイトメタルが剥離したのち、異常摩耗が進行して同メタルの有効面積が減少し、鋼製裏金が露出し始めていたが、継続して運転が続けられ、ホワイトメタルの摩耗が進行するところとなった。
こうして、海星丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、鋼板1,360トンを積載し、船首3.40メートル船尾4.60メートルの喫水をもって同月28日18時45分大阪港を発し、主機を回転数毎分313にかけて博多港に向かったが、風力5から7の向かい風が翌29日まで続いていたところ、なおも主機の潤滑油だまりの油面高さが十分保持されていなかったので、船体が激しく動揺する中で潤滑油中の気泡が増えるなどして軸受油膜強度が低下し、14時10分祝島港東D防波堤東灯台から真方位169度2.0海里の地点において、主軸受メタルが焼き付き、異常摩耗による隙間増大で主機潤滑油圧力低下警報が鳴り、船橋からの操作で減速されて更に潤滑油圧力が低下するうち、保護機能が作動して主機が自動停止した。
当時、天候は曇で風力8の北西風が吹き、海上はうねりがあった。
A受審人は、機関室に入って潤滑油補助ポンプが自動始動しているのにもかかわらず潤滑油圧力が異常に低いので、クランク室を開放してみたところ、主軸受周辺にホワイトメタルの溶出を認め、主機が運転不能と判断して船長にその旨を報告した。
海星丸は、引船を依頼して造船所に引きつけられ、主機が精査された結果、3,4,5及び6番の主軸受メタルの鋼製ベースが全面露出してクランクジャーナルを損傷させ、共回りしたそれらの軸受メタルで台板が異常摩耗していることが分かり、のちクランク軸、台板など損傷部が全て取り替え修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が潤滑油だまりの油面高さを十分に保持しなかったこと
2 清水港出港後、潤滑油圧力低下警報が鳴った際、主機が停止されないまま運転が続けられたこと
3 A受審人が主機の主軸受を開放して点検の措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は、鋼製裏金にホワイトメタルを鋳込んだ主軸受が、ホワイトメタルの剥離と異常摩耗で鋼製裏金が露出し、クランクジャーナルと接触して焼き付いたものである。
主機の潤滑油だまりは、船首尾方向の長さが、2,600ミリ余で更に船尾側300ミリに検油棒を装備していた。登録長約68メートルの船体で2メートル余りの船尾トリムでは、台板の船尾側傾斜による検油棒の見かけの油面は水平時より約47ミリ高くなり、同棒の有効高さ50ミリに近かった。すなわち、同受審人が同有効高さの4分の3ほどを上限に油面高さを保っていたとする供述記載から、潤滑油の吸込部が船尾側にあるとしても、普段から空気吸込をしないための最低油面付近であったことになる。
したがって、A受審人が、潤滑油ポンプが空気を吸い込まないよう、潤滑油だまりの油面高さを十分に保持しなかったことは本件発生の原因となる。
本船の主機に用いられた軸受メタルは、強度を受け持つ鋼製ベースの厚さが大部分で、異物の埋没や摩擦力の低減の役目を受け持つホワイトメタルがわずかに0.5ミリという厚さであった。すなわち、運転中には潤滑油圧力の保持が最優先に行われなければならず、主機が運転中に、何らかの理由で潤滑油圧力低下の状況を経たときには、速やかにホワイトメタルの健全性を確認し、摩耗や欠落の状態が広い面積にわたるようであれば、早急な取替えの措置をとらなければならない。本件では、潤滑油こし器を開放して、ホワイトメタルの付着を認めており、極めて薄いホワイトメタル厚さの軸受では、油膜保持面積が大きく減少していたと考えるべきで、その後速やかに主軸受の点検措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
そして、本件発生当時、大阪港出港後、2日間にわたり風力5ないし7の荒天下でもなお、潤滑油だまりの油面が十分に高く保たれていなかったので、油膜保持面積が減少していた主軸受が、気泡を多く含む潤滑油の供給によって、更にホワイトメタルの摩耗が進行したものと考えられる。
なお、本件発生に至る事由2の、潤滑油警報が鳴ったときに、主機が停止されないまま運転が続けられたことは、油膜強度が明らかに低下していた状態でホワイトメタルの初期の剥離に影響したと考えられるが、その剥離面積がどれくらいであったかを検証できないこと、その後本件発生まで主機が運転できたこと、そして点検の措置を経て早めの取替えなどの措置がとられておれば、本件発生は免れたのであり、原因とするまでもない。しかしながら、海難防止上は十分に改められなければならない点である。
(海難の原因)
本件機関損傷は、主機潤滑油だまりの油面高さの保持が不十分で、潤滑油ポンプが空気を吸い込んで、主軸受メタルのホワイトメタルが剥離したこと、及び潤滑油こし器を点検してホワイトメタルの破片を認めた際、主軸受の点検措置が不十分で、なおも潤滑油圧力が低下したまま運転が続けられ、同軸受が異常摩耗したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、主機の運転管理に当たる場合、潤滑油ポンプが空気を吸い込まないよう、潤滑油だまりの油面高さを十分に保持すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、検油棒の目盛りで一定の高さを保っておれば最低油量はあるものと思い、潤滑油だまりの油面高さを十分に保持しなかった職務上の過失により、主軸受のホワイトメタルが剥離したまま運転が続けられ、更に荒天で気泡の多い潤滑油で油膜保持ができず、異常摩耗して鋼製裏金が剥き出しになる事態を招き、主軸受とクランクジャーナルが焼き付き、台板軸受台の損傷など生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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