(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年10月28日00時50分
北海道苫小牧港第4区
(北緯42度34.1分 東経141度45.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船すずらん |
総トン数 |
17,345トン |
全長 |
199.45メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル18シリンダ・V型ディーゼル機関 |
出力 |
47,660キロワット |
回転数 |
毎分410 |
(2)すずらん
すずらんは、平成7年7月に進水し、翌8年5月に竣工した、2機2軸及び可変ピッチプロペラを有する鋼製の旅客船兼車両航送船で、北海道苫小牧港と福井県敦賀港間の定期航路に就航し、毎年2月にE市またはF市の造船所に入渠して船体と機関の整備を行っていた。
3 主機
(1)主機の概要
主機は、V型機関で、右舷及び左舷の各列に9シリンダを備え、シリンダには船尾方を1番とする順番号が付され、左舷列をa列、右舷列をb列と称し、シリンダヘッドにはいずれも弁箱式の吸気弁及び排気弁各2個のほかb列のみに始動弁が装備されていた。
(2)始動弁
始動弁は、本体、ステンレス鋼製で長さ504ミリメートル(以下「ミリ」という。)の弁棒、上部ピストン、下部ピストン、ばね及び弁座などで構成され、弁棒と下部ピストンとがねじの呼びM18の弁棒ナットで固定されており、同ナットの回り止めとして割りピン(以下「ピン」という。)が装着されていて、上部ピストンに始動管制空気が送り込まれると、弁棒が押し下げられて開弁状態となり、30キログラム毎平方センチメートルの始動空気がシリンダ内に流入する仕組みとなっていた。
4 事実の経過
就航後、すずらんは、主機を年間6,000時間ばかり運転し、毎年入渠時に主機始動弁の開放整備がC社の本社工場またはG工場で行われていた。
ところで、始動弁の弁棒ナットは、ピン溝を有する溝付きナットで、その締付け要領は、ナット座面が肌付きとなってから手ごたえのあるところまで締め付けてゆき、ナット上面のピン溝と弁棒のピン穴とが一致したところで割りピンを挿入するが、手加減で締め付けるため個人差が生じやすく、締め付け過ぎると、弁棒のねじ部が過大応力により材料疲労を起こして折損するおそれがあった。そこで、これを防止する方法として、締付けトルクを規定し、規定トルクで締め付けてピン溝とピン穴が一致しないときは、ナット座面に薄板(以下「調整シム」という。)を挿入し、回転角を調整してピン溝とピン穴を一致させる方法がとられていた。
A社は、昭和51年にすずらんの主機始動弁と同型始動弁を装着した機関を出荷して以来、始動弁の弁棒ナットの締付けトルクを規定せず、これまで弁棒の折損事故が皆無であったことから、機関取扱説明書に同ナットの具体的な締付け方法を記載するなどして、取扱者に対する同弁の整備要領の周知を十分に行わなかったので、同弁の整備の際、同ナットが過大に締め付けられるおそれがあった。
C社は、毎年すずらんの主機始動弁の整備を続けていたところ、左舷主機b列3番シリンダの始動弁の弁棒ナットがこれまでの締付け位置を超えてピン穴がずれるようになったが、調整シムを挿入してピン穴を合わせるなど、同ナットを適正に締め付けなかったので、過大に締め付けられるようになり、これが繰り返されているうち、弁棒のねじ部の材料が疲労し始め、平成15年2月の整備の際、更に強く締め付けられて、材料疲労が進行する状況となった。
こうして、すずらんは、機関長ほか31人が乗り組み、旅客69人自動車168台を載せ、定期便就航の目的で、船首6.39メートル船尾7.78メートルの喫水をもって、平成15年10月28日00時05分苫小牧港第4区の東埠頭を発し、両舷主機回転数をいずれも毎分286にかけ翼角を徐々に上げて増速しながら敦賀港に向かった。
これより先、00時00分両舷主機が始動された際、左舷主機b列3番シリンダの始動弁の弁棒がねじ部の基部で折れ、燃焼ガスが始動空気管に逆流する状況となった。
00時40分機関長は、機関室見回り中の一等機関士から左舷主機b列3番シリンダ付近の始動空気管が過熱しているとの報告を受け、調査の結果、同シリンダの始動弁を予備品と交換することとし、00時50分苫小牧港東港地区東防波堤灯台から真方位215度0.9海里の地点において、左舷主機を停止した。
当時、天候は晴で風力3の南東風が吹き、海上はやや波立っていた。
その後、すずらんは、右舷主機のみで航行を続け、一等機関士が操機長とともに左舷主機b列3番シリンダの始動弁を取り外したところ、これまでシリンダライナ上部に引っ掛かっていた弁棒がシリンダ内に落下したのを認め、これを取り出すため引き続き排気弁箱の取り外しにかかり、専用工具のジャッキボルトを装着して取外し作業中、同ボルトが植え込み部で折れて同弁箱の取り外しができなくなり、シリンダヘッド自体を開放する必要が生じたことから、短時間での復旧が困難となり、01時20分発航地に向け反転し、着岸後、機関整備業者の手によりシリンダヘッドが完備品と取り替えられた。
本件後、A社は、始動弁の弁棒ナットの締付けトルクを5ないし10キログラムメートルと規定し、厚さ0.1ミリの調整シムの利用を推奨するなど、同ナットの具体的な締付け要領を策定し、これを機関取扱説明書に記載するとともに、情報紙を発行して取扱者への周知を図った。
また、C社は、前示締付け要領に基づき自社の作業手順書を改正するとともに、社員への周知を図った。
そして、G社は、始動弁を50,000時間ごとに新替えすることとした。
(本件発生に至る事由)
1 A社が、機関取扱説明書に始動弁の弁棒ナットの具体的な締付け方法を記載するなどして、取扱者に対する同弁の整備要領の周知を十分に行わなかったこと
2 C社が、毎年すずらんの主機始動弁の整備を続けていたところ、左舷主機b列3番シリンダの始動弁の弁棒ナットがこれまでの締付け位置を超えてピン穴がずれるようになったが、調整シムを挿入してピン穴を合わせるなど、同ナットを適正に締め付けなかったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は、毎年実施している主機始動弁の整備の際、弁棒ナットの締め過ぎが繰り返されているうち、弁棒のねじ部の材料が疲労して折損に至ったものであり、A社が、機関取扱説明書に同ナットの具体的な締付け方法を記載するなどして、取扱者に対し、同弁の整備要領の周知を十分に行わなかったこと及びC社が、調整シムを挿入してピン穴を合わせるなど、同ナットを適正に締め付けなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件機関損傷は、機関製造業者が、主機始動弁の整備要領の周知が不十分であったこと及び機関部品修理業者が、弁棒ナットの締付け方法が不適切であったことにより、同ナットの締付け力が過大となって、弁棒の材料が疲労したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
A社が、取扱者に対し、主機始動弁の整備要領の周知を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
A社に対しては、本件後、始動弁の弁棒ナットの締付け力が過大とならないよう、締付けトルクを規定したほか調整シムの利用を推奨するなど、同ナットの具体的な締付け要領を策定し、これを機関取扱説明書に記載するとともに、情報紙を発行して取扱者への周知を図った点に微し、勧告しない。
C社が、始動弁の弁棒ナットの締付けを適切に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
C社に対しては、本件後、A社が策定した始動弁の弁棒ナットの締付け要領に基づき自社の作業手順書を改正するとともに、これを社員に周知している点に微し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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