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平成16年門審第68号
件名

漁船第十二あけぼの丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年10月13日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫、千手末年、織戸孝治)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:第十二あけぼの丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)

損害
ケーシングに破口

原因
主機用過給機ケーシングの肉厚計測不十分

主文

 本件機関損傷は、主機用過給機ケーシングの肉厚計測が不十分で、同ケーシングの肉厚が減少したまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年3月8日20時40分
 山口県見島沖合
 (北緯34度53分 東経131度41分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第十二あけぼの丸
総トン数 75トン
登録長 27.05メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 511キロワット(計画出力)
回転数 毎分780(計画回転数)
(2)設備及び性能等
ア 第十二あけぼの丸
 第十二あけぼの丸(以下「あけぼの丸」という。)は、昭和63年7月に進水した鋼製漁船で、山口県の日本海側及び島根県の沖合海域を主な漁場とし、僚船の第十一あけぼの丸と共に二そうびきの底びき網漁に従事していた。
 あけぼの丸は、毎年6月1日から8月14日までを休漁期間とし、この間船体や機関の整備を行い、他の期間は1箇月に3日間ほどの休漁日を設け、発航後6日目の深夜に島根県浜田港に入港して水揚げを行い、この間発港から入港まで連続して主機を運転し、その運転時間は年間6,000時間を超えていた。
イ 主機
 主機は、B社製の6DLM-22FS型と称するディーゼル機関で、発停は機側で、増減速及び前後進の操縦は操舵室で行うようになっており、機関前部に空気クラッチを介して甲板機械用油圧ポンプを、機関後部に逆転減速機及び増速機を介した発電機をそれぞれ駆動し、同後部の上方に過給機が取り付けられていた。
 そして主機は、前示休漁期間中に、シリンダヘッドの開放掃除や、同ヘッドに付属する吸排気弁及び燃料噴射弁などの開放すり合わせを行い、受検時にはピストンの抽出工事も併せて行っていた。
 また、主機の冷却水は、過給機の冷却水と共用されるもので、その冷却清水系統には容量100リットルの膨張タンクがあり、平素、同タンクは常時80リットルの冷却水で満たされ、主機や過給機に漏水などが生じれば、タンク水位の低下で分かるようになっていた。
 なお、同冷却水は、前示休漁期間と年末の年2回にわたって新替え及び防錆剤投入の処理が適切に施されていた。
ウ 主機用過給機
 主機用過給機(以下「過給機」という。)は、昭和63年C社で製造されたVTR201-2型と称する排気ガスタービン過給機で、ガス入口囲、タービン車室、渦巻室及び空気吸込囲で過給機ケーシング(以下「ケーシング」という。)を形成し、ケーシング内の1本のロータ軸に単段の軸流タービンと単段の遠心式ブロワが結合されており、ガス入口囲及びタービン車室は、主機の冷却清水入口系統から分岐した清水で冷却されていた。
 ところで過給機は、毎年浜田港において前示の休漁期間中、B社の関連会社であるD社E支店の監督のもとで、開放掃除及びころがり軸受やラビリンスパッキン等主要な消耗品の新替えなど定期的な整備が行われていた。
 そして過給機は、取扱説明書において、排気ガスや冷却水の各温度の上限値を定めた運転管理、潤滑油の新替えやころがり軸受の新替え等の運転時間を定めた整備基準などのほか、入口囲やタービン車室について、冷却水側の汚損程度を定期的に点検することに加え、ケーシングの肉厚計測を定期的に行うことが記載されていた。
 同計測について、取扱説明書では、稼働を開始して2年を経過したのちには6箇月毎に実施し、肉厚が3ミリメートルにまで衰耗すれば新替えするようにと記載されていたが、整備業者の見解では、主機の燃料油がA重油の場合稼働10年間を目安として、その前後から破口を生じる可能性が高まるというものであった。

3 事実の経過
 あけぼの丸は、主機の燃料油としてA重油を使用しており、主機シリンダライナやケーシングの低温硫酸腐食に関しては、C重油を使用する機関ほどには注意する必要がなかったものの、ケーシングのうちガス入口囲は、排気集合管から噴出する排気ガスが当たる部分で、排気ガス流れによる侵食作用や硫酸腐食などによって、ケーシングの部材が衰耗して肉厚が減少し、そのまま放置されればやがて破口に至るおそれがあった。
 ところでF社(以下「所有会社」という。)は、あけぼの丸ほか5隻を所有運航していたが、機関に精通している担当者がいないまま、過給機の整備について、ケーシングの衰耗程度を把握して破口事故を未然に防止するため、その肉厚を計測する時期や間隔を決めるなどの具体的な整備基準を策定していなかった。
 A受審人は、あけぼの丸の機関長として就任3年後の平成10年、過給機が稼働開始以来10年目を迎え、この間、主機の年間運転時間は6,000時間を超えており、ケーシングの経年衰耗の進行及び破口のおそれが高まる状況となることから、例年の長期休漁期間などを利用して肉厚の計測を行うべき時期となっていたが、冷却水の水質管理は適切に行っており、冷却水膨張タンクの水量や機関の運転音及び振動などにも目立った異常がないので、過給機には問題となるような事象は生じていないものと思い、例年過給機の開放整備にあたっている業者に依頼するなどして肉厚計測を行わないまま、主機と過給機の運転を続けていた。
 平成14年6月あけぼの丸は、例年通り8月中旬までの休漁期間を迎え、このときA受審人は入院して機関部の定期整備工事に立ち会うことができなかったが、工事そのものは以前と同様に工事注文書などが提出されないまま、例年と同じような工事内容で進められ、過給機についても、D社E支店の担当者が作業員5人とともに訪船して工事にあたった。
 このとき工事の担当者は、従来どおりケーシングの肉厚計測が工事内容にないまま、開放したケーシングのガス入口囲のガス側面を点検したところ、流入する排気ガスが当たる前示部分の付近で広範囲にピッチングが生じているのを認め、自らの判断でボンドパテと称する接着充填剤(以下「パテ剤」という。)の塗り込み補修を施したが、運転期間やピッチングの模様からケーシングの肉厚計測を勧めるべき状況となっていたものの、所有会社に同計測の実施を勧めなかった。
 その後あけぼの丸は、平成15年3月8日17時30分A受審人ほか8人が乗り組み、船首1.5メートル船尾2.5メートルの喫水をもって浜田港を発し、操業の目的で主機の回転数を毎分800に定め、9.0ノットの速力で山口県見島沖合の漁場に向けて航行中、19時30分少し前、過給機ガス入口囲内部で主機の4番ないし6番シリンダの排気ガスが流入する同囲の下側部分に、直径1センチメートルほどの破口を生じ、冷却水が排気ガスの流路側に漏洩し始め、20時30分機関室の見回り中であったA受審人は、膨張タンクの水量が20リットルにまで減少していることに気付き、20時40分高島灯台から真方位289度8.0海里の地点において、船長に事態の急を説明したのち、主機を継続運転不能と判断して手動で停止した。
 当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、海上には白波が立っていた。
 あけぼの丸は、A受審人が膨張タンクに冷却水を補給して各部を点検したところ、過給機のブロワ側から漏水しているのを、その後シリンダライナとピストンの間からクランク室に冷却水が滴下しているのをそれぞれ認め、ケーシングに破口を生じて冷却水が排気管、排気弁及び燃焼室を経由してクランク室に至ったことが判明した。
 その結果、あけぼの丸は、主機の潤滑油に大量の冷却水が混入したことから運航を断念し、21時40分僚船に曳航されて帰途に就き、翌9日02時20分浜田港に帰港し、過給機のガス入口囲が、破口部の周囲も含めて全体的に肉厚が著しく減少していたことを認め、主機及び過給機の潤滑油とともに新替えされた。
 なお、本件後所有会社は、運航全船についてケーシングの肉厚を計測し、うち1隻のケーシングを新替えした。

(本件発生に至る事由)
1 ケーシングの衰耗について、所有会社が、ケーシングの肉厚計測の時期や間隔を決めるなどして、具体的な整備基準を策定していなかったこと
2 あけぼの丸においては、ケーシングの肉厚が一度も計測されていなかったこと
3 ケーシングをパテ剤補修した整備業者が、所有会社にケーシングの肉厚計測を勧めなかったこと

(原因の考察)
 本件は、漁場に向けて航行中、ケーシングの経年衰耗が進行して破口を生じ、過給機の冷却水が排気ガス側に漏洩して排気集合管、排気弁及び燃焼室を経由して主機のクランク室に流れ込み、潤滑油が汚損して主機の運転継続が不能となったもので、その原因を考察する。
 ケーシングは、部材の均一性、燃料油種、時間や負荷の運転条件、冷却水の量、温度、管理などによって、その寿命は大きく異なるものの、定期的に肉厚を計測して運転時間に対する肉厚減少割合の推移を把握し、安全運転の妨げとなるような事故を回避することが、機関の運転及び整備の責任者の務めである。
 取扱説明書に記載されている肉厚計測基準は、実際に操業に従事する立場からすれば理想的過ぎる面があるものの、それでも現実的にはA重油を燃料油としている場合、冷却水の管理が適切に行われていたとしても、排気ガス側の侵食作用や硫酸腐食などを勘案すると、遅くとも運転期間が10年を超えれば年1回の肉厚計測を行ってその後1年間の安全を担保するなど、定期的な計測とケーシングの新替えなど必要な措置をとるのが常識である。
 あけぼの丸が、建造後14年半もの間、ケーシングの不具合に遭遇することなく主機の運転が継続できたことは、幸いであったというほかない。
 従って、機関の取扱責任者である機関長が、運転期間が10年を超えた過給機の整備にあたり、ケーシングの肉厚計測を行っていなかったことは、本件発生の原因となる。
 平素から過給機の整備に携わっている整備業者が、パテ剤による補修を施した際に所有会社に肉厚計測を勧めなかったことと、所有会社が、ケーシングの肉厚の衰耗に対し、平素から肉厚計測の時期や間隔を決めるなどして具体的な整備基準を策定していなかったことについては、どちらも本件に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は、運転時間が長時間に及ぶ主機用過給機の整備にあたる際、過給機ケーシングの肉厚計測が不十分で、経年の衰耗によって同ケーシングの肉厚が著しく減少したまま運転が続けられ、漁場に向けて航行中、同ケーシングの衰耗が更に進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、運転時間が長時間に及ぶ過給機の整備にあたる場合、排気ガス中の残留硫黄分による硫酸腐食や排気ガス流による侵食で、過給機のケーシングが経年衰耗して肉厚が著しく減少しているおそれがあるから、同ケーシングを継続して使用可能かどうか判断できるよう、例年の休漁期間に常用している整備業者に依頼するなどして、同ケーシングの肉厚計測を行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、冷却水の水質管理は適切に行っており、冷却水膨張タンクの水量や機関の運転音及び振動などにも目立った異常がないので、過給機には問題となるような事象は生じていないものと思い、同ケーシングの肉厚計測を行わなかった職務上の過失により、同ケーシングの肉厚が排気ガス側から著しく減少していることに気付かないまま過給機の運転を続け、漁場に向けて航行中、排気ガス入口囲部の衰耗が更に進行して破口を生じる事態を招き、冷却水がガス側に漏洩して排気集合管、排気弁及び燃焼室を経て主機クランク室の潤滑油に混入し、主機の運転が不能となるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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