(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年12月18日21時15分
和歌山県日ノ御埼北西方沖合
(北緯33度55.4分 東経135度00.0分)
2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 |
油送船第弐 三鳳丸 |
総トン数 |
1,499トン |
全長 |
84.97メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクルディーゼル機関 |
出力 |
2,059キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第弐 三鳳丸
第弐 三鳳丸(以下「三鳳丸」という。)は、平成5年8月に竣工した鋼製油送船で、年間を通じ、主として岡山県水島港と石川県金沢港との間で燃料油の輸送に従事していた。
イ 主機
主機は、D社が製造した、6EL38型と称するシリンダ数6、シリンダ径380ミリメートル(mm)、行程760mmのトランクピストン形機関で、各シリンダには船首側から順番号が付され、出入港時などにおける低負荷での運転及び回転数毎分(rpm)216とする通常航海中での運転には、それぞれA及びC重油が使用され、年間の運転時間が約4,200時間であった。
連接棒は、小端部にピストンピン軸受メタルが冷やし嵌めされ、大端部が軸受メタルを組み込んだクランクピン軸受ハウジングに、左右各2本のボルト(以下「連接棒取付ボルト」という。)で締め付けられていた。
連接棒取付ボルトは、全長216mm、軸部外径30mmのクロムモリブデン鋼製で、頭部を対辺距離55mmの六角とし、長さ37mmのねじ部には、ねじの呼びM36、ピッチ3 mmのメートル細目ねじが転造によって施されており、締付力がトルク又は増し締め角度で管理され、それぞれ70キログラムメートル(kgf・m)又は25度として各4本を均等に締め付けたうえ、それぞれの頭部及び連接棒大端部に合マークを打刻し、使用限度を20,000時間として新替を行うこととされていた。
3 事実の経過
三鳳丸は、就航後、歴代の機関長が機関部各職員の担当機器を定めることなく機関の運転及び保守管理業務に従事して運航され、主機のピストン抜き出しなどの機関の主要な保守を、B社において実施していた。
平成14年8月19日三鳳丸は、定期検査工事のためにB社に入渠し、使用時間が20,000時間を超えていた主機連接棒取付ボルト及びクランクピンボルト各全数が新替えされることとなった。
連接棒取付ボルトの新替作業は、B社との間で協力業者としての契約を交わしていた作業グループの作業員5人によって行われることとなり、B社修繕課の工事担当技師による管理の下、過去に同種工事を行った実績を有し、同ボルトの締付方法などを十分に承知していた同グループが、同ボルトの締付、合マークの打刻及び回り止め鋼線の取付に至る一連の工程を任された。
前記作業グループは、連接棒取付ボルトの締付をトルク管理による方法とし、締め付けるにあたっては、2組に分かれた各組が3シリンダずつを担当する体制をとり、更に各組の作業員がクランクケースを挟んで左右舷に分かれ、片締め状態にならないよう1本のトルクレンチを両舷作業員が交互に使い合い、所定のトルクで4本の締付が完了すると、ボルトの頭部側面と連接棒大端部に合マークを打刻することとしていたが、3番シリンダにおいては、右舷側2本の締付が完了したのち、両ボルトに合マークを打刻して回り止め鋼線を頭部に施したものの、左舷側2本の締付が完了していないことに気付かず、同マーク及び回り止めを施さないまま一連の工程を終えた。
B社修繕課は、連接棒取付ボルトの締付作業が終了した際、主機取扱説明書に記載された指示に従い、合マークを打刻すべきことを承知していたものの、3番シリンダの左舷側ボルトに同マークがなく、締付の完了に疑念を抱く状態であったが、工事担当技師による最終確認を十分に行わなかったので、そのことに気付かないまま、主機の復旧を終えた。
A受審人は、三鳳丸の前記入渠中、次席一等機関士として主機の開放及び復旧工事に携わり、8月23日各種効力試験及び海上試運転を残すのみとなった状態で、翌24日同人立会の下で同運転を実施したのち、クランクケース内全般にわたる異常の有無について、最終的な確認を行うべきところ、同確認を行った際、手慣れた業者に施工させたのであるから、まさか締め忘れることはあるまいと思い、連接棒取付ボルトの締付状態について、十分に点検を行わなかったので、3番シリンダ左舷側の同ボルトに締付完了を示す合マークが打刻されていないことに気付かず、同ボルトの締付力が不足した状態のまま完工を承諾した。
こうして、三鳳丸は、3番シリンダ左舷側2本の連接棒取付ボルトの締付力が不足し、同シリンダ右舷側同ボルトに過大な繰り返し引張り応力が生じる状況で運航を再開した。
平成14年12月18日三鳳丸は、A審人ほか8人が乗り組み、船首2.2メートル船尾4.3メートルの喫水をもって、空倉で、13時10分大阪港堺泉北区を発し、13時45分時間調整の目的で同港港外で錨泊したのち、18時00分抜錨し、三重県尾鷲港に向かった。
三鳳丸は、主機を常用の216rpm に増速し、紀伊水道を南下中、21時15分紀伊日ノ御埼灯台から真方位309度3.95海里の地点において、金属疲労が進行していた主機3番シリンダ連接棒取付ボルトの右舷側2本、次いで過分の応力を担うこととなった同左舷側2本が破断し、同棒大端部が遊離した状態となり、当直中のA受審人が、主機に異常な運転音が生じ、3番シリンダの吸気及び排気弁用プッシュロッドが曲損しているのを認め、操縦ハンドルを停止位置としたものの、しばらく遊転が続き、同大端部がクランクケース左舷側ドア及び台板に激突したのち、同ケース右舷側ドアを破って突出し、主機が停止した。
当時、天候は晴で風力2の東北東風が吹き、海上は平穏であった。
三鳳丸は、主機の運転が不能となり、来援した引船に曳航されて広島県に所在する造船所に引き付けられ、点検の結果、前記損傷のほか、3番シリンダのピストン、シリンダライナ、クランクピン軸受ハウジング、吸・排気弁及びロッカーアームなどの損傷が判明し、いずれも新替えするなどの修理が行われた。
B社修繕課は、連接棒取付ボルトの締付について、作業手順及び締付後の確認体制に不備があったことを認め、本件後、作業者及び本船側工事監督者などによる作業後の相互確認を行うように改めるなど、同種事故の再発を防止する手段を講じた。
(本件発生に至る事由)
1 歴代の機関長が、機関の保守管理を行うにあたり、各機器の担当者を明確に定めていなかったこと
2 A受審人が、連接棒取付ボルトについて、所定の締付けを完了した際、主機取扱説明書の指示に従って合マークを打刻することを承知していなかったこと
3 B社修繕課が、3番シリンダの連接棒を 復旧する際、同棒取付ボルト4本のうち、左舷側2本について、所定の締付力をもって締め付けなかったこと
4 B社修繕課が、主機取扱説明書の指示に従い、連接棒取付ボルトの締付けを完了した際、合マークを打刻すべきことを承知していたものの、同マークの有無について、工事担当技師による確認を行わなかったこと
5 平成14年8月23日機関長の職に就いたA受審人が、ピストンを抜き出した主機が復旧され、海上試運転を行ったのち、クランクケース内の点検を行った際、連接棒取付ボルトの締付状態について十分に点検を行わなかったこと
(原因の考察)
本件機関損傷は、主機3番シリンダにおいて、連接棒取付ボルト全数が相次いで破断した結果、遊離した連接棒大端部がクランクケースドアから突出し、運転が不能となるに至ったもので、同ボルトの破断原因について考察する。
1 連接棒取付ボルトの性能に関わる事項
装着されていた4本の連接棒取付ボルトは、同棒大端部とクランクピン軸受ハウジングとの締結面が水平であることから、同一締付状態における運転中のそれぞれの応力レベルに差がないこと、破断するまでの使用時間が、同時期に新替えされた他シリンダの同ボルトと同一で、材料の組織及び機械的性質に問題がないこと、長時間にわたる過負荷運転が行われていなかったこと、及び過去に同じ機関メーカー製造の他機種を含め、同種破断事故が極めて希であることなどから、運転、材料及び設計に起因するボルトの性能に関わる問題はなかったものと考えられる。
2 連接棒取付ボルトの破断過程
破断した4本の連接棒取付ボルトは、取付位置となった左右舷で破断面の状態及び位置がそれぞれ異なっており、両舷ボルトの破断原因が同じでないことを示している。
右舷側連接棒取付ボルト2本は、それらの破断面が全体に滑らかで疲労破断の様相を呈し、また、破断位置が締付後に最大応力がかかる第1条目ねじの谷部であることから、長時間にわたって過大な引張り応力が繰り返し付加されていたと認められる。
他方、左舷側連接棒取付ボルト2本は、それらの破断面が脆性破壊の様相を呈し、また、破断位置となった軸部が曲損していることから、過大な引張り及び曲げ応力を受け、急速に破断したと認められる。
3 右舷側連接棒取付ボルトの締付力
右舷側連接棒取付ボルトは、前記破断過程を勘案し、適正に締め付けられていたとするのが妥当である。
但し、第1条目ねじの谷部に微細な転造きずなどの欠陥が存在していた場合、運転が続けられるうち、同欠陥を起点として亀裂に進展すれば、その弾性変形量が減少するに伴って締付力が低下し、同部に過大な引張り応力を繰り返し生じる状況になったとも推測できる。
しかしながら、この場合、前記欠陥の有無を現認できないうえ、前示のとおり、性能上の問題がなかったと考えられること、また、新替後極めて短時間で破断していることなどから、仮に当該ボルトの製造工程中、前記谷部に微細な転造きずなどの欠陥が生じていたとしても、同欠陥が亀裂に進展して破断に至ったとまでは言えない。
4 左舷側連接棒取付ボルトの締付力
左舷側連接棒取付ボルトは、連接棒大端部と接触する頭部座面にフレッティング痕が存在すること、新替後の使用時間が極めて短く、軸方向の伸び量を殆ど無視できること、及び右舷側同ボルトの前記破断過程から、その締付力が不足し、その結果、同大端部、クランクピン軸受ハウジング及びボルトで構成される締結体が、左舷側において、微少に遊離する状態で運転されていたと認められる。
5 左舷側連接棒取付ボルトの締付作業
左舷側連接棒取付ボルトは、締付完了時に付すこととされていた合マークが打刻されておらず、また、頭部に施されているはずの回り止め用鋼線が残存していなかったこと、右舷側同ボルトを含む他シリンダのすべてのボルトには同マーク及び同鋼線が認められたこと、及びすでに考察した同ボルトの締付力から、締付が完了していない状態で運転に供されたものと認められる。
以上のことから、B社修繕課が、平成14年8月の定期検査工事において、主機連接棒取付ボルト全数を新替えした際、3番シリンダ左舷側同ボルト2本を所定の締付力をもって締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
また、A受審人が、平成14年8月の定期検査工事において、工事が仕様のとおり実施され、確実に復旧されたことを最終的に確認する任を負っていたのであるから、海上試運転ののち、クランクケース内の点検を行う場合、連接棒取付ボルトの締付状態について十分に点検を行わずに完工させたことは、本件発生の原因となる。
歴代の機関長が、機関の運転及び保守管理を行うにあたり、各機器の担当者を明確に定めていなかったこと、平成14年8月に定期検査工事を行うにあたり、B社修繕課が、主機取扱説明書の指示に従い、合マークを打刻すべきことを承知していたものの、同マークの有無について、工事担当技師による確認を行わなかったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は、定期検査工事において、主機連接棒取付ボルト全数を新替えして海上試運転を行ったのち、クランクケース内の点検を行った際、同ボルトの締付状態の点検が不十分で、一部の同ボルトに過大な繰り返し応力が生じる状況のまま運転が続けられたことによって発生したものである。
船舶建造及び修理業者が、主機連接棒を復旧する際、同連接棒取付ボルトを所定の締付力をもって締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
1 受審人
A受審人は、定期検査工事において、主機連接棒取付ボルト全数を新替えして海上試運転を行ったのち、クランクケース内の点検を行う場合、同ボルトに締付完了を示す合マークを打刻することになっていたのであるから、連接棒取付ボルトの緩みの有無を判断できるよう、同マークの有無を確認したうえ打検するなど、同ボルトの締付状態について十分に点検を行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、手慣れた業者が施工したので締め忘れることはあるまいと思い、連接棒取付ボルトの締付状態について十分に点検を行わなかった職務上の過失により、3番シリンダ左舷側の同ボルトの締付力が不足した状態であることに気付かず、同シリンダ右舷側ボルトに過大な繰り返し引張り応力が生じる状況で運転を続け、金属疲労を進行させて同ボルトの破断を招き、引き続いて過分の応力を担うこととなった左舷側ボルトも破断し、大端部から遊離した連接棒をクランクケースドアから突出させ、主機の運転を不能とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 指定海難関係人
指定海難関係人B社C部修繕課が、定期検査工事において、主機連接棒を復旧する際、3番シリンダの左舷側連接棒取付ボルトを所定の締付力で締め付けなかったことは、本件発生の原因となる。
指定海難関係人B社C部修繕課に対しては、主機連接棒取付ボルトの締付について、作業手順及び締付後の確認体制に不備があったことを認め、本件後、作業者及び本船側工事監督などによる相互確認を行いながら作業を進めるように改めるなど、同種事故の再発を防止する手段を講じた点に徴し、勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
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