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平成16年仙審第36号
件名

漁船第二十三寶洋丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成16年10月14日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(内山欽郎、原 清澄、勝又三郎)

理事官
弓田邦雄

受審人
A 職名:第二十三寶洋丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
右舷補機(5番シリンダのピストン、シリンダライナ、連接棒及びプッシュロッド等が損傷)

原因
発電機駆動原動機の潤滑油の新替え間隔及び新替え方法が不適切

主文

 本件機関損傷は、発電機駆動原動機の潤滑油の新替え間隔及び新替え方法が不適切であったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年12月3日16時25分
 岩手県大船渡港東方沖合
 (北緯38度58分 東経142度35分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第二十三寶洋丸
総トン数 138トン
全長 35.81メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 625キロワット
(2)設備等
ア 第二十三寶洋丸
 第二十三寶洋丸(以下「寶洋丸」という。)は、昭和60年10月に進水した鋼製漁船で、現船舶所有者が平成6年11月に購入して改造後いか一本釣り漁業に従事しており、毎年、5月初めから翌年2月末までの操業期間中は青森県沖合から宮城県沖合の漁場で10日間から1箇月間程度の操業を繰り返し、休漁期間中に1箇月間ほど入渠して船体及び機器の整備を行っていた。また、同船は、機関室両舷に発電機を各1台装備していて、通常時は発電機1台のみで船内電力を賄うことができたが、操業中の集魚灯点灯時は両発電機を並列運転にしなければ船内電力を賄うことができなかった。
イ 発電機駆動原動機
 発電機駆動原動機は、両舷機(以下、右舷側を「右舷補機」、左舷側を「左舷補機」という。)共にB社製のS165L-DT型と呼称する、出力308キロワットの過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で、各シリンダには、右舷補機は船首方から、左舷補機は船尾方からそれぞれ1番から6番までの順番号が付されていた。
ウ 補機潤滑油系統
 補機潤滑油系統(以下、補機に関する事項及び名称は「補機」を省略する。)は、系統中の潤滑油保有量が約160リットルで、クランク室底部に溜められた潤滑油が、直結駆動の潤滑油ポンプで吸引・加圧されて200メッシュの金網式潤滑油こし器を通過したのち、潤滑油冷却器で冷却されて潤滑油主管に至り、同管からシリンダごとに分岐して各部を潤滑あるいは冷却するようになっており、分岐した潤滑油の一部が、各シリンダ下部に取り付けられた径3.5ミリメートル(以下「ミリ」という。)のノズル孔を有するピストン冷却ノズルからピストンの内側に噴射されて、各ピストンを冷却するようになっていた。
エ 整備状況
 両補機は、購入以来、毎年の入渠時に整備業者によって開放・整備され、クランク室底部を掃除して新油を張り込んだのち、プライミング用のウイングポンプで潤滑油圧力を上昇させて各ピストン冷却ノズル孔から潤滑油が噴出することを確認していたが、ノズル孔の掃除は行っていなかった。

3 事実の経過
 A受審人は、寶洋丸に乗船して以来、操業期間中は各補機を一定時間運転するごとに交互に切り替えながら月間530時間ほど運転し、水揚げ港に入港するたびに潤滑油こし器を掃除していたものの、取扱説明書で約400時間ごとに新替えすることが推奨されている潤滑油については、約10箇月間の操業期間中に2回しか新替えしていなかったうえ、抜き出した量だけ新油を補給しておけばよいと思い、ウイングポンプで抜き出した量の新油を補給しただけで、沈殿物を多量に含んだ残油の処理やクランク室底部の掃除を行っていなかった。
 ところで、潤滑油系統内は、潤滑油が適切な間隔及び方法で新替えされていれば、同油中に添加されている清浄分散剤の作用によってその都度洗浄されるために汚損が著しく進行することはないが、汚損された潤滑油や沈殿物が残った状態でその上に新油を補給していると、汚損物質によって清浄分散剤が直ぐに飽和状態となって効かなくなるために、系統内に付着した酸化生成物等が除去されないまま更に蓄積されて汚損が進行するおそれがあった。
 寶洋丸は、平成15年4月の入渠時にも例年同様に両補機を開放・整備したが、ピストン冷却ノズル孔を掃除しないまま、クランク室底部を掃除して新油を張り込み、各ピストン冷却ノズル孔から潤滑油が噴出することを確認するなどしたのち、全ての工事完了後に出渠し、翌5月初めから操業に従事していた。
 同年11月22日、A受審人は、入港した北海道函館港において、右舷補機の潤滑油こし器を掃除して潤滑油も新替えしたが、いつものとおり、ウイングポンプで抜き出せる130ないし140リットルの潤滑油を新替えしただけで、沈殿物を多量に含んだ残油の処理やクランク室底部の掃除を行わなかった。
 そのため、寶洋丸は、潤滑油系統内の汚損が長期間にわたって徐々に進行し、各ピストン冷却ノズル孔も酸化生成物等が堆積して狭められる状況となっていた。
 翌23日12時00分、寶洋丸は、A受審人ほか6人が乗り組み、操業の目的で、船首1.8メートル船尾3.5メートルの喫水をもって、函館港を発し、岩手県東方沖合の漁場に至って両補機を交互に運転しながら操業を繰り返していたところ、12月1日になって天候が悪化してきたので操業を中止し、荒天避難のために左舷補機のみを運転して岩手県大船渡港に向かい、15時ごろ同港に入港した。
 翌々3日06時00分、寶洋丸は、天候が回復したので大船渡港を出港し、同港東方沖合の漁場に至って操業を再開したのち、集魚灯の点灯時刻が近づいてきたのでA受審人が16時10分に右舷補機を始動したところ、潤滑油主管の内壁等に堆積していた付着物が、荒天避難中の振動によって剥離していたものかあるいは始動時の振動によって剥離したものか、各ピストン冷却ノズルに流入し、5番シリンダのノズル孔が完全に閉塞、3番、4番及び6番シリンダの各ノズル孔が閉塞寸前の状態となった。
 こうして、寶洋丸は、A受審人が、始動した右舷補機に異常がないことを確認したのち、16時15分左舷側発電機と並列運転にして集魚灯のスイッチを入れたところ、負荷がかかったことによってピストン冷却ノズル孔が閉塞または閉塞寸前の状態になっていた各ピストンの冷却が阻害され始め、間もなく、ノズル孔が完全に閉塞していた5番シリンダのピストンが過熱・膨張してシリンダライナと焼き付き、16時25分、綾里埼灯台から真方位096度34海里の地点において、右舷補機の回転数が低下した。
 当時、天候は晴で風力2の北西風が吹き、海上は穏やかであった。
 A受審人は、集魚灯の点灯状況を確認しようと上甲板に赴いたときに補機の運転音に異常を感じたので、直ちに機関室に戻り、集魚灯のスイッチを切って右舷補機を停止した。
 その後、A受審人は、5番シリンダのプッシュロッドが曲損してターニングもできないことを認め、発電機1台では集魚灯を点灯できないので操業続行は不可能と判断し、その旨を船長に報告した。
 寶洋丸は、左舷補機を運転して青森県八戸港に寄港し、修理業者が右舷補機を開放・点検したところ、主軸受メタルやクランクピン軸受メタル等に異常はなかったものの、5番ピストンの冷却ノズル孔が完全に閉塞、3番、4番及び6番ピストンの各冷却ノズル孔が閉塞寸前、1番及び2番ピストンの各冷却ノズル孔が閉塞気味の状態になっていたほか、5番シリンダのピストンとシリンダライナとが焼き付いてピストン、シリンダライナ、連接棒及びプッシュロッド等が損傷するとともに、3番、4番及び6番シリンダの各シリンダライナも異常摩耗していることが判明したので、のち損傷部品を新替えまたは削正するなどの修理を行った。

(本件発生に至る事由)
1 定期整備時にピストン冷却ノズルの掃除が行われていなかったこと
2 A受審人が潤滑油を適切な間隔で新替えしていなかったこと
3 A受審人が潤滑油の新替え時に沈殿物を含んだ残油の処理やクランク室底部の掃除を行っていなかったこと
4 潤滑油及び潤滑油系統が著しく汚損していたこと

(原因の考察)
 本件は、ピストン冷却ノズル孔が閉塞してピストンの冷却が阻害されたことによって発生したものである。
 以下、事実認定の根拠で示した事実をもとに、その原因について考察する。
1 ピストン冷却ノズル孔の閉塞時期
 正常に運転されていた右舷補機が始動直後に不調になったことから、ピストン冷却ノズル孔が同補機の始動後に閉塞したことは、明らかである。
2 ピストン冷却ノズル孔の閉塞経緯
 以下の点及び前示の閉塞時期から、ピストン冷却ノズル孔は、潤滑油系統内の汚損が長期間にわたって徐々に進行してノズル孔が狭められていたところ、荒天避難中に剥離していたかあるいは始動時に剥離した潤滑油主管内壁等の付着物が流れ込んで閉塞した、と考えられる。
(1)A受審人が長期間適切な間隔及び方法で潤滑油を新替えしていなかった点
(2)ピストン冷却ノズルが長期間掃除されていなかった点
(3)潤滑油こし器より下流の潤滑油主管が著しく汚損していた点
(4)潤滑油こし器の金網が200メッシュ(0.074ミリ)、ノズル孔径が3.5ミリであるのに、上流の潤滑油こし器が閉塞せずに下流のピストン冷却ノズル孔が閉塞している点
(5)右舷補機が荒天避難中に2日半ほど停止されていた点
 すなわち、A受審人が潤滑油を適切な間隔及び方法で新替えしていれば、潤滑油中に添加された清浄分散剤の作用によって潤滑油系統内の汚損が著しく進行することはなく、ピストン冷却ノズル孔も閉塞に至るほど汚損されることはなかったと考えられるので、本件の発生は防止できたものと認められる。
 一方、潤滑油の性状管理は、前示の点から不適切ではあったとは認められるものの、主軸受メタルやクランクピン軸受メタル等に異常がないことから、不十分であったとまでは認められない。
 従って、本件は、A受審人が適切な間隔及び方法で潤滑油を新替えしなかったことを原因とするのが相当である。
 なお、A受審人が定期整備時にピストン冷却ノズルの掃除を整備業者に行わせていなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であり、ノズル孔を定期的に掃除していれば本件は発生しなかったと考えられるものの、ノズル孔を定期的に掃除することは機関取扱説明書でも要求されていないうえ、同人が潤滑油を適切な間隔及び方法で新替えしていれば、径3.5ミリのノズル孔が閉塞するほど潤滑油系統内の汚損が進行するとは考えられないので、本件発生の原因とするまでもない。しかしながら、ピストン冷却ノズルは簡単に取外しが可能なので、同種事故防止の観点から、定期整備時には同ノズルを取り外して掃除することが望ましい。

(主張に対する判断)
 理事官は、始動時にピストン冷却ノズルの噴油状況を点検しなかったことも原因の1つであり、始動時に噴油状況を点検することは機関取扱説明書にも記載されている旨主張するが、同点検は、初始動時、機関の組立時及び長期間停止後の再運転時の準備作業として記載されていて、日常の運転準備では適宜省略してもよいとされているうえ、点検時には全クランク室ドアを開放する必要があることからも、2日半の停止後に行わなければならない準備作業とは認められない。また、前示のとおり、ピストン冷却ノズル孔が閉塞したのは右舷機の始動後であることは明らかなので、始動時に噴油状況を点検してもノズル孔の閉塞が発見できたとは認められない。
 従って、理事官の主張は認められない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は、補機の潤滑油の性状管理に当たり、潤滑油の新替え間隔及び新替え方法が不適切で、潤滑油系統が著しく汚損したまま補機の運転が続けられ、ピストン冷却ノズル孔が閉塞してピストンの冷却が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、補機の潤滑油の性状管理に当たる場合、適切な間隔及び方法で潤滑油を新替えすべき注意義務があった。ところが、同人は、潤滑油を適切な間隔で新替えしなかったばかりか、抜き出せる量だけ新替えすればよいと思い、ウイングポンプで抜き出せる量の潤滑油を新替えしただけで、沈殿物を多量に含んだ残油の処理やクランク室底部の掃除を行わないなど、適切な間隔及び方法で潤滑油を新替えしなかった職務上の過失により、潤滑油系統が著しく汚損したまま補機の運転を続け、ピストン冷却ノズル孔が閉塞してピストンの冷却が阻害される事態を招き、ピストンとシリンダライナを焼損させるなどの損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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