3 事実の経過
豊浜丸は、昭和50年3月に一級小型船舶操縦士免許(一級小型船舶操縦士・特殊船舶操縦士 平成16年9月免許更新)を取得したA受審人が1人で乗り組み、東亜丸押船列の操船補助作業に従事する目的で、船首1.2メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、平成15年8月28日08時20分徳島県今切港の今切川河口部右岸にある土砂積出地を発し、同押船列に伴って徳島空港沖合の埋立工事海域へ向かった。
A受審人は、今切港長原導流堤灯台を替わして外海に出たところ、東亜丸押船列が、折からの南東寄りの高いうねりにより、目的地の徳島空港沖までの航行が困難な状況となって、一旦、今切川河口から1.7海里ばかり上流の同川右岸にある川内地区物揚場岸壁へ退避することとなったことから、08時45分B受審人の指示により、Uターンした同押船列バージ
6の左舷船首ビットから直径60ミリメートル長さ約15メートルの化学繊維製曳索を取り、その先端部のアイを後部甲板の前示フックに掛け、今切川の流れに抗した約1.5ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、同バージの左前方に位置して操船補助作業を開始した。
ところで、当時、豊浜丸が従事していた操船補助作業とは、東亜丸押船列に常に伴い、同押船列の回頭時などに、バージ
6の船首を押したり、同バージの船首部から曳索を取って引いたりすることであったが、曳索を取って引く場合は後方へ引っ張られる力が強く働くので、豊浜丸は、コルトノズル船であることなどに起因して、操縦性能及び保針性能が、極めて悪くなる傾向があったうえ、同索を掛けるフックが甲板上約1.2メートルの比較的高い位置に設けられていたことなどから、正横方向へ横引きされる状態になると転覆するおそれがあった。 08時50分A受審人は、今切港長原導流堤灯台から245度140メートルの地点付近に達したとき、狭い河口部を無難に通過し終えた東亜丸押船列から、バージ
6に上乗りしていた作業員の手信号による合図や拡声器などによって、曳索を速やかに解纜(かいらん)するよう繰り返し指示されたものの、舵効が極めて悪い状況下での操船を強いられていたことなどに起因して、同押船列の操船補助作業を行うことに精一杯であったうえ、豊浜丸の操舵室内は機関音が大きくて外部からの音を聞き難かったことなどから、曳索解纜の指示に気付かないまま、前示作業を続けた。
そして、A受審人は、今切港長原導流堤灯台から270度430メートルの地点に設置されている右舷灯浮標を替わして、右転したのち、08時57分半同灯台から265度470メートルの地点に至ったとき、今切川河口から0.7海里上流付近に設置されている遡航導標を船首目標として、東亜丸押船列の針路をほぼ312度に定め、同川の流れに抗した約1.5ノットの速力で、操船補助作業に従事しながら、手動操舵によって進行した。
こうして、A受審人は、その後も、保針が容易でない状況の下、依然として、曳索解纜の指示に気付かないまま、同索を速やかに解纜することなく、懸命に操船補助作業に従事しながら続航中、09時00分今切港長原導流堤灯台から275度570メートルの地点において、川の流れなどの外力を受けて、船体が左方へ大きく振られるように急激に斜航し、船首がほぼ西方を向いたとき、豊浜丸は、バージ6の船首部に追い越され、曳索が右舷正横方向へ強く張って横引きされる状態となり、そのまま、右舷側へ大きく傾斜して転覆した。
当時、天候は晴で風力4の南東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期に当たり、今切川には約1.5ノットの流れがあった。
また、東亜丸は、平成14年11月に交付された一級小型船舶操縦士免状を有するB受審人が1人で乗り組み、船首1.2メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、土砂を満載して船首尾とも3.0メートルの等喫水となったバージ
6と押船列をなし、同バージ上に上乗り作業員1人を乗せ、豊浜丸と同じく、28日08時20分前示土砂積出地を発し、徳島空港沖合の埋立工事海域へ向かった。
そして、B受審人は、豊浜丸を伴って外海に出たところ、目的地の徳島空港沖まで航行できない状況であったことから、川内地区物揚場岸壁へ退避することとしたものの、今切川の狭い河口部を通過することに不安を覚えたので、08時45分曳索をバージ
6から豊浜丸に取って今切川の遡航を始めた。
ところで、B受審人は、豊浜丸に曳索を取ると、その操縦性能及び保針性能が極めて悪くなることから、同船が操船補助作業中に横引きされる状態となると、引かれた舷側方へ大きく傾斜して、転覆するおそれがあることを十分に認識していたのであった。
B受審人は、豊浜丸に曳索を取ったとき、前示のとおり、同船の操縦性能及び保針性能が極めて悪くなり、横引きされると転覆するおそれがあることを十分に認識していたので、曳索を取ったまま、長きに渡って操船補助作業に従事させないよう、A受審人に対し、今切川の狭い河口部を通過したならば、東亜丸押船列からの合図を待つことなく、曳索を解纜するよう明確に指示する必要があったが、事前に同受審人と河口内に入ったならば曳索を解纜する旨の打ち合わせを行っていたので、その意図が十分に伝わっているものと思い、曳索解纜の時機を明確に指示しなかった。
こうして、B受審人は、豊浜丸に曳索を取って今切川の河口部を無難に通過したものの、河口内に入っても同船が曳索を解纜しなかったことから、前示のとおり、数回に渡って曳索の解纜指示を繰り返しながら遡航中、09時00分東亜丸押船列は、針路312度速力1.5ノットで進行していたとき、豊浜丸が前示のとおり転覆した。
転覆の結果、豊浜丸は、機関及び船橋の計器類に濡れ損を生じたが、付近にいた他の作業船によって発航地に引き付けられ、のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、針路を保持することに精一杯の状況であったことや、操舵室内の機関音が大 きかったことにより、B受審人からの曳索の解纜指示に気付かなかったこと。
2 豊浜丸が大きく左へ振れて横引きされる状態となったこと。
3 B受審人が曳索の解纜時機を明確に指示しなかったこと。
(原因の考察)
豊浜丸は、今切港において、東亜丸押船列の操船補助作業に従事中、1人で船橋当直に当たっていた船長が、同押船列バージ
6から取った曳索を解纜するように指示された場合、同バージ上乗り作業員の手信号による合図や拡声器による曳索の解纜指示を見落とすことなく、速やかに、同索を解纜することは可能であったものと認められる。
従って、A受審人が、東亜丸押船列バージ6から取った曳索を解纜するように指示されたとき、操縦性能や保針性能が悪い状況下での操船を強いられていたことなどに起因して、針路を保持することに精一杯であったことや、操舵室内では機関音が大きくて外部からの音を聞き難かったことなどから、前示指示に気付かず、曳索が速やかに解纜されないまま、豊浜丸が横引きされる状態となったことは、本件発生の原因となる。
東亜丸押船列は、同押船列バージ
6から豊浜丸に曳索を取り、今切川を遡航する場合、指揮を執っていた東亜丸船長が、豊浜丸に対し、狭い河口部を無難に通過して曳索が不要となったなら、同索を速やかに解纜するよう、解纜時機を明確に指示しておくことは、十分に可能であったものと認められる。
従って、B受審人が、その旨の指示を明確に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件転覆は、徳島県今切港において、豊浜丸が、東亜丸押船列の操船補助作業に従事中、同押船列バージ
6から取った曳索を解纜する旨の指示があった際、これに気付かず、曳索が速やかに解纜されないまま、横引きされる状態となったことと、同押船列が、曳索を取る際、曳索の解纜時機を明確に指示しなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、徳島県今切港において、豊浜丸の船長として1人で操舵操船に当たり、東亜丸押船列の操船補助作業に従事しながら今切川を遡航中、同押船列バージ
6から取った曳索を解纜する旨の指示があった場合、速やかに同索を解纜しないと横引きされる状態となり、転覆するおそれがあったのであるから、曳索解纜の時機を失しないよう、その解纜指示を見落とさないようにすべき注意義務があった。ところが、同人は、操縦性能や保針性能が悪い状況下での操船を強いられていたことなどに起因して、針路を保持することに精一杯であったことや、操舵室内では機関音が大きくて外部からの音を聞き難かったことなどから、バージ
6上乗り作業員の手信号や拡声器による曳索の解纜指示に気付かず、速やかに同索を解纜しなかった職務上の過失により、豊浜丸は、船体が左方へ大きく振られるように急激に斜航して、ほぼ西方を向いたとき、同バージの船首部に追い越され、曳索が右舷正横方向へ強く張って横引きされる状態となり、そのまま右舷側に大きく傾斜して転覆を招き、機関及び船橋の計器類に濡れ損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、豊浜丸に操船補助作業を行わせて今切川を遡航するに当たり、同船に東亜丸押船列バージ
6から曳索を取る場合、豊浜丸が横引きされると転覆するおそれがあったのであるから、横引きされる状態とならないよう、曳索の解纜時機を明確に指示すべき注意義務があった。ところが、同人は、河口内に入ったならば曳索を解纜する旨の打ち合わせを事前に行っていたので、その意図が十分に伝わっているものと思い、曳索の解纜時機を明確に指示しなかった職務上の過失により、前示のとおり、豊浜丸の転覆を招くに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。