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 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) >  転覆事件一覧 >  事件





平成15年函審第69号(第1)
平成15年函審第70号(第2)
件名

(第1)プレジャーボート(船名なし)転覆事件
(第2)プレジャーボート(船名なし)転覆事件
第二審請求者〔理事官阿部房雄〕

事件区分
転覆事件
(第1、第2)
 
言渡年月日
平成16年10月22日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(黒岩 貢、岸 良彬、野村昌志、赤川正臣、烏野慶一)

理事官
阿部房雄

(第1)
 
指定海難関係人
A 職名:C社代表取締役兼カヌーガイド
指定海難関係人
B 職名:プレジャーボート(船名なし)乗組員
(第2)
 
指定海難関係人
A 職名:C社代表取締役兼カヌーガイド

損害
(第1)乗組員が溺死、乗組員が13日間の入院加療を要する溺水
(第2)乗組員が溺死、代表取締役兼カヌーガイドが3日間の入院加療を要する低体温症

原因
(第1)気象・海象に対する配慮不十分、乗組員が低水温に耐えられる服装を着用していなかったこと
(第2)気象・海象に対する配慮不十分、乗組員が低水温に耐えられる服装を着用していなかったこと

主文

(第1)
 本件転覆は、カヌーツアー業者兼カヌーガイドが引率してカヌーツアー中、天候悪化が予想された際、速やかに湖岸に戻らなかったことによって発生したものである。
 乗組員が死傷したのは、低水温に耐えられる服装を着用していなかったことによるものである。
(第2)
 本件転覆は、カヌーツアー中、天候悪化が予想された際、速やかに湖岸に戻らなかったことによって発生したものである。
 乗組員等が死傷したのは、低水温に耐えられる服装を着用していなかったことによるものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
(第1)及び(第2)
 平成15年6月4日12時40分
 北海道川上郡弟子屈町屈斜路湖
 (北緯43度40.0分 東経144度24.1分)

2 船舶の要目
(第1)
(1)要目
船種船名 プレジャーボート(船名なし)
全長 4.86メートル
(2)設備及び性能等
 プレジャーボート(船名なし)(以下「アパラチアン」という。)は、ロイヤレックスと呼ばれる、軽量かつ柔軟性のある樹脂素材で製造されたオープンデッキの最大積載重量488キログラムのカナディアンカヌー(以下「カヌー」という。)で、船首から1.4メートル後方、舷縁から0.1メートルばかり下方に船首シートが、船尾から1.0メートル前方、舷縁から0.1メートル下方に船尾シートが、船体中央部にスウォートと称する、船体の補強を兼ねたカヌーを担ぐとき肩に乗せるための横棒がそれぞれ取り付けられていた。
 カヌーは、横断面の形状により、フラットボトム、ラウンドボトム、両者の中間であるシャローアーチに分類され、アパラチアンは、シャローアーチであった。
 フラットボトム艇は、一次安定性の範囲である横傾斜約15度までの復原力に優れているものの、同角度を超えると安定性が悪くなり、ラウンドボトムはその逆で、シャローアーチはその中間といわれているが、アパラチアンの形状はフラットボトム艇に近く、横波により転覆しやすい形状となっていた。一方、オープンデッキであることから、浸水防止用のスプレーカバーを操船者の周囲に取り付けたクローズドデッキのカヤックと異なり、波浪の高まりで波を被ると、瞬時に水が艇内に溜って復原力の減少を招き、さらに、軽量で浅喫水ゆえに風により簡単に圧流されるなど、風浪の影響を受けやすく、操船者は常に天候の変化に注意する必要があった。
 また、カヌーでは、船尾シートに座るスターンマンが艇長となり、船首シートに座るバウマンを指揮しながら操船し、通常、備品として、パドル2本、転覆したときに艇の引き起こしを容易にするための浮力体、雨水等を汲み出すためのベイラー、緊急時の投綱等が装備されていた。
(第2)
船種船名 プレジャーボート(船名なし)
全長 4.86メートル
(2)設備及び性能等
 プレジャーボート(船名なし)(以下「キャンパー」という。)は、アパラチアンとほぼ同じ位置にシート、スウォートを備えたフラットボトムのオープンデッキ型最大積載重量408キログラムのロイヤレックス製カヌーで、横波により転覆しやすいなど、アパラチアンと同様、風浪の影響を受けやすい特性を持っていた。

3 事実の経過
(第1)及び(第2)
(1)屈斜路湖
 屈斜路湖は、北海道東部の阿寒国立公園内に位置し、北に標高1,000メートルの藻琴山が、西に標高974メートルのサマッカリヌプリが、南西に標高898メートルのサマッケヌプリが、南に標高732メートルの辺計礼(べけれ)山が、東に標高512メートルの硫黄山や標高857メートルの摩周岳等の山々が存在する周囲58キロメートル、面積79.4平方キロメートル、湖面の標高121メートルのカルデラ湖であった。
 また、カルデラ湖としての特性から、テレビ等の天気予報、あるいはインターネットのピンポイント天気予報にも現れない突風や特有の風向きの変化といった気象現象が起こりやすく、天候が悪化すると山からの強い吹き下ろし風のため湖上は大時化となり、ときには波高1メートルを超える波浪が現れることもあった。
 また、6月初旬の屈斜路湖の水温は、摂氏10度前後となり、カヌーの転覆などで湖に転落した場合、直ちに引き揚げ救助しないと低体温症に陥って死に至る危険性があり、同湖の天候が変わりやすいこと、カヌーが横波により転覆しやすいこと、プレジャーボート等の航行が少なく、転覆時の発見、救助が期待できないこと等を考慮すると、この時期のカヌーツアーでは、天候に配慮した安全なツアー場所の選定に加え、ドライスーツなど低水温に耐えられる服装の着用が推奨されていた。
(2)碁石浜沖合
 碁石浜は、屈斜路湖北東部に位置する湖岸で、南側に南北2.5キロメートル東西2.2キロメートルの湾が開け、北方に藻琴山系の山々が、東方に川湯方面の平地が広がっていた。
 北風が強吹すると、その風は藻琴山系の谷筋を通り抜けるものや、同山越えの吹き下ろし風となるが、碁石浜沖合については、同浜中央部北側に位置する碁石山からの吹き下ろし風、同山西側からの北寄りの風、川湯方面の平地を経由した東寄りの風があり、山陰となった湖岸に近い部分では、比較的風の弱いところがあるものの、これらの風がある領域で収束すると、風は急速に強まって波も高くなり、地元では屈斜路湖内でも特に波の立つところとして知られていた。
 また、碁石浜は、幹線道路から離れた人家のない森林地帯にあり、湖岸沿いに狭い未舗装の道路が設けられていたが、たまに釣り人等が車で通行するだけで、同浜沖合でプレジャーボートを見かけることもほとんどなかった。
(3)カヌーツアー
 近年のアウトドアブームにより屈斜路湖周辺には多くのペンション等の宿泊施設が建てられ、一方ではウォータースポーツの広まりとともに同湖が起点となる釧路川のカヌーツアーが全国規模で有名になった。このため、これらペンション等では、カヌーツアーをイベントに掲げて宿泊客を集め、そのオーナー達がカヌーガイドとなって同湖内でのカヌー・カヤックスクールや、釧路川のカヌーツアーを催すようになった。
 また、釧路川カヌーツアー参加者のほとんどがカヌーに初めて乗る客であったため、川下りの前にカヌーに慣れるための屈斜路湖内でのカヌーツアーも行われていた。
 一方、屈斜路湖の急変しやすい気象現象については、地元では広く知られており、同湖内でカヌーツアーを催す多くの業者は、ツアー場所として、同湖南部和琴半島周辺の、どの方向の風浪に対しても直ちに湖岸に戻れる、もしくは同半島の陰に避難できるところを選択し、避難場所のない碁石浜沖合はその対象に入っていなかった。
(4)6月4日の気象概況
 アジア太平洋地上天気図によると、6月3日21時の気圧配置は、オホーツク海中部に986ヘクトパスカル(hPa)の低気圧が、沿海州に996hPaの低気圧が、日本のはるか東方には1,024hPaの優勢な高気圧がそれぞれあって、北海道南部から太平洋側にかけての気圧傾度が大きかった。沿海州の低気圧は翌4日06時には北見枝幸沖に進み、まもなく消滅したが、この低気圧から日本海西部にのびていた顕著な気圧の谷はそのまま残ってオホーツク海中部に停滞した988hPaの低気圧と繋がり、09時には気圧の谷の軸(以下「軸」という。)は紋別付近を通り、北海道東部は、依然、強い気圧傾度の範囲にあった。
 一方、4日09時の850hPa等圧面(地上約1,500メートル)及び700hPa等圧面(同3,000メートル)のアジア太平洋高層天気図を見ると、オホーツク海北部から北海道にのびる寒冷な気圧の谷があり、上空は強風帯で南北の気温傾度が強く、また、大気は湿潤で不安定な状態であり、大気の上昇、下降運動が活発化し易い状況となっていた。
(5)転覆に至る経緯
 アパラチアン、キャンパー及びカヤックは、A指定海難関係人の所有するワゴン車及び軽トラックに積み込まれ、同人ほかフィッシングツアーに参加するB指定海難関係人、D乗組員、E乗組員及びカヤック乗組員が分乗して6月4日10時30分原野YGHを出発し、11時00分碁石山312.4メートル頂の三角点(以下「基点」という。)から147.7度(真方位、以下同じ。)430メートルの、碁石浜の一角にある湖岸に到着した。
 ところで、A指定海難関係人は、屈斜路湖の急変しやすい気象現象について十分に承知し、多くのカヌーツアー業者がツアー場所として和琴半島周辺を選択する理由についても理解していたが、碁石浜沖合が天候悪化時には特に波の立つ場所であることを知らなかったこともあり、あめますの大物が釣れることで話題となっていた同沖合にカヌーを出して釣りをすることになったものであった。また、同人は、この時期の屈斜路湖の水温が摂氏10度前後であることを知っており、カヤックスクール用に10着ほどのドライスーツを保有していたが、原野YGH出発時、短時間の釣りだからと乗組員にヤッケなどを着るよう申し渡しただけで、ドライスーツあるいは低水温に耐えられる服装を用意しなかった。
 A指定海難関係人は、3艇を車から降ろしたあと、ヤッケ姿の乗組員全員にライフジャケットを着けさせるとともに、自らもTシャツの上にライフジャケットを着け、アパラチアンにB指定海難関係人及びD乗組員を、キャンパーにE乗組員をそれぞれ乗せ、自らはキャンパーに乗り込み、両艇に投綱、錨の代用として重量7.5キログラムのコンクリートブロック、釣り道具等をそれぞれ積み込んだが、浮力体は釣りの邪魔になると判断して積み込まなかった。
 アパラチアンは、カヌー経験の浅いB指定海難関係人が船首シートに、同経験が豊富なD乗組員が艇長として船尾シートに、キャンパーは、E乗組員が船首シートに、A指定海難関係人が艇長として船尾シートにそれぞれ乗り組み、両艇とも船首0.15メートル船尾0.17メートルの喫水をもって、カヤック乗組員が乗るカヤックとともに魚釣りの目的で、11時10分前示湖岸を発し、基点から148.3度480メートルの、湖岸から50メートルの釣り場に向かった。
 11時15分A指定海難関係人は、釣り場に到着してしばらくの間釣りを行ったものの、釣果がなかったことから、湖岸沿いを西方へ移動し、11時50分基点から215度360メートルの地点に至ったとき、空が暗くなって西風が吹き出したので、3艇とも釣りを中止して昼食をとることとし、12時00分発航地点近くまで戻ったところ、風が弱くなったことを認めた。
 A指定海難関係人は、風向きやその強さが度々変化することで天候の悪化を懸念し始めていたが、乗組員に何とか日頃できないことを湖上で体験させたいとの思いもあり、湖岸に戻ることに躊躇しつつカヌーを走らせていた矢先に風が弱くなったことから、湖岸から50メートル付近であれば天候が悪化しても直ちに湖岸に戻れると判断し、乗組員に昼食を湖上でとろうと呼びかけ、再び沖合に向かった。
 そのころ、周辺の川湯地区や屈斜路湖南部地域では、空が急に暗くなるとともに北寄りの強風が吹き出して気温も急激に下がり始め、同湖は大荒れの様相を呈し始めており、発航地点付近で風が弱まったのも、たまたま碁石山の陰の弱風帯に入ったためであった。
 12時15分A指定海難関係人は、前示釣り場となる、基点から148.3度480メートルの地点において、キャンパーの左舷側にアパラチアンを、右舷側にカヤックを、3艇とも同じ方向を向くようロープで繋ぎ、キャンパーとアパラチアンに積んだ錨代わりのコンクリートブロックにそれぞれ投綱を錨索として取り付け、水深5メートルの湖底に投じ、同ブロックが底に着いたところで錨索を延ばさないまま各艇の船尾シートに結わえた。
 こうして3艇は、コンクリートブロックの水中重量が約3キログラムとなること、錨索にたるみがほとんどなかったこと、同ブロックを投じた湖底が湖中央に落ち込む斜面であったこと等から、同ブロックによる把駐力がほとんど期待できない状態のまま、東方を向首した態勢で錨泊を開始した。
(第1)
 このころA指定海難関係人は、空がますます暗くなり、天候が急激に悪化する兆候を明確に認めており、碁石浜沖合に避難場所がないこと、転覆すると低体温症となるおそれがあることなどを考慮すると、天候に対し十分に配慮し、D乗組員及びB指定海難関係人に対し、速やかに湖岸に戻るよう指示すべき状況となっていたが、依然、湖岸から50メートル程度の距離であれば直ぐに戻れると思っていたことから、同指示をすることなく昼食をとり始めた。
 一方、B指定海難関係人は、カヌーの運航について自ら判断できる立場になく、A指定海難関係人を信頼して同人の指示に従っていた。
 そして、まもなく吹き出した北東風により、12時20分アパラチアン及びキャンパーが走錨し、カヤックを含めた3艇とも南西方に毎分10メートルの速力(対地速力、以下同じ。)で圧流され始めたが、A指定海難関係人は、乗組員と談話していてこのことに気付かなかった。
 12時30分A指定海難関係人は、左舷方を見たとき、発航地点に駐車したワゴン車の見え方が昼食をとり始めた時点と明らかに異なり、同車との距離も大分離れたことを認め、100メートルばかり風下に圧流されたこと、さらに北東寄りの風が強まってきたことにようやく気付き、直ちに錨を揚げて3艇を繋いだロープを解き、湖岸に戻ることとした。
 D乗組員及びB指定海難関係人は、12時35分漕ぎ出す準備が整うと同時に、風上に向けて漕ぎながら湖岸に近づくようにとのA指定海難関係人の指示に従い船首を045度に向けて漕ぎ始めたが、すでに風は増勢して波浪も高まり、ときには波高1メートルを超す波も打ち寄せて艇内に水が滞留するようになり、懸命に漕いでも逆に風下に流される状況となっていた。
 12時40分アパラチアンは、基点から169.5度560メートルの地点において、右舷船首方から高起した波浪を受け、大きく左方に振られて波に対し真横となり、315度を向首した状態で左舷側に転覆した。
 当時、天候は曇で毎秒15メートルの北東風が吹き、波高0.7メートルで、水温は摂氏10度であった。
(第2)
 このころA指定海難関係人は、空がますます暗くなり、天候が急激に悪化する兆候を明確に認めており、碁石浜沖合に避難場所がないこと、転覆すると低体温症となるおそれがあることなどを考慮すると、天候に対し十分に配慮し、速やかに湖岸に戻る措置をとるべき状況となっていたが、依然、湖岸から50メートル程度の距離であれば直ぐに戻れると思っていたことから、同措置をとることなく昼食をとり始めた。
 そして、まもなく吹き出した北東風とともに、12時20分アパラチアン及びキャンパーが走錨し、カヤックを含めた3艇とも南西方に毎分10メートルの速力で圧流され始めたが、A指定海難関係人は、乗組員と談話していてこのことに気付かなかった。
 12時30分A指定海難関係人は、左舷方を見たとき、発航地点に駐車したワゴン車の見え方が昼食をとり始めた時点と明らかに異なり、同車との距離も大分離れたことを認め、100メートルばかり風下に圧流されたこと、さらに北東寄りの風が強まってきたことにようやく気付き、直ちに錨を揚げて3艇を繋いだロープを解き、湖岸に戻ることとした。 キャンパーの漕ぎ出す準備を終えたA指定海難関係人は、12時35分アパラチアン及びカヤックが漕ぎ出すのを見届けてから、E乗組員に漕ぎ方を指示しながら船首を045度に向けて漕ぎ始めたが、すでに風は増勢して波浪も高まり、ときには波高1メートルを超す波が打ち寄せて艇内に水が滞留するようになり、懸命に漕いでも逆に風下に流される状況となっていた。
 12時40分キャンパーは、基点から169.5度560メートルの地点において、左舷船首方から高起した波浪を受け、大きく右方に振られて波に対し真横となり、135度を向首した状態で右舷側に転覆した。
 当時、天候は曇で毎秒15メートルの北東風が吹き、波高0.7メートルで、水温は摂氏10度であった。
(6)転覆後の状況
(第1)及び(第2)
 転覆の結果、アパラチアン及びキャンパーの乗組員等は全員船外に投げ出された。
 一方、カヤックは、難儀しながらも湖岸に近づいていたが、カヤック乗組員が後方を振り返ったとき、アパラチアン及びキャンパーの転覆とその周囲に浮いている乗組員等を認めて引き返したところ、キャンパーにつかまっていたA指定海難関係人から携帯電話で救助を要請するよう頼まれ、12時44分119番通報を行った。通報をしている間にもカヤックは風下に圧流され、約1時間後対岸となる仁伏(にしぶ)地区の桟橋(以下「桟橋」という。)に漂着した。
(第1)
 通報によりG消防署及びH支署所属の水難救助隊が13時22分桟橋からゴムボートで出動し、13時52分桟橋の北方1,500メートルの地点で、アパラチアンを発見するとともにB指定海難関係人及びD乗組員を収容し、14時03分桟橋到着後、直ちに救急車で病院に搬送されたが、D乗組員が溺死し、B指定海難関係人が13日間の入院加療を要する溺水を負った。
(第2)
 水難救助隊は、アパラチアンの乗組員を桟橋で下ろして再出動し、14時15分桟橋の北方1,000メートルの地点で、キャンパーを発見するとともにA指定海難関係人及びE乗組員を収容し、14時25分桟橋到着後、直ちに救急車で病院に搬送されたが、E乗組員が溺死し、A指定海難関係人が3日間の入院加療を要する低体温症を負った。

(本件発生に至る事由)
(第1)及び(第2)
1 A指定海難関係人が、天候が悪化すると特に波の高起する場所であることを知らないままツアー場所に碁石浜沖合を選んだこと
2 A指定海難関係人が、低水温の湖上でカヌーツアーを開始する際、転覆した場合を想定して低水温に耐えられる服装を着用させなかったこと
3 A指定海難関係人が、錨として水中重量約3キログラムのコンクリートブロックを使用したうえ、錨索を水深分延出しただけでシートに結わえ、把駐力がほとんど期待できない状態で錨泊したこと
4 A指定海難関係人が、走錨に気付かなかったこと
(第1)
1 A指定海難関係人が、天候悪化の兆候を認めた際、速やかに湖岸に戻るよう指示しなかったこと
(第2)
1 A指定海難関係人が、天候悪化の兆候を認めた際、速やかに湖岸に戻らなかったこと

(原因の考察)
(第1)及び(第2)
 本件転覆は、北海道屈斜路湖におけるカヌーツアーにおいて、湖岸沖合50メートルの地点で昼食をとるため錨泊中、天候が悪化して走錨し、高起した波浪を受けて転覆したものであり、その原因について検討する。
1 天候に対する配慮
 アジア太平洋天気図の解析により、事故前後の低気圧の谷の軸の移動速度を推測すると、4日03時から06時は毎時約29キロメートル(以下「キロ」という。)、06時から09時は毎時約16キロ、09時から15時は毎時約41キロとなり、この軸は、4日12時から13時にかけて屈斜路湖付近を通過したものと推測される。
 気象観測所の観測記録によると、4日12時までは気温上昇があり、その後14時までの間に14.5度の急激な気温降下が見られる。これらは、気圧の谷の通過による寒冷前線に上空の寒気塊の移流降下によると見られる。同観測記録による風向風速の変化は、11時ごろから風が強まり、13時ごろが最大で、風向は北に変わっており、10分値データによると、12時40分に風速の急増があった。
 一方、H支署では、13時過ぎ平均風速毎秒18メートル、瞬間最大風速毎秒26メートルを観測し、F証人は、12時ごろ家にいるとき空が暗くなり突風が吹き始めた、と証言している。
 これは、上空寒気の接近による大気の不安定化と前線による積乱雲の発生とによる強い下降流が起こり、地表に到達後、急激に発散して突風となったものと考えられる。
 以上は、事故後、気象資料の解析から明らかになったもので、テレビ等の天気予報では発表されていない。しかしながら、屈斜路湖の天候はインターネットのピンポイント天気予報でも予測できず、現場で判断しないと分からないことは、A指定海難関係人も十分に承知し、また、現地では12時ごろ確実に天候が悪化し始め、そのころ発航地点に戻ろうと湖岸に近づいた同人も天候悪化を懸念し、沖合に錨泊したころにはその兆候を明確に認めていた。
 一方でA指定海難関係人は、カヌーが風浪に影響されやすいこと、碁石浜付近に避難場所がないこと、水温は摂氏10度前後であり、転覆すると乗組員は低体温症の危険にさらされることを承知していた。
 このような状況の下、A指定海難関係人が、乗組員に日頃できないことを体験させたいとのツアー主催者としての思いもあって、天候に対する配慮が不十分となり、両艇を湖岸に戻さなかったことは、本件発生の原因となる。
2 ツアー場所の選定
 A指定海難関係人が、ツアー場所に天候が急変すると避難場所のない碁石浜沖合を選んだことは、転覆に至る過程で関与した事実であるが、天候悪化の兆候を認めた段階で湖岸に戻っていたら転覆は発生していないことから、結果との相当性のある因果関係はなく、原因とするまでもない。しかしながら安全なツアー場所の選定は、ツアー催行の基本であり、地元住民から碁石浜付近についての十分な知識を得ていなかったことは反省すべき点である。
3 錨の運用及び走錨の監視
 錨として水中重量の軽いコンクリートブロックを使用したばかりか、錨索を十分に延ばさず、錨に把駐力がほとんどなかったこと、A指定海難関係人が走錨に気付かなかったことは、転覆に至る過程で関与した事実であるが、天候悪化の兆候を認めた段階で湖岸に戻っていたら転覆は発生していないことから、結果との相当性のある因果関係はない。ところで、このクラスのプレジャーボートに錨を積むことはほとんどなく、艇の運航者に錨の適切な運用や走錨の監視を求めるのは難しいところであるが、カヌー等を引率するガイドであれば、安全なツアー催行のため、錨索の出し方等の錨の運用方法を知っておくべきであり、天候悪化の兆候を認めていたのに錨泊中の位置確認を怠ったこともまた、是正すべき事実である。
4 低水温に耐えられる服装の着用
 当時の屈斜路湖の水温が摂氏10度であり、軽装の乗組員等が長時間湖水に漬かっているうちに低体温症になり、死傷者が出たことは間違いのない事実である。同湖の天候は急変する可能性があること、カヌーが風浪に影響されやすく、転覆も考えられること、碁石浜沖合に避難場所のないこと、転覆時、他艇による救助が期待できない点などを考慮すると、たとえ短時間のツアーでもドライスーツ等の低水温に耐えられる服装が求められ、これを着用しなかったことは、乗組員等死傷の原因となり、改善すべき点である。

(通信手段の確保について)
(第1)及び(第2)
 本件では、A指定海難関係人の携帯電話が転覆とともに水中に落下して使えず、同行したカヤック乗組員の所持する携帯電話により119番通報が行われ、さらに同人と救助隊との通話により遭難場所の特定、状況等が判明したもので、携帯電話が遭難者の収容に大いに役立った。湖上におけるツアーでは、通信手段の確保が重要であることは言うまでもなく、本件により携帯電話の重要性を再認識し、乗艇者が、防水またはビニール製の防水バッグに入れた携帯電話を身に着けるなど、緊急時の通信手段を確保し、適切な対応を図ることを切望する。

(海難の原因)
(第1)
 本件転覆は、北海道屈斜路湖において、カヌーツアー業者兼カヌーガイドが引率してカヌーツアー中、天候悪化が予想された際、速やかに湖岸に戻ることなくカヌーツアーを続け、風浪により湖岸近くの錨泊地点から沖合に圧流され、高起した波浪を受けたことによって発生したものである。
 乗組員が死傷したのは、低水温に耐えられる服装を着用しなかったことによるものである。
(第2)
 本件転覆は、北海道屈斜路湖において、カヌーツアー中、天候悪化が予想された際、速やかに湖岸に戻ることなくカヌーツアーを続け、風浪により湖岸近くの錨泊地点から沖合に圧流され、高起した波浪を受けたことによって発生したものである。
 乗組員等が死傷したのは、低水温に耐えられる服装を着用しなかったことによるものである。

(指定海難関係人の所為)
(第1)
 A指定海難関係人が、北海道屈斜路湖において、アパラチアンを引率してカヌーツアー中、天候悪化の兆候を認めた際、アパラチアン乗組員に対し、錨泊地点から速やかに湖岸に戻るよう指示しなかったことは、本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、同人が本件について十分に反省し、現在、カヌーツアーの催行を自粛し、今後も実施しないことを明言している点に徴し、勧告しない。
 B指定海難関係人の所為は、本件発生の原因とならない。
(第2)
 A指定海難関係人が、北海道屈斜路湖において、カヌーツアー中、天候悪化の兆候を認めた際、錨泊地点から速やかに湖岸に戻らなかったことは、本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては、同人が本件について十分に反省し、現在、カヌーツアーの催行を自粛し、今後も実施しないことを明言している点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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