(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年5月2日11時30分
早崎瀬戸
(北緯32度33.5分 東経130度06.4分)
2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 |
旅客船福丸 |
総トン数 |
7.9トン |
全長 |
15.15メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
330キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 船体構造等
福丸は、平成4年11月に進水した限定沿海区域を航行区域とする最大搭載人員が旅客20人船員2人の、レーダーを装備したFRP製旅客船で、船体ほぼ中央からやや船尾寄りの甲板上に構造物を設けてその前後がそれぞれ前部甲板及び後部甲板となっており、構造物の前部に操舵室、後部に客室を設けていた。
イ 操縦性能等
速力は、機関回転数毎分500(以下、回転数については毎分のものを示す。)が極微速力の約2.5ノット、同回転数1,800が全速力の約21ノットで、操舵室に設けた機関遠隔操縦装置で機関回転数を上下できるようになっており、電動油圧式の操舵装置を舵輪で操作すると、舵中央から各舷最大舵角までとるための舵輪の回転数はそれぞれ2回転半で、実際に舵が最大舵角をとるために要する時間は、舵輪を操作したのち約2秒を要し、自動操舵装置は備えていなかった。
3 事実の経過
福丸は、A受審人が前回と同じ知人から、観光客を長崎県口之津港で自船と僚船に分乗させているかウオッチングを行うよう依頼を受け、同人が1人で乗り組み、回航の目的で、平成16年5月2日09時30分龍ヶ岳町池ノ浦を発し、口之津港に向かった。
ところで、A受審人は、小亀岩灯標周辺海域の航行経験から、同灯標南側近くの海域には航行の支障となる障害物はないとの認識をもったまま、その後、備え付けの海図に当たって付近の水路調査を十分に行っていなかったので、通詞島北西岸から北方の小亀岩灯標までの約1,000メートルの海域には、陸岸から約600メートル沖合まで干出岩があって、その北端から同灯標間の約400メートルの海域には険礁が拡延していることを知らなかった。
発航後、間もなく、A受審人は、池ノ浦から北北西方約1.5海里の地点に当たる熊本県天草郡倉岳町棚底沖合で僚船の第五浦和丸(以下「浦和丸」という。)と落ち合い、自船の速力が同船より速いので先航して熊本県本渡港で用を足す旨を同船船長に携帯電話で告げ、11時前には両船がそれぞれ口之津港奥の桟橋に着桟することにして回航を再開した。そして、口之津港外で浦和丸に追い付き、同船と港内を同航して10時50分港奥にある桟橋に着桟し、以前から面識のあった浦和丸船長と会話を交わしながら観光客の到着を待った。
A受審人は、浦和丸船長が早崎瀬戸でいるかウオッチングを度々行って小亀岩灯標周辺海域の水路事情に詳しいことを知っていたものの、同灯標南側近くの海域には航行の支障となる障害物はないとの認識をもっていたので、依然として、付近の水路事情を同船長に聞くとか、備え付けの海図を参照するなどして、水路調査を十分に行うことなく、やがて、桟橋に到着した観光客を自船と浦和丸に分乗させて発航することにした。
こうして、福丸は、観光客18人を乗せ、いるかウオッチングの目的で、船首0.55メートル船尾1.38メートルの喫水をもって、11時05分口之津港を発し、観光客12人を乗せた浦和丸に先航して小亀岩灯標付近の海域に向かった。
発航後、A受審人は、観光客を客室で休息させ、自らは操舵室で操舵操船に当たって港外に向かい、11時10分口之津港東防波堤灯台を左舷側に約300メートル離して通過したのち、徐々に機関回転数を上げ、同時13分口之津灯台から223度(真方位、以下同じ。)1,700メートルの地点に達したとき、針路を小亀岩灯標南側近くの海域に向首するよう、244度に定め、機関を回転数1,800の全速力前進にかけ、21.0ノットの対地速力で進行した。
11時25分、A受審人は、小亀岩灯標から108度300メートルの地点に達したとき、機関を回転数500に下げて速力を2.5ノットの極微速力に減じ、観光客に前部甲板に出ているかを見るよう告げて続航した。
減速したとき、A受審人は、小亀岩灯標南側に拡延する険礁に向首する状況であったが、このことに気付かず、右舷方を向いているかを探しながら同じ針路で進行中、ふと右舷側の海中を見たとき、藻が揺れているのを認めて危険を感じた直後、11時30分、突然船尾に衝撃を感じ、福丸は、小亀岩灯標から200度250メートルの地点に当たる険礁中の暗岩に、原針路及び2.5ノットの速力で乗り揚げた。
当時、天候は曇で風力2の南南東風が吹き、潮候は下げ潮の末期で、付近の潮高は約0.7メートルであった。
乗揚の結果、プロペラ、船尾管及び舵柱にそれぞれ曲損並びに操舵装置に損傷を生じて航行不能となり、観光客を来援した同業船に移乗させたのち浦和丸に曳航されて定係地に引き付けられ、のち修理され、観光客1人が左肩棘上筋腱損傷及び腰椎捻挫を負った。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が平素航行する海域の水路事情を熟知するようになったのち、船内に備え付けられた海図を参照する習慣をなくしていたこと
2 A受審人が乗揚地点付近の海域を無難に航行した経験があったことから、同海域には航行の支障となる障害物はないとの認識をもったこと
3 A受審人が定係地を発航する前に海図を参照しなかったこと
4 A受審人が発航後、乗揚地点付近海域の水路事情を僚船の船長に聞くとか、海図を参照するなどして、水路調査を行わなかったこと
5 本件発生時の乗揚地点付近の潮高が、前回同地点を航行したときの潮高より約0.8メートル低かったこと
(原因の考察)
本件は、A受審人が単独で操舵操船に当たり、いるかウオッチングを行うため早崎瀬戸にある小亀岩灯標付近の海域を航行中、通詞島から北方沖合にある干出岩の北端と同灯標間に拡延する険礁中の暗岩に乗り揚げた事件であり、同暗岩は海図に記載されていることから、A受審人が海図を参照するとか、航行経験が豊富な僚船の船長に付近海域の水路事情を聞くなどして事前に水路調査を行っていれば、険礁の存在を知って乗揚を避けることができたものと認められる。
したがって、A受審人が水路調査を十分に行わなかったことは原因となる。
A受審人が、海図を参照する習慣をなくしていたこと及び本件発生前に乗揚地点付近の海域を無難に航行したことによって、付近の海域には航行の支障となる障害物はないとの認識をもったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件結果と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらのことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(原因)
本件乗揚は、早崎瀬戸において、いるかウオッチングを行うに当たり、水路調査が不十分で、小亀岩灯標南側に拡延する険礁に向首したまま進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、早崎瀬戸において、単独で操舵操船に当たり、観光客を乗せているかウオッチングを行う場合、小亀岩灯標南側に拡延する険礁に向首進行することのないよう、船内に備え付けた海図を参照するとか、経験豊富な僚船の船長に付近の水路事情を聞くなどして、水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、付近の海域には航行の支障となる障害物はないものと思い、水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により、同海域に拡延する険礁に向首進行して乗揚を招き、プロペラ、船尾管及び舵柱にそれぞれ曲損並びに操舵装置に損傷を生じさせ、観光客1人に左肩棘上筋腱損傷及び腰椎捻挫を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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