(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月22日06時25分
大分県大分空港北西方わずか沖合
(北緯33度29.7分 東経131度43.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
練習船広島丸 |
総トン数 |
234トン |
全長 |
57.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
(2)設備及び性能等
第十八勢福丸(以下「勢福丸」という。)は、昭和63年1月に進水した沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製油タンカーで、船橋前部に貨物油槽3個を有し、船橋には、中央にある操舵スタンドの左側にレーダー1台が、同スタンドの右側に隣接して主機遠隔操縦盤が配置されたほか、GPS受信機が備えられ、係船設備については、船首両舷側に重量540キログラムのストックレスアンカー及び直径28ミリメートル、6節で150メートルのスタッド付き錨鎖がそれぞれ装備されていた。同船の海上公試運転時の成績は、揚錨時の所要時間が右舷側で59.3秒、左舷側で1分03.1秒、両舷で1分45.3秒であり、最短停止時間が1分22.5秒、旋回径が右旋回で約111メートル、左旋回で約93メートルとなっていた。
同船は灯油、軽油、ガソリン及びジェット燃料など、いわゆる白物の輸送に使用され、積み地が大分、菊間、宇部、徳山下松及び水島の各港で、揚げ地が主として瀬戸内海の諸港であったが、ジェット燃料に関しては水島港で積み、大分県武蔵港の南方にある大分空港の航空機用燃料油の専用桟橋で揚げていた。
3 事実の経過
勢福丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、ジェット燃料500キロリットルを積載し、船首2.00メートル船尾3.20メートルの喫水をもって、平成16年3月21日12時10分水島港を発し、大分空港の航空機用燃料油の専用桟橋に向かった。
ところで、大分空港の北西側水域は、武蔵港の南側防波堤、国東半島の陸岸及び同空港北西岸とで入江が形成され、その南側寄りに、同空港にジェット燃料等を運搬する油タンカーの待機用泊地として、同空港と地元の漁業協同組合間の協定で決められた指定錨地があるが、同錨地は北北東方から東北東方にかけての面が開いていることから、同面からの風が強吹すると、沖合から進入する波と、防波堤などの返し波とにより、波が高起していわゆる三角波が発生することがあり、A受審人はこのことを承知していた。
23時40分を過ぎたころA受審人は、大分空港北西方わずか沖合の指定錨地に至り、翌朝08時の着桟時刻まで待機することとし、弱い北東風が吹く中、武蔵港古市C防波堤東灯台(以下「C防波堤灯台」という。)から185度(真方位、以下同じ。)745メートル付近の、水深約6.5メートルのところで左舷錨を投入し、錨鎖を3節半水面まで延出し、同時45分同灯台から190.5度835メートルの地点で係駐したことを確認したのち、守錨当直を、00時から02時までを一等航海士に、02時から04時までを一等機関士に、04時から06時までを機関長に当たらせ、06時から抜錨までを自らが立直することにして、錨泊を開始した。
A受審人は、このころ大分県の南東方海上には、発達中の低気圧が東北東に進んでいて、大分地方気象台から、21日16時55分に強風、波浪注意報が発表され、同県北部沿岸海域では22日明け方から波が高くなり、強風や高波に注意するよう呼び掛けがなされていたが、テレビを視聴するなりして気象情報を入手していなかったので、同注意報が発表されていることも、明け方から風が強まることをも知らなかった。
A受審人は、自室で休息をとったのち、翌22日06時00分昇橋して機関長から05時ごろから風が強まった旨を引き継いで当直を交替し、このころ風向が少し右に変わって、東北東の風が強吹し、沖から進入する波と返し波で波高が3メートルばかりに高まっていて、当地の水深で必要とされる標準的な錨鎖の伸出量は約4節半であり、荒天模様となった現状ではこれを超える伸出量が必要となっていたが、以前このような風浪のときに3節半の錨鎖長で単錨泊を経験していたことから、走錨することはないだろうと思い、機関を準備状態としたうえで、錨鎖を4節半を超える量まで繰り出すなり、必要に応じて2錨泊とするなど、走錨の防止措置を十分にとらなかった。
06時05分A受審人は、いつものように船内巡検のために降橋し、機関室を一巡していたところ、同時07分ごろから走錨し始め、その後257度方向に0.3ノットの速力で圧流されていたが、在橋していなかったのでこのことに気付かず、操舵機室に赴いていたとき、船体の横揺れと波浪が舷側に当たるような衝撃を感じて巡検を中断し、同時15分C防波堤灯台から196度845メートルの地点まで流されたとき、船橋に戻って船首が北北東方を向いて走錨していることに気付き、急ぎ乗組員を起こして機関の始動と揚錨準備を指示した。
A受審人は、すぐに機関が中立運転で準備されたものの、速やかに機関を使用して風上りをしたうえで、右舷錨を投下するなどの適切な措置をとることなく、揚錨機の準備などをするうち、06時20分C防波堤灯台から198.5度865メートルの地点まで流されたとき、機関を使用せずに左舷錨鎖を巻こうとしたが、これを止めて把駐力を増すつもりで、同錨鎖を1節繰り出して止めたところ、06時25分C防波堤灯台から201度890メートルの地点において、勢福丸は、船首が45度を向いて浅所に乗り揚げた。
当時、天候は曇で、風力6の東北東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、日出時刻は06時14分であった。
乗揚の結果、船底外板全般にわたって凹損、左舷ビルジキールに曲損、プロペラ翼に曲損及び欠損、並びに舵板及び舵板支柱部材に損傷を生じたが、満ち潮を待って自力で離礁し、のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 大分地方気象台から、21日16時55分に強風、波浪注意報が発表され、同県北部沿岸海域では22日明け方から波が高くなり、強風や高波に注意するよう呼び掛けがなされていたこと
2 A受審人が、気象情報を入手していなかったこと
3 A受審人が、東北東風が強吹し、波高が3メートルばかりに高まっていたのに、走錨することはないだろうと思ったこと
4 A受審人が、風勢が強まって波が高まったことを認めたとき、機関を準備状態としたうえで、錨鎖を4節半を超える量まで繰り出すなり、必要に応じて2錨泊とするなど、走錨の防止措置を十分にとらなかったこと
5 A受審人が、機関が中立運転として準備されたとき、速やかに機関を使用して風上りをしたうえで、右舷錨を投下するなどの適切な措置をとらなかったこと
6 A受審人が、左舷錨鎖を巻き始めたとき、これを止めて把駐力を増すつもりで、同錨鎖を1節繰り出したこと
(原因の考察)
本件乗揚は、日出時、大分空港北西方わずか沖合において単錨泊中、強風及び高起した波浪によって走錨したことにより発生したものであり、風勢が強まり波が高まったことを認めた際に、機関を準備状態としたうえで、錨鎖を4節半を超える量まで繰り出すなり、必要に応じて2錨泊とするなど、走錨の防止措置をとっていればこれを防ぐことが可能であり、その措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったと認められる。また、走錨していることを知り、機関の準備が整ったとき、速やかに機関を使用して風上りをしたうえで、右舷錨を投下するなどして適切な措置をとっていれば、走錨を止めることが可能であり、その措置をとることを妨げる要因は何ら存在しなかったと認められる。従って、A受審人が、走錨の防止措置をとらなかったこと及び走錨していることを知り、機関の準備が整ったとき、走錨を止める適切な措置をとらなかったことは本件発生の原因となる。
次に、A受審人が、気象情報を入手していなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、同人が守錨当直に就いた時点で、風位が少し右に変わって強吹していることや波が高まってきたことを認めており、このとき走錨の防止措置をとることができたのであるから、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべきである。
また、A受審人が、錨鎖を巻き始めたとき、これを止めて把駐力を増すつもりで、同錨鎖を1節繰り出したことは、圧流を加速させることはあっても、把駐力に関しては1節の錨鎖だけの分が増えるだけであって、走錨を止めることの効果は期待できないが、浅海水域で陸岸が至近に迫っている状況下では、機関の使用については逡巡し、また、気が動転しているときでもあり、この時点に至る前に、前述のとおり走錨を止める適切な措置をとっていれば、このことはなかったのであるから、原因とするまでもないが、今後、このことに鑑み、早期に機関を使用して走錨を止める適切な措置をとることが肝要である。
A受審人が、走錨することはないだろうと思ったことは、同受審人が走錨の防止措置をとらなかったことの理由とはなるものの、原因とするまでもないが、今後、この経験を生かして、走錨の危険について十分に配慮し、荒天時における錨鎖の伸出量や投錨方法について積極的に検討するという意識の高揚が求められるところである。
(海難の原因)
本件乗揚は、日出時、大分空港北西方わずか沖合において単錨泊中、風勢が強まり波の高まりを認めた際、走錨防止措置が不十分であったばかりか、走錨を知ったときこれを止める措置が不適切で、浅所に向けて圧流されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が、日出時、大分空港北西方わずか沖合において単錨泊中、東北東風が強吹し、波の高まりを認めた場合、錨鎖の伸出量が荒天に十分耐え得るものでなかったから、機関を準備状態としたうえで、錨鎖を4節半を超える量まで繰り出すなり、必要に応じて2錨泊とするなど、走錨の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、以前このような風浪のときに3節半の錨鎖長で単錨泊を経験していたことから、走錨することはないだろうと思い、走錨の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により、走錨して浅所に乗り揚げる事態を招き、船底外板に全般にわたる凹損、左舷ビルジキールに曲損、プロペラ翼に曲損及び欠損、並びに舵板及び舵板支柱部材に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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