(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月15日17時29分
広島県大崎上島北西方沖合
(北緯34度14.7分 東経132度50.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
練習船広島丸 |
総トン数 |
234トン |
全長 |
57.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
(2)設備及び性能等
広島丸は、平成8年11月に進水した船橋楼付き二層甲板船首船橋型の練習船で、高等専門学校に所属する学生の航海実習や船舶運航技術に関する研究などのために運航されていた。
航海船橋は、前部の操舵室と後部のチャートルームとに分けられており、操舵室には、同室前面から1メートル後方にジャイロコンパスを組み込んだ操舵スタンドが設置され、同スタンドの左舷側に隣接して左舷方に順に、針路、速力、舵角のほか気象関係や主機関係の諸情報を表示するブリッジモニター、電子海図表示器及びアルパ付きの第2レーダーが、右舷側に隣接して右舷方に順に、主機遠隔操縦装置やスラスター遠隔操縦装置などを備えたブリッジコンソール及びアルパ付きの第1レーダーが、同室前面上部には風向風速計、主機回転計などが、また、同スタンドの右舷後方1.3メートルのチャートルーム前部にGPSによる船位を輝点で海図上に表示する海図プロッターがそれぞれ設置されていた。
離着桟時の操船方法は、舵にベッカーラダーを備えて最大舵角が45度で、さらに先端のフラップ部が90度までとることができ、プロペラに可変ピッチプロペラを、船首尾にスラスターをそれぞれ備えており、ブリッジコンソールに設置したジョイスティックレバーを操作して行うことも、舵輪、可変ピッチプロペラ及び船首尾のスラスターをそれぞれ個々に操作して行うことも可能であった。
操縦性能は、航海速力が機関を回転数毎分250翼角17度として約14ノットで、船体部公試運転成績書写によると、翼角19.2度の場合、最大縦距及び同横距が右旋回のとき145メートル及び116メートル、左旋回のとき142メートル及び112メートルで、機関を回転数毎分320で翼角を前進19.1度から後進14.7度に変化させた場合、最短停止距離が496メートルとなり、船体が停止するまでに1分51秒を要した。
3 臨時桟橋の状況等
(1)臨時桟橋
臨時桟橋は、土木会社が大崎上島北西部七々見の北岸に設置し、バージなどを着けて土砂などを揚げるために使用していた台船で、高等専門学校に設置されていた広島丸の専用桟橋が平成15年11月から翌年3月までの間、新替工事を行うため使用できなくなったことから、その代わりとして同台船の東面が充てられていた。
台船は、長さ70メートル幅30メートルで、341度(真方位、以下同じ。)の方向にチェーンと錨とで固定され、台船南面に台船と同方向に取り付けた可動橋及び固定橋によって陸岸と結ばれており、台船の北面の中央部が固定橋を取り付けた陸岸から140メートルの、津久賀島北方灯標(以下「北方灯標」という。)から145度1.05海里のところに位置していたものの、台船、固定橋及び可動橋のいずれも海図に記載されていなかった。
(2)臨時桟橋周辺の状況
臨時桟橋周辺の状況は、同桟橋東面付近の水深が約11メートルで、至近に操船の支障となる漁礁などはなかったものの、同桟橋北面中央から260度480メートルの、北方灯標から159度1.0海里のところにほぼ円形状の干出岩(以下「西方干出岩」という。)が存在し、同干出岩に目印となる私設浮標などが設置されていなかったので、潮候によると水面上からその存在を認めることができなかった。
(3)A受審人の臨時桟橋着桟操船計画等
A受審人は、冬季の北西風を考慮し、広島丸を出船左舷付けの態勢で係留することとして着桟操船計画立案にあたり、その際、同桟橋が海図に記載されていなかったものの、設置場所を知っていたので、海図を見て周辺の状況を確認したところ、設置場所付近に西方干出岩が存在するのを認め、大崎上島北西端の塚埼西方沖合から同桟橋に接近する際、同干出岩に乗り揚げるおそれがあったが、同桟橋を見ながら適宜操船すれば乗り揚げることはないものと思い、海図に同桟橋を記載し、同桟橋と西方干出岩との相対位置関係や同干出岩と陸岸との距離を測定してその位置を確認するなど、水路調査を十分に行わなかった。
こうして、A受審人は、海図に針路線を記載し船首目標や避険線を定めるなどして着桟計画を立てないまま、舵効を期待できる約6ノット(対地速力、以下同じ。)の速力で臨時桟橋の北面から50メートル北方沖合に至ったのち、舵、可変ピッチプロペラ及び船首尾の両スラスターをそれぞれ使用して回頭し、船首を北西方に向け船体を台船東面に平行にしたまま後退して着桟することとし、平成15年11月には実習航海を行ったのち同桟橋の北西方から、翌12月には研究航海を行ったのち同桟橋の東方から、同桟橋を目視して操船にあたり、それぞれ1回ずつ着桟していた。
4 事実の経過
広島丸は、A受審人ほ8人が乗り組み、入渠地から基地に回航する目的で、船首2.90メートル船尾3.20メートルの喫水をもって、平成16年1月15日08時57分関門港下関区の造船所を発し、大崎上島の臨時桟橋に向かった。
A受審人は、臨時桟橋までの船橋当直を自らと一等航海士にそれぞれ甲板部員1人をつけた2時間交替制とし、周防灘、伊予灘及び安芸灘を東行し、16時55分広島県大崎下島南西方沖合1海里に差し掛かったころ昇橋し、周囲の状況の確認などを行ううち同島北方沖合に至り、17時20分北方灯標から191度1.6海里の地点で、同航海士と当直を交替し、針路を大崎上島北西端の塚埼西方沖合に向く028度に定め、機関をスタンバイとし、翼角を半速力前進として7.2ノットの速力で、甲板員を手動操舵に就けて進行した。
定針したあと、A受審人は、船首部に一等航海士及び操舵手を、船尾部に甲板長及び機関員をそれぞれ配し、17時21分に日没を過ぎたものの、周囲の状況を十分に視認できる状況下、大崎上島の西岸沿いを続航した。
17時25分少し前A受審人は、北方灯標から181度1.05海里の、塚埼西方沖合に達したとき、海図プロッターを見て船位を確認し、海図に定規をあてて西方干出岩の方位などを確認しないまま、同干出岩の北方50メートルばかりのところを航行できるつもりで、針路を正船首わずか右方1,230メートルに臨時桟橋北面を見る070度に転じたところ、水面下に没していた同干出岩に向首する状況となったが、あらかじめ水路調査を十分に行っていなかったので、このことに気付かなかった。
こうしてA受審人は、操舵室前部中央からわずか左舷寄りに立って臨時桟橋に視線を向け、同じ針路及び甲板員に指示して翼角を適宜調整し、6.0ノットの速力で進行中、17時29分北方灯標から159度1.0海里の地点において、広島丸は、原針路、原速力のまま、西方干出岩に乗り揚げた。
当時、天候は晴で風力3の北風が吹き、潮候は下げ潮の初期にあたり、視界は良好であった。
乗揚の結果、船底外板に多数の擦過傷を生じたが、翌16日03時30分ごろ満潮時に来援した引船によって離礁し、自力で広島県尾道市の造船所に向かい、のち修理された。
(本件発生に至る事由)
1 西方干出岩に私設浮標など目印が設置されていなかったこと
2 A受審人が、海図に臨時桟橋を記載しなかったこと
3 A受審人が、臨時桟橋と西方干出岩との相対位置関係や同干出岩と陸岸との距離を測定してその位置を確認しなかったこと
4 A受審人が、海図に針路線を記載し船首目標や避険線を定めなかったこと
5 A受審人が、日没後の薄明時、臨時桟橋に着けようと試みたこと
6 A受審人が、塚埼西方沖合で針路を転じる際、定規を海図にあてて西方干出岩の方位などを確認しなかったこと
(原因の考察)
A受審人は、海図に記載されていない臨時桟橋に接近するあたり、針路を同桟橋の北面を正船首わずか右方に見る070度に転じたとき、同桟橋の西方沖合に存在する干出岩に向首する状況となったが、このことに気付かなかった。同人が、着桟操船計画を立案する際、海図に臨時桟橋を記載し、同桟橋と同干出岩との相対位置関係や同干出岩と陸岸との距離などを測定してその位置を確認していれば、070度の針路に転じて進行すると同干出岩に乗り揚げることに容易に気付くことができた。
したがって、A受審人が、海図に臨時桟橋を記載しなかったこと、同桟橋と西方干出岩との相対位置関係や同干出岩と陸岸との距離を測定してその位置を確認しなかったこと、すなわち水路調査を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
A受審人が、海図に針路線を記載し船首目標や避険線を定めなかったこと、塚埼西方沖合で針路を転じる際、定規を海図にあてて西方干出岩の方位などを確認しなかったこと、及び同干出岩に私設浮標など目印が設置されていなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら、いずれも海難防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が、日没後の薄明時、臨時桟橋に着けようと試みたことは、本件発生の原因とならない。
(原因)
本件乗揚は、日没後の薄明時、広島県大崎上島北西方沖合において、同島北西岸に設置された海図に記載されていない臨時桟橋に着ける際、水路調査が不十分で、西方干出岩に向けて進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、日没後の薄明時、広島県大崎上島北西方沖合において、同島北西岸に設置された海図に記載されていない臨時桟橋に着ける場合、着桟操船の計画立案にあたり、海図を見て同桟橋設置場所付近に西方干出岩が存在することを認め、同干出岩に乗り揚げるおそれがあったのだから、あらかじめ海図に臨時桟橋を記載したうえ、同桟橋と同干出岩との相対位置関係や同干出岩と陸岸との距離を測定してその位置を確認するなど、水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、臨時桟橋を見ながら適宜操船すれば乗り揚げることはないものと思い、水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により、西方干出岩に向首していることに気付かないまま進行して乗揚を招き、船底外板に多数の擦過傷などを生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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