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平成16年門審第90号
件名

貨物船リル貨物船クォック トゥー ザム衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年12月15日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(上田英夫、清重隆彦、織戸孝治)

理事官
黒田敏幸

指定海難関係人
A 職名:クォック トゥー ザム船長 

損害
リル・・・右舷外板中央部に破口
クォック トゥー ザム・・・船首部が圧壊

原因
クォック トゥー ザム・・・操舵装置の整備不十分、船員の常務不遵守(前路に進出)

主文

 本件衝突は、クォック トゥー ザムが、操舵装置の整備が不十分で、同装置が誤作動を起こして左舵一杯となり、リルの前路に進出したことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月19日17時56分
 関門海峡東口
 (北緯33度55.9分 東経131度04.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船リル 貨物船クォック トゥーザム
国際総トン数 10,421トン 5,512トン
全長 143.34メートル 98.52メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 3,898キロワット 2,206キロワット
(2)設備及び性能等
ア リル
 リルは、1995年7月に進水した船尾船橋型の鋼製貨物船で、日本、中華人民共和国、ベトナム社会主義共和国及びインドネシア共和国などの諸港間で、主に石炭及びセメントなどの輸送に従事していた。
 同船の船橋楼前部の甲板下に貨物倉各4箇が、同楼上部の航海船橋甲板に操舵室がそれぞれ配置されており、同室中央に操舵スタンド、同スタンドの右舷側に主機遠隔操縦装置、アルパ機能付きNo.1レーダー、また同左舷側に同機能付きNo.2レーダーがあり、同室中央後部には海図台があってGPSなどが設置されており、船首端から船橋前面までの長さが、約113メートルであった。
 また、海上試験成績書によれば、14.8ノットの前進速力で航走中、全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離は、それぞれ6分24秒及び1,414.9メートルであった。
イ クォック トゥー ザム
 クォック トゥー ザム(以下「ク号」という。)は、1985年に竣工した船尾船橋型の鋼製貨物船で、ベトナム社会主義共和国、中華人民共和国、フィリピン共和国、大韓民国及び日本の諸港間で、主に化学肥料及び石炭などの輸送に従事していた。
 同船の船橋楼前部の甲板下に貨物倉各2箇が、同楼上部の航海船橋甲板に操舵室がそれぞれ配置されており、同室中央に操舵スタンド、同スタンドの右舷側に主機遠隔操縦装置、また同左舷側にNo.1及びNo.2レーダーがあり、同室右舷後部には海図台があってGPSが設置されており、船首端から船橋前面までの長さが、約77メートルであった。
 また、旋回性能表によれば、全速力前進中に舵中央から舵角35度をとったとき、90度旋回における旋回縦距及び旋回横距は、右旋回時321メートル及び162メートル、左旋回時323メートル及び192メートルであり、また、50度旋回における縦距及び横距は、左旋回時約250メートル及び約70メートルであった。
ウ ク号の操舵装置
 操舵装置は、建造時に設置されたC社製のDAO58型と呼称し、ジャイロコンパスとオートパイロットが組み込まれ、操舵スタンド上面パネルの左下に取り付けられた操舵切換スイッチは回転切換方式で、中央位置で手動、右側に約45度回すとリモートコントロール、左側に約45度回すと自動の各操舵モードに切り換わるようになっており、同スタンドの舵輪横にはリモートコントロール用コードを接続するレセプタクルが設置されていた。

3 事実の経過
 リルは、フィリピン共和国国籍の船長Bほか同国籍の17人が乗り組み、セメントクリンカー16,500トンを積載し、船首8.63メートル船尾8.86メートルの喫水をもって、平成16年5月19日08時00分大分県佐伯港を発し、関門海峡経由で中華人民共和国大連港に向かった。
 B船長は、三等航海士を見張りに、操舵手を手動操舵に付け、発航に続いて自ら操船指揮を執って豊後水道を北上し、速吸瀬戸を航過したところで三等航海士に当直を引き継いで降橋した。
 リルは、当直航海士の操船により伊予灘西航路及び周防灘航路をこれに沿って航行し、17時14分部埼灯台から124度10.52海里の地点で、下関南東水道第4号灯浮標を左舷正横200メートルに見て針路を同水道に沿い関門海峡東口に向く305度に定め、機関を全速力前進にかけ10.8ノットの速力で進行した。
 17時35分B船長は、部埼灯台から123度6.82海里の地点で昇橋し、関門海峡通航に備えて一等航海士を操船補佐に、三等航海士をレーダー監視に、操舵手を手動操舵にそれぞれ付け、自らが操船指揮を執り、同じ針路及び速力で続航した。
 B船長は、17時51分部埼灯台から121度3.90海里の地点に至り、ク号が右舷船尾方に縦距離360メートル、横距離100メートルのところを同航するなか、パイロットステーションに近づいたことから8.0ノットに減速し、同じ針路で進行した。
 17時54分B船長は、部埼灯台から121度3.50海里の地点に達し、下関南東水道第2号灯浮標に並航したとき、ク号が追い抜く態勢で右舷船尾方に縦距離100メートル、横距離100メートルとなる状況のもと、パイロットボートが接近してきたことから機関を停止し、三等航海士に水先人を迎えるように指示して続航した。17時55分B船長は、機関停止状態で惰力により進行しているとき、右舷正横100メートルとなったク号が突然左転しながら自船の前路に進行してくることに気付き、ク号にVHF電話で呼びかけたものの、何もすることができないまま、17時56分部埼灯台から121度3.24海里の地点において、リルは、原針路のまま、6.0ノットの速力となったところで、その右舷中央部にク号の船首が後方から50度の角度で衝突した。
 当時、天候は雨で風力5の南西風が吹き、視界は良好で、付近には0.3ノットの西流があった。
 また、ク号は、ベトナム社会主義共和国国籍のA指定海難関係人ほか同国籍の20人が乗り組み、アンモニウムサルファ6,300トンを積載し、船首7.60メートル船尾8.10メートルの喫水をもって、同月19日16時45分山口県宇部港を発し、関門海峡経由でフィリピン共和国スビック港に向かった。
 ところで、ク号の操舵装置は、リモートコントロール用コードを操舵スタンドのレセプタクルに接続しない状態で、同スタンドの操舵切換スイッチが手動の位置からリモートコントロール側に回ると、誤作動を起こして左舵一杯がとられた状態となるため、リモートコントロール側に回ることのないよう同スイッチ右横にストッパーとして消しゴムがテープで取り付けられていた。そして、A指定海難関係人は、ク号に乗船した当初から操舵装置が誤作動を起こすことを知っていたが、消しゴムを取り付けているので同スイッチが右側に回ることはあるまいと思い、同装置の整備を十分に行うことも、また、同装置が誤作動を起こすことについて乗組員に周知することもしていなかった。
 A指定海難関係人は、発航操船に続いて関門海峡通航に備えて操船指揮を執り、一等航海士を補佐に、操舵手を手動操舵にそれぞれ付け、下関南東水道に向けて西行し、17時41分部埼灯台から122度5.92海里の地点に至り、下関南東水道第3号灯浮標を左舷正横300メートルに見て針路を同水道に沿い関門海峡東口に向く305度に定め、リルが左舷船首方に縦距離360メートル、横距離100メートルのところを同じ針路で航行するなか、機関を全速力前進にかけ10.8ノットの速力で進行した。
 17時55分部埼灯台から120度3.43海里の地点で、減速したリルを追い抜くように進行して同船がほぼ左舷正横100メートルとなったとき、手動操舵に当たっていた操舵手が何かの拍子に操舵切換スイッチに触れたためか、同スイッチが右側に回って手動操舵からリモートコントロールのモードに切り換わり、操舵装置が誤作動を起こして左舵一杯にとられた状態となった。
 A指定海難関係人は、操舵手から舵が効かないとの報告を受けるとともにク号が左転を始めたことに気付き、気が動転して操舵装置の誤作動のことに思い至らないまま、リルとの衝突の危険を感じ、機関停止、右舵一杯、全速力後進を令したが効なく、ク号は、左舵一杯となった状態で左転しながら惰力で進行し、無難に航過する態勢のリルの前路に進出して船首が255度に向首したとき、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、リルは右舷外板中央部に破口を生じて第3貨物倉及び第3バラストタンクに浸水し、ク号は船首部の圧壊を生じたが、のちいずれも修理された。

(本件発生に至る事由)
1 ク号の操舵装置が誤作動を起こす状況であったこと
2 A指定海難関係人が、操舵装置の整備を十分に行わなかったこと
3 ク号の操舵切換スイッチにストッパーとして消しゴムが取り付けられていたこと
4 A指定海難関係人が、操舵装置の誤作動について乗組員に周知しなかったこと

(原因の考察)
 本件衝突は、ク号の操舵装置が誤作動を起こして左舵一杯となり、同船が、左舷側を同航中のリルの前路に進出して発生したものである。
 ク号は、操舵装置の整備を十分に行っていれば、同装置が誤作動を起こすことなく正常な操舵のもとで航行することができ、リルの前路に進出することもなく、本件は発生しなかったものと認められる。
 したがって、A指定海難関係人が、操舵装置の整備を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 操舵切換スイッチにストッパーとして消しゴムが取り付けられていたこと及びA指定海難関係人が、操舵装置の誤作動について乗組員に周知していなかったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件衝突は、ク号が、関門海峡に向け下関南東水道を西行中、操舵装置の整備が不十分で、操舵切換スイッチが手動操舵からリモートコントロールのモードに切り換わり、同装置が誤作動を起こして左舵一杯となって左転しながら進行し、無難に航過する態勢で同航中のリルの前路に進出したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が、操舵装置が誤作動を起こすことを認めた際、同装置を十分に整備しなかったことは、本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては勧告しないが、操舵装置が誤作動を起こすことのないよう同装置の整備を十分に行い、安全運航に努めなければならない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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