日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) >  衝突事件一覧 >  事件





平成16年広審第87号
件名

押船なると丸被押台船AS101漁船恵勝丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年12月17日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(佐野映一、高橋昭雄、道前洋志)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:なると丸一等航海士 海技免許:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:恵勝丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
なると丸押船列・・・台船の左舷船首外板に擦過傷
恵勝丸・・・右舷側舷縁及び外板に亀裂を伴う破損、右舷側甲板及び操舵室窓枠に歪損

原因
恵勝丸・・・動静監視不十分、海上交通安全法の航法(避航動作)不遵守(主因)
なると丸押船列・・・警告信号不履行、海上交通安全法の航法(協力動作)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、航路をこれに沿わないで航行している恵勝丸が、動静監視不十分で、航路をこれに沿って航行しているなると丸被押台船AS101の進路を避けなかったことによって発生したが、なると丸被押台船AS101が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月18日20時25分
 備讃瀬戸東航路
 (北緯34度26.2分 東経134度08.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 押船なると丸 被押台船AS101
総トン数 61トン 520トン
全長 24.42メートル 52.40メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 330キロワット  
船種船名 漁船恵勝丸  
総トン数 4.7トン  
全長 13.40メートル  
機関の種類 ディーゼル機関  
漁船法馬力数 15  
(2)設備及び性能等
ア なると丸及びAS101
 なると丸は、平成2年10月に進水し、船体中央部やや前方に操舵室を配した鋼製押船で、操舵室の前部窓際には左舷側から順にレーダー、GPS、操舵スタンド、主機遠隔操縦装置及び台船のバウスラスタ遠隔操縦装置等が配置されており、操舵スタンドはその上面にジャイロコンパスが組み込まれ、中央に舵輪、左側に汽笛の押しボタン及び右側に操舵ダイヤルが取り付けられていた。そして、灯火設備として、操舵室上方のマストにマスト灯3個、同室屋上に舷灯一対、煙突後方に船尾灯をそれぞれ備えていた。
 AS101(以下「台船」という。)は、平成2年に建造され、鋼製で船体中央部に船倉を配置し、船尾は押船の船首部と嵌合するため奥行き約6メートルの凹型となっていた。そして、灯火設備として、船首端に暗さを感知して自動点灯する舷灯一対を備えていた。
 なると丸は、その船首をAS101の船尾凹部に嵌合し、直径34ミリメートルのワイヤロープ2本及び直径60ミリメートルの化学繊維製索2本をとって両船を固定して全長約71メートルの押船列(以下「なると丸押船列」という。)とし、主に積地である広島県三ツ子島と揚地である徳島県今切港との間の原塩輸送に従事していた。また、なると丸押船列の回頭に要する時間は、なると丸単独のときの約2倍であった。
イ 恵勝丸
 恵勝丸は、昭和56年6月に進水し、底引き網漁に従事するFRP製漁船で、船体のほぼ中央部に操舵室を、船尾甲板に揚網機及び同機付近から船尾上方に斜めに伸びるやぐらをそれぞれ有し、操舵室前部中央に舵輪及び同部右角にGPSプロッタを備えていた。そして、灯火設備として、操舵室前方の船体中心線上にあるマストに上から順に緑色全周灯、白色全周灯及び両色灯各1個を、やぐらの上端に笠のない100ワットの作業灯2個及び中段に笠付きの100ワットの作業灯2個をそれぞれ備えていた。

3 事実の経過
 なると丸は、船長C、A受審人ほか1人が乗り組み、船首2.0メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、空倉で海水バラスト200トンを搭載して船首尾ともに1.0メートルの喫水とした台船の船尾凹部にその船首を嵌合してなると丸押船列とし、平成16年4月18日16時30分徳島県今切港を発し、広島県三ツ子島に向かった。
 C船長は、平素からA受審人を含む船橋当直者に対して漁船に注意することや、船舶が輻輳するとき及び視界制限状態のときは報告するよう指示し、自らの当直時間のほか鳴門海峡、下津井瀬戸等の狭水道通航時には昇橋して操船指揮を執るようにしていた。そして、三ツ子島までの約12時間の船橋当直を乗組員全員による単独3時間の3直制とし、出航操船に引き続いて同当直に就き、鳴門海峡を経て播磨灘を西行し、やがて日没となってなると丸にマスト灯2個、両舷灯及び船尾灯を、台船に両舷灯をそれぞれ点灯して、19時50分地蔵埼灯台の南東方沖合で、次直のA受審人に船橋当直を引き継いで降橋した。
 A受審人は、船橋当直に就き、所定の灯火が点灯していることを確かめたのち、操舵スタンド後方の椅子に腰掛けて同当直にあたり、反航船がいたので備讃瀬戸東航路の東口に向けないで同東口の北方に至り、20時00分地蔵埼灯台から217度(真方位、以下同じ。)570メートルの地点で、針路を同航路の北側から航路に入るように288度に定めて自動操舵とし、機関を回転数毎分300の全速力前進にかけ、折からの西流に乗じて10.5ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で進行した。
 A受審人は、やがて備讃瀬戸東航路に入り、20時16分少し前カナワ岩灯標から084度2.4海里の地点に達したとき、左舷船首3度に恵勝丸の白色作業灯数個を初めて視認し、3海里レンジとして固定距離環を表示したレーダーで同船までの距離が2.5海里であることを確かめ、その後窓枠と見比べたり双眼鏡やレーダーを使って恵勝丸の動静を監視しながら、同時17分少し過ぎ同灯標から081度2.1海里の地点で、針路を備讃瀬戸東航路に沿う295度に転じて続航した。
 20時17分半少し過ぎA受審人は、恵勝丸との距離が2.0海里となったとき、双眼鏡で同船が漁船であると分かり、周囲には恵勝丸のほか自船の後方1海里以上離れたところに同航船が2隻いるだけであることを確かめて進行した。
 20時21分半A受審人は、カナワ岩灯標から066度1.6海里の地点で、恵勝丸を左舷船首9度1,760メートルのところに見るようになったとき、そのレーダー映像の接近速力が速いことから、同船が航路をこれに沿わないで東行している船舶であると分かり、その後恵勝丸の方位が変わらず、衝突のおそれがある態勢で接近するのを認めた。
 ところが、20時23分A受審人は、恵勝丸との距離が0.5海里となったとき、同船が自船の進路を避けないまま接近するのを認めたが、そのうちに避航船である恵勝丸が自船の進路を避けるものと思い、警告信号を行わず、椅子から立ち上がって手動ダイヤル操舵に切り換えたものの、恵勝丸がさらに接近しても、右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとることなく同じ針路及び速力のまま続航した。
 こうして、A受審人は、20時25分わずか前間近に迫った恵勝丸に衝突の危険を感じ、右舵一杯をとるも効なく、20時25分カナワ岩灯標から044度1.3海里の地点において、なると丸押船列は、原針路、原速力のまま、台船の左舷船首に、恵勝丸の船首が、後方から64度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、視界は良好で、潮候は上げ潮の中央期にあたり、付近には航路にほぼ沿う2.5ノットの西流があった。
 A受審人は、恵勝丸が台船の陰に入ったので左舷ウイングに出たところ、自船から少し離れた恵勝丸とその船尾甲板で作業しているような乗組員を視認して衝突を免れたものと考え、針路を戻して航行を続け、21時30分下津井瀬戸の東口にあたる久須見鼻灯標の沖合に至ったとき、同船から通報を受けた巡視船に停船を命じられ、衝突したことを知った。
 C船長は、自室にいたところ、巡視船の発した停船命令を聞いて昇橋し、衝突したことを知って事後の措置にあたった。
 また、恵勝丸は、B受審人及び同人の息子Dが甲板員として乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、同日15時30分香川県庵治漁港を発し、備讃瀬戸東航路北側の冨士瀬と称する漁場に向かい、16時30分ごろ同漁場に至って操業を開始した。
 B受審人は、潮流に乗じるように西方に向けえい網して漁ろうに従事し、やがて日没となってマストに上から順に緑色全周灯、白色全周灯及び両色灯の対水速力を有しトロールにより漁ろうに従事している船舶の灯火を、やぐらに作業灯4個をそれぞれ点灯し、備讃瀬戸東航路中央第5号灯浮標(以下、灯浮標名については「備讃瀬戸東航路中央」を省略する。)の南側に至って2回目の揚網を終え、操業開始地点の冨士瀬に戻ることとした。
 B受審人は、えい網索と網を全て揚網機に巻き込み、20時05分カナワ岩灯標から309度1.4海里の地点で、針路をGPSプロッタの画面に表示された冨士瀬に向く090度に定め、機関を全速力前進にかけて発進し、折からの潮流に抗して6.0ノットの速力で、漁ろうに従事中に点灯していた灯火を点けたまま、手動操舵により進行した。
 B受審人は、操舵室舵輪後方の台に腰掛けて操舵にあたり、D甲板員は船尾甲板で魚の選別作業を行い、20時10分カナワ岩灯標から325度1.1海里の地点に達したとき、右舷船首14度4海里ばかりのところになると丸押船列の灯火を初めて視認し、紅灯が2個見える様子から西行中の押船列であると分かり、いちべつしただけで前路を左方に替わるものと思って続航した。
 20時21分半B受審人は、カナワ岩灯標から030度1.0海里の地点で、備讃瀬戸東航路の中央から左の部分を航路をこれに沿わないで航行しているとき、航路をこれに沿って航行しているなると丸押船列が右舷船首16度1,760メートルのところに接近し、その後同押船列と衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、初認したとき前路を左方に替わるものと思い、GPSプロッタの画面に表示された冨士瀬を見ながら操舵にあたり、その動静監視を十分に行わなかったので、このことに気付かず、なると丸押船列の進路を避けないまま進行した。
 こうして、B受審人は、20時25分少し前ふと視線をGPSプロッタの画面から前方に転じたところ、間近に迫った台船を見て衝突の危険を感じ、左舵一杯をとるとともに機関をほぼ中立回転にするも及ばず、恵勝丸は、359度に向首し、ほとんど行きあしがなくなったとき、前示の通り衝突した。
 B受審人は、なると丸押船列が衝突後も航行を続けたので、D甲板員に携帯電話で海上保安部に通報させた。
 衝突の結果、なると丸押船列は、台船の左舷船首外板に擦過傷を生じ、恵勝丸は、右舷側舷縁及び外板に亀裂を伴う破損並びに右舷側甲板及び操舵室窓枠に歪損をそれぞれ生じたが、のち修理された。

(航法の適用)
 本件衝突は、夜間、備讃瀬戸東航路において、西行中のなると丸押船列と東行中の恵勝丸とが衝突したものであり、適用される航法について検討する。
 衝突地点付近は、海上交通安全法(以下「海交法」という。)に定める航路内であり、先ず一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)の特別法である海交法が適用される。
 海交法第3条第1項は、「航路をこれに沿わないで航行している船舶(漁ろう船等を除く)は、航路をこれに沿って航行している船舶と衝突するおそれがあるときは、当該他の船舶の進路を避けなければならない。」と規定している。
 当時、なると丸押船列は所定の灯火を点灯して備讃瀬戸東航路の中央から右の部分を航路の方向とほぼ一致した針路で西行しており、A受審人は恵勝丸が灯火を適切に点灯していなかったものの、衝突の3分半前で両船間の距離が1,760メートルのとき、双眼鏡やレーダーを使って恵勝丸が備讃瀬戸東航路の中央から左の部分を東行している漁船であると明確に判断していた。
 他方、恵勝丸はえい網索と網を全て揚網機に巻き込み漁場を移動中で、対水速力を有しトロールにより漁ろうに従事している船舶の灯火及び作業灯を点灯したまま備讃瀬戸東航路の中央から左の部分を東行しており、B受審人は衝突の15分前で両船間の距離が4海里ばかりのとき、なると丸押船列が西行している押船列であると判断していた。
 A受審人が恵勝丸の運航状態を明確に判断したのち、なると丸押船列及び恵勝丸両船の大きさや操縦性能、当時の周囲の状況から、互いに相手船の動静を監視して衝突を回避するための行動をとる十分な時間的距離的な余裕があったものと認める。
 したがって、本件は、海交法第3条第1項によって律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 なると丸押船列
(1)A受審人が警告信号を行わなかったこと
(2)A受審人が衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 恵勝丸
(1)B受審人が灯火を適切に点灯していなかったこと
(2)B受審人がなると丸押船列に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(3)B受審人がなると丸押船列の進路を避けなかったこと

(原因の考察)
 B受審人が、なると丸押船列に対する動静監視を十分に行っていたなら、同押船列と衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付くことができ、航路をこれに沿って航行しているなると丸押船列の進路を避けることが可能であり、その行動を妨げる要因は何ら存在しなかった。
 したがって、B受審人が、なると丸押船列に対する動静監視を十分に行わなかったこと及び同押船列の進路を避けなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。
 他方、A受審人は、恵勝丸の方位に変化がなかったのであるから、警告信号を行い、それでも同船が自船の進路を避ける様子のないままさらに接近したならば、大きく右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとることが可能であり、それらの行動を妨げる要因は何ら存在しなかった。
 したがって、A受審人が、警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。
 B受審人が灯火を適切に点灯していなかったことは、予防法の灯火規定に違反しており、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、恵勝丸が次の漁場に向けて航路に沿わないで航行していたことが明らかであるから、本件発生と相当な因果関係があるとは認めない。しかしながら、海難防止の観点から厳に是正されるべきである。

(海難の原因)
 本件衝突は、夜間、備讃瀬戸東航路において、航路をこれに沿わないで航行している恵勝丸が、動静監視不十分で、航路をこれに沿って航行しているなると丸押船列の進路を避けなかったことによって発生したが、なると丸押船列が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 B受審人は、夜間、備讃瀬戸東航路において、漁場を移動するため航路をこれに沿わないで東行中、西行しているなると丸押船列を視認した場合、衝突のおそれの有無を判断できるよう、その動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、いちべつしただけで前路を左方に替わるものと思い、GPSプロッタの画面に表示された次の漁場を見ながら操舵にあたり、動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、その後航路をこれに沿って西行しているなると丸押船列と衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、その進路を避けないまま進行して同押船列との衝突を招き、台船の左舷船首外板に擦過傷を生じさせ、恵勝丸の右舷側舷縁及び外板に亀裂を伴う破損を並びに右舷側甲板及び操舵室窓枠に歪損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人は、夜間、備讃瀬戸東航路において、航路をこれに沿って西行中、航路をこれに沿わないで東行している恵勝丸が自船の進路を避けないままさらに接近した場合、右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、そのうちに恵勝丸が自船の進路を避けるものと思い、右転するなどの衝突を避けるための協力動作をとらなかった職務上の過失により、そのまま進行して恵勝丸との衝突を招き、前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:18KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION