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平成16年広審第67号
件名

貨物船アンサック アジア岸壁衝突事件
第二審請求者〔受審人A〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年12月8日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(黒田 均、米原健一、道前洋志)

理事官
供田仁男

受審人
A 職名:アンサック アジア水先人 水先免許:内海水先区
補佐人
B

損害
アンサック アジア・・・バルバスバウ凹損
岸壁・・・晴海ふ頭損壊

原因
回頭措置不十分

主文

 本件岸壁衝突は、屈曲した掘下げ水路を出航中、回頭措置が不十分で、水路左岸の岸壁に向首進行したことによって発生したものである。
 受審人Aの内海水先区水先の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年1月1日09時12分
 山口県徳山下松港
 (北緯34度02.7分 東経131度47.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船アンサック アジア
総トン数 19,882トン
全長 178.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 7,130キロワット
(2)設備及び性能等
 アンサック アジア(以下「ア号」という。)は、平成10年1月日本で建造された船尾船橋型の鋼製ばら積み貨物船で、操船位置から船首端までの長さが約150メートルとなっており、サイドスラスタの設備はなかった。
 ア号の操縦性能については、操縦性能表によると、水深が十分あるときの満載時において、機関の毎分回転数と前進速力の関係は、全速力が88回転で10.7ノット、半速力が63回転で7.2ノット、微速力が51回転で5.3ノット、極微速力が40回転で3.5ノットとなっていた。また、半速力時の右旋回性能は、縦距が360メートル、横距が180メートルで、所用時間が2分30秒となっていた。更に、微速力前進時の最短停止距離は、1,200メートルで、所要時間が4分00秒となっていた

3 仙島水道航行安全規約
 仙島水道航行安全規約(以下「規約」という。)は、平成5年5月徳山下松港において、水先人がきょう導する総トン数約13,000トンの貨物船が出航中、右回頭が緩慢になり、同港第1区の晴海ふ頭に係留中の貨物船に衝突した海難を契機に、同港仙島水道及びこれに関連する海域においての船舶の航行及び大型船の離着桟操船に対する安全の確保と事故の防止を図ることを目的として、同年11月仙島水道航行安全対策委員会が制定し、その後数回改定が行われていた。
 規約によると、各桟橋に離着桟する大型船は、海図記載の水深を基準とし、少なくとも喫水の10パーセントの余裕水深を確保すること、東ソー原塩桟橋の入出港経路は、西方から仙島水道を経て入港し、東行して仙島東方の水路を経て出港すること、及び離着桟に使用する引船は2,000馬力級以上とし、航路入口から桟橋まで、及び桟橋から航路出口まで2隻を配備することなどが定められていた。

4 事実の経過
 ア号は、船長Cほかフィリピン共和国人船員19人が乗り組み、平成15年12月31日徳山下松港の東ソー原塩桟橋に左舷係留し、翌16年1月1日07時25分積載していたソーダ灰28,070トンのうち2,500トンの揚荷を終え、船首8.95メートル船尾9.88メートルの喫水をもって、仙島東方の水路を経由する予定で、台湾の台中港に向け出航準備を整えた。
 ところで、仙島東方の水路は、前示桟橋前面から富田航路第16号灯浮標の北方を経て右方に屈曲し、晴海ふ頭前面にある徳山第7号灯浮標の西方付近までが9メートルに、そこから南方は12ないし14メートルにそれぞれ掘り下げられ、水路に沿って航行するためには約120度の右回頭が必要な状況となっていた。
 08時36分A受審人は、ア号をきょう導するため同船に赴き喫水を確認したところ、前示の値であることを認め、当日09時36分が潮高133センチメートルの低潮時であることから、余裕水深が規約に定める喫水の10パーセントの基準を満たしていないことを知ったものの、予定通り出航することとした。
 ア号に乗船したA受審人は、1,300馬力で規約に定める基準以下の引船D号を右舷船尾部に、2,300馬力の同E号を同舷船首部に、それぞれ操船支援に就け、08時42分全係留索を放って桟橋と平行に引き出し、同時45分徳山下松港地ノ筏灯台(以下「地ノ筏灯台」という。)から282度(真方位、以下同じ。)1,600メートルの地点において、針路を掘下げ水路に沿う092度に定め、機関を微速力前進にかけて増速を始め、やがて2隻の引船のタグラインを放ち、E号を前方警戒に、D号を左舷船首方にそれぞれ配備し、手動操舵により進行した。
 09時03分A受審人は、地ノ筏灯台から342度300メートルの地点に達し、6.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)となって富田航路第16号灯浮標に船首部が並んだとき、徳山第7号灯浮標を左舷側100メートルの距離で航過するため、水路に沿うよう右舵20度として右転したが、前日、ほぼ満載状態で余裕水深の少ない状況で無難に着岸できたことから、浅水影響は大きくないものと思い、離岸時に使用した2隻の引船を有効に活用するなど、回頭措置を十分にとることなく、緩やかな右回頭が始まったので、E号の操船支援作業を終了し、回頭惰力を高めるため右舵一杯としたり、瞬間的に微速力に増速したりして舵効が現れるのを待った。
 A受審人は、依然緩慢な回頭を続けるうち、徳山第7号灯浮標が右舷船首方300メートルに接近して危険を感じ、D号に左舷船首部を全速力で押し続けさせたものの効果がなく、同灯浮標を右舷にかわすこととして舵中央とし、09時08分同灯浮標を右舷側50メートルばかりに航過し、再び舵と引船で右転を試みたものの、水路左岸の晴海ふ頭に接近し、機関を全速力後進にかけ、右舷錨を投下したが及ばず、09時12分地ノ筏灯台から124度900メートルの地点において、ア号は、ゆっくり右に回頭して158度に向首し、約1ノットの速力となったとき、その船首部が晴海ふ頭に衝突した。
 当時、天候は晴で風力3の西風が吹き、潮候は下げ潮の末期であった。
 岸壁衝突の結果、バルバスバウに凹損を生じたが、のち修理され、晴海ふ頭を損壊した。
 本件後、仙島水道航行安全対策委員会は、臨時委員会を開催し、今後の安全対策として、徳山第5及び6号灯浮標を航過するまでタグラインを係止したままとすることなどを決定した。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、前日ア号をきょう導して同港の東ソー原塩桟橋に着桟させていたこと
2 A受審人が、規約に定める余裕水深を確保しないまま出航したこと
3 A受審人が、規約に定める馬力以上の引船を使用しなかったこと
4 A受審人が、回頭措置を十分にとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は、余裕水深の少ない屈曲した掘下げ水路を出航中、水路左岸の岸壁に向首進行したことによって発生したものである。以下、原因について考察する。
 A受審人は、富田航路第16号灯浮標から徳山第7号灯浮標にかけて回頭力が十分に得られないことがあるということを十分承知していたうえ、余裕水深が規約に定める基準を満たしていないことを知ったのであるから、離岸時に使用した2隻の引船を有効に活用するなど、回頭措置を十分にとっていれば、計画通り徳山第7号灯浮標を左舷側に航過することができていたと認められる。したがって、A受審人が、回頭措置を十分にとらなかったことは、本件発生の原因となる。
 A受審人が、規約に定める余裕水深を確保しないまま出航したこと及び規約に定める馬力以上の引船を使用しなかったことは、原因としないが、海難防止及び規約遵守の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が、前日ア号をきょう導して同港の東ソー原塩桟橋に着桟させていたことは、本件発生に至る過程において関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められず、原因とならない。

(海難の原因)
 本件岸壁衝突は、山口県徳山下松港において、ほぼ満載状態で余裕水深の少ない屈曲した掘下げ水路を出航中、水路に沿うよう右転する際、回頭措置が不十分で、水路左岸の岸壁に向首進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、山口県徳山下松港において、ア号の水先業務に従事し、ほぼ満載状態で余裕水深の少ない屈曲した掘下げ水路を出航中、水路に沿うよう右転する場合、余裕水深が少ないことを承知していたのであるから、十分な回頭力を得られるよう、離岸時に使用した2隻の引船を有効に活用するなど、回頭措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに、同人は、前日、ほぼ満載状態で余裕水深の少ない状況で無難に着岸できたことから、浅水影響は大きくないものと思い、回頭措置を十分にとらなかった職務上の過失により、回頭が緩慢になり、水路左岸の岸壁に向首進行して同岸壁に衝突する事態を招き、バルバスバウに凹損を生じさせ、晴海ふ頭を損壊させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の内海水先区水先の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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