(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月18日06時41分
友ケ島水道
(北緯34度14.7分 東経134度58.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船荒神丸 |
貨物船バウ パイロット |
総トン数 |
4.9トン |
4,667トン |
全長 |
14.95メートル |
103.60メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
46キロワット |
3,600キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 荒神丸
荒神丸は、平成4年5月10日に進水した底引き網漁業に従事する一層甲板型FRP製漁船で、船体中央部よりわずか船首側に操舵室を設け、操舵及び機関操縦は操舵室のほか、船尾漁具巻き取りドラム付近において可能で、汽笛設備を有していなかった。
底引き網漁は長さ約350メートルのワイヤに、長さ30メートルの袋網を取り付けた操縦性能を制限する漁具を対地速力約1ノットで40分程度引き、停留して15分間で揚網を行うもので、操業中は、甲板上高さ約8メートルのところに、漁ろうに従事中表示すべき鼓型の法定形象物を掲げていた。
イ バウ パイロット
バウ パイロットは、1999年に進水した船尾船橋型ケミカルタンカーで、操舵室中央前窓際にジャイロコンパスリピーター(以下「リピーター」という。)、リピーターの左右1.3メートル離して前窓両端までがコンソールで、右舷コンソールにはレーダー2台、GPSプロッター及び機関テレグラフなど、左舷コンソールには荷役関係計器が配置され、操舵スタンドはリピーター後方約2メートルにあって、両舷ウイングにはそれぞれリピーターを備えていた。
当時の喫水で眼高は約15.0メートル、船橋前面から船首端まで約80メートルであった。操舵室中央からの視界は、船首マストによる前方死角が各舷それぞれ1度であった。
3 事実の経過
荒神丸は、A受審人ほか同人の父親が甲板員として2人で乗り組み、底引き網漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.5メートルの喫水をもって、平成16年3月18日03時10分兵庫県由良港を発し、同港北東方約2海里沖合の漁場に向かい、03時30分同漁場に至って操業を開始した。
A受審人は、前示の漁場において網を2回引いたところで、潮流が北流となり、漁獲が期待できないことから、05時30分友ケ島灯台から211度(真方位、以下同じ。)1.9海里の地点に到着し、06時00分同地点において投網し、針路を180度に定め、1.2ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で曳網を開始した。
06時36分A受審人は、友ケ島灯台から204度2.4海里の地点において、曳網を終えて機関を中立とし、船首を180度に向け、停留していたとき、ほぼ正船首方1.4海里のところにバウパイロット(以下「バ号」という。)が自船に向けて進行していることを認め、操縦性能を制限する漁具が海中にあって、速やかに移動できず、漁ろうに従事中表示すべき法定形象物も掲げていたことから、バ号の方で避けてくれるものと思い、バ号から目を離し、船尾に赴いて揚網を開始した。
その後A受審人は、衝突のおそれのある態勢で接近するバ号の動静を監視しないまま、バ号に対して衝突を避けるための有効な音響信号を行わず、前方に背を向けて揚網作業を続け、06時41分友ケ島灯台から204度2.4海里の地点において、180度に向首した荒神丸の右舷船首とバ号の船首とが平行に衝突した。
当時、天候は雨で風力3の西北西風が吹き、視程は3海里で、友ケ島水道由良瀬戸の潮流は北流中央期で、流速は約1ノットであった。
また、バ号は、フィリピン共和国人船員16人が乗り組み、空船で、船首3.60メートル船尾5.65メートルの喫水をもって、同月16日20時00分茨城県鹿島港を発し、岡山県水島港に向かった。
翌々18日06時19分C受審人は、バ号に乗り組み、06時23分友ケ島灯台から184度6.8海里の地点において、針路を351度に定め、15.5ノットの速力で、操舵手を手動操舵に就け、明石海峡航路東口付近の内海水先区との交替地点に向けてきょう導を開始し、自らは操舵室中央前窓のリピーター付近で操船指揮を執り、バ号船長は右舷コンソールのレーダー監視用のいすに腰掛けてメインレーダーで、その隣で三等航海士がサブレーダーで見張りに当たっていた。
C受審人は、船首マストによる前方死角があったこと、船長がレーダー監視用のいすに腰掛けていたから右舷側への移動が多少なりとも制限されていたこと、きょう導開始時には前方の由良港沖合3海里以南には風力5の西北西風による白波があったこと、雨模様で視界が3海里となった狭水道の友ケ島水道由良瀬戸以北から新たに視界内に見えてくる船舶に注意する必要があったこと、左舷前方視界内に反航船が接近していたこと、前路約4海里のところに船首を自船に向けた船幅約3メートルの荒神丸が、見えたとしても小さな点にすぎなかったことなどから、衝突地点付近を南下する小型船を見落としやすく、厳重な見張りを要する状況となっていた。
06時35分半C受審人は、友ケ島灯台から195度3.7海里の地点において、船首方2.7海里の反航船と左舷対左舷で航過するため、針路を友ケ島水道由良瀬戸右側に向く000度に転じ、同速力で進行した。
06時36分C受審人は、強い北西からの風雨が弱まり、前路の見通しも良くなって正船首1.4海里のところに、停留したばかりの漁ろうに従事する荒神丸を認めうる状況で、同船と衝突のおそれのある態勢となっていたが、操舵室中央前窓のリピーター付近において操船指揮を執り、前路には直ちに障害となるような他船はいないものと思い、船首マストによる死角を補う厳重な見張りを行っていなかったことから、荒神丸を見落とし、その後雨滴が窓ガラスに吹き付けるため前路の見通しが悪く、これを解消するため風下の右舷ウイングに移動し、また船首の死角をも解消したが、一瞥して元の操船指揮の位置に戻り、レーダーを見たものの、船首マストがレーダー画面上の船首死角となって、同船の映像を見なかったことから、荒神丸の存在に気付かず続航した。
その後C受審人は、依然として操舵室中央の位置から大きく移動して船首死角を解消せず、荒神丸を避けずに原針路、原速力のまま進行し、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、バ号には損傷はなかったが、荒神丸は船首下部を圧壊し、A受審人及び甲板員が頸椎捻挫などを負った。
C受審人は、衝突直前に三等航海士からの報告により右舷船首至近に荒神丸を初めて認めたが、衝突の衝撃音や、そのショックを感じず、荒神丸が右舷至近を航過した時に損傷の様子は見られなかったので、衝突がなかったと判断してそのまま航行し、その後海上保安部からの連絡で、荒神丸との衝突を初めて知った。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人がバ号に対して有効な音響信号を行わなかったこと
2 C受審人が船首死角を補って見張りを行っていなかったため荒神丸を見落としたこと
3 C受審人が荒神丸に対して避航動作をとらなかったこと
(原因の考察)
友ケ島水道に向かって北上するバ号と、その前路で停留して漁ろうに従事する荒神丸とが衝突した点について考察する。
当時、衝突地点付近において、西北西風が淡路島の島陰に遮られており、荒神丸の周囲には白波がなかったものと認められ、C受審人がバ号の船首マストによる死角を解消して、厳重に見張りを行っていたなら、容易に荒神丸を視認することは可能であった。
したがって、C受審人が死角を補う見張りを行っていなかったことは本件発生の原因となる。
荒神丸は、漁ろうに従事中表示すべき鼓型の法定形象物を甲板上約8メートルの高さに掲げており、衝突のおそれが発生した時から衝突するまで、漁具はまだ海底にあって、操縦性能が制限され、漁ろう中で速やかに移動できないことを表示する法定形象物を掲げている船舶(以下、このような状態の船舶を「停留船」という。)であったから、本件は航行船であるバ号との関係において海上衝突予防法第18条が適用されることは明らかである。
したがって、航行船が停留船に対して負う避航義務が果たされなかったり、または十分でなかったなら、基本的には、航行船が一方的に責められるべき性質のものであり、停留船には、当初から航行船に対する回避義務がないのである。そして、航行船が停留船に対して避航義務を履行しないとき、操縦性能を制限されて速やかに避航措置を執ることが不可能な停留船に「衝突回避」という新たな義務を求めることは許されないというべきである。
荒神丸側の見張りについて考えたとき、自船と他船との関係を含め、自船の周囲の状況を適切に把握出来る程度に見張りを行っておれば十分であるというべきであり、航行船が自船を避けないで接近することを知ったときは、航行船に対して衝突を避けるための有効な音響信号を行うことで義務を果たしたことになるのである。
荒神丸が、バ号に対して衝突を避けるための有効な音響信号を行わなかったことは遺憾であるが、航行船と停留船との避航関係を考えたときに、このことを原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件衝突は、友ケ島水道において、北上するバ号が、見張り不十分で、前路で停留して漁ろうに従事する荒神丸を避けなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
C受審人は、友ケ島水道を北上する場合、船首方視界内に死角があったから、前路で停留して漁ろうに従事する荒神丸を見落とさないよう、死角を補う見張りを厳重に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、前路には他船はいないものと思い、死角を補う見張りを厳重に行わなかった職務上の過失により、停留して漁ろうに従事する荒神丸に気付かず進行して荒神丸との衝突を招き、荒神丸の船首部を圧壊させ、A受審人及び荒神丸甲板員に頸椎捻挫などを負わせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の大阪湾水先区水先の業務を1箇月停止する。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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