(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月12日02時28分
福島県塩屋埼南東方沖合
(北緯36度49.1分 東経141度05.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船すずか |
漁船第三菊丸 |
総トン数 |
2,919トン |
2.9トン |
全長 |
116.02メートル |
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登録長 |
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7.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
4,413キロワット |
143キロワット |
(2)設備及び性能等
ア すずか
すずかは、平成3年2月に進水した、5層の車両甲板を有する自動車運搬船で、船首部にサイドスラスタを備えており、専ら三重県四日市港から、仙台、京浜、瀬戸内海及び九州の各方面に自動車を輸送していた。
航海船橋甲板は、満載喫水線上12.8メートルで、船橋前面が船首端から57メートル後方にあり、船橋から前方の見通しはよかった。
船橋には、レーダー2台、GPS、ジャイロコンパス及び音響測深機が装備され、2台のレーダーのうち主レーダーに自動衝突予防援助装置(以下「アルパ」という。)が組み込まれていた。
試運転最大速力は17.54ノットで、同速力で航走中、全速力後進をかけて船体が停止するまでの所要時間及び航走距離はそれぞれ4分48秒及び1,271メートルで、舵角35度で旋回したときの最大縦距及び最大横距は、左旋回ではそれぞれ362メートル及び364メートル、右旋回では366メートル及び404メートルであった。
イ 第三菊丸
第三菊丸(以下「菊丸」という。)は、一本釣り及びはえ縄漁業に従事するFRP製漁船で、操舵室にレーダー、GPS、磁気コンパス及び魚群探知機を備えており、主に福島県江名港南東方沖合の水深130ないし170メートルの海域で一本釣りの操業を行っていた。
最大速力は、機関回転数毎分2,400で約17.0ノット、常用速力は同2,200で約14.0ノットであったが、燃料消費を抑えるときは同2,000とし約10.0ノットで航行していた。
操舵室は、中央より少し船尾寄りにあり、天井に縦横が約80センチメートル(以下「センチ」という。)の開口部が設けられ、操船者は床に置いた台上に立つか、いすに腰掛け、同開口部から顔を出して周囲の見張りを行いながら操船を行うようになっていた。
操舵室前方には、高さ約3メートルのマストが設置され、同マスト頂部に紅灯、その75センチ下方にマスト灯、さらに同灯の73センチ下方に両色灯が取り付けられており、いずれも20ワットの電球が使用され、紅灯及びマスト灯は、灯窓ガラスの外径がマストの直径より少し大きい全周灯で、前方にこれらの灯火の視認を妨げるものはなかった。
また、操舵室後端上部に、船尾方に向けた500ワットのかさ付き作業灯が設置され、夜間の操業中、船尾甲板を照らし、前方から灯光が見えないようになっていた。
3 事実の経過
すずかは、船長G及びA受審人ほか8人が乗り組み、自動車474台を積載し、船首3.6メートル船尾4.5メートルの喫水をもって、平成16年1月11日14時15分千葉県浦安市千鳥を発し、宮城県仙台塩釜港に向かった。
22時35分A受審人は、犬吠埼灯台から040度(真方位、以下同じ。)8.0海里の地点で、甲板手とともに船橋当直に就き、航海灯が点灯していることを確かめ、針路を前直の一等航海士から引き継いだ005度とし、機関を全速力前進にかけ、15.6ノットの対地速力(以下「速力」という。)で自動操舵により進行した。
A受審人は、主に肉眼で周囲の見張りを行い、時々6ないし12海里レンジで使用していた主レーダーを見ながら鹿島灘を北上した。
翌12日02時22分A受審人は、塩屋埼灯台から158.5度13.0海里の地点に達し、船橋中央にある操舵スタンドの左舷側で見張りをしていたとき、左舷船首15度2.4海里に菊丸の紅灯とその下方に緑灯を初認したもののマスト灯が見えず、しばらくその動静を監視して、同船が方位変化のないまま接近することを知り、02時24分次直のG船長が昇橋して船橋内後部の海図室に入ったが、菊丸の接近を同船長に告げないまま監視を続けた。
02時25分A受審人は、塩屋埼灯台から157度12.3海里の地点で、菊丸が同じ方位のまま1.2海里となり、その後前示紅、緑2灯のほか、緑灯の左側に作業灯の反射光がぼんやりと見えるようになったものの、依然としてマスト灯が認められず、航行中の動力船の灯火を表示していない菊丸が、衝突のおそれがある態勢となって接近することを知ったが、同船が沖合に向かう漁船で、そのうちに自船の進路を避けるものと思い、速やかに減速するなど衝突を避けるための措置をとることなく続航した。
02時26分A受審人は、G船長が海図室から出て操舵室前面のレピーターコンパスの右舷側に立ったとき、菊丸との距離が1,500メートルとなったが、同船長に同船と衝突のおそれがある態勢で接近していることを告げないまま、当直交替の引継ぎ前であるにも関わらず、依然として衝突を避けるための措置をとらず、同船長が操船指揮を執るものと考え、手動操舵に切り替えて同船長の指示を待った。
G船長は、すぐに菊丸の紅、緑2灯と作業灯に気付き、A受審人にその動静を尋ねたものの、同人から何の説明もなく、危険を感じて自ら探照灯を同船に向け照射するとともに汽笛で長音1回を吹鳴し、次いでA受審人に右舵一杯を令して機関を停止したが及ばず、02時28分塩屋埼灯台から155度11.6海里の地点において、すずかは、原速力のまま、015度を向首したとき、その左舷前部に菊丸の船首部が前方から48度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で、風力2の北西風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。 また、菊丸は、C受審人が単独で乗り組み、一本釣りの目的で、船首0.5メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、同日01時20分江名港を発し、同港南東方沖合約14海里の漁場に向かった。
01時28分C受審人は、江名港沖南防波堤東灯台から200度500メートルの地点で、針路を147度に定めて自動操舵とし、機関を回転数毎分2,000の前進にかけ、10.0ノットの速力で進行した。
C受審人は、マスト灯、両色灯及び船尾灯を点灯し、操舵室内の台上に置いたいすに腰掛けて天井の開口部から顔を出し、レーダーを3海里レンジとして使用していたものの、ほとんどこれを見ないで、専ら肉眼で見張りにあたるうち、マスト灯の明かりで前方が見にくいので、これを消灯し、両色灯と船尾灯を点灯しただけで、航行中の動力船の灯火を表示しないまま続航した。
02時20分C受審人は、塩屋埼灯台から156度10.3海里の地点に達したとき、漁場に近づいたので、操業準備にかかることとし、そのころ右舷船首23度3.2海里にすずかが北上中であったが、レーダーを遠距離レンジに切り替えて周囲の状況を確かめず、3海里レンジのレーダーを見て他船の映像を認めなかったので、すずかの存在に気付かなかった。そして、漁場に到着したらマスト頂部の紅灯を点灯する予定であり、紅灯の方がマスト灯よりも高く他船から分かりやすいと考え、マスト灯を消したまま紅灯と作業灯を点灯し、船尾甲板で後方を向いてマグネット板に釣り針を並べる作業を始め、その後前路の見張りを行わず、依然航行中の動力船の法定灯火を表示しないで進行した。
02時22分C受審人は、右舷船首23度2.4海里にすずかのマスト灯と左舷灯を認め得るようになったものの、同船に気付かず、02時25分塩屋埼灯台から155.5度11.2海里の地点に達したとき、すずかが同方位1.2海里となり、その後衝突のおそれがある態勢となって接近したが、マグネット板に釣り針を並べる作業に気を奪われ、前路の見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、速やかに右転するなど衝突を避けるための措置をとることなく、船尾方を向いたまま作業を続けた。
02時28分少し前C受審人は、すずかが吹鳴した汽笛を聞き、機関の警報ブザーが鳴ったものと思って操舵室の方を振り向いたとき、船首至近に迫った同船の船影を認め、驚いて機関を停止したが及ばず、菊丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、すずかは左舷外板に擦過傷を生じ、菊丸は船首部が圧壊するとともに船底に亀裂を生じて燃料タンクに浸水し、のち廃船となった。
(航法の適用)
本件は、夜間、塩屋埼南東方沖合を北上するすずかと、江名港から漁場に向け航行中の菊丸の両船が、互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近して衝突したものであり、発生地点が港則法及び海上交通安全法の適用海域外であることから、海上衝突予防法によって律すべき事案である。
両船の針路模様から横切り船の航法が適用される状況であるが、当時、菊丸は、航行中の動力船の灯火を表示していなかったことから、同船を右舷前方から見る船舶は、菊丸が航行中の動力船かどうか識別できず、また、紅灯を左舷灯と勘違いし左舷側を見せていると判断したり、緑灯の上に紅灯が見えることからこれらを航行中の帆船がマストに掲げる灯火と考えたりすることがあり、その種類や状態を正しく認識することが困難であったものと認められる。
互いに接近する両船の一方が、海上衝突予防法に定められた法定灯火を表示していなかったことから、他方がその種類、状態を認識することが困難であるとき、両船間に横切り船の航法を適用することができず、本件は、船員の常務によって律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 すずか
(1)船橋当直者が、当直交替で昇橋した船長に菊丸の接近を告げなかったこと
(2)船橋当直者が、衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(3)船橋当直者が、船橋当直を引き継ぐ前に、次直の船長が操船指揮を執るものと考えたこと
2 菊丸
(1)船長が、航行中の動力船の灯火を表示しなかったこと
(2)船長が、マスト頂部の紅灯を点灯していたこと
(3)船長が、レーダーを遠距離レンジに切り替えなかったこと
(4)船長が、操業準備のためマグネット板に釣り針を並べる作業を行ったこと
(5)船長が、前路の見張りを行わなかったこと
(6)船長が、衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
すずかと菊丸の両船が、衝突のおそれがある態勢で接近した際、すずかの船橋当直者が、衝突を避けるための措置をとらなかったこと並びに菊丸の船長が、航行中の動力船の灯火を表示しなかったこと、前路の見張りを行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。
すずかの船橋当直者が、船橋当直を引き継ぐ前に、次直の船長が操船指揮を執るものと考えたこと及び当直交替で昇橋した船長に菊丸の接近を告げなかったこと並びに菊丸の船長が、マスト頂部の紅灯を点灯していたこと、レーダーを遠距離レンジに切り替えなかったこと及び操業準備のためマグネット板に釣り針を並べる作業を行ったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(主張に対する判断)
C受審人及び同人の補佐人は、菊丸がマスト灯を表示していたと主張し、一方、A受審人及び同人の補佐人は、菊丸がマスト灯を表示していなかったと主張するので、この点について検討する。
当廷において、G証人は、操舵室前面に立ったとき、すぐに菊丸の紅灯と緑灯に気付いたものの、紅灯と緑灯の間に白灯が見えなかったと証言している。すずかの操舵室から左舷船首方向の見通しはよく、菊丸のマストの近くに灯火の視認を妨げるものが存在しないことから、同証人が、菊丸の紅灯と緑灯を視認しながらマスト灯だけを見落とすことは考えられない。
C受審人は、マストに取り付けた灯火の表示について、「航行中はマスト灯を、操業中は他船から分かりやすいように紅灯も点灯する。本件時は航行中であったが紅灯をつけた。垂直に連携した紅白2灯の意味は知らない。」と供述し、法定灯火の重要性を十分に認識していたとは認め難い。
さらに、C受審人は、「航行中にマスト頂部の紅灯をつけると前方が見にくくなるため紅灯を点灯しない。マスト灯は全周灯である。」旨の供述と菊丸のマスト灯の写真から、マスト灯がマストの直径より大きい全周灯で、操舵室開口部より少し高い位置にあり、開口部から顔を出していたC受審人の見張り位置から前方を見るとき、マスト灯を点灯すれば前方が見えにくくなるのは明らかである。
マスト灯を点灯していたとすれば、「前方が見にくくなるため紅灯を点灯しない。」というC受審人の供述趣旨と矛盾することになり、また、同人の法定灯火の重要性に対する認識及びG証人の証言内容を合わせ考えると、C受審人は、本件時、前方を見やすくするため、マスト灯を消灯していたと認めるのが相当である。
(海難の原因)
本件衝突は、夜間、塩屋埼南東方沖合において、北上するすずかと漁場に向け南東進する菊丸の両船が、衝突のおそれがある態勢で接近した際、菊丸が、航行中の動力船の灯火を表示しなかったばかりか、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、すずかが、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
C受審人は、夜間、福島県江名港から塩屋埼南東方沖合の漁場に向け航行する場合、北上するすずかを見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、操業準備を始める前に3海里レンジのレーダーを見て他船の映像が映っていなかったことから、船尾甲板でマグネット板に釣り針を並べる作業に気を奪われ、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、すずかと衝突のおそれがある態勢で接近することに気付かず、衝突を避けるための措置をとらないで進行して同船との衝突を招き、すずかの左舷外板に擦過傷を生じさせ、菊丸の船首部を圧壊させるとともに船底に亀裂を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、夜間、塩屋埼南東方沖合を北上中、左舷船首方に紅灯とその下方に緑灯を表示しただけでマスト灯を表示していない菊丸を認め、同船と衝突のおそれがある態勢で接近した場合、速やかに減速するなど衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかし、同人は、同船が沖合に向かう漁船で、そのうちに自船の進路を避けるものと思い、速やかに減速するなど衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により、菊丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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