(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月21日00時40分
千葉県銚子港
(北緯35度44.3分 東経140度51.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三十五萬盛丸 |
総トン数 |
75トン |
全長 |
30.73メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第三十五萬盛丸
第三十五萬盛丸(以下「萬盛丸」という。)は、昭和53年7月に進水した、沖合底びき網漁業に従事する船首船橋型鋼製漁船で、可変ピッチプロペラ(以下「CPP」という。)のほか、船橋の船首側中央部に電動油圧式の操舵装置、同装置の左舷側に主機及びCPP遠隔操縦盤(以下「遠隔操縦盤」という。)が装備されていた。
萬盛丸は、船橋下方に船員居住区、船尾側に漁労甲板、船橋と同甲板間にウエルデッキ及びその下方に魚倉がそれぞれ配置されており、同デッキの船首側に揚網機が装備されていた。
漁労甲板は、左右両舷の船首側が機関室コンパニオン及び船尾側がトロール網等の作業区画、船首尾方向中央部が揚網甲板となっており、同甲板の船尾側にスリップウエイが設けられていた。
イ 機関室
機関室は、漁労甲板下方に配置されており、中央部に主機が据え付けられ、右舷側に動力取出軸のプーリを介しVベルトによって駆動される主機駆動発電機(以下「軸発電機」という。)及び電動式燃料油移送ポンプ(以下「移送ポンプ」という。)、左舷側に配電盤、B社製造の4KDLと呼称される定格出力69キロワット同回転数毎分1,200の圧縮空気始動式ディーゼル機関(以下「補機」という。)及び補機駆動発電機等がそれぞれ設置されていた。
ウ 船内電源装置
船内電源装置は、三相交流発電機として電圧225ボルト容量76キロボルトアンペアの補機駆動発電機及び同電圧の容量40キロボルトアンペアの軸発電機が装備されており、補機駆動発電機から軸発電機に切り替える際には、配電盤で軸発電機の電圧計及び周波数計を見たうえ、補機駆動発電機の気中遮断器(以下、気中遮断器を「遮断器」という。)を切って停電状態とし、速やかに軸発電機の遮断器を入れる操作によって操舵装置及び遠隔操縦盤等へ給電することができるようになっていた。
エ 遠隔操縦盤
遠隔操縦盤は、主機の増減速、クラッチの嵌脱(かんだつ)、CPPの前後進切替え及び変節等の操作が行われるものであった。
オ 燃料油タンク及び空気抜き管
燃料油タンク(以下「タンク」という。)は、船首方から順に船首タンク、船員居住区下方の右舷側及び左舷側に1番及び2番タンク、機関室の右舷側に3番タンク及び燃料油サービスタンク(以下「サービスタンク」という。)、左舷側に4番タンク、漁労甲板下方の右舷側及び左舷側に容量がいずれも5キロリットル(kl)程度の5番及び6番、7番及び8番、9番及び10番の各タンクがそれぞれ配置されていた。また、10番タンクの空気抜き管は、呼び径65ミリメートル(以下「ミリ」という。)のグーズネック形の開口部が漁労甲板の左舷船尾側の作業区画に設置され、同甲板から開口部までの高さが200ミリであった。
カ サービスタンク
サービスタンクは、容量が0.8 klで、船尾側壁面に取り付けられた呼び径40ミリの取出弁及び同弁下方の呼び径15ミリの取出弁からA重油が主機及び補機の各燃料油系統に供給される配管になっていた。
また、使用中の各タンクからサービスタンクへの燃料油の移送は、同タンクのフロートスイッチが油面を検出し、移送ポンプが自動運転するようになっており、同タンク底部には、燃料油から分離して滞留した水分等によるドレン排出のため、呼び径20ミリのドレン弁2個が装着されていた。
3 事実の経過
萬盛丸は、茨城県平潟漁港あるいは千葉県銚子漁港を基地とし、毎年2月から5月にかけ、夜間に同漁港を出港して房総半島東方沖合の漁場に至り、やりいか漁の操業を行い、翌日午後に帰港することを繰り返していた。
ところで、銚子漁港は、銚子港の北方に開いた港口の利根川右岸に位置し、同港口の外港から銚子港第2漁船だまり河堤灯台(以下「河堤灯台」という。)へ利根川に沿って西南西方に延びる導流堤の南側で、北北東方に延びる長さ700メートルの第2卸売市場前岸壁及び同岸壁基部から西方に延びる長さ300メートルの岸壁に囲まれた第1漁船だまり、同漁港南西奥に位置する北北東方に延びる長さ300メートルの第1卸売市場前岸壁及び同岸壁基部から西北西方に延びる長さ900メートルの岸壁に囲まれた第2漁船だまりがあり、同漁船だまりから第1漁船だまりを経て外港へ向かう際には、導流堤南側の幅50メートルの水路を航行するようになっていた。
A受審人は、平素、補機駆動発電機との比較で容量が少ない軸発電機をほとんど運転していなかったが、平成12年8月中間検査受検の際に同機の作動を確かめたところ、Vベルトが経年劣化により切断したため、応急的なベルトを装着した後、いつしか同ベルトが滑り、運転不能の状態になっていたものの、十分に整備することなく、船内電源を供給するにあたり補機駆動発電機を運転していた。
また、A受審人は、1番から4番までの各タンクを使用しないまま、5番及び6番タンクを同時に使用し、その燃料油を消費すると7番及び8番タンク、船首タンクと順次切り替え、適宜各タンクに補油を行うこととしており、9番及び10番タンクについては、使用頻度が少なかったものの、同16年1月に補油を行い、燃料油を消費して同油1
klばかりを残した後、バラスト状態としていた。
ところが、その後10番タンクは、操業中にオッターボードの回収等により漁労甲板の左舷船尾側の作業区画に流れ込んだ海水が、空気抜き管の開口部から浸入し、同油に混入した。
A受審人は、同年4月14日銚子漁港に停泊した際、平素の各タンクのほか、9番及び10番タンクに燃料油3 kl及び2 klの補油をそれぞれ行い、越えて20日同漁港において、使用していた5番及び6番タンクの燃料油を消費したことから、9番から5番タンクへ、10番から6番タンクへそれぞれ燃料油2
klを移送し、再び5番及び6番タンクを使用したところ、移送ポンプの自動運転によって10番タンクの燃料油に混入した水分が同油とともに6番タンクを経てサービスタンクへ移送された後、徐々に分離し、サービスタンク底部に滞留するドレンが著しく増加する状況になったが、同油を移送するまでドレンの滞留に異状がなかったから大丈夫と思い、随時に同部のドレンを排出するなどして燃料油に混入した水分の有無を十分に点検しなかったので、その状況に気付かないまま補機の運転を続けた。
こうして、萬盛丸は、A受審人ほか5人が乗り組み、操業の目的で、船首1.4メートル船尾3.3メートルの喫水をもって、翌21日00時30分銚子漁港の第1卸売市場前岸壁を発し、第2漁船だまりから導流堤南側の水路に向かい、00時35分少し前河堤灯台から083度(真方位、以下同じ)140メートルの地点に達したとき、針路をほぼ導流堤に沿う074度に定め、主機を半速力前進の回転数毎分350にかけて翼角を11度とし、対地速力5.6ノットで手動操舵により第1漁船だまりに差し掛かり、間もなく外港に向けて第2卸売市場前岸壁に沿う針路030度とするころ燃料油に混入した水分が補機の燃料油管系統に流入し、00時38分少し過ぎ河堤灯台から075度750メートルの地点で、補機が自停した際、軸発電機が運転不能の状態になっていたことから、同機に切り替える措置をとれないまま船内電源を喪失して操船不能に陥り、舵が中央より少し右に取られた状態で、わずかに右転しながら進行し、00時40分河堤灯台から081度1,030メートルの地点において、原速力のまま120度に向首したとき、船首部が第2卸売市場前岸壁に90度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で、風力4の北北東風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
衝突の結果、船首部が圧壊したほか、第2卸売市場前岸壁の一部が損壊したが、のち損壊部及び圧壊部はいずれも修理され、A受審人は、衝突の衝撃で補機の始動操作を試みていた際に転倒し、10日間の入院治療を要する腰椎骨折を負った。また、圧壊部から燃料油が流出したが、オイルフェンスを展帳して吸着材で処理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、軸発電機を整備しなかったこと
2 10番タンクの使用頻度が少なかったこと
3 海水が10番タンクの空気抜き管の開口部から浸入して燃料油に混入したこと
4 10番タンクから燃料油に混入した水分が同油とともに6番タンクを経てサービスタンクへ移送されたこと
5 A受審人が、燃料油に混入した水分の有無を点検しなかったこと
6 燃料油に混入した水分が補機の燃料油系統に流入して補機が自停したこと
7 軸発電機に切り替える措置をとれないまま船内電源を喪失して操船不能に陥ったこと
(原因の考察)
機関長が、随時にサービスタンク底部のドレンを排出するなどして、燃料油に混入した水分の有無を十分に点検していたなら、同水分が補機の燃料油系統に流入して補機が自停することを防ぎ、及び軸発電機を十分に整備していたなら、軸発電機へ切り替える措置をとれないまま船内電源を喪失して操船不能に陥ることの回避が可能であり、本件発生には至らなかったものと認められる。
したがって、A受審人が、燃料油に混入した水分の有無を十分に点検しなかったこと及び軸発電機を十分に整備しなかったことは、本件発生の原因となる。
海水がタンクの空気抜き管の開口部から浸入して燃料油に混入したことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
海水が浸入したタンクの使用頻度が少なかったこと及び燃料油に混入した水分が同油とともに他タンクを経てサービスタンクに移送されたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件岸壁衝突は、燃料油に混入した水分の有無の点検が不十分で、千葉県銚子漁港の導流堤南側の水路を出航中に同水分が補機の燃料油系統に流入して補機が自停したこと及び軸発電機の整備が不十分で、同機に切り替える措置をとれないまま船内電源を喪失して操船不能に陥り、第2卸売市場前岸壁に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、機関の運転保守にあたりタンクから燃料油をサービスタンクへ移送して補機を運転する場合、タンクに水分が浸入することがあるから、同油に混入した水分が補機の燃料油系統に流入しないよう、随時にサービスタンク底部のドレンを排出するなどして、同油に混入した水分の有無を十分に点検すべき注意義務があった。しかるに、同人は、燃料油を移送するまでドレンの滞留に異状がなかったから大丈夫と思い、同油に混入した水分の有無を十分に点検しなかった職務上の過失により、サービスタンク底部のドレンが増加する状況に気付かないまま、補機の運転を続け、千葉県銚子漁港の導流堤南側の水路を出航中に補機が自停し、軸発電機に切り替える措置をとれないまま船内電源を喪失して操船不能に陥り、第2卸売市場前岸壁との衝突を招き、船首部を圧壊させ、同岸壁の一部を損壊させたほか、自ら腰椎骨折を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(機関)の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
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