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平成16年横審第52号
件名

貨物船とうしん貨物船ダフ衝突事件
第二審請求者〔理事官 小金沢重充、受審人A〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年12月10日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(中谷啓二、岩渕三穂、浜本 宏)

理事官
小金沢重充

受審人
A 職名:とうしん船長 海技免許:四級海技士(航海)
補佐人
B、C
受審人
D 職名:ダフ水先人 水先免許:横須賀水先区
補佐人
E、F、G

損害
とうしん・・・船首部、バルバスバウ部を圧壊
ダ フ・・・左舷中央部外版に破口を伴う凹損

原因
とうしん・・・船位確認不十分、動静監視不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(主因)
ダ フ・・・船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、とうしんが、航路を南下中、船位の確認が不十分で、航路の中央から右の部分を航行せず、航路を北上中のダフと衝突のおそれを生じさせたばかりか、動静監視が不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、ダフが、衝突を避けるための措置が遅れたことも一因をなすものである。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月8日21時19分
 東京湾浦賀水道
 (北緯35度14.6分 東経139度46.9分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船とうしん 貨物船ダフ
総トン数 499トン 14,021.00トン
全長 75.87メートル 153.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 6,031キロワット
(2)設備及び性能等
ア とうしん
 とうしんは、平成4年8月に進水した船尾船橋型貨物船で、飼料、採石などを主な積荷として内地各港間の輸送に従事し、月間2ないし3回京浜港に入港していた。
 船橋前部中央に舵輪を備えた操縦台が、その左舷側にレーダー2台がそれぞれ設置され、海上公試運転成績によると、平均喫水2.26メートルで全速力の12.8ノットで航走中、最大舵角45度をとり右回頭を行うと、30度及び90度回頭するまでの所要時間は各22秒、47秒で、縦距及び横距はそれぞれ147メートル、0メートル及び236メートル、34メートルになり、また、全速力後進をかけたとき、船体停止までの所要時間は2分38秒で航走距離は580メートルであった。
イ ダフ
 ダフは、平成10年10月に建造された船尾船橋型貨物船で、船首端から船橋前面まで距離が126.7メートルあり、夏季満載喫水が9.12メートルで、船長ほか中華人民共和国人船員が乗り組んでいた。
 船橋前部中央に操舵スタンドが、その右舷側にレーダー2台がそれぞれ設置され、汽笛は発光信号と連動していた。
 旋回性能表によると、平均喫水9.12メートルで港内全速力の12.0ノットで航走中、最大舵角35度をとり右回頭を行うと、90度回頭するまでの所要時間は1分35秒で、縦距及び横距は470メートル及び230メートルになり、また、全速力後進をかけたとき、船体停止までの所要時間と航走距離は6分07秒及び1,270メートルであった。

3 事実の経過
 とうしんは、A受審人ほか3人が乗り組み、メイズ1,500キロトンを積載し、船首3.5メートル船尾4.7メートルの喫水をもって、平成16年5月8日20時15分京浜港横浜区国際ふ頭を発し、神戸港に向かった。
 A受審人は、出航操船に引き続き1人で船橋当直に就き、浦賀水道航路北口に向け南下し、20時47分第2海堡灯台から304度(真方位、以下同じ。)1.9海里の地点で、浦賀水道航路中央第6号灯浮標(以下、灯浮標の名称については「浦賀水道航路中央」の冠称を省略する。)を左舷側350メートル離して同航路に入り、針路を145度に定め、機関を全速力前進にかけ、11.8ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、所定の灯火を表示して航路に沿い手動操舵により進行し、21時02分第3海堡を航過して自動操舵に切り換えた。
 ところで、とうしんの乗組員は、A受審人と機関長が兄弟であるのを始めとして同郷の者同士からなり互いに親しく、皆、乗船期間が長くなっていたものの、和気あいあいと船内生活を過ごしていた。そして、A受審人は、一等航海士から家族の事情による休暇申請がかなり以前からなされていて、交替者の手配につき会社とも連絡をとりあっていたが、なかなか人繰りがつかず、そのことを苦慮していた。
 こうしてA受審人は、自動操舵に切り換えたのち、前方に支障となる他船もいなかったので、舵輪に腹部を当て操縦台上に両手をつき下を向いた姿勢で、一等航海士の交替者の人繰りについてぼんやりと考え始め、21時09分第3号灯浮標を左舷側に航過したが、これに気付かず続航した。
 21時14分少し過ぎA受審人は、航路屈曲部に設置されている第2号灯浮標の灯火を左舷船首44度430メートルに視認し、航路に沿ってその中央から右の部分を航行するよう約35度の右転が必要な転針地点に差し掛かっていたが、同灯火を一瞥(いちべつ)して転針地点手前の第3号灯浮標に近づいたものと思い、灯質により灯浮標を確かめるなりレーダー観測をするなりして船位の確認を十分に行わなかったので、このことに気付かず、転針を行わずに同針路で直進し、そのころ右舷前方約1.8海里に、航路をこれに沿って北上するダフの白、白、紅3灯を初認した。
 21時16分半A受審人は、観音埼灯台から102度1.6海里の地点に達したとき、航路の中央から右の部分を外れてその左側に進入した状況となり、右舷船首18度0.97海里に近づいていたダフと、その後方位に変化がなく衝突のおそれを生じさせて接近したが、下を向いた姿勢で考え事にふけっていて動静監視を十分に行うことなく、このことに気付かず、直ちに右転するなどダフとの衝突を避けるための措置をとらないまま、同船の警告信号も聞き取らず続航中、21時19分わずか前ふと顔を上げたとき、至近にダフの船影を認め、手動操舵に切り換えて右舵一杯をとり機関停止操作をしたが、効なく、21時19分観音埼灯台から112度2.0海里の地点において、とうしんは、原針路、原速力のまま、その船首が、ダフの左舷中央部に前方から60度の角度で衝突した。
 当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の初期であった。
 また、ダフは、船長Hほか22人が乗り組み、鋼管9,255キロトンを積載し、船首8.5メートル船尾8.8メートルの喫水をもって、同日08時30分愛知県衣浦港を発し、京浜港横浜区に向かい、20時55分浦賀水道航路南口の南方2.5海里ばかりの水先人乗船海域において、D受審人を乗船させた。
 D受審人は、昇橋して21時に嚮導を始め、指揮に就いているH船長、当直の三等航海士及び操舵手とともに浦賀水道航路に向け北上し、21時09分観音埼灯台から146度3.2海里の地点で、第1号灯浮標を左舷側450メートルに見て浦賀水道航路に入り、針路を002度に定め、機関を港内全速力前進にかけ、11.4ノットの速力で、所定の灯火を表示して、航路に沿ってそのやや右寄りに手動操舵で進行した。
 21時12分半D受審人は、3海里レンジとしていたレーダーにより、左舷前方約2.5海里にとうしんの映像を認め、まもなく同船の白、白、緑3灯を視認し、同船が航路をこれに沿って南下中の船舶であることを知った。
 21時15分D受審人は、船橋内を移動しながら見張りを行っていたとき、左舷前方1.5海里のところで、とうしんが第2号灯浮標にほぼ並航したものの、航路に沿って右転する気配を見せないことに不審を抱き、その動静に注意を払って続航し、21時16分半観音埼灯台から124度2.23海里の地点に達したとき、とうしんが、航路の中央線を越えて、依然、右転しないまま左舷船首19度0.97海里に近づいたのを認め、短5声を吹鳴して警告信号を行った。そして、その後同船が、衝突のおそれを生じさせてそのまま直進し、三等航海士が引き続き警告信号を行ったものの、21時17分半0.6海里まで接近したとき、これまでの経験や水先人会での見聞でも、同付近で南下船が転針せず航路中央線を越えたまま進行するという状況は例がなく、とうしんの動きを予測すること及び自船の航路航行義務も考慮して直ちに大舵角により右転することが困難な状況下、右舵10度を令し、衝突を避けるための措置が遅れて進行中、依然、とうしんが接近するのに危険を感じ、21時18分半ごろ再度警告信号を行うとともに右舵一杯を令したが及ばず、ダフは、右転中025度に向首したとき、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、とうしんは、船首部、バルバスバウ部を圧壊し、ダフは、左舷中央部外版に破口を伴う凹損を生じた。

(航法の適用)
 本件は、海上交通安全法の適用海域である浦賀水道航路において発生しており、同法において規定されている各航法が適用される。
 同法第4条(航路航行義務)に基づき両船は、海難を避ける等の正当な事由がない限り、航路の全区間をこれに沿って航行しなければならない船舶であり、航路に沿って航行するにあたっては、同法第11条(浦賀水道航路及び中ノ瀬航路)の規定により、航路の中央から右の部分を航行しなければならなかった。したがって本件において、それぞれ航路を南下中、北上中であった両船間には本来、衝突のおそれは生じ得なかったのであり、おそれが生じたのは、とうしんが同法第11条の規定を守らず航路の中央から右の部分を外れて、その左の部分を航行したことによる。
 衝突のおそれが生じたのち両船がとるべき措置については、衝突のおそれのある両船間の関係が、本件においては前示のように、各船が航路の中央から右の部分を航行しなければならないという規定を守らない場合にのみ成立するものであったから、航路をこれに沿わないで航行している船舶は、航路をこれに沿って航行している船舶と衝突するおそれがあるときは、当該他の船舶の進路を避けなければならない旨の同法第3条(避航等)の規定をそのまま適用することは、違法を是認して適用することとなり妥当ではなく、船員の常務による。
 そして、まず、衝突のおそれを生じさせることとなったとうしんが避航動作をとるべきであり、おそれが生じたのが衝突の2分半前で両船間の距離が約1海里のときであるから、厳しい状況とはいえ、ダフにおいても避航する余地が認められ、同動作をとる必要があった。

(本件発生に至る事由)
1 とうしん
(1)船長が一等航海士の交替者の人繰りがつかないことを苦慮していたこと
(2)船長が第3号灯浮標を航過したことに気付かなかったこと
(3)船長が船位の確認を十分に行わなかったこと
(4)航路の中央から右の部分を航行しなかったこと
(5)船長が考え事にふけっていてダフに対する動静監視を十分に行わなかったこと
(6)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 ダフ
(1)水先人のこれまでの経験や水先人会での見聞で、衝突地点付近で南下船が航路中央線を越えたまま進行するという状況は例がなかったこと
(2)水先人が衝突を避けるための措置が遅れたこと

(原因の考察)
 とうしん船長が船位の確認を十分に行わなかったこと及びダフに対する動静監視を十分に行わなかったこと、とうしんが航路の中央から右の部分を航行しなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったこと、ダフ水先人が衝突を避けるための措置が遅れたことは、本件発生の原因となる。
 とうしん船長が一等航海士の交替者の人繰りがつかないことを苦慮していたこと、第3号灯浮標を航過したことに気付かなかったこと、ダフ水先人のこれまでの経験や水先人会での見聞で、衝突地点付近において南下船が航路中央線を越えたまま進行するという状況は例がなかったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件衝突は、夜間、浦賀水道航路において、南下中のとうしんが、船位の確認が不十分で、航路屈曲部を直進して航路の中央から右の部分を航行せず、北上中のダフと衝突のおそれを生じさせたばかりか、動静監視が不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが、ダフが、衝突を避けるための措置が遅れたことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、浦賀水道航路を南下中、右舷前方に航路を北上中のダフの灯火を認めて進行する場合、同船との衝突のおそれの有無を判断できるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、考え事にふけってダフに対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船との衝突のおそれに気付かず、衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き、とうしんの船首部、バルバスバウ部を圧壊し、ダフの左舷中央部外板に破口を伴う凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 D受審人が、夜間、浦賀水道航路を北上中、航路を南下中のとうしんが航路の中央線を越えて衝突のおそれを生じさせて接近するのを認めた際、衝突を避けるための措置が遅れたことは、本件発生の原因となる。しかしながら、このことは、とうしんの動きを予測することなどが困難な状況下であった点に徴し、同人の職務上の過失とするまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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