(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月8日09時23分
愛知県師崎水道
(北緯34度41.9分 東経136度59.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船こちょう丸 |
遊漁船第二荒ます丸 |
総トン数 |
499トン |
3.3トン |
全長 |
72.06メートル |
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登録長 |
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9.76メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
235キロワット |
(2)設備及び性能等
ア こちょう丸
こちょう丸は、平成7年9月に進水した船尾船橋型鋼製貨物船で、船首部にはジブクレーンが装備され、砂利、コークス、スクラップ等を積荷として京浜地区と北九州地区間の運航に従事していた。
船倉掃除等のためにジブを船橋前のジブポストに納めずに立てた状態で航行すると、船橋前面5枚の窓のうち中央1枚の部分にジブが立ち塞がり、操舵位置からの船首見通しが妨げられて死角を生じる状況にあった。
操舵室には操舵装置、機関操縦装置のほかGPS、レーダー等の航海計器が設置されていた。
イ 第二荒ます丸
第二荒ます丸(以下「荒ます丸」という。)は、昭和57年5月に進水した、漁業と遊漁等を行うFRP製小型兼用船で、船体前部に魚倉、同中央部に操舵室、同後部に物入れ庫をそれぞれ配置し、航海計器等としてGPS、魚群探知機が、また音響信号設備として電気ホーンが設置されていた。
3 事実の経過
こちょう丸は、A受審人ほか3人が乗り組み、空倉のまま、船首2.6メートル船尾3.8メートルの喫水をもって、平成16年4月8日08時35分愛知県衣浦港を発し、名古屋港に向かった。
A受審人は、ハッチカバーを開けて倉内掃除をするためにジブを立てた状態とし、正船首の両舷各8度の範囲に死角が生じる状況となって航行し、出航操船に続いて単独の船橋当直に就き、09時17分少し前角石灯標から341度(真方位、以下同じ。)1,850メートルの地点で、針路を175度に定め、機関を全速力前進にかけ、13.0ノットの対地速力で自動操舵により進行した。
ところで、師崎水道は、水道の両側に険礁が散在し、また、古くからの好漁場として知られていて遊漁船が多く、一般船舶の通航には注意深い見張りと操船が求められる海域であった。
定針したときA受審人は、操舵室の舵輪後方に立ち、視界が良かったのでレーダーを使用せずに、間もなく差し掛かる師崎水道を双眼鏡で一瞥(いちべつ)したところ、右舷船首3度1.4海里ほどに4隻の、左舷船首3度のほぼ同距離に1隻の各遊漁船が、それぞれ船首を西に向けて止まった状態でいるのを認め、普段よりも数が少ないので安心し、09時19分半少し前手動操舵に切り替えて続航したが、双眼鏡による前方の見張りを十分に行わなかったので、正船首方1.3海里で白波に見え隠れする荒ます丸に気付かなかった。
09時20分半A受審人は、角石灯標から302度560メートルの地点に達したとき、ほぼ正船首方1,000メートルに荒ます丸を視認でき、その後同船に向首し衝突のおそれがある態勢で接近したが、前示遊漁船以外に前路に支障となる他船はいないものと思い、操舵室内を左右に移動するなどの死角を補う見張りを十分に行うことなく、荒ます丸に気付かずにこれを避けることなく続航中、09時23分角石灯標から209度800メートルの地点において、こちょう丸は、原針路、原速力のまま、その船首が荒ます丸の右舷船首部に前方から25度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で、風力3の北西風が吹き、潮候は下げ潮の中央期で、視界は良好であった。
A受審人は、衝突したことに気付かずに航行を続け、海上保安部の連絡を受けて名古屋港内に錨泊後、船首部に付着した白色塗料を認めて衝突の事実を知り、事後の措置に当たった。
また、荒ます丸は、B受審人が単独で乗り組み、釣り客3人を乗せ、船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、同日07時00分同県師崎港を発し、師崎水道の釣り場に向かった。
B受審人は、07時15分ごろ目的の釣り場に至り投錨して釣りを始め、08時00分潮が南流となる時刻であったので釣り場を変えることとし、前示衝突地点近くに移動して機関の運転を止め、船首から重量54キログラムの鉄製両爪錨を水深約35メートルのところに投下し、直径18ミリメートルのナイロン製ロープを60メートル延出して船首たつに係止したうえ、錨泊中の形象物の代わりに縦30センチメートル(以下「センチ」という。)横40センチの黒旗を掲げ、折からの風潮流により330度を向首して錨泊した。
B受審人は、錨泊地点が通航船舶の多い師崎水道の中央付近に当たることを知っており、左舷側の操舵室横にいすを置き左舷船尾方を向いて腰を掛け、釣り客の1人は船首左舷側に、他の2人は船尾の両舷に分かれてそれぞれ木製いすに腰を掛け、いずれも船尾方を向いて手釣りを始めた。
09時20分半B受審人は、右舷船首25度1,000メートルのところから自船に向かって接近するこちょう丸を視認することができ、その後同船が衝突のおそれがある態勢となり、自船を避けないまま接近したが、釣りに気を奪われ、右舷船首方の見張りを十分に行わなかったのでこのことに気付かず、330度を向首したまま釣りを続けた。
09時22分B受審人は、こちょう丸が右舷船首25度400メートルに接近し、衝突の危険が生じたが、依然このことに気付かず、注意喚起信号を行うことも、機関を始動して移動するなどの衝突を避けるための措置をとることもなく錨泊中、09時23分直前釣り客の大声で右方を振り向いたとき、目前に迫ったこちょう丸を認めたが、どうすることもできず、荒ます丸は、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、こちょう丸に損傷は無く、荒ます丸は、右舷船首部を圧壊したが、のち修理され、B受審人が14日間の通院加療を要する両手・両肩挫傷、頚椎・腰部捻挫等を、釣り客2人が左手挫傷及び腰部捻挫を、釣り客1人が約2箇月の通院加療を要する左鎖骨骨折・左肘挫創等を負った。
(航法の適用)
本件は、師崎水道において、航行中のこちょう丸と錨泊中の荒ます丸とが衝突したものである。衝突地点は海上交通安全法の適用海域であるが、同法上の定められた航路、航路の周辺及び狭い水道に指定された経路はなく、また、両船に適用される個別規定はないので、一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
海上衝突予防法上、航行船と錨泊船の関係について個別に規定した条文はないから、同法38条及び第39条の規定によるのが相当となる。
(本件発生に至る事由)
1 こちょう丸
(1)A受審人が定針時に荒ます丸を見落としたこと
(2)船首方に死角が生じていたこと
(3)A受審人が操舵室内を左右に移動するなどの死角を補う見張りを行わなかったこと
(4)A受審人が荒ます丸を避けなかったこと
2 荒ます丸
(1)錨泊地点が通航船舶の多い海域であったこと
(2)錨泊中の形象物として黒旗を掲げたこと
(3)B受審人が釣りに気を奪われていたこと
(4)B受審人が右舷船首方の見張りを行わなかったこと
(5)B受審人が注意喚起信号を行わなかったこと
(6)B受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
こちょう丸が、十分な見張りを行っていたなら、余裕のある時期に荒ます丸を視認でき、同船を避けることができたものと認められる。したがって、A受審人が、操舵室内を左右に移動するなどの死角を補う見張りを行わなかったこと、及び荒ます丸を避けなかったことは、本件発生の原因となる。
一方、荒ます丸は、錨泊中に右舷船首方の見張りを行っていたなら、接近するこちょう丸を視認でき、避航の気配がなく接近する同船に対して注意喚起信号を行うとともに機関を始動して移動することができたものと認められる。したがって、B受審人が、右舷船首方の見張りを行わなかったこと、注意喚起信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
こちょう丸の船首方に死角が生じていたこと、A受審人が定針時に荒ます丸を見落としたこと、荒ます丸が通航船舶の多い海域で錨泊したこと、錨泊中の形象物として黒旗を掲げたこと及びB受審人が釣りに気を奪われていたことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は、師崎水道において、こちょう丸が名古屋港に向け南下中、見張り不十分で、前路で錨泊中の荒ます丸を避けなかったことによって発生したが、荒ます丸が、見張り不十分で、注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、師崎水道において、名古屋港に向け南下する場合、船首方に死角があったから、錨泊中の荒ます丸を見落とすことのないよう、操舵室内を左右に移動するなどの死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、定針時に視認した遊漁船以外に支障となる他船はいないものと思い、操舵室内を左右に移動するなどの死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で錨泊中の荒ます丸に気付かないまま進行して衝突を招き、同船の左舷船首部に圧壊を生じさせ、B受審人に両手・両肩挫傷等を、釣り客に左手挫傷・腰部捻挫及び鎖骨骨折・左肘挫創等を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は、師崎水道において、錨泊して釣りをする場合、付近は通航船舶の多い海域であったから、接近するこちょう丸を見落とすことのないよう、右舷船首方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、釣りに気を奪われ、右舷船首方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、こちょう丸に気付かずに錨泊を続けて同船との衝突を招き、前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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