(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月6日06時30分
青森県大間埼北東方沖合
(北緯41度33.0分 東経140度55.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船寳栄丸 |
漁船裕幸丸 |
総トン数 |
3.23トン |
1.1トン |
登録長 |
9.70メートル |
6.62メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
漁船法馬力数 |
50 |
60 |
(2)設備及び性能等
ア 寳栄丸
寳栄丸は、昭和54年1月に進水した一本つり漁業に従事するFRP製漁船で、船体中央部の機関室囲壁後部が操舵室となっていた。また、同船は、機関を全速力前進として航走すると船首が浮上し、操舵室中央から見ると正船首左右10度ばかりが死角となるため、操船者は、船首を左右に振るなどして死角を補う見張りをする必要があった。
イ 裕幸丸
裕幸丸は、平成3年2月に進水した採介藻漁業に従事するFRP製漁船で、船体中央部に風防のない操舵スタンドが、船首甲板上にうにかご漁の幹縄を巻き取るためのラインホーラーがそれぞれ設置されていた。
3 事実の経過
寳栄丸は、A受審人が1人で乗り組み、からふとます漁の目的で、船首0.2メートル船尾1.2メートルの喫水をもって、平成16年3月6日06時20分青森県大間港を発し、大間埼南東方7海里ばかりの漁場に向かった。
港口を出たA受審人は、大間埼とその北方の弁天島との間にあるゲンベイ礁灯標に向け北東進したところ、同島東方に広がる100隻ほどのうにかご漁の漁船群を認めたため、これらを避けて航行することとし、06時27分同灯標を右舷側につけ回し、大間埼灯台から169度(真方位、以下同じ。)530メートルの地点に達したとき、針路を同漁船群と下手浜漁港防波堤との間に向く093度に定め、機関を全速力前進にかけて8.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で遠隔操縦による手動操舵により進行した。
定針したときA受審人は、正船首800メートルのところに漂泊中の裕幸丸を認めることができ、その後同船に衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが、右転して定針したことにより弁天島東方の漁船群が左舷方に替わったことから、前路に他船はいないものと思い、死角を補う見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、その後操舵室右舷側の壁に背をもたれかけて同漁船群を見ながら裕幸丸を避けないまま続航中、06時30分寳栄丸は、大間埼灯台から122度1,030メートルの地点において、原針路原速力のまま、その船首が、裕幸丸の左舷側後部にほぼ直角に衝突し、同船に乗り揚げた。
当時、天候は曇で風力1の東南東風が吹き、潮候は下げ潮の中央期であった。
また、裕幸丸は、B受審人ほか1人が乗り組み、うにかご漁の目的で、船首0.3メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、同日05時30分大間埼灯台から147度1.7海里の青森県下北郡大間町大間平の係留地を発し、05時35分同灯台から128度1,700メートルのうにかご設置地点に到達したのち、漁ろうに従事していることを示す形象物を掲げないまま、北方に向首した状態で北西方に移動しながらうにかごの揚収を開始した。
ところで、大間埼付近のうにかご漁は、弁天島東方ないし南東方が漁場で、径15ミリメートル長さ約1,000メートルの幹縄に、道糸を介して径60センチメートルのかごを約500個取り付け、同かごにうにの餌となる海草を入れ、北西方または南東方に向け投入して海底に沈め、翌日、約1時間30分をかけ、投入時と逆方向から幹縄をラインホーラーで巻き揚げながらかごに入ったうにを獲るものであった。そして通常、幹縄を揚収中は、機関を停止し、ラインホーラーによる幹縄の巻き揚げによりわずかずつ移動するが、その速力は0.3ないし0.4ノットしかなく、さらに裕幸丸のように漁ろうに従事していることを示す形象物を掲げないまま操業すると、他船からは、漂泊中の船舶として認められる状況であった。
06時27分B受審人は、前示衝突地点付近において003度を向首してラインホーラーの操作をしながらうにかごを揚収中、左舷正横800メートルのところに自船に向首する寳栄丸を認めることができ、その後衝突のおそれのある態勢で接近したが、揚収作業に気をとられ、見張りを十分に行っていなかったので、このことに気付かず、有効な音響による注意喚起信号を行うことも、更に接近するに及んで機関をかけて移動するなど、衝突を避けるための措置をとることもなく揚収作業を続けた。
06時30分わずか前B受審人は、操舵スタンド船首側で漁獲物の整理をしていた乗組員の声で左舷方を見たとき、間近に迫った寳栄丸の船首を認めたが、どうすることもできず、裕幸丸は、003度を向首したまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果、寳栄丸は、船首部船底に擦過傷を生じ、裕幸丸は、左舷側後部に破口を生じて転覆し、廃船とされた。
(航法の適用)
本件当時、裕幸丸は、漁ろうに従事していることを示す形象物を掲げておらず、また、うにかごの幹縄を巻きながら移動するにしてもその速力は0.3ないし0.4ノットであり、他船から見ると、漂泊中と認められる状況であった。
従って本件は、航行中の寳栄丸と、漂泊中の裕幸丸とが衝突したものであり、海上衝突予防法第38条及び第39条の規定により律することになる。
(本件発生に至る事由)
1 寳栄丸
(1)A受審人が、死角を補う見張りを十分に行っていなかったこと
(2)A受審人が、漂泊中の裕幸丸を避けなかったこと
2 裕幸丸
(1)B受審人が、漁ろうに従事していることを示す形象物を掲げていなかったこと
(2)B受審人が、周囲の見張りを十分に行っていなかったこと
(3)B受審人が、接近する寳栄丸に対し、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
寳栄丸は、船首の浮上により船首方に死角を生じていたものの、船首を左右に振るなどして死角を補い、見張りを十分に行っていたなら、前路で漂泊中の裕幸丸を早期に視認することができ、余裕をもって同船を避けることが可能であった。
従って、A受審人が、死角を補う見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
一方、裕幸丸は、うにかごを揚収中で、他船からは漂泊中の船舶と認められる状況であったが、周囲の見張りを十分に行っていたなら、自船に向首して避航の気配なく接近する寳栄丸を早期に視認することができ、有効な音響による注意喚起信号を行うことも、揚収した幹縄を海中に投じて機関をかけ移動するなど、衝突を避けるための措置をとることも可能であったものと認められる。
従って、B受審人が、周囲の見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
また、B受審人が、漁ろうに従事していることを示す形象物を掲げないまま操業していたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当性のある因果関係は認められない。しかしながら、これは海難防止の観点から是正されるべき事実である。
(海難の原因)
本件衝突は、青森県大間埼沖合において、漁場に向かう寳栄丸が、見張り不十分で、漂泊中の裕幸丸を避けなかったことによって発生したが、裕幸丸が、見張り不十分で、有効な音響による注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は、青森県大間埼沖合において、漁場に向け航行する場合、船首方に死角があったから、前路で漂泊中の裕幸丸を見落とさないよう、死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、前路に他船はいないものと思い、死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、裕幸丸への接近に気付かず、同船を避けることなく進行して衝突を招き、自船の船首部船底に擦過傷を、裕幸丸の左舷側後部に破口をそれぞれ生じさせ、同船を廃船とさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は、青森県大間埼沖合において、漂泊してうにかごの揚収を行う場合、自船に接近する寳栄丸を見落とさないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに同人は、揚収作業に気をとられ、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、寳栄丸の接近に気付かず、有効な音響による注意喚起信号を行うことも、機関をかけてその場を移動するなど、衝突を避けるための措置をとることもなく揚収作業を続けて同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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