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 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) >  衝突事件一覧 >  事件





平成16年長審第39号
件名

漁船幸徳丸漁船新栄丸衝突事件
第二審請求者〔受審人 A〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年11月10日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(藤江哲三、山本哲也、稲木秀邦)

理事官
清水正男

受審人
A 職名:幸徳丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
B

損害
幸徳丸・・・船底全面に擦過傷及びプロペラに曲損
新栄丸・・・船尾外板に亀裂、船尾部ブルワークに擦過傷、操舵スタンド及びマストを圧壊、廃船、船長及びE甲板員が頭部損傷による死亡

原因
幸徳丸・・・見張り不十分、船員の常務不遵守(新たな危険)

主文

 本件衝突は、幸徳丸が、見張り不十分で、前路を無難に航過した新栄丸の後方至近で、同船の船首方に向けて転針したことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年12月21日05時14分
 八代海北部蔵々ノ瀬戸南口
 (北緯32度34.5分 東経130度29.3分)

2 船舶の要目
(1)要目
船種船名 漁船幸徳丸 漁船新栄丸
総トン数 4.6トン 3.2トン
登録長 11.86メートル 10.48メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 281キロワット  
漁船法馬力数   70
(2)設備及び性能等
ア 幸徳丸
(ア)船体構造等
 幸徳丸は、平成15年9月に進水した主として雑漁業に従事するFRP製漁船で、船体中央より少し後方の甲板上に操舵室を備えて右舷側操舵位置の天井には天窓が設けられ、船首部ブルワークの高さが喫水線上1.57メートルであった。
 操舵室には、中央に舵輪が設けられ、右舷側に機関計器盤があってその後方の床に高さ約0.5メートルの台を設け、その上に背もたれの付いたいすが備え付けられて座った姿勢で操舵操船に当たる操縦席となっており、同室前面の棚に右舷側から機関遠隔操縦装置、レーダー及び音響測深機が、左舷側からGPSプロッター及び魚群探知機がそれぞれ配置され、同室の囲壁外側には、左右各舷に舷灯、上部にはマスト灯及び後部中央に船尾灯がそれぞれ備えられていた。
(イ)操縦性能等
 全速力は、機関回転数毎分2,200(以下、回転数は毎分のものを示す。)の約30ノットで、全速力前進中に全速力後進をかけたときの停止距離は約30メートルであった。
(ウ)操縦席からの前方の見通し状況
 操舵室前面及び両舷はガラス窓となっており、窓枠によって左右に2分割された前面のガラス窓両舷に旋回窓がそれぞれ備えられ、航行中速力を増すにつれて船首が浮上して船尾トリムが増大し、機関回転数1,800の約18ノットで航行中、船首端から後方9.16メートルのところに当たる操縦席にA受審人が座った状態で前方を見ると、同室前面の棚に備え付けられたGPSプロッター、魚群探知機及び音響測深機の各上端が水平線付近に位置するようになり、同室前面窓左舷端から右舷船首約10度の広い範囲にわたって前方の見通しが遮られる状況であった。
イ 新栄丸
 新栄丸は、平成13年10月に新栄丸船長Cが中古で購入した主として雑漁業に従事するFRP製漁船で、船首端から順に長さ1.55メートルが船首楼、4.75メートルが主甲板及び4.70メートルが船尾楼甲板となっていた。船尾楼甲板の前部には、幅1.20メートル長さ2.13メートルの囲壁を前部及び両舷に設けて操舵スタンドとし、その上部に舵輪と機関遠隔操縦装置を備え、同スタンド後部の甲板には機関室出入り口の開口部があって船首尾方向にスライドするさぶたがかぶせられ、その後方が操舵位置となっており、同スタンド前部から操舵位置に至る範囲の上部には、甲板上高さ約1.9メートルのところに金属製の支柱で支えられたキャンバス製のテントが取り付けられていた。
 操舵スタンド前部の船体中心線より少し右舷側には、船尾楼甲板上高さ約2.3メートルのマストが設けられてテントの高さより下方に両色灯、上方にマスト灯がそれぞれ取り付けられていたが、船尾灯を備えていなかったので、マストの頂部に白色全周灯が取り付けられ、夜間には両色灯、マスト灯及び白色全周灯を掲げて運航されていた。

3 事実の経過
 幸徳丸は、A受審人がD甲板員と2人で乗り組み、操業の目的で、船首0.3メートル船尾1.1メートルの喫水をもって、平成15年12月21日05時08分、戸馳島灯台から315度(真方位、以下同じ。)1,700メートルの地点に当たる熊本県三角港内を発し、同県戸馳島東方沖合約1.5海里の八代海北部の漁場に向かった。
 発航後、A受審人は、D甲板員を操舵室で操業の準備に当たらせ、自らはカッパを着用するなど身支度を整えながら進行し、05時10分少し前戸馳島灯台から315.5度1,290メートルの地点に達したとき、針路を、蔵々ノ瀬戸北口にある三角港網取瀬西灯浮標(以下「網取瀬灯浮標」という。)を左舷側に離して通過するよう146度に定め、暖機のため機関を回転数900の微速力前進とし、8.4ノットの対地速力で、航行中の動力船であることを表示する法定灯火を掲げ、操縦席に座って単独で操舵操船に当たり、蔵々ノ瀬戸に向けて南下した。
 05時12分A受審人は、戸馳島灯台から308度730メートルの地点に達したとき、右舷船首29度360メートルのところに、新栄丸が掲げる白色全周灯の灯火を視認することができる状況であったが、熊本県蔵々漁港付近の陸岸の灯火に紛れて存在する同船の灯火を見落としたまま進行し、同時13分、戸馳島灯台から298度490メートルの地点に達して新栄丸の灯火を右舷船首7度290メートルに視認できる状況になったとき、操縦席に座ったまま、機関回転数を1,800に上げて18.0ノットの対地速力に増速し、そのとき操縦席の前にあるレーダーを作動させたものの、画面を一見したのみでレーダーによる前方の見張りを十分に行わないまま続航した。
 増速したとき、A受審人は、船尾トリムが増大して操縦席に座って前方を見ると、操舵室前面の棚に備えた計器類によって、前方の広い範囲にわたって見通しが遮られる状況となったが、平素、この時間に出航する船を付近の海域で見掛けなかったことから、前路に航行の支障となる他船はないものと思い、天窓から顔を出して前方の見通しが遮られる状況を解消するとか、甲板員を見張りに当たらせるなどして、前方の見張りを十分に行わなかったので、前路に新栄丸が存在することに気付かないまま続航した。
 こうして、A受審人は、05時13分少し過ぎ、戸馳島灯台から288度370メートルの地点に達したとき、新栄丸の灯火を正船首方200メートルに見ることができ、その後同船の方位が左方に変化して、同時14分少し前、戸馳島灯台から240度230メートルの地点に達したとき、前路を無難に航過した新栄丸が左舷船首58度80メートルのところに存在したが、依然として操縦席に座ったまま前方の見張りを十分に行うことなく、漁場に向けて針路を100度に転じたところ、その後その方位がほとんど変わらず衝突のおそれがある態勢となったが、このことに気付かず、同船の船首方に向けて進行中、突然衝撃を感じ、05時14分戸馳島灯台から203度150メートルの地点において、幸徳丸は、原針路、原速力のまま、その船首が新栄丸の左舷船尾に後方から30度の角度で衝突し、乗り切った。
 当時、天候は晴で風力1の北北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
 また、新栄丸は、C船長が妻のE甲板員及び実父のF甲板員と3人で乗り組み、操業の目的で、船首0.25メートル船尾0.80メートルの喫水をもって、マストに両色灯、マスト灯及び白色全周灯を掲げ、同日05時11分蔵々漁港を発し、戸馳島東岸沖合の漁場に向かった。
 発航後、C船長は、F甲板員を機関室で待機させて暖をとらせ、E甲板員を船尾楼後部の甲板上で休息させて自らは舵輪後方に立ち、単独で操舵操船に当たって港外に向かい、05時12分戸馳島灯台から279度550メートルの地点に達したとき、針路を漁場に向くよう115度に定め、暖機のため機関を半速力前進にかけ、8.6ノットの対地速力で進行した。
 C船長は、05時13分少し過ぎ、戸馳島灯台から257度250メートルの地点に達したとき、幸徳丸が掲げる両舷灯及びマスト灯の灯火を左舷船尾31度200メートルに見る態勢で同船の正船首方を無難に航過したのち、その後同船の方位が右舷船尾方に変化する態勢で続航した。
 05時14分少し前、C船長は、戸馳島灯台から228度160メートルの地点に達したとき、右舷船尾27度80メートルのところで幸徳丸が自船の船首方に向けて針路を左に転じ、その後その方位がほとんど変わらず衝突のおそれがある態勢で接近する状況となったが、このことに気付かないで続航中、同時14分わずか前、船尾に迫った幸徳丸を認めて左舵をとり、機関を全速力前進とした直後、新栄丸は、ほぼ原速力のまま、船首が070度を向いたとき、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、幸徳丸は、船底全面に擦過傷及びプロペラに曲損を生じ、新栄丸は、船尾外板に亀裂、船尾部ブルワークに擦過傷を生じ、操舵スタンド及びマストを圧壊して廃船とされ、C船長及びE甲板員が海中に投げ出され、新栄丸に収容されて病院に搬送されたが、同日06時55分両人とも頭部損傷による死亡と確認された。

(航法の適用)
 本件は、夜間、港則法が適用される熊本県三角港の港界に当たる、蔵々ノ瀬戸南口において、沖合の漁場に向けてそれぞれ東行中の幸徳丸と新栄丸とが衝突したものであるが、同法には本件に適用すべき航法がないので、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)によって律することになる。
 当時、幸徳丸が146度の針路及び18.0ノットの速力で、新栄丸が115度の針路及び8.6ノットの速力でそれぞれ沖合の漁場に向けて航行中で、衝突45秒前の05時13分15秒に新栄丸が幸徳丸の正船首方200メートルのところを無難に航過したのち、両船の方位が明らかに変化していたが、幸徳丸が、衝突15秒前の05時13分45秒に新栄丸の右舷船尾27度80メートルのところで針路を同船の船首方に向く100度に転じ、その後両船の方位がほとんど変化しないまま衝突に至ったことは、前述のとおりである。
 新栄丸は、相対位置関係上、幸徳丸に対して追い越される位置にいたが、自船の後方至近で幸徳丸が転針したのち衝突に至るまでの15秒間に幸徳丸が自船の船首方に向けて転針したことを認識し、その後方位の変化がないまま衝突のおそれが生じるようになったことを確認し、衝突を避けるための協力動作をとるための時間的な余裕はなかったと認められる。
 これにより、本件は、予防法に規定された航法を適用することは妥当でなく、船員の常務によって律するのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 幸徳丸
(1)航行中速力を増すにつれて船首が浮上して船尾トリムが増大する特性があったこと
(2)操舵室前面の棚の左右両舷に計器類が備え付けられていたこと
(3)船尾トリムが増大した状態でA受審人が操縦席に座って前方を見ると、計器類の上端が水平線付近に位置するようになって、前方の広い範囲にわたって見通しが遮られる状況であったこと
(4)A受審人が、見通しが遮られる状況を解消するなどして前方の見張りを十分に行っていなかったこと
(5)A受審人が、前路に他船はないとの認識をもっていたこと
(6)A受審人が、レーダーを活用していなかったこと
2 新栄丸
 C船長が、衝突の15秒前に右舷後方至近で自船の船首方に向けて転針した幸徳丸に気付かなかったこと
3 その他
(1)衝突地点の上方に存在する送電線の影響で、付近の海域ではレーダーに偽像を生じていたこと
(2)本件発生当時、夜間であったことから、航行中の船舶は、他船の船体を視認することができず、互いにその存在を認識するためには、レーダーを活用するほか、他船の掲げる灯火を認める以外に手段がなかったこと

(原因の考察)
 幸徳丸は、当時18.0ノットの速力で航行しており、船首が浮上して船尾トリムが増大し、操縦席に座った状態で前方を見ると、操舵室前面の棚の両舷に備え付けた計器類によって、前方の広い範囲にわたって見通しが遮られる状況であったから、A受審人が天窓から顔を出して前方の見通しが遮られる状況を解消するとか、甲板員を見張りに当たらせるなどして、前方の見張りを十分に行っていれば、新栄丸が掲げる白色全周灯の灯火を早期に視認することができ、その動静監視を行って、衝突の45秒前に前路を無難に航過した同船の右舷側を十分離して航過することが可能であったと認められる。
 したがって、A受審人が、天窓から顔を出して前方の見通しが遮られる状況を解消するとか、甲板員を見張りに当たらせるなどして、前方の見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 A受審人が、当時前路に他船はないとの認識をもっていたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件衝突と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 また、A受審人が、レーダーを活用していなかった点については、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件衝突と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 なお、衝突地点付近でレーダーに生じていた偽像の範囲は、200ないし300メートルに限定されており、これをもってレーダーを活用するうえで支障があったとは認められない。
 C船長が、衝突の15秒前に右舷後方至近で自船の船首方に向けて転針した幸徳丸に気付かなかったことは、前述のとおり、衝突を避けるための協力動作をとるまでの時間的な余裕がなかったと認められることから、本件発生の原因とならない。

(主張に対する判断)
 A受審人は、相手船が航行中の動力船が表示する灯火を掲げず、無灯火であった旨を主張するので、以下この点について検討する。
 新栄丸F甲板員は、同人に対する質問調書において、「当日は、C船長夫婦が先に船首を岸壁に向けて係留されていた新栄丸に乗船して出航の準備を行っていた。私は、本船に乗船するとき、両色灯、マスト灯及びマスト頂部の白色全周灯が点灯していることを確かめた。夜間発航する前に航行中の動力船が表示する灯火(以下「灯火」という。)を点灯することが習慣となっていたので、乗船するときには習慣的に点灯を確かめるようになっていた。今までに、夜間、無灯火で出航するようなことはなかった。」旨の供述記載があり、当廷においても同旨の供述を行っている。
 C船長、F甲板員両人とも、長年にわたって漁業に従事しており、夜間、出航前には灯火を点灯する手順が習慣的に確立されていたと考えるのが妥当であり、このことは、同様に長年の漁業従事経験を有するA受審人自身が、当廷において、「夜間出航する際には、必ず灯火を点灯する。」旨、供述しているとおりである。また、当時、操業目的で出航した新栄丸が、無灯火で航行しなければならない必然性も認められない。さらに、C船長、若しくはF甲板員が単独で出航する場合には、何らかの思い違いによって灯火の点灯を忘れるという場合がありうることは否定できないが、C船長及びE甲板員と、F甲板員が時間を隔てて乗船しており、もし、C船長が灯火の点灯を忘れていても、後から乗船したF甲板員が灯火の点灯を促すことが可能であり、言わば、二重の点灯確認が行われているものと認められ、当時、夜間で、点灯状況が一見して分かる環境であったことから、前述のF甲板員の供述記載と供述の内容は十分に信頼がおけるものと認められる。
 さらに、A受審人は、衝突直後に新栄丸の灯火が認められなかったことをもって同船が無灯火で運航していた、若しくは、同船が出航時に灯火を点灯していたとしても、その後白色全周灯が何らかの原因で消灯した可能性がある旨を主張するが、衝突の結果、幸徳丸は新栄丸を乗り切り、これによって同船の操舵スタンド及びマストが圧壊しており、同船発航から衝突するまでの3分間に白色全周灯が偶発的に消灯する可能性は極めて低いことから、衝突時に新栄丸の灯火設備が損傷したことによって同船の灯火が消灯したと認めるのが合理的である。
 したがって、A受審人が新栄丸の白色全周灯に気付かなかったからといって、同船が無灯火であったことにはならず、新栄丸は、灯火を掲げて航行していたと認めるのが相当である。

(海難の原因)
 本件衝突は、夜間、蔵々ノ瀬戸南口において、沖合の漁場に向けて航行中の幸徳丸が、見張り不十分で、前路を無難に航過した新栄丸の後方至近で、同船の船首方に向けて転針したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、夜間、蔵々ノ瀬戸南口において、単独で操縦席に座って操舵操船に当たり、沖合の漁場に向けて航行する場合、操舵室前面の棚に備え付けた計器類の上端が水平線付近に位置するようになって、前方の広い範囲にわたって見通しが遮られる状況であったから、前路の新栄丸を見落とすことのないよう、天窓から顔を出して前方の見通しが遮られる状況を解消するとか、甲板員を見張りに当たらせるなどして、前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら、同人は、前路には航行の支障となる他船はないものと思い、前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、自船の船首方を無難に航過した新栄丸の存在に気付かないまま、同船の後方至近でその船首方に向けて転針、進行して衝突を招き、幸徳丸の船底全面に擦過傷及びプロペラに曲損を生じさせ、新栄丸の船尾外板に亀裂、船尾部ブルワークに擦過傷を生じ、操舵スタンド及びマストを圧壊させて同船を廃船させ、船長及び甲板員1人が死亡するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:19KB)





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