(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年2月7日00時25分
関門港若松区若松航路第7号灯標
(北緯33度55.6分 東経130度49.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船成好丸 |
総トン数 |
198トン |
全長 |
57.49メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
成好丸は、平成5年11月に進水した沿海区域を航行区域とする二層甲板船尾船橋型の鋼製貨物船で、船橋前部に貨物倉1個を有し、バウスラスターが備えられ、船橋には、中央にある操舵スタンドの左側に隣接して主レーダー1台及びその左側に従レーダー1台、主レーダーの上の前面窓側の棚にGPSプロッタが備えられ、操舵スタンドにはジャイロコンパスが組み込まれ、その右側に主機遠隔操縦装置及びバウスラスターの制御装置が装備されていた。同船は主として関東から九州にかけての各港間の貨物輸送に使用され、航海速力は空倉時で約11.5ノット、満載時で約10.8ノットであり、空倉全速力航走時の旋回径は約155メートルで最短停止時間は約49秒であった。
3 事実の経過
成好丸は、A受審人及びB受審人が乗り組み、鋼材約505トンを積載し、船首2.30メートル船尾3.05メートルの喫水をもって、平成16年2月6日23時50分関門港若松区第1区の東京製鉄桟橋を発し、熊本県長洲港に向かった。
B受審人は、いつものように離桟時から操舵操船に就き、機関の回転数を徐々に上げ、翌7日00時04分奥洞海航路第10号灯浮標を左舷側に約60メートルで航過したとき、機関を全速力前進にかけ、同航路の右側寄りを手動操舵によって進行した。
00時11分少し前A受審人は、係留索などの後片付けを終えて昇橋したとき、奥洞海航路第1号灯浮標を右舷側に約55メートルで航過したこと、また、GPSプロッタの画面を見て速力の表示が11.0ノットになっていることを確認したが、B受審人と操舵操船を交替することなく、自らは従レーダーを監視したりGPSプロッタを見たり、時折前方の見張りをしながら続航した。
00時16分わずか過ぎB受審人は、若戸大橋橋梁灯(C1灯)から110度(真方位、以下同じ。)55メートルの地点で、針路を若松航路第13号灯浮標(以下、航路標識については「若松航路」の冠称を省略する。)をわずか右方に見る012度にとり、11.0ノットの速力で進行した。
このころB受審人は、A受審人に対して、近ごろ灯浮標など点滅する灯光を見るとき距離感に自信を持てなくなったので、その分をA受審人の方で気を付けてくれるよう告げたものの、まだ出航中であったことから遠慮して、操船を交替するよう強く進言せず、そのまま操舵操船を続けた。
A受審人は、B受審人の申告を聞いたものの、操舵操船の経験が豊富なB受審人であるから、任せていても大丈夫と思い、生返事で答え、依然、操舵操船を交替することなく、間もなく通航することとなる関門港若松区第4区と同第5区の境界付近の若松航路の屈曲部(以下「屈曲部」という。)近辺の左舷標識のうち、GPSプロッタ画面上の第7号灯標、第5号灯標及び第1号灯浮標のそれぞれ北側にポイントを入力し、各ポイントの自船からの方位を順次同プロッタに表示させることを思い立ってその操作に取り掛かり、00時19分第13号灯浮標の南方500メートルばかりの地点に達したころ同操作を終えた。
00時20分半B受審人は、第13号灯浮標を右舷側に15メートルばかりで並航し、針路を第11号灯浮標をわずか右方に見る009度に転じたとき、間もなく屈曲部に差しかかる状況となっていたが、同部において航路標識の配置を把握しやすいように減速することなく、同じ速力で進行した。
00時22分少し過ぎB受審人は、若松洞海湾口防波堤灯台(以下「洞海湾口灯台」という。)から230度1.92海里の地点で、第11号灯浮標を右舷側に20メートルで並航する状況となり、このとき次の針路目標となる第7号灯標を右舷船首37度980メートルに、その10度ばかり右方の1.0海里強に第5号灯標を、更にその8度ばかり右方に第3号灯標をそれぞれ視認でき、これらの左舷標識のすべてが単閃緑光(3秒1閃光)で同期しており、第11号灯浮標を並航するときにこれらの各灯標の配置を確認し、各灯標を順次針路目標にして航過すれば、連続した船位の把握ができ、屈曲部を無難に通航できた。しかし、同受審人は、レーダーを見ながら転舵すれば大丈夫と思い、第11号灯浮標の並航を確認したうえで右舷前方の各灯標の配置を確認するなど、航路標識による船位の確認を十分に行うことなく、同灯浮標に並航するころからレーダー画面を見ながら、同じ針路、速力で続航した。
00時22分半少し前B受審人は、洞海湾口灯台から231度1.86海里の地点に達したころ、主レーダーの画面を見て、ほぼ屈曲部の南西端に差しかかったことを知ったものの、このとき第7号灯標を右舷船首42度880メートルに認めるようになっていたが、航路標識による船位の確認をしていなかったので、同灯標が第7号灯標であることに気付かず、同灯標の光力が強く見えたことから、これが灯標でなく遠くにある灯台の灯光であると錯覚し、その右側に見える光力の少し弱い方が第7号灯標と思うようになり、第5号灯標を第7号灯標と誤認したまま、右舵5度をとってゆっくり右転を開始した。
A受審人は、GPSの操作を終えた後も、依然として操舵操船をB受審人と交替せず、GPSプロッタの画面に表示されるポイントの方位を見たり、従レーダーを監視したりしていたところ、B受審人が右転を開始したことを知ったが、小舵角の右転であったことから、同受審人が第7号灯標の灯光を確認していて、同灯光をわずか右方に見るようになれば定針するものと思って、特段の注意も与えず、また、操舵操船を交替することもせず、再び視線を同プロッタ画面に移していた。
00時24分少し過ぎB受審人は、洞海湾口灯台から233度1.56海里の地点で、第7号灯標を針路目標にするつもりで、舵を中央に戻して、針路を第5号灯標をわずか右方に見る066度に定めたところ、第7号灯標を正船首330メートルに認めるようになったが、依然として遠くにある灯台の灯光と思ったまま、同灯標に向かって進行し、同時25分少し前、正船首方の灯光が近くに見えるような気がしたことから、不審に思ってA受審人に声を掛けた。
A受審人は、前面窓際にかけ寄って前方を見たところ、正船首わずか右方至近に灯標の灯光を認め、あわてて右にブイと叫び声をあげたが、間に合わず、00時25分洞海湾口灯台から231度1.4海里の地点において、成好丸は、原針路、原速力のまま、その右舷船首が第7号灯標に衝突した。
当時、天候は曇で風力4の北西風が吹き、視界は良好であった。
成好丸は、B受審人が機関を停止したものの、どこの灯標に衝突したかが分からないでいたところ、A受審人がGPSで確認して第7号灯標であることが分かり、このことを海上保安部に報告した。
衝突の結果、成好丸は船首部ハンドレールの曲損及び右舷船尾部外板に擦過傷を生じ、第7号灯標はプラットホーム部を損壊したが、のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が出入航操船をB受審人に任せていたこと
2 A受審人が昇橋したとき、B受審人と操舵操船を交替しなかったこと
3 B受審人がA受審人に対し、操船を交替するよう強く進言しなかったこと
4 A受審人がGPSの操作に取り掛かったこと
5 B受審人が屈曲部に差しかかる前に減速しなかったこと
6 B受審人が第11号灯浮標の並航を確認したうえで右舷前方の各灯標の配置を確認するなど、航路標識による船位の確認を十分に行わなかったこと
7 A受審人がGPSの操作を終えたのちも、操舵操船を交替しなかったこと
8 A受審人が、B受審人が屈曲部で舵をとったとき、特段の注意を与えなかったこと
9 B受審人が第5号灯標を第7号灯標と誤認したこと
(原因の考察)
本件灯標衝突は、夜間、若松航路の屈曲部に差しかかったとき、針路目標とすべき第7号灯標の灯光を遠くにある灯台の灯光と錯覚し、その次に針路目標となる第5号灯標を第7号灯標と誤認したことによって発生したものであるから、屈曲部の起点となる第11号灯浮標を並航するときに、同灯浮標の並航確認と次の針路目標となる航路標識の配置を確認するなど、航路標識による船位の確認を十分に行っていれば、右舷前方には閃光時期が同期した左舷標識が並んでいることが分かり、その左端に見える左舷標識を当初の針路目標とすることができ、錯覚することも、誤認することもなかったと認められる。
したがって、B受審人が、屈曲部に差しかかったとき、第11号灯浮標の並航を確認したうえで右舷前方の各灯標の配置を確認するなど、航路標識による船位の確認を十分に行わなかったことは本件発生の原因となる。
また、A受審人が、昇橋したとき、B受審人と操舵操船を交替しなかったこと及びB受審人が、A受審人に対し、操船を交替するよう強く進言しなかったこと、第5号灯標を第7号灯標と誤認したことは本件発生の原因となる。
次に、A受審人が、GPSの操作に取り掛かったこと、B受審人が右舵をとったときに特段の注意を与えなかったこと、及びB受審人が減速しなかったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から是正されるべきである。
A受審人が、出入航操船をB受審人に任せていたことは、船員法に違反しており、遺憾であるが、前述のとおり、A受審人が昇橋したときに操船を交替していれば本件は発生しなかったものであり、本件発生に至る過程で関与した事実であるものの、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかし、このことは、今後是正されるべきである。
(海難の原因)
本件灯標衝突は、夜間、若松航路を出航中、屈曲部に差しかかった際、航路標識による船位の確認が不十分で、針路目標となる灯標を誤認して後に並航すべき灯標に同目標をとったことにより、手前にある第7号灯標に向首進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは、船長が、甲板作業を終えて昇橋した際、操舵操船を任せていた船橋当直者と操船を交替しなかったことと、同当直者が、船長に操船を交替するよう強く進言しなかったばかりか、屈曲部に差しかかったとき、航路標識による船位の確認を十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、若松航路を出航中、甲板作業を終えて昇橋した場合、自らによる操船指揮となるよう、B受審人と交替して自らが操舵操船すべき注意義務があった。しかるに、同人は、操舵操船の経験が豊富なB受審人に任せていれば大丈夫と思い、GPSの操作やレーダー画面を見ることなどに従事して、自らが操舵操船しなかった職務上の過失により、B受審人が操舵操船して灯標を誤認し、第7号灯標に衝突する事態を招き、成好丸の船首部ハンドレールの曲損及び右舷船尾部外板に擦過傷を生じさせ、第7号灯標のプラットホーム部を損壊させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、夜間、自らが操舵操船して若松航路を出航する場合、船長による操船が行なわれずに屈曲部に差しかかったのであるから、同部を無難に通航できるよう、第11号灯浮標の並航を確認したうえで右舷前方の各灯標の配置を確認するなど、航路標識による船位の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、レーダーを見ながら転舵すれば大丈夫と思い、第11号灯浮標の並航を確認したうえで右舷前方の各灯標の配置を確認するなど、航路標識による船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により、第7号灯標を遠くにある灯台と錯覚し、第5号灯標を第7号灯標と誤認したまま進行して、第7号灯標に衝突する事態を招き、成好丸及び同灯標に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
|