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平成16年門審第37号
件名

漁船濱吉丸プレジャーボートマーキュリー衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年11月17日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(清重隆彦、長谷川峯清、上田英夫)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:濱吉丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
B、C、D、E、F
受審人
G 職名:マーキュリー船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
H

損害
濱吉丸・・・右舷船首に亀裂
マーキュリー・・・左舷外板及び燃料タンク、船長が脊椎損傷等の負傷

原因
濱吉丸・・・見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
マーキュリー・・・見張り不十分、注意喚起信号不履行、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、濱吉丸が、見張り不十分で、錨泊中のマーキュリーを避けなかったことによって発生したが、マーキュリーが、見張り不十分で、注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Gを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年12月25日11時40分
 長崎県壱岐市芦辺港北方沖合
 (北緯33度50.6分 東経129度46.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船濱吉丸 プレジャーボートマーキュリー
総トン数 4.92トン  
全長 11.90メートル  
登録長   6.75メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 213キロワット 77キロワット
(2)設備及び性能等
ア 濱吉丸
 濱吉丸は、昭和52年6月に進水した、一本釣り漁業に従事するFRP製漁船で、船体中央部に操舵室が設けられ、同室内にレーダー、GPS、魚群探知機及び無線方位測定機が備えられていた。そして、操船者が同室内右舷側の折りたたみいすに腰を掛けた姿勢で半速力前進の約11ノットで航行すると、船首浮上により、船首方の両舷にわたって15度の範囲に水平線が見えなくなる死角を生じることから、操舵室天井に開口部が設られ、同開口部から顔を出して見張りをするようになっていた。
イ マーキュリー
 マーキュリーは、平成6年11月に新規登録されたFRP製プレジャーボートで、船体中央部やや後方に操舵室、前部甲板下に魚倉、後部甲板下に機関室がそれぞれ設けられ、操舵室には、中央部に舵輪、右舷側に主機遠隔操作レバー、左舷側にGPSプロッター及び魚群探知機がそれぞれ設置されていた。そして、操舵室上部には電子ホーンが設置され、その吹鳴ボタンは操舵室内にあった。

3 事実の経過
 濱吉丸は、A受審人が1人で乗り組み、ぶり一本釣り漁を行う目的で、船首0.5メートル船尾1.4メートルの喫水をもって、平成15年12月25日05時30分長崎県芦辺港を発し、壱岐島北方の漁場で操業を行い、ぶり9匹を獲って10時07分魚釣埼灯台の北方6海里ばかりの地点を発進して帰途についた。
 ところで、A受審人は、平素、操舵室天井の開口部から顔を出すなどして死角を補う見張りを行っていた。
 発進後、A受審人は、針路を170度(真方位、以下同じ。)に定め、機関回転数を毎分1,800として11.0ノットの対地速力で、自動操舵により進行し、11時10分ごろ漁業用無線機に雑音が入ってきたため、僚船とその対応について連絡を取りあった。
 A受審人は、11時25分魚釣埼灯台から359度2.7海里の地点で、操舵室前面の窓ガラス越しに前方を一瞥したとき船影を認めず、また、0.75海里レンジで作動中のレーダー画面上でも船舶の映像を認めなかったので、操舵室右舷側の折りたたみいすに座って左舷側を向き、無線方位測定機で、雑音の発信源を探知するための操作を開始し、同じ針路及び速力で続航した。
 11時37分A受審人は、魚釣埼灯台から031度1,250メートルの地点に達したとき、正船首1,020メートルのところに、船首を東方に向けたマーキュリーを視認することができ、その後、同船が錨泊中の船舶が表示しなければならない形象物を掲げていなかったものの、平素、釣り船の多い水域であることや、同船が移動していないことから、錨泊中の船舶であることを推認でき、同船に衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが、西風が強くなり時化ていたので、釣り船などは出ていないものと思い、操舵室天井に設けられた開口部から顔を出すなどして、死角を補う見張りを行わなかったので、この状況に気付かなかった。
 11時39分A受審人は、正船首方の同船に340メートルまで接近したが、同じ姿勢のまま、漁業用無線機の雑音の発信源を探知するための操作を続け、依然、死角を補う見張りを行わなかったので、このことに気付かなかった。
 濱吉丸は、マーキュリーを避けずに同じ針路及び速力で続航中、11時40分魚釣埼灯台から090度800メートルの地点において、その船首がマーキュリーの左舷中央部に後方から75度の角度で衝突した。
 当時、天候は曇で風力7の西風が吹き、波高は約1.5メートルで、潮候はほぼ高潮時であった。
 また、マーキュリーは、G受審人が1人で乗り組み、魚釣りの目的で、船首0.4メートル船尾0.8メートルの喫水をもって、同日10時30分芦辺港を発し、壱岐島北方の博多瀬戸の釣場に向かった。
 G受審人は、10時45分ごろ博多瀬戸に着いたものの、風が強く魚釣りには不適と思われたので、比較的西風の影響の少ない魚釣埼灯台の東方沖合に移動して魚群探索をしたのち、11時20分ごろ前示衝突地点付近で、船首左舷側から約20キログラムの錨を投入して錨索を30メートルばかり延出し、機関を停止回転として錨泊し、付近は壱岐島北方の漁場に行き来する漁船等が通常航行する水域であったが、錨泊中の船舶が表示する形象物を掲げることなく、竿釣りを始め、同時32分走錨していることを知って錨を巻き揚げ、停止回転のままクラッチを後進に入れて北西方へ移動し、同時33分再度錨を投入し、同時36分クラッチを中立にして錨泊を再開した。
 11時37分G受審人は、095度に向首して西風により風下に落とされながら、さらに錨索を延ばしていたとき、左舷船尾75度1,020メートルのところに、自船に向かって接近する濱吉丸が存在したが、錨索を延出することに気をとられ、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、同船を認めなかった。
 このころ、仲間の船が接近し、時化てきたので帰ると言って南方に向かって戻り始めた。
 11時39分G受審人は、濱吉丸が衝突のおそれがある態勢のまま340メートルのところまで接近したが、戻って行く仲間の船を見ていて、依然、見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、注意喚起信号を行うことも、更に間近に接近した際、クラッチを前進に入れて移動するなどの衝突を避けるための措置もとらなかった。
 マーキュリーは、095度に向首して錨泊中、11時40分少し前G受審人が後方を振り向いたとき、左舷方至近に迫った濱吉丸に気付いたが、なにもできず、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、濱吉丸は右舷船首に亀裂を生じ、マーキュリーは左舷外板及び燃料タンクをそれぞれ損傷し、G受審人が脊椎損傷等を負った。

(航法の適用)
 本件は、長崎県壱岐市芦辺港北方沖合において、航行中の濱吉丸と錨泊中のマーキュリーとが衝突したものであり、同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから、一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
 海上衝突予防法上、航行中の船舶と錨泊中の船舶との関係について個別に規定した条文はないから、同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 濱吉丸
(1)正船首方に死角を生じていたこと
(2)漁業用無線機に雑音が入ってきたこと
(3)A受審人が、漁業用無線機に入ってきた雑音の発信源を探知するため無線方位測定機を操作していたこと
(4)A受審人が、死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(5)A受審人が、マーキュリーを避けなかったこと
2 マーキュリー
(1)G受審人が、壱岐島北方の漁場に行き来する漁船等が通常航行する水域で、錨泊中の船舶が表示しなければならない形象物を掲げないまま錨泊していたこと
(2)G受審人が、周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(3)G受審人が、避航を促すための音響信号を行わなかったこと
(4)G受審人が、衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
1 濱吉丸が、適切な見張りを行っていたなら、余裕のある時機にマーキュリーを視認することができ、同船が錨泊中の船舶が表示する形象物を掲げていなかったものの、その後の動静監視でほとんど移動していないことが分かり、錨泊あるいは漂泊中の船舶と推認でき、同船を避けることができたのであるから、A受審人が、船首方に死角が生じていることを知りながら、操舵室天井に設けられた開口部から顔を出すなどして死角を補う見張りを行わなかったこと及びマーキュリーを避けなかったことはいずれも本件発生の原因となる。
  濱吉丸が、正船首方に死角を生じていたこと、漁業用無線機に雑音が入ってきたこと及びA受審人が漁業用無線機に入ってきた雑音の発信源を探知するため方向探知機を操作していたことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件衝突と相当な因果関係があるとは認められない。
2 マーキュリーが、適切な見張りを十分に行っていたなら、余裕のある時機に濱吉丸を視認することができ、その後、同船に避航の気配がなかったのであるから、注意喚起信号を行い、更に接近した際、機関のクラッチを入れて移動するなどして衝突を避けるための措置をとることができた。従って、G受審人が周囲の見張りを十分に行わなかったこと、避航を促すための音響信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことはいずれも本件発生の原因となる。
G受審人が、錨泊中の船舶が表示する形象物を掲げないまま錨泊していたことは、濱吉丸は衝突時までマーキュリーを視認していなかったのであるから、同形象物の不表示と本件発生との相当な因果関係があるとは認められない。しかし、このことは、海難防止の観点から法の規定を遵守しなければならない事項である。

(主張に対する判断)
 A受審人選任の補佐人は、マーキュリーは錨泊中とはいえないから航行中の濱吉丸と同じ程度の注意義務と衝突回避義務があると主張するのでこの点について検討する。
 衝突地点付近には中曽根があり、一本釣りの好漁場で、常に多数の漁船及びプレジャーボートが漂泊または錨泊している海域で、このことをA受審人はよく知っていた。そして、認定したとおり、マーキュリーは、衝突の4分前に錨を投入し、衝突の3分前には錨が効いたことを確認して機関を中立にしていた。同船が、正規の形象物を掲げていなかったとはいえ、濱吉丸が余裕のある時機にマーキュリーを視認し、その後、その動静を監視していれば、同船がほとんど移動していないことが分かり、錨泊あるいは漂泊していると推認でき、また、推認しなければならない。
 一般的に、船舶間に衝突のおそれがある状態が生じた場合、いずれの船が回避措置を講ずるべきであるかといえば、動的状態にあるものが静的状態にあるものを避けることとか、回避措置が容易にとれる方が先に避けることとされている。
 この根拠は、海上交通における条理として確立されているところの船員の常務であり、これまで、海難審判においては、静的状態にある船舶は機関を使用して航走態勢になるまでに幾分の時間と準備が必要であるのに対し、航走中の船舶は転舵することで短時間で容易に回避することができることから、航走中の船舶が避けることとしてきたところである。
 従って、本件において、両船は、避航船と保持船との関係にないが、濱吉丸がマーキュリーを避けるべき立場にあったものと認められるから、同補佐人の主張は認められない。

(海難の原因)
 本件衝突は、長崎県芦辺港北方沖合において、同港に向け帰港中の濱吉丸が、見張り不十分で、前路で形象物を表示せずに錨泊中のマーキュリーを避けなかったことによって発生したが、マーキュリーが、見張り不十分で、注意喚起信号を行わず、更に接近した際、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、長崎県芦辺港北方沖合において、同港に向け帰港する場合、前路で錨泊中のマーキュリーを見落とすことのないよう、前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、西風が強くなり時化ていたことから、釣り船などは出ていないものと思い、前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で錨泊しているマーキュリーに気付かず、同船を避けずに進行して衝突を招き、濱吉丸の右舷船首に亀裂を、マーキュリーの左舷外板及び燃料タンクに損傷をそれぞれ生じさせ、G受審人に脊椎損傷等を負わせるに至った。 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 G受審人は、長崎県芦辺港北方沖合において、錨泊する場合、漁場に行き来する漁船等が多く航行する水域であったのであるから、自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近する濱吉丸を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、時化てきたので帰ると言って戻っていく仲間の船を見ていて、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、自船に向かって接近する濱吉丸に気付かず、注意喚起信号を行わず、更に接近した際、クラッチを前進に入れて移動するなどの衝突を避けるための措置をとらずに錨泊を続けて同船との衝突を招き、前示の損傷を生じさせ、自らが脊椎損傷等を負うに至った。
 以上のG受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図





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