(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年3月20日13時41分
愛知県師崎水道
(北緯34度40.6分 東経136度59.3分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
遊漁船幸盛丸 |
遊漁船荒元丸 |
総トン数 |
4.5トン |
3.5トン |
全長 |
12.70メール |
12.30メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
279キロワット |
169キロワット |
(1)設備及び性能等
ア 幸盛丸
幸盛丸は、平成4年2月に進水した一層甲板型FRP製遊漁船で、船体中央部に機関室と操舵室が配置され、GPS、魚群探知機及び音響信号設備としてモーターホーンを備えていた。
漂泊中に船首を振れさせないために、船尾にマストを設けてビニール製黄色スパンカを展張するようになっており、また、船首たつの後方に厚さ5センチメートル(以下「センチ」という。)幅40センチ長さ2メートルの差し板を水中に押し込めることができるようになっていた。
イ 荒元丸
荒元丸は、昭和58年6月に進水した一層甲板型FRP製遊漁船で、船体前部にいけすが、中央部に操舵室がそれぞれ配置され、GPS、魚群探知機及び音響信号設備としてモーターホーンを備えていた。
操舵室の左舷後部外側に舵輪が取り付けられ、舵輪位置に縦30センチ横40センチ高さ25センチの踏み台を置き、速力を上げて航走したとき船首が浮上して死角を生じるので、この踏み台に立つことで補っていた。
3 事実の経過
幸盛丸は、A受審人が1人で乗り組み、釣り客4人を乗せ、船首0.5メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、平成16年3月20日07時00分愛知県師崎港を発し、同港南南西方4海里の伊勢湾沖ノ瀬灯浮標付近の釣り場に向かった。
A受審人は、釣り餌のえびを購入するために答志島に寄り、08時20分ごろ伊勢湾沖ノ瀬灯浮標付近に至り投錨して釣りをしたのち、13時00分釣り場を発進して師崎港に向け帰航中、魚群探知機に魚影を捉え特に急いで帰る必要もなかったことから、漂泊して釣りを再開することとし、13時31分羽島灯標から141度(真方位、以下同じ。)1,850メートルの地点で、機関を中立とし、船尾にスパンカを展張し、船首を風に立てて北方を向首し、差し板を船底下1メートルほどに押し込み、漂泊した状態で釣りを再開した。
ところで、師崎水道は、沿岸にわかめなどの養殖施設があり、また、好漁場のため多数の釣り船や漁船が集まる海域であった。
13時40分少し前A受審人は、北方に向首していたとき、船尾方500メートルのところから自船に向かって接近する荒元丸を認めることができ、その後同船が衝突のおそれがある態勢となり、自船を避けないまま接近したが、操舵室の左舷側で船首方を向き、船首甲板上で釣っている客の釣り糸の様子を観察することに気を取られ、船尾方の見張りを十分に行っていなかったのでこのことに気付かず、警告信号を行うことも、機関を使って移動するなどの衝突を避けるための措置をとることもしないで漂泊を続けた。
13時41分直前A受審人は、釣り客の叫び声で後方を振り向いたとき、船尾至近に迫った荒元丸を認めたものの、何らの措置をとることもできず、13時41分羽島灯標から141度1,850メートルの地点において、幸盛丸は、353度を向いた状態で、その右舷船尾部に、荒元丸の左舷船首が後方から5度の角度で衝突した。
当時、天候は曇で、風力3の北西風が吹き、潮候は上げ潮の初期であった。
また、荒元丸は、B受審人が単独で乗り組み、釣り客2人を乗せ、船首0.4メートル船尾1.1メートルの喫水をもって、同月20日06時40分師崎港を発し、伊勢湾沖ノ瀬灯浮標南方の釣り場に向かった。
B受審人は、07時ごろ予定の釣り場に至って釣りを始め、数回釣り場を変え伊良湖水道に移動して1時間ほど釣ったのち、13時11分伊良湖水道の釣り場を発進して帰途に就いた。
B受審人は、操舵室後方の甲板上に立って操舵に当たり、13時33分羽島灯標から165度2.6海里の地点で、針路を師崎水道の中央に向首する358度に定め、機関を半速力前進にかけ、13.0ノットの対地速力で手動操舵により進行した。
定針したときB受審人は、正船首方1.7海里のところに、幸盛丸が漂泊していたものの、踏み台に立って死角を補う見張りを十分に行わなかったので、死角に入った同船に気付かず、その後左舷側からのしぶきが顔に当たるので、舵中央として舵輪から手を離し、舵輪位置から離れ操舵室の陰に身体を屈めてしぶきを避け、時々前方の陸岸を一瞥(いちべつ)して針路を修正しながら続航した。
13時40分少し前B受審人は、羽島灯標から149度1.2海里の地点に達したとき、ほぼ正船首方500メートルにスパンカを展張して漂泊中の幸盛丸を認めることができ、その後同船に向首し衝突のおそれがある態勢で接近したが、依然死角を補う見張りを十分に行わなかったのでこのことに気付かず、同船を避けることなく続航中、荒元丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、幸盛丸は、船尾トランサムに圧壊を生じ、荒元丸は、左舷船首部にFRPの剥離(はくり)を生じたが、のちそれぞれ修理され、幸盛丸の釣り客1人が23日間の入院加療を要する右多発肋骨骨折、右血胸及び右頸部・左上腕・両膝挫創を負った。
(航法の適用)
本件は、師崎水道において、航行中の荒元丸と漂泊中の幸盛丸とが衝突したものであり、衝突地点は海上交通安全法の適用海域であるが、同法には両船に適用される航法規定がないので、一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
海上衝突予防法上、航行船と漂泊船の関係について個別に規定した条文はないから、同法第38条及び第39条の規定によるのが相当となる。
(本件発生に至る事由)
1 幸盛丸
(1)A受審人が師崎水道で漂泊して釣りを再開したこと
(2)A受審人が船首方を見ることに気を取られていたこと
(3)A受審人が船尾方の見張りを行わなかったこと
(4)A受審人が警告信号を行わなかったこと
(5)A受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 荒元丸
(1)B受審人が速力を上げて死角を生じさせたまま航行したこと
(2)B受審人がしぶきを避けるために操舵位置から離れたこと
(3)B受審人が踏み台に立つなどの死角を補う見張りを行わなかったこと
(4)B受審人が幸盛丸を避けなかったこと
(原因の考察)
荒元丸が、適切な見張りを行っていたなら、幸盛丸を視認でき、同船を余裕のある時期に、容易に避けることができたものと認められる。したがって、B受審人が、踏み台に立つなどの死角を補う見張りを行わなかったこと及び幸盛丸を避けなかったことは、本件発生の原因となる。
一方、幸盛丸は、漂泊中に船尾方の見張りを行っていたなら、接近する荒元丸を視認でき、避航の気配がなく接近する同船に対して警告信号を行うとともに機関のクラッチを入れて移動することができたものと認められる。したがって、A受審人が、船尾方の見張りを行わなかったこと、警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
A受審人が通航船舶の多い師崎水道で漂泊して釣りを再開したこと、船首方を見ることに気を取られていたこと、及びB受審人が速力を上げて死角を生じさせたまま航行したこと、しぶきを避けるために操舵位置から離れたことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は、師崎水道において、荒元丸が、死角を補う見張りが不十分で、前路で漂泊中の幸盛丸を避けなかったことによって発生したが、幸盛丸が、船尾方の見張りが不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、師崎水道において、師崎港に向け北上する場合、船首が浮上し船首方に死角を生じていたのであるから、漂泊中の幸盛丸を見落とすことのないよう、踏み台に立つなどの死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、しぶきを避けるために操舵位置から離れ、踏み台に立つなどの死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で漂泊中の幸盛丸に気付かないまま進行して衝突を招き、荒元丸の船首部に擦過傷を、幸盛丸の船尾トランサムに圧壊をそれぞれ生じさせ、釣り客1人に23日間の入院加療を要する右多発肋骨骨折等を負わせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
A受審人は、師崎水道において、漂泊して釣りをする場合、付近は船舶交通の多い海域であったから、接近する荒元丸を見落とすことのないよう、船尾方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、客の釣り糸に気を取られ、船尾方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、接近する荒元丸に気付かないまま漂泊を続けて同船との衝突を招き、両船に前示の損傷及び負傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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