(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月19日06時02分
名古屋港東航路
(北緯34度58.3分 東経136度48.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船ニュー美津 |
作業船第三十八金竜丸 |
総トン数 |
199トン |
19トン |
全長 |
58.32メートル |
登録長 |
|
15.18メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
706キロワット |
(2)設備及び性能等
ア ニュー美津
ニュー美津は、平成9年3月に竣工した、船首から船橋前面まで45メートルの船尾船橋型貨物船で、九州から茨城県鹿島港に至る九州、太平洋及び瀬戸内海の各沿岸諸港に寄港し、主に鋼材とばら積貨物の輸送に従事しており、船首部にサイドスラスタを備え、カラー及び白黒のレーダーを各1台、GPS、ジャイロコンパス並びにモーターホーン1個をそれぞれ装備し、船橋楼前方に縦30.0メートル幅7.5メートルの倉口1個を有する貨物倉が配置され、航海船橋甲板が満載喫水線上6.3メートルで船橋から前方の見通しは良好であった。
速力は、主機回転数毎分350で最大11.5ノット、空倉状態における航海速力が、同320で11.0ノット、半速力が同300で8.0ノット、微速力が同260で6.0ノット、極微速力が同230で3.0ノット、舵効のある最低速力が同220で2.0ノットであった。また、最大速力で航行中に機関を全速力後進にかけてから船体が停止するまでの時間は1分05秒で、舵角35度で回頭角度90度に達するまでの所要時間は、左旋回が39.9秒、右旋回が41.5秒で、定常旋回径は左右とも150メートルであった。
イ 第三十八金竜丸
第三十八金竜丸(以下「金竜丸」という。)は、平成9年8月に竣工した交通船兼作業船で、押船または引船として使用され、名古屋港及び四日市港から、愛知県常滑港沖合に建設中の中部国際空港向け建設資材を載せた台船を曳航し、頻繁に伊勢湾を往来していた。
船橋は、中央より少し船首寄りに配置され、レーダー1台、磁気コンパス、GPS及びモーターホーン1個をそれぞれ装備していた。
単独航行時の速力は、航海速力が主機回転数毎分1,350で10.0ノット、極微速力が同500で4.0ノットで、各速力の間は適宜回転数を設定することができ、舵効のある最低速力は3.0ノットで、旋回径は左右とも約45メートルであった。
3 事実の経過
ニュー美津は、A受審人及び機関長の2人が乗り組み、空倉のまま、バラストタンクに海水300トンを漲水(ちょうすい)し、船首1.4メートル船尾2.6メートルの喫水をもって、平成15年8月19日05時15分名古屋港第1区大手ふ頭を発し、神戸港に向かった。
離岸後A受審人は、自ら見張りと操舵にあたるとともに、機関長にも見張りを行わせ、舵輪左側に設置された白黒のレーダーをスタンバイ状態として北航路を南下した。
05時43分A受審人は、高潮防波堤中央堤東灯台(以下「東灯台」という。)から040度(真方位、以下同じ。)1.4海里の地点で、名古屋東航路第11号灯浮標(以下、灯浮標の名称については、「名古屋東航路」を省略する。)を右舷側100メートルに航過したとき、針路を東航路に沿う213度に定め、機関を全速力前進にかけ、11.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、航路の右側を手動操舵により進行した。
間もなくA受審人は、前方に見える高潮防波堤中央堤(以下、高潮防波堤各堤防名の「高潮防波堤」を省略する。)及び知多堤の南方がうす暗く、視界が悪いことを知り、05時50分半東灯台を右舷側280メートルに航過し、その後霧のため視界が急速に悪化して視程約100メートルの視界制限状態となったが、視界の状況に応じた安全な速力に減速することも霧中信号を吹鳴することもしないまま、スタンバイとしていた白黒のレーダーのスイッチを入れ、3海里レンジのレーダーを見ながら操舵にあたった。
05時53分A受審人は、東灯台から195度0.5海里の地点で、左舷船首5度2.0海里に金竜丸の映像を探知し、その後時々映像が消えるものの、同方向にはいずれもレーダー反射器が付いた第2号灯浮標と第4号灯浮標があるのみで、同映像が明らかに同船のものであると分かる状況で、05時55分機関を半速力前進として8.0ノットに減速したが、依然として過大な速力のまま、機関長とともにレーダーを監視しながら続航した。
05時57分A受審人は、東灯台から205度1.1海里の地点に達したとき、金竜丸の映像が左舷船首10度1.0海里となり、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが、このままでも左舷対左舷で航過できるものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めず、06時02分少し前機関長とともに目視で前方を見張っていたとき、正船首少し左100メートルに金竜丸を認め、直ちに機関を全速力後進にかけるとともに右舵一杯としたが、ニュー美津は、06時02分東灯台から208度1.8海里の地点において、223度に向首したとき、船首が金竜丸の右舷船尾に前方から79度の角度で衝突した。
当時、天候は霧で風はほとんどなく、視程約100メートルで、潮候は上げ潮の中央期であった。
また、金竜丸は、B受審人と甲板員の2人が乗り組み、船首0.8メートル船尾2.5メートルの喫水をもって、平成15年8月19日04時50分常滑港を発し、名古屋港第4区の弥富ふ頭に向かった。
発航後B受審人は、自ら船橋当直に就き、霧のため視程が約200メートルに狭められていたので機関の回転数を全速力より少し下げ、航海灯を点灯したまま、レーダーに映った灯浮標により船位を確認しながら、7.0ノットの速力で手動操舵により航行した。
B受審人は、霧中信号を行わず、05時10分トーガ瀬北灯浮標を右舷側300メートルに航過し、その後さらに視界が悪化して視程約100メートルとなったので速力を5.0ノットに減じ、甲板員を船首に配置して前方の見張りにあたらせ、操舵位置の右前方1メートルほどにあるレーダーを時々見ながら、知多半島西岸沖合を北上した。
B受審人は、平素、弥富ふ頭に向かう際、東航路を航行する船舶の状況を見て、鍋田堤と中央堤の間に向けることとしていたところ、05時35分伊勢湾灯標を右舷側80メートルに航過したとき、3海里レンジとしたレーダーで東航路南口の第2号灯浮標を確認するとともに、同航路西方の検疫錨地とその附近に多数の錨泊船の映像を認め、東航路外をしばらく北上し、レーダーで同錨泊船群の隙間を確かめてから東航路を横切って鍋田堤の方に向けることとし、第2号灯浮標の映像を正船首わずか左に見て北上を続けた。
05時45分B受審人は、東灯台から207度3.1海里の地点で、第2号灯浮標を左舷側30メートルに航過したとき、針路を033度に定めて第4号灯浮標の東側至近に向け、5.0ノットの速力のまま、東航路によらないで同航路外を進行した。
定針したときB受審人は、東航路の境界線に設置された灯浮標の映像を認めたものの同航路内に他船の映像を認めなかったので、専らレーダーに映った同航路西方の錨泊船群に留意して北上し、05時53分東灯台から206度2.4海里の地点に達したとき、左舷船首5度2.0海里に東航路を南下するニュー美津のレーダー映像を認めることができたが、同映像に気付かなかった。
05時57分B受審人は、東灯台から204度2.1海里の地点で、第4号灯浮標を左舷側30メートルに航過したとき、レーダーで左舷船首10度1.0海里に、第5号灯浮標東側至近を南下するニュー美津の映像を認めることができ、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが、東航路に航行船はいないものと思い、同航路西方の錨泊船群とそのころレーダー画面の端に映り始めた鍋田堤の映像に気を奪われ、レーダー画面全体を注意深く観察するなどしてレーダーによる見張りを十分に行わなかったので、このことに気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めないで、依然として霧中信号を行わないまま続航した。
05時58分B受審人は、東灯台から204度2.0海里の地点に達したとき、錨泊船の間を航行して鍋田堤の方に向けることとし、そのころ東航路を南下中のニュー美津が船首方向から接近しており、中央堤、知多堤及び航路境界に設置された第5号灯浮標及び第6号灯浮標の各映像から、同船が航路を航行していることを認識することができ、このように航路航行船が附近にある状況下では航路の横断が禁止されていたが、依然レーダーによる見張りが不十分で、ニュー美津の接近に気付かず、針路を鍋田堤に向く354度に転じて航路に入るとともに速力を4.0ノットに減速し、その後航路の横断を中止しないまま東航路を横切って進行した。
06時02分少し前B受審人は、甲板員とほぼ同時に、右舷船首至近にニュー美津を視認し、驚いて左舵一杯としたが及ばず、金竜丸は、324度を向いたとき、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、ニュー美津は球状船首に、金竜丸は右舷船尾にそれぞれ亀裂を生じたが、両船とも自力航行して航路外に錨泊し、のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は、港則法に定められた特定港である名古屋港で、東航路を南下していたニュー美津と、東航路を横切って名古屋港第4区の弥富ふ頭に向かおうとした金竜丸の両船が、高潮防波堤から離れた東航路内で衝突したものであるが、当時東航路及びその附近は霧のため視程約100メートルの視界制限状態にあり、港則法には視界制限状態における航法の規定がないから、一般法である海上衝突予防法によって律することとなり、同法第19条の規定が適用される。
港則法に定められた航法に関する規定のうち、避航に関する事項については、海上衝突予防法第40条の規定によって同法第11条が準用されるものの、視界制限状態にあった両船に対しては、同条が準用されず、航路を横切って航行した金竜丸に対し、港則法第14条第1項は適用されない。
しかし、金竜丸は、避航に関する事項以外の航法規定が適用されることから、港則法第12条が適用され、雑種船にあたらない同船が、名古屋港に入港する際、航路によらないで航行したことは同条の規定に違反する。
また、本件が発生した名古屋港東航路については、海上衝突予防法の特別法にあたる、港則法施行規則第29条の2によって特定航法が定められ、同条第2項の、船舶が航路の部分を航行しているときは、その附近にある他の船舶は航路外から航路に入り、航路から航路外に出、又は航路を横切ってはならないという規定及び同条第3項の、総トン数500トン未満の船舶は航路の右側を航行しなければならないという規定は、いずれも避航に関する事項ではないから、金竜丸に対してこれらの規定が適用される。
当時、レーダーを3海里レンジで使用していた金竜丸は、航路境界に設置された第5号灯浮標及び第6号灯浮標、高潮防波堤並びに東航路を南下するニュー美津の各映像を注意深く監視することにより、同船が航路の部分を航行して自船に接近することを認識することができたものと認められるので、港則法施行規則第29条の2第2項の規定が適用され、航路を航行中のニュー美津の附近にあった金竜丸が、航路外から航路を横切って航行したことは、同規定に違反する。
(本件発生に至る事由)
1 ニュー美津
(1)A受審人が、安全な速力としなかったこと
(2)A受審人が、霧中信号を行わなかったこと
(3)A受審人が、金竜丸と著しく接近することを避けることができない状態となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったこと
2 金竜丸
(1)B受審人が、霧中信号を行わなかったこと
(2)金竜丸が、航路によらないで航行したこと
(3)東航路西方の検疫錨地及びその附近に多数の船舶が錨泊していたこと
(4)B受審人が、レーダー画面全体を注意深く観察するなどしてレーダーによる見張りを十分に行わなかったこと
(5)B受審人が、ニュー美津と著しく接近することを避けることができない状態となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったこと
(6)金竜丸が、東航路を航行するニュー美津と接近したとき、同航路を横切って航行したこと
(原因の考察)
ニュー美津は、東航路を南下中、視界制限状態となったとき、霧中信号を行わなかったこと、8.0ノットの速力で航行し、安全な速力で航行しなかったこと及びレーダーで左舷船首5度2.0海里に探知した金竜丸が1.0海里に接近し、その後著しく接近することを避けることができない状況となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。
金竜丸が、霧中信号を行わなかったこと、レーダー画面全体を注意深く観察するなどしてレーダーによる見張りを十分に行わなかったこと、著しく接近することを避けることができない状況となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったこと、さらに東航路を横切って航行したことは、いずれも本件発生の原因となる。
金竜丸が航路によらないで航行したことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
当時、東航路西方の検疫錨地及びその附近に多数の船舶が錨泊していたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件衝突は、霧のため視界が著しく制限された名古屋港において、金竜丸が、霧中信号を行わず、レーダーによる見張りが不十分で、東航路を南下中のニュー美津と著しく接近することを避けることができない状況となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったばかりか、東航路を横切って航行したことによって発生したが、ニュー美津が、霧中信号を行わず、安全な速力で航行しなかったばかりか、レーダーで前路に探知した金竜丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、霧のため視界が著しく制限された名古屋港において、レーダーを見ながら弥富ふ頭に向け航行する場合、東航路を南下するニュー美津のレーダー映像を見落とさないよう、レーダー画面全体を注意深く観察するなどしてレーダーによる見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかし、同人は、東航路に航行船はいないと思い、同航路西方の錨泊船群とレーダー画面の端に映り始めた鍋田堤の映像に気を奪われ、レーダーによる見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、ニュー美津の接近に気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めないまま、東航路を横切って航行して同船との衝突を招き、ニュー美津の球状船首及び金竜丸の右舷船尾にそれぞれ亀裂を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人が、霧のため視界が著しく制限された名古屋港において、レーダーで前路に探知した金竜丸と著しく接近することを避けることができない状況となった場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。しかし、同人は、このままでも左舷対左舷で航過できるものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、また、必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により、金竜丸との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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