(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成14年9月26日05時29分
伊良湖水道航路南口
(北緯34度33.4分 東経137度01.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船スカーレット サクセス |
総トン数 |
17,428トン |
全長 |
170.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
5,884キロワット |
(2)設備及び性能等
スカーレット サクセス(以下「ス号」という。)は、船橋前面が船首端から140メートル後方に位置する船尾船橋型貨物船で、レーダー2台、自動衝突予防援助装置(以下「アルパ」という。)及びGPS航法装置を備え、試運転最大速力が16.36ノットで、航海速力、港内全速力、半速力、微速力及び極微速力がそれぞれ14.5ノット、10.0ノット、8.0ノット、6.0ノット及び4.0ノットであり、全速力で航走中の縦距、横距、旋回径及び90度回頭に要する時間は、右旋回のとき578メートル、166メートル、542メートル及び1分40秒、左旋回のとき574メートル、147メートル、488メートル及び1分39秒で、最短停止距離が1,628メートルであった。
3 事実の経過
ス号は、船長Cほかフィリピン人船員21人が乗組み、木材1,083トンを積載し、船首4.03メートル船尾6.20メートルの喫水をもって、平成14年9月25日15時10分和歌山県和歌山下津港を発して名古屋港に向かい、翌26日04時53分伊良湖岬南南東方6.6海里の水先人乗船地点に至り、04時56分A受審人が水先艇から乗船し、その後同人のきょう導の下、機関をスタンバイとして伊良湖水道航路(以下「航路」という。)に向け北上した。
乗船したときA受審人は、左舷船首方約1海里に土運船押船列(以下「押船列」という。)を認めたほか、周囲に数隻の航行船舶の灯火を認め、平素と同様に航路に向かう船舶が多いことを知り、船長及び当直航海士が在橋し、レーダー2台及びアルパを使用して見張りや船位の確認などを行い、自らは主に目視で周囲の見張りをしながら、操舵手に操舵を行わせて操船にあたった。
ところで、航路南方約2海里から北方は、海上交通安全法適用海域で、薄明時には、伊勢湾及び三河湾の沿岸諸港に向かう多数の船舶が集まることから、他船との見合い関係が生じ易く、予期した操船が困難となることがあり、同海域における船舶交通の安全を確保するため、第四管区海上保安本部により、「伊良湖水道航路及びその周辺海域における航行安全対策」として行政指導が行われ、航路南側海域では、航路に出入航する船舶は、伊勢湾第2号灯浮標を左舷側に見て航過したのち、所定の針路に向けることとなっており、また、航路内、航路出入口及び変針点付近ではできる限り他船を追い越さないこととされていた。
05時03分A受審人は、伊良湖岬灯台から163度(真方位、以下同じ。)5.8海里の地点に達したとき、伊勢湾第2号灯浮標を左舷側に航過するよう、針路を345度に定め、機関回転数を港内全速力より少し上げ、12.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で進行した。
定針後A受審人は、左舷船首方の押船列が次第に右方に替わりながら接近し、05時11分伊勢湾第1号灯浮標を右舷側0.9海里に航過したとき、押船列を正船首ほぼ0.5海里に見るようになり、伊勢湾第2号灯浮標の手前で押船列の左舷側を追い越すつもりで続航した。
05時17分半A受審人は、伊良湖岬灯台から160度2.9海里の地点で、伊勢湾第2号灯浮標が左舷船首方0.5海里となったとき、押船列が右舷船首10度0.2海里ばかりに接近し、同灯浮標付近で押船列の左舷側に並ぶ状況となり、押船列と同灯浮標の間を航行するのは危険と判断し、押船列の右舷後方を北上することとしてゆっくりと右転を始めた。
間もなくA受審人は、伊勢湾第2号灯浮標を左舷側0.2海里に航過し、押船列が左舷船首0.2海里となったので左舵を令して航路南口に向け左転を開始した。
このときA受審人は、北東方1.0海里ばかりに航路に向かう西行船を認め、次第に接近する状況であったが、当直航海士に指示するなどしてアルパを活用しないまま、いちべつして自船が先に航路に入ることができると判断し、西行船に留意しないで左転を続けた。
A受審人は、転舵を繰り返すうち速力が低下して10ノット前後となり、05時21分伊良湖岬灯台から157度2.3海里の地点で、ほぼ320度に向首し、伊良湖水道航路第2号灯浮標(以下「航路第2号灯浮標」という。)を正船首1.0海里に見るようになったとき、依然押船列との距離が近く、航路南口付近で追い越す状況であったことから接近を避けることとし、東方に迂回すれば、航路入航針路から外れ、航路南口付近で航路に入る他船と接近して予期した操船が困難となるおそれがあったが、航路南口までまだ距離があるので、多少迂回しても航路手前で入航針路に向けることができると思い、速やかに減速して先航する押船列のあとに続いて航路に向かわず、大きく右転したのち航路に向けるつもりで右舵を令した。
間もなくA受審人は、前示西行船が右舷船首方間近に接近していることに気付き、予期したところで左転して所定の針路に向けることができず、同船が船首を替わるまで右転を続けたため、予想以上に大きく東方に迂回することとなった。
05時24分A受審人は、伊良湖岬灯台から150度1.9海里の地点で、西行船が船首方を航過したので左舵一杯を令し、010度に向首したとき航路第2号灯浮標を左舷船首80度0.8海里ばかりに見るようになり、同灯浮標を左舷側に航過すれば海上交通安全法の規定に違反することから、右舷側に見て航路に入ることとしてそのまま回頭を続け、同灯浮標に接近する状況となった。
そのころ伊勢湾第2号灯浮標付近には、航路に向かう北上中の貨物船(以下「北上船」という。)が航行しており、ス号と接近する状況であったが、A受審人は、他船の接近状況を十分に把握していなかったので、その速力や最接近距離などが分からないまま左転を続け、間もなく当直航海士の報告で航路に向かう北上船の存在を知り、またしても予期した操船が困難となり、そのまま左転を続けることを中止し、舵中央を令してしばらくその動向を確かめることとした。
A受審人は、しばらく北上船を監視したあと、航路南口付近で接近すると予想し、これを避けるため左転して同船と右舷対右舷で航過したあと航路に向かうのが無難であると考え、05時28分少し過ぎ再び左舵一杯を令して左転を続け、航路第2号灯浮標が右舷船首至近を替わるのを見て、右舷船尾との衝突を避けるため右舵一杯を令したものの、ス号は回頭惰力で左転を続け、05時29分伊良湖岬灯台から170度1.4海里の地点において、250度を向首したとき、右舷船尾が航路第2号灯浮標に衝突した。
当時、天候は曇で風力4の東風が吹き、潮候は上げ潮の中央期にあたり、伊良湖水道は北西流の最強時で1.3ノットの潮流があり、日出は05時43分であった。
衝突後ス号は、左転して北上船と右舷対右舷で航過し、伊勢湾第2号灯浮標付近まで南下したのち反転して航路に入り、その際航路第2号灯浮標の点灯状況に異常がないことを確かめ、航路を通過後海上交通センターに灯浮標衝突の事実を報告し、名古屋港に向かった。
その結果、ス号は、右舷船尾外板に軽い擦過傷を生じ、航路第2号灯浮標は、頂部保護枠、支柱及びフレームに曲損、マーキング装置及び太陽電池パネルに損傷並びに本体に凹損が生じた。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、伊勢湾第2号灯浮標を航過して航路南口に接近したとき、減速して先航する押船列のあとに続いて航路に向かわなかったこと
2 A受審人が、アルパを十分に活用するなどして他船の接近状況を十分把握していなかったこと
3 A受審人が、予期した操船が困難となったこと
(原因の考察)
本件灯浮標衝突は、伊良湖水道航路南方から名古屋港に向かうス号が、航路南口に入航する際、航路第2号灯浮標に著しく接近したことによって発生したものである。
A受審人は、航路南口に接近したとき、先航する押船列のあとに続いて航路に入ろうとしたものの、距離が近いので右転して東方に大きく迂回したところ、折から航路に向かう西行船と接近し、予期した操船が困難となり、結果的に航路第2号灯浮標に著しく接近することとなったものであるが、先航船以外に航路に入ろうとする他船が存在しなければ、無難に航路に入ることができたものと認められる。
しかし、薄明時の伊良湖水道は、伊勢湾及び三河湾の沿岸諸港に向かう船舶が多数集まり、長年水先業務を行ってきたA受審人は、このことを熟知しており、航路南口付近で他船と接近し、予期した操船が困難となることは予見可能であり、また、当時ス号の機関はスタンバイ状態で、いつでも減速することが可能であったから、航路入口の航路第2号灯浮標に著しく接近する事態を回避するためには、減速して先航する押船列のあとに続いて航路に入るのが適切な操船であった。また、航路入航船舶は伊勢湾第2号灯浮標を航過したあと、所定の針路に向けるよう行政指導があり、水先人としては迂回すべき特別な事情がないかぎり航路に向けて航行すべきであった。したがって、A受審人が、航路南口に接近したとき、減速して先航する押船列のあとに続いて航路に向かわなかったことは、本件発生の原因となる。
A受審人が、アルパを活用するなどして他船の接近状況を十分把握していなかったこと及び予期した操船が困難となったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件灯浮標衝突は、薄明時、航路入航船舶が多数集まる伊良湖水道航路南方において、航路に向け北上中、先航船と接近した際、速やかに減速してそのあとに続いて航路に向かわず、航路南口付近で他船との接近を避けるうちに予期した操船が困難となり、航路南口の灯浮標に著しく接近したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、薄明時、航路入航船舶が多数集まる伊良湖水道航路南方において、航路に向け北上中、先航船と接近した場合、東方に迂回すれば航路への入航針路から外れ、航路南口付近で航路に向かう他船と接近して予期した操船が困難となるおそれがあったから、速やかに減速して先航船のあとに続いて航路に向かうべき注意義務があった。しかし、同人は、航路南口までまだ距離があるので、多少迂回しても航路手前で入航針路に向けることができると思い、速やかに減速して先航船のあとに続いて航路に向かわなかった職務上の過失により、航路に入航する他船を避けるうち、航路第2号灯浮標に著しく接近して同灯浮標との衝突を招き、ス号の船尾外板に擦過傷を生じさせ、航路第2号灯浮標の頂部保護枠及び支柱等に曲損、マーキング装置及び太陽電池パネルに損傷並びに本体に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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