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平成16年長審第23号
件名

漁船優漁丸漁船とみ丸衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年10月15日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(稲木秀邦、山本哲也、藤江哲三)

理事官
清水正男

受審人
A 職名:優漁丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
B
受審人
C 職名:とみ丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
D

損害
優漁丸・・・船首部に擦過傷
とみ丸・・・船尾部を大破、のち廃船、船長が2週間の入院加療を要する左膝打撲、外傷性頚部症候群及び腰椎捻挫の負傷

原因
優漁丸・・・見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
とみ丸・・・動静監視不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、優漁丸が、見張り不十分で、錨泊中のとみ丸を避けなかったことによって発生したが、とみ丸が、動静監視不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Cを戒告する。
 
理由

(海難事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年6月26日15時06分
 長崎県五島列島福江島長崎鼻沖合
 (北緯32度45.9分 東経128度38.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船海久丸
総トン数 7.3トン
登録長 11.99メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 300キロワット
(2)設備及び性能等
ア 優漁丸
(ア)船体構造等
 優漁丸は、平成元年10月に進水し、長崎県塩水漁港から同県三重式見港へ月間3回漁獲物を運搬し、11月から4月までの期間には併せて1本つり漁業に使用されるFRP製漁船で、船体中央より少し後方に天窓を設けた操舵室を備え、船首部ブルワークの高さが喫水線上約1.90メートルであった。
 操舵室には、ほぼ中央に舵輪、右舷側に機関操作レバー、また前面の棚に右舷側から機関監視装置、レーダー、GPSプロッター、魚群探知機及びマグネットコンパスが配置され、舵輪の右舷後方にいすが備えられていた。
(イ)操縦性能等
 最大速力は、機関回転数毎分2,000の約26ノットで、通常、漁場での移動や漁獲物運搬時における全速力は回転数毎分1,750の約22ノットとし、最大舵角時の旋回径が約25メートルであった。
(ウ)操舵室からの前方見通し状況
 操舵室前面は、窓枠によって左右に2分割されたガラス窓となっており、各窓に旋回窓が備えられ、右舷側に備え付けられたいすに腰を掛けた状態の眼高が喫水線上約2.20メートルで、航行中は速力を増すにつれて船首が浮上するようになり、約17ノットを超えると船首構造物により前方に死角が生じ始め、約22ノットで最大となり、正船首から両舷側にそれぞれ約10度の範囲で前方の視界が妨げられる状況であった。
イ とみ丸
 とみ丸は、平成8年7月に進水した2機の船外機を備える和船型FRP製漁船で、操舵室はなく、船首部中央に甲板上の高さ約1.5メートルのマスト、船尾に高さ1.2メートル前後幅60センチメートルで船幅一杯の鉄棒の枠が取り付けてあり、その上にソーラー発電盤を備え、右舷船尾最後部に延縄用ウインチが設置されていた。
 なお、有効な音響による信号を行うことができる設備及び錨泊中に表示する形象物は備えていなかった。

3 事実の経過
 優漁丸は、A受審人が1人で乗り組み、水揚げを終えて回航の目的で、船首0.3メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、平成15年6月26日12時30分三重式見港を発し、長崎県福江島塩水漁港に向かった。
 A受審人は、発航したのち針路を西にとって五島列島に向かい、椛島と奈留島の間の水道を経て田ノ浦瀬戸を通り、福江島の北方を西行し、福江島北西端の柏埼を左舷方に見ながら左転して同島の西岸沿いに航行することとし、15時00分三井楽長崎鼻灯台(以下「長崎鼻灯台」という。)から035度(真方位、以下同じ。)2.0海里の地点において、針路を231度に定め、機関を回転数毎分1,750の全速力前進にかけ、折からの潮流に抗して20.0ノットの対地速力とし、いすに腰掛けて見張りを行いながら、手動操舵によって進行した。
 A受審人は、15時03分少し過ぎ長崎鼻灯台から019度1.1海里の地点に達して、自身が管理する定置網に近づいたので様子を見るため、針路を217度に転じ、同定置網を左舷方に見ながら続航した。
 15時05分A受審人は、長崎鼻灯台から353度830メートルの地点に達したとき、正船首わずか左方620メートルのところにとみ丸を視認でき、同船が錨泊中であることを示す形象物を揚げていなかったものの、その形状から何度も見掛けている友人の船で、錨泊して素潜り漁に従事していることが分かる状況であったが、3海里レンジとしたレーダー画面を一見し、その船首輝線付近に1個の映像を探知して間もなく、船首死角すぐ右側に1隻の第三船を視認したことから、レーダー映像は同船のものであり、前路には同船しかいないものと思い、操舵室の天窓から顔を出すなりして船首死角を補う見張りを十分に行わなかったので、同死角内に入ったとみ丸の存在に気付かず、転舵するなどして同船を避けずに同じ針路及び速力で進行した。
 15時06分わずか前A受審人は、左舵をとり、針路を212度に転じて続航中、15時06分長崎鼻灯台から310度600メートルの地点において、優漁丸は、原針路、原速力のまま、その船首が、とみ丸の船尾中央部に正船尾方から衝突し、乗り上げた。
 当時、天候は晴で風力3の南風が吹き、潮候は上げ潮の中央期で、付近海域には2ノットの北東方への潮流があった。
 また、とみ丸は、C受審人が1人で乗り組み、アワビ、サザエを採取する目的で、船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって、同日08時30分福江島波砂間漁港を発し、同島長崎鼻沖合400メートルばかりの漁場に向かった。
 C受審人は、08時37分ごろ漁場に至り、投錨して素潜り漁を開始し、船のほぼ真下に12キログラムの錘を抱いて1分半の間潜り、浮上して2分間休み、浮上したときに直径約12ミリメートルのナイロン製錨索を船外から操作して5ないし6メートルずつ延出しながら、潮流に任せて潜水地点を移動する方法でサザエの採取を行った。その後3回転錨して操業場所を移動し、12時30分ごろ前示衝突地点の南西方約70メートルの地点に至り、水深16メートルばかりの同所に約8キログラムの四爪錨を船首から投入し、錨泊中であることを示す形象物を掲げずに昼食をとった。
 13時00分C受審人は、操業を再開し、サザエ47キログラムを獲て操業を終え、15時00分船首が212度に向いているとき、船尾で帰航準備を始めようとしてふと船尾後方を見たところ、左舷船尾13度2.0海里に白波を立てて自船の方に南下する優漁丸を初めて認めたが、いつも同じ時間に帰航する知人の船と見間違え、同船が錨泊地としている渕ノ元沖へ向かうものと思い、優漁丸が自船に向首してくるかどうか判断できるよう、引き続き同船に対する動静監視を十分に行うことなく、着ていたウェットスーツを脱いで揚錨準備にかかった。
 15時03分少し過ぎC受審人は、優漁丸が針路を217度に転じて左舷船尾5度1.0海里となり、その後自船に向首して接近したが、このことに気付かないまま、同時05分船尾端の物入れに座り、船外機の舵棒を背中に当てて操舵しながら揚錨を開始し、船首から延出していた錨索を手繰り始め、機関を約1ノットの最低回転数にかけて揚錨作業を続行した。
 揚錨を開始したとき、C受審人は、正船尾方わずか右方620メートルのところに自船に向首し、衝突のおそれがある態勢で接近する優漁丸を認めることができる状況であったが、依然動静監視を十分に行わなかったので、このことに気付かず、さらに優漁丸が間近に接近しても、機関を使用するなどして衝突を避けるための措置をとらないまま、100メートル延出していた錨索のうち約30メートルを引き揚げ、船首が212度を向いたとき、とみ丸は、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、優漁丸は船首部に擦過傷を生じ、とみ丸は船尾部を大破してのち廃船とされ、C受審人が2週間の入院加療を要する左膝打撲、外傷性頚部症候群及び腰椎捻挫を負った。

(航法の適用)
 本件は、長崎県福江島の北西岸沖合において、揚錨中のとみ丸に航行中の優漁丸が衝突したもので、錨泊船と航行中の動力船との衝突であり、海上衝突予防法にはこれら両船に適用する個別の航法規定が存在しないことから、同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 優漁丸
(1)優漁丸が航行中に船首方に死角が生じる状態であったこと
(2)A受審人が、死角を補う見張りを行わなかったこと
(3)A受審人が、レーダー映像で船首輝線付近に1個の映像を認めたとき、たまたま船首方に第三船を視認したことから、船首方には他船はいないものとの認識をもったこと
(4)A受審人が、見張りを十分に行わず、とみ丸を避航しなかったこと
2 とみ丸
(1)とみ丸が、錨泊中を示す形象物を有さなかったこと
(2)とみ丸が、有効な音響による信号を行うことができる設備を有さなかったこと
(3)C受審人が、接近する優漁丸を認め、針路を変えて錨泊地に向かう知人の船と思ったこと
(4)C受審人が、動静監視を十分に行わなかったこと
(5)C受審人が、衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 優漁丸は、22ノットの全速力で航行しており、船首が浮上して船首方に死角を生じていたから、操舵室の天窓から顔を出すなりして死角を補う見張りを十分に行っていれば、前路で錨泊中のとみ丸を早期に視認することができ、その動静を把握したのち転舵するなどして、余裕をもって同船を避けることが可能であったと認められる。
 従って、A受審人が、船首死角を補う見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 また、A受審人が、船首方には第三船以外の他船はいないものとの認識をもったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 一方、とみ丸は、福江島北西岸の海域で錨泊中であり、航行する船舶が少ないとはいえ、白波を立てて自船の方に南下する船舶を2海里遠方に認めただけで、いつも同じ時間に錨泊地に帰航する知人の船と特定したのは時期尚早で、かかる状況下においては、動静監視を十分に行うべきであり、動静監視を十分に行っていれば、自船に向首して避航する様子もなく接近する優漁丸を早期に視認して衝突を避けるための措置をとり得たものと認められる。
 従って、C受審人が、動静監視を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 また、とみ丸が錨泊中を示す形象物及び有効な音響信号を行う設備を有さなかったことについては、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、このことは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件衝突は、長崎県福江島の北西岸沖合において、優漁丸が水揚げを終えて帰航中、見張り不十分で、前路で錨泊中のとみ丸を避けなかったことによって発生したが、とみ丸が、動静監視不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、水揚げを終えて長崎県福江島の北西岸の定係地に向けて帰航する場合、船首方に死角があったから、錨泊中のとみ丸を見落とさないよう、操舵室の天窓から顔を出すなりして船首死角を補い、前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、レーダー画面を一見し、その船首輝線付近に1個の映像を探知して間もなく、船首死角すぐ右側に1隻の第三船を視認したことから、レーダー映像は同船のものであり、前路には同船しかいないものと思い、船首死角を補い、前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、死角内のとみ丸の存在に気付かず、錨泊中の同船を避けないまま進行して衝突を招き、優漁丸の船首部に擦過傷を生じさせ、とみ丸の船尾部を大破して廃船とさせ、C受審人に2週間の入院加療を要する左膝打撲、外傷性頚部症候群及び腰椎捻挫を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 C受審人は、長崎県福江島の北西岸沖合において、錨泊して素潜り漁を終え、揚錨しようとしたとき、自船の方に南下する優漁丸を初めて認めた場合、衝突のおそれの有無を判断できるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、優漁丸をいつも同じ時間に帰航する知人の船と見間違え、同船が錨泊地としている渕ノ元沖へ向かうものと思い、優漁丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、同船が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず、同船が更に接近したとき機関を使用して移動するなど、衝突を避けるための措置をとることなく錨泊を続けて同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、自ら負傷するに至った。
 以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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