(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年4月16日07時02分
鹿児島県江口漁港
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船弘洋丸 |
漁船貴大丸 |
総トン数 |
4.0トン |
3.5トン |
登録長 |
10.77メートル |
10.36メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
80 |
70 |
3 事実の経過
弘洋丸は、固定式さし網漁業に従事するFRP製漁船で、操舵室が船体中央船尾寄りにあり、昭和49年10月に一級小型船舶操縦士の免許を取得し、平成15年6月に小型船舶操縦士(一級、特殊、特定)免許証の交付を受けたA受審人ほか1人が乗り組み、さし網漁の目的で、船首0.10メートル船尾1.15メートルの喫水をもって、同16年4月16日02時00分鹿児島県江口漁港を発し、20メートル等深線沿いの同漁港西方2海里の漁場でアジ約20キログラム、及び同南南西方4海里の漁場に移動してバイ10キログラムをそれぞれ漁獲したのち、06時46分同漁場を発進して帰途に就いた。
A受審人は、弘洋丸に、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じず、出入港時には、甲板員を船首に立たせて見張りに当たらせ、自ら右舷中央部に設けた遠隔操縦ハンドルの後ろに立ち、機関操作とダイヤル式遠隔操舵器による手動操舵とにより、操船を行っていた。
ところで、江口漁港は、鹿児島県串木野港の南東方約5海里にあって西方に開口し、陸岸から沖合に向かって築造された北護岸、西防波堤、南防波堤及び南護岸並びに南防波堤突端の西方沖合100メートルのところに、南北方向に築造された長さ180メートルの沖防波堤とによって囲まれており、東シナ海からの港内への波浪の進入が抑えられていた。
西防波堤南端と南防波堤中央部との間の幅50メートルが出入口になっており、西防波堤の東側には陸岸との間に「-2.0m泊地」と称する船溜まりがあり、同防波堤の先端に江口漁港西防波堤簡易標識灯(以下「江口標識灯」という。)が設置されていた。
C組合は、南防波堤の高さが平均水面上6.0メートルで、同漁港に入出港する船舶の視界が妨げられる状況であり、江口漁港が港則法の適用港ではないことから、入港する船舶は低速力で南防波堤突端を右方に見て小回りし、出港する船舶は半速力で同突端を左方に見て大回りするよう、同法第17条に準じた航法を取り決め、このことを同組合の組合員に周知していた。
こうして、A受審人は、発進後、沖防波堤と南防波堤との間に向けて北上し、06時59分江口標識灯から251度(真方位、以下同じ。)265メートルの地点で、針路を南防波堤突端を正船首わずか右に見る023度に定め、機関を舵効のある最低速力にかけ、2.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、船首に甲板員を立たせて見張りに当たらせ、自ら遠隔操縦ハンドルの後ろに立ち、遠隔操舵器による手動操舵によって進行した。
07時00分半少し前A受審人は、江口標識灯から267度220メートルの地点に至ったとき、港内に向けてゆっくり右転を開始し、その後南防波堤突端を約2メートル離して右回頭中に、尿意を催したことから、遠隔操舵器を甲板員に渡してこのまま進行するように指示したのち、右舷中央部から舷外に向かって小用を足し始めた。
07時01分少し前A受審人は、江口標識灯から270度195メートルの地点で、用を足しながら右回頭中に南防波堤突端を替わり、港内の見通しが良くなったとき、右舷船首方200メートルの西防波堤突端付近のところに、バッチ網漁船団が出航し始めたのを認め、同漁船団が行き過ぎるまで、南防波堤寄りで停留して待機することとし、用足しののち船首に移動して甲板員から遠隔操舵器を受け取ってその場に立ち、同員を遠隔操縦ハンドルのところに移動させてその操作に当たらせた。
07時01分わずか過ぎA受審人は、江口標識灯から269度180メートルの、南防波堤突端から約10メートル内側に入って同防波堤から約2メートル離れた地点に至り、船首を南防波堤に平行となる108度に向け、甲板員に機関を中立とするように指示して停留を開始し、沖防波堤北側に向けて全速力で続々と出航するバッチ網漁船団を見ていたとき、正船首わずか左方150メートルのところに、南防波堤に沿って出航する貴大丸を初めて視認し、その後、同船が避航の気配を見せずに、衝突のおそれのある態勢で自船に向首接近するのを認めたが、貴大丸が出航船は南防波堤突端を左方に見て大回りすることとした取り決めを守るものと思い、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったことから、避航を促すための音響信号を行うことができないまま、停留を続けた。
07時02分わずか前A受審人は、船首から5メートルに接近した貴大丸を認め、衝突の危険を感じて甲板員に機関後進を指示するとともに、大声を上げて手を振ったが効なく、07時02分江口標識灯から269度180メートルの地点において、弘洋丸は、後進がかかる前に、船首を108度に向けて停留しているとき、その左舷船首に、貴大丸の左舷船首が、前方から8度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の初期にあたり、視界は良好であった。
また、貴大丸は、機船船びき網漁業に従事するFRP製漁船で、昭和57年12月に一級小型船舶操縦士の免許を取得したB受審人が1人で乗り組み、ちりめんじゃこ漁の目的で、船首0.20メートル船尾1.27メートルの喫水をもって、平成16年4月16日06時53分江口漁港の「-2.0m泊地」の北岸にある浮桟橋を発し、西防波堤東側で一斉出漁時刻まで漂泊待機ののち、07時00分江口標識灯から060度70メートルの地点を発進し、同漁港南方約2海里で10メートル等深線の漁場に向かった。
ところで、貴大丸は、網船2隻、運搬船、魚探船各1隻の計4隻で1箇統を構成するバッチ網と称する2そう船びき網漁業の運搬船で、バッチ網漁船の出漁時刻が07時00分と決められており、西防波堤の東側水域でそれまで待機することになっていたことから、同時刻になってから一斉に僚船とともに出航していた。
07時00分半わずか前B受審人は、江口標識灯から120度90メートルの地点で、針路を南防波堤突端に向く280度に定め、機関を半速力前進にかけ、7.0ノットの速力で、手動操舵によって進行した。
07時01分少し前B受審人は、江口標識灯から180度35メートルの地点で、西防波堤突端を右舷側に並航したとき、南防波堤突端付近の正船首方200メートルのところに、入港する弘洋丸を視認することができる状況であったが、バッチ網漁船団が出漁する時間帯に入港する他船はいないものと思い、前路の見張りを十分に行うことなく、弘洋丸に気付かないまま、漁船群の2隻目に位置して続航した。
07時01分わずか過ぎB受審人は、江口標識灯から235度50メートルの地点に達し、右舷船首方を先航する僚船の船首波を受けて横揺れが大きくなったために、機関を微速力前進にかけて速力を5.0ノットに減じたとき、正船首方150メートルのところに、船首を自船に向けて停留した弘洋丸を認めることができ、このまま進行すると衝突のおそれのある態勢で接近する状況であったが、右舷船首45度約5メートルを先航する僚船との船間距離を維持することに気を取られ、依然、前路の見張りを十分に行うことなく、弘洋丸に気付かず、同船を避けないまま、同じ針路で進行した。
B受審人は、出航船は南防波堤突端を左方に見て大回りすることとした取り決めを守ることもなく、同防波堤に寄せて続航し、07時02分わずか前正船首わずか左2メートルのところに弘洋丸の白い船体を初めて認め、急いで機関を後進にかけたが間に合わず、貴大丸は、原針路のまま、4.0ノットの速力になったとき、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、弘洋丸は、左舷船首錨台が貴大丸の左舷船首外板に少し刺さり、両船の後進がかかり始めて分離するときに同台の脱落を、貴大丸は、左舷船首外板に亀裂を伴う擦過傷をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。
(原因)
本件衝突は、鹿児島県江口漁港において、出航中の貴大丸が、見張り不十分で、前路で停留中の弘洋丸を避けなかったことによって発生したが、弘洋丸が、避航を促すための有効な音響による信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
B受審人は、鹿児島県江口漁港において、バッチ網漁船団の僚船とともに一斉に出航する場合、入港する他船を見落とさないよう、前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、バッチ網漁船団が一斉に出漁する時間帯に入港する他船はいないものと思い、前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、南防波堤突端付近で停留中の弘洋丸に気付かず、同船を避けずに進行して衝突を招き、弘洋丸の左舷船首錨台の脱落及び貴大丸の左舷船首外板に亀裂を伴う擦過傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、鹿児島県江口漁港において、バッチ網漁船団が一斉に出航し始めたのを認め、同漁船団が行き過ぎるまで入港待機のために南防波堤突端付近で停留中、衝突のおそれのある態勢で自船に向首接近する貴大丸を認めた場合、避航を促すための有効な音響による信号を行うべき注意義務があった。ところが、同人は、出航船は南防波堤突端を左方に見て大回りすることとしたC組合の取り決めを、貴大丸が守るものと思い、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったことから、避航を促すための有効な音響による信号を行わなかった職務上の過失により、貴大丸が避航動作をとらず、そのまま接近した同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。