(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月27日00時21分半
福島県塩屋埼北北東方沖合
(北緯37度09.1分 東経141度04.9分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船あさか2 |
貨物船第二いよ丸 |
総トン数 |
2,719トン |
499トン |
全長 |
103.53メートル |
72.81メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
3,603キロワット |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア あさか2
あさか2は、平成4年6月に進水した鋼製全通多層甲板船首船橋型自動車運搬船で、四日市港-千葉県浦安市-仙台港、又は、坂出港-広島港-博多港の各地に定期就航していた。
同船は、レーダーを2台、エアーホーンを1個装備していた。
イ 第二いよ丸
第二いよ丸(以下「いよ丸」という。)は、昭和62年1月に進水した鋼製全通二層甲板船尾船橋型貨物船で、主に仙台塩釜港を基地として国内各港間の鋼材の運搬に従事していた。
同船は、レーダーを2台、エアーホーンを1個装備していた。
3 事実の経過
あさか2は、A及びB両受審人ほか8人が乗り組み、乗用車246台を積載し、船首4.0メートル船尾5.2メートルの喫水をもって、平成15年8月26日10時30分千葉県浦安市を発し、仙台塩釜港に向かった。
A受審人は、船橋当直を8時から12時までの時間帯を一等航海士、0時から4時までの時間帯をB受審人、4時から8時までの時間帯を自らが、各々甲板手と2人1組となって担当する4時間3直制に定めて、本州東岸に沿って北上した。
ところで、A受審人は、平素から、船橋当直責任者に対し、視程約2海里を基準として、視界制限時には報告するよう指示しており、B受審人もこのことを承知していた。
23時20分ごろB受審人は、福島県塩屋埼南方で当直に就き、3マイルレンジでオフセンターとしたレーダーを1台作動させて航行し、同時45分塩屋埼灯台から089度(真方位、以下同じ。)5.20海里の地点に達したとき、針路を000度に定め、機関を全速力前進にかけ、15.3ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、自動操舵により進行中、翌27日00時ごろから霧により視界制限状態となったのを認めたが、霧中信号を行わず、安全な速力にせず、やがて霧は晴れるだろうと思って、A受審人にこのことを報告しなかった。
00時10分B受審人は、塩屋埼灯台から039度8.30海里の地点に達したとき、レーダーで船首少し右4.7海里のところに南下中のいよ丸の映像を認めることができ、その後同船と著しく接近することとなる事態であったが、レーダーによる見張りを十分に行っていなかったので、この事態に気付かず、大角度の右転をするなどしてこの事態を避けるための動作をとらなかった。
00時14分B受審人は、塩屋埼灯台から035度9.10海里の地点で、正船首方3.0海里のところにいよ丸を、同船の左舷後方付近に複数の反航船のレーダー映像を初めて認めたので、これらの船舶と右舷を対して航過しようと思い、依然、A受審人にこの状況を報告せず、左転して針路を350度に転じた。
00時17分B受審人は、塩屋埼灯台から032度9.70海里の地点に達したとき、いよ丸と明確な方位変化なく1.8海里に接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが、自船が左転したのだから、いよ丸とは右舷を対して替わると思い、レーダーによる動静監視を十分に行わなかったので、この状況に気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力にすることも、必要に応じて行きあしを止めることもなく、甲板手に右舷側で同船を確認するよう指示して続航中、00時21分半少し前右舷方至近にいよ丸を視認して、急ぎ左舵一杯をとったが及ばず、00時21分半塩屋埼灯台から027.5度10.55海里の地点において、あさか2は、原速力のまま315度を向首したとき、その右舷前部にいよ丸の左舷船首部が後方から45度の角度で衝突した。
当時、天候は霧で風はほとんどなく、視程は約100メートルであった。
A受審人は、就寝中、衝撃を感じて急いで昇橋し、衝突したことを知り、事後の措置に当たった。
また、いよ丸は、G及びH両受審人ほか2人が乗り組み、空倉のまま、船首2.0メートル船尾3.4メートルの喫水をもって、同月26日17時00分仙台塩釜港を発し、鹿島港に向かった。
G受審人は、船橋当直をH受審人との2人で、6時間毎の単独交代制とし、G受審人は、平素から、H受審人に対し、当直中、視界制限時となった際には報告するよう指示をしており、同人もこのことを承知していた。
H受審人は、23時ごろ福島県双葉郡大熊町沖合で船橋当直に就き、針路を183度に定め、機関を全速力前進にかけ、9.6ノットの速力で、自動操舵により進行した。
翌27日00時ごろH受審人は、霧により視界制限状態となったのを認めたが、霧中信号を行わず、安全な速力にせず、間もなくレーダーにより船首方約6海里のところにあさか2を含む複数の反航船のレーダー映像を探知したが、G受審人と当直交代したばかりであったことから、同人に遠慮して、この状況を同人に報告しなかった。
00時10分H受審人は、塩屋埼灯台から025.5度12.3海里の地点で、あさか2の映像が船首少し左方4.7海里となり、その後同船と著しく接近することとなる事態であることを知り、右転して針路を193度に転じた。
00時17分H受審人は、塩屋埼灯台から027度11.2海里の地点に達したとき、あさか2と明確な方位変化なく1.8海里に接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったことを知ったが、更に接近するようであれば右転して同船を避航しようと思い、針路を保つことができる最小限度の速力にすることも、必要に応じて行きあしを止めることもなく、右転する機会を窺い(うかがい)ながら続航し、同時20分半、前示の反航船が右舷方を航過したとき、右舵一杯をとって回頭中、同時21分半わずか前、あさか2を左舷方至近に視認して、機関を中立にしたが効なく、いよ丸は、270度を向首したとき、原速力のまま前示のとおり衝突した。
G受審人は、就寝中、衝撃を感じて急いで昇橋し、衝突したことを知り、事後の措置に当たった。
衝突の結果、あさか2は右舷前部水線上に破口などを生じ、いよ丸は左舷船首部を圧壊したが、のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件衝突は、霧により視界制限状態の福島県塩屋埼北北東方沖合において、両船が航行中、衝突した事件であるから、海上衝突予防法第19条で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 あさか2
(1)B受審人が安全な速力にしなかったこと、及び霧中信号を行わなかったこと
(2)B受審人が、A受審人に対し、視界制限時の報告を行わなかったこと
(3)B受審人のレーダーの取り扱いが適切でなくレーダーによる見張りが十分でなかったこと、及びレーダーによる動静監視が十分でなかったこと
(4)B受審人の視界制限時の措置が適切でなかったこと
2 いよ丸
(1)H受審人が安全な速力にしなかったこと、及び霧中信号を行わなかったこと
(2)H受審人が、G受審人に対し、視界制限時の報告を行わなかったこと
(3)H受審人の視界制限時の措置が適切でなかったこと
(原因の考察)
1 あさか2
霧中航行中、海上衝突予防法第19条に規定するレーダーのみにより探知した船舶の動静を判断して適切な動作をとるためには、ある程度の時間が必要であり、その時間的余裕を得るため、また、自船の制動を容易くするためにも、減速して安全な速力で航行することが求められる。
安全な速力については、同法第6条に規定されているように諸々の要素を加味して決定されるもので、画一的な基準を示すことができない。しかしながら、B受審人は、衝突時まで機関を全速力前進にかけ、15.3ノットの速力で航走しており、当時の視程、海上公試運転成績書(船体部)写中の前後進試験によるあさか2の操縦性能、及び他船の通航状況を勘案すれば、それが安全な速力とは認め難い。同受審人が減速しなかった理由は、単に、減速するまでもないと思っただけで、特にそうすることができなかった理由はない。
また、霧中航行中、他船の存在を知るため、又は、自船の存在を他船に知らしめるため、海上衝突予防法第35条第2項に規定する視界制限状態における音響信号を履行すべきである。これを行わなかった理由について、B受審人は、自船の汽笛音により他船のそれの聴取が困難となる旨供述しているが、他の船舶の汽笛と吹鳴間隔や音色が全く同一となる可能性は低く、このことをもって、霧中信号の不吹鳴の合理的な理由となり得ない。したがって、B受審人が安全な速力に減速せず、霧中信号を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
霧中航行中、船舶輻輳時などの際、船員法第10条により船長の甲板上の指揮が求められているが、海技免状を受有する者が複数人在橋し、うち1人をレーダー専従に配置することなどにより、より安全・確実な運航が確保されることが期待できる。特に、本件発生は、後に記述するように、レーダーによる見張り不十分等や海上衝突予防法の規定に違反した操船が関わっていることからも、船長が操船指揮をとっていれば、本件発生を防止できたことが十分考えられる。本件の場合、A受審人が自ら操船の指揮をとれなかったのは、同人が自室で睡眠中、B受審人が、視界制限時の報告の指示を承知しながら、自身の判断により、その指示を履行しなかったためであり、したがって、B受審人が視界制限時の報告の指示を履行しなかったことは、本件発生の原因となる。
B受審人は,視界制限状態となった際,2台装備していたレーダーのうち1台だけを作動させ,然も,そのレーダーレンジを3マイルに固定したままで見張りをしていたことは,レーダーの取り扱いが適切ではなく,レーダーによる見張りが不十分となり,いよ丸の探知を遅らせ,同船と著しく接近することとなる事態を早期に認識することを妨げる結果になった。
また,同船を探知した後,レーダーによる動静監視を行わず,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったことに気付かなかった。したがって,レーダーによる見張りと動静監視が不十分であったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が、いよ丸と著しく接近することとなる事態を避けるための動作をとらなかったばかりか、海上衝突予防法第19条第5項第1号の規定に違反して左転し、同船と著しく接近することを避けることができない状況を生じさせ、その後、同条第6項に規定するとおり針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことは、本件発生の原因となる。
2 いよ丸
霧中航行中の速力については、あさか2の項で検討したとおりであり、H受審人は、衝突時まで機関を全速力前進にかけ、9.6ノットの速力で航走しており、当時の視程、海上試運転成績書写中の前後進試験成績によるいよ丸の操縦性能、及び他船の通航状況を勘案すれば、それが安全な速力とは認め難い。同人が減速しなかった理由は、単に、減速しなくても航行できると思っただけで、特にそうすることができなかった理由はない。
また、霧中信号についても、あさか2の項で検討したとおりであり、同人は、汽笛の音が休息中の乗組員の就寝を妨げると思って吹鳴しなかっただけである。したがって、H受審人が安全な速力に減速せず、霧中信号を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
霧中航行時の船長への報告については、あさか2の項で検討したとおりであり、H受審人は、視界制限時の報告の指示を知りながら、自身の判断により、その指示を履行しなかったものであり、G受審人に報告し難い状況は理解できるが、船舶の安全、延いては人命の安全確保に最大限の努力をするため、当時の視程その他の航行環境を考慮すると、報告すべきである。したがって、これを履行しなかったことは、本件発生の原因となる。
H受審人が、あさか2と著しく接近することを避けることができない状況となった際、海上衝突予防法第19条第6項に規定するとおり針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことは、本件発生の原因となる。
以上のとおり、本件は、両船が、安全な速力とし、霧中信号を行い、B受審人がA受審人に視界制限時の報告を行い、いよ丸と著しく接近することとなるかどうかを判断し、十分に余裕のある時期にこの事態を避けるため、大角度の右転などの動作をとっていれば本件の発生を防止できたと認められる。更に、その後著しく接近することを避けることができない状況となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、必要に応じて行きあしを止めていれば本件の発生を防止できたと認められる。
また、H受審人が、G受審人に視界制限時の報告を行い、あさか2と著しく接近することを避けることができない状況となったとき、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、必要に応じて行きあしを止めていれば本件の発生を防止できたと認められる。
(海難の原因)
本件衝突は、夜間、霧のため視界が制限された塩屋埼北北東方沖合において、北上するあさか2が、霧中信号を行わず、安全な速力とせず、レーダーによる見張りが不十分で、いよ丸と著しく接近することとなる事態を避けるため、大角度の右転をするなどの動作をとらず、レーダーで前路に同船を探知した際、左転して、同船と著しく接近することを避けることができない状況を生じさせたばかりか、レーダーによる動静監視が不十分で、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことによって発生したが、南下するいよ丸が、霧中信号を行わず、安全な速力とせず、レーダーで前路に探知したあさか2と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことも一因をなすものである。
あさか2の運航が適切でなかったのは、船橋当直責任者が、視界制限となったことを船長に報告しなかったばかりか、視界制限時の措置が適切でなかったこととによるものである。
いよ丸の運航が適切でなかったのは、船橋当直者が、視界制限となったことを船長に報告しなかったばかりか、視界制限時の措置が適切でなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
B受審人は、夜間、霧のため視界が制限された塩屋埼北北東方沖合を北上中、レーダーにより前路にいよ丸を探知した場合、同船と著しく接近することを避けることができない状況となるかどうか判断できるよう、レーダーによる動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、自船が左転したので、同船とは右舷を対して航過するものと思い、レーダーによる動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めることなく進行して衝突を招き、あさか2の右舷前部水線上に破口などを、いよ丸の左舷船首部に圧壊を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
H受審人は、夜間、霧のため視界が制限された塩屋埼北北東方沖合を南下中、レーダーで前路に探知したあさか2と著しく接近することを避けることができない状況であるのを知った場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。ところが、同人は、更に接近するようであれば右転して同船を避航しようと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかった職務上の過失により、あさか2との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のH受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
G受審人の所為は、本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
(拡大画面:11KB) |
|
|