日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) >  衝突事件一覧 >  事件





平成16年門審第70号
件名

モーターボートワイ,エス モーターボート三奈衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年10月7日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(清重隆彦、長谷川峯清、上田英夫)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:ワイ,エス船長 操縦免許:小型船舶操縦士
B 職名:三奈船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
ワイ,エス・・・船首船底に擦過傷及び推進器翼が曲損
三 奈・・・左舷船首外板及び左舷側構造物が大破し全損、船長が腰部挫傷等負傷

原因
ワイ,エス・・・見張り不十分、船員の常務(避航動作)不遵守(主因)
三 奈・・・音響信号不履行、見張り不十分、船員の常務(衝突回避措置)不遵守(一因)

主文

 本件衝突は、ワイ,エスが、見張り不十分で、錨泊中の三奈を避けなかったことによって発生したが、三奈が、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったばかりか、見張り不十分で、避航を促すための音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年2月12日11時33分
 山口県防府市向島側沿岸
 (北緯33度59.5分 東経131度35.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボートワイ,エス モーターボート三奈
全長 11.05メートル  
登録長   6.68メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 169キロワット 17キロワット
(2)設備及び性能等
ア ワイ,エス
 ワイ,エス(以下「ワ号」という。)は、平成7年6月に新規登録されたFRP製モーターボートで、船体中央やや後方に機関室を、同室上部にキャビンを、更にその上部に操舵室を有する構造で、同室内前部の左舷側から右舷側にかけて、GPS、レーダー、魚群探知機、操舵輪及び機関遠隔操縦ハンドルをそれぞれ備えていた。そして、操舵室の天井が低いうえ、開口部がなく、操縦者が立って操舵することが困難であったので、操縦者は、同室右舷側後部に設置された椅子に座って操舵、操船を行っていて、その状態で、8ノットから22ノットの間の速力で航行すると船首浮上により、前方に死角を生じ、12ノットばかりの速力では正船首から左右それぞれ15度の範囲で死角を生じていた。
イ 三奈
 三奈は、昭和60年10月に新規登録されたFRP製モーターボートで、船体中央やや後方に機関室を、同室前方に左右各一個のいけすを、同室囲壁の後壁に機関の遠隔操作ハンドルを取り付けた構造で、操舵室及びマストはなく、航海計器として魚群探知機が備えられていただけで、操舵は舵棒により行っていた。

3 事実の経過
 ワ号は、A受審人が1人で乗り組み、遊漁の目的で、船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、平成16年2月12日09時30分山口県三田尻中関港西泊を発し、同港南東方の馬島西方の釣り場に向かった。
 A受審人は、10時過ぎ目的地に到着して漂泊し、一本釣りを開始したものの、釣果が思わしくなかったので、11時05分同地を発進して新たな釣り場を探しながら約20ノットの対地速力(以下「速力」という。)で、三田尻中関港方面に向かい、同時23分三田尻中関港築地東防波堤南灯台から110度(真方位、以下同じ。)30メートルの地点で、針路を226.5度に定め、速力を12.0ノットに減じ、操舵室内の椅子に腰を掛けて目視で見張りにあたり、手動操舵で進行した。
 11時30分半A受審人は、三田尻中関港築地東防波堤南灯台から225度1.3海里の地点で、海岸から50メートルばかり離して向島の南岸に沿うよう、針路を237度に転じたとき、ほぼ正船首930メートルのところに、船首を北東方に向けた三奈を視認することができ、その後、同船が移動していないことが分かる状況であったが、数日前に降った雪のために当日冷え込みがひどくなっていたことから、今日は釣り船などは出ていないものと思い、船首方の死角を解消する8ノット以下の速力に減ずるなどして、前方の見張りを十分に行っていなかったので、同船を認めなかった。
 A受審人は、三奈に向かって衝突のおそれがある態勢のまま操舵室内の椅子に腰を掛けて進行し、11時32分正船首方の三奈に350メートルまで接近したが、依然として前方の見張りを十分に行なわなかったので、このことに気付かず、同船を避けることなく同じ針路及び速力で続航中、11時33分三田尻中関港築地東防波堤南灯台から228.5度1.95海里の地点において、ワ号の右舷船首が三奈の左舷船首に正面から衝突した。
 当時、天候は晴で風力4の南西風が吹き、視界は良好で、潮候は上げ潮の末期であった。
 また、三奈は、B受審人が1人で乗り組み、遊漁の目的で、船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって、同日07時00分三田尻中関港中関を発し、向島南側沿岸に向かった。
 ところで、B受審人は、発航するにあたって、三奈に有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかった。
 B受審人は、07時20分前示衝突地点付近に着き、右舷船尾から重さ約7キログラムの錨を投入し、錨索を15メートルばかり延出して機関を停止し、付近はめばる釣りの好漁場であって遊漁船等の航行がよくある海域であったが、錨泊中の船舶が表示しなければならない形象物を掲げないまま錨泊し、左舷後部の甲板上に座って後方を向いて竿釣りを開始した。そして、めばるを12匹ばかり釣ったところで帰港することとし、11時30分機関室囲壁の前方右舷側いけすの後方に移動して後方を向いたまま釣り道具を片付け始めた。
 11時30分半B受審人は、北東流と南西の風とにより、057度に向首した三奈の甲板上で釣り道具を片付けていたとき、正船首930メートルのところに、自船に向かって接近するワ号が存在していたが、航行している他船が錨泊している自船を避けてくれるものと思い、船尾方を向いたまま釣り道具を片付けることに夢中になり、周囲の見張りを十分に行っていなかったので、同船を認めなかった。
 B受審人は、11時31分半少し過ぎ、ワ号が、衝突のおそれがある態勢で正船首500メートルのところまで接近したが、依然、見張り不十分でこのことに気付かず、音響信号不装備で、避航を促すための音響信号を行うことも、更に間近に接近したとき、機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとることもせずに錨泊中、前示のとおり衝突した。
 衝突の結果、ワ号は船首船底に擦過傷及び推進器翼曲損を生じたが、のち、修理され、三奈は左舷船首外板及び左舷側構造物を大破して全損となった。また、B受審人が腰部挫傷等を負った。

(航法の適用)
 本件は、山口県防府市向島南側沿岸において、航行中のワ号と錨泊中の三奈とが衝突したものであり、同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから、一般法である海上衝突予防法によって律することとなる。
 海上衝突予防法上、航行中の船舶と錨泊中の船舶との関係について個別に規定した条文はないから、同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。

(本件発生に至る事由)
1 ワ号
(1)A受審人が死角を解消するなどして見張りを十分に行わなかったこと
(2)A受審人が三奈を避けなかったこと
2 三奈
(1)めばる釣りの好漁場であって遊漁船等の航行がよくある海域で、B受審人が錨泊中の船舶が表示しなければならない形象物を掲げないまま錨泊していたこと
(2)B受審人が見張りを十分に行わなかったこと
(3)B受審人が有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったこと及び避航を促すための音響信号を行わなかったこと
(4)B受審人が衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
1 ワ号が、適切な見張りを行っていたなら、余裕のある時機に三奈を視認でき、同船が錨泊中の船舶が表示しなければならない形象物を掲げていなかったものの、その後、その動静を監視していれば同船が移動していないことが分かり、錨泊あるいは漂泊中の船舶と認められ、同船を避けることができたのであるから、A受審人が、船首方に死角が生じていることを知りながら、死角を解消できるまで減速するなどして見張りを行わなかったこと及び三奈を避けなかったことはいずれも本件発生の原因となる。
2 三奈が、適切な見張りを行っていたなら、自船に向かって接近するワ号を早期に視認でき、その後、避航の気配がないまま接近したのであるから、避航を促すための音響信号を行い、更に間近に接近したとき、機関を使用して移動するなどしていたなら、本件は発生していなかったものと認められ、B受審人が、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じておらず避航を促す音響信号を行わなかったこと、周囲の見張りを十分に行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことはいずれも本件発生の原因となる。
  B受審人が、めばる釣りの好漁場であって遊漁船等の航行がよくある海域で、錨泊中の船舶が表示しなければならない形象物を掲げないまま錨泊していたことは、ワ号は衝突時まで三奈を視認していなかったのであるから、同形象物の不表示と本件発生との相当な因果関係があるとは認められない。しかし、海難防止の観点から法の規定を遵守しなければならない事項である。

(海難の原因)
 本件衝突は、山口県防府市向島南側沿岸において、ワ号が、帰航する際、見張り不十分で、前路で球形形象物を掲げずに錨泊中の三奈を避けなかったことによって発生したが、三奈が、有効な音響による信号を行うことができる手段を講じていなかったばかりか、見張り不十分で、避航を促すための音響信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 A受審人は、山口県防府市向島南側沿岸において、係留地に向け帰航する場合、8ノットから22ノットの速力で航行すると、船首が浮上して死角を生ずることを知っていたのであるから、前路で錨泊している三奈を見落とすことのないよう、同死角を解消する8ノット以下の速力に減速するなどして前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、数日前に降った雪のために当日冷え込みがひどくなっていたことから、釣り船などは出ていないものと思い、死角を解消する速力に減ずるなどして前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、前路で錨泊している三奈に気付かず、同船を避けずに進行して衝突を招き、自船の船首船底に擦過傷及び推進器翼に曲損を生じさせ、三奈の左舷船首外板及び左舷側構造物を大破させるとともに、B受審人に腰部挫傷等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 B受審人は、山口県防府市向島南側沿岸において、球形形象物を掲げずに錨泊して遊漁する場合、自船に向首して衝突のおそれがある態勢で接近するワ号を見落とすことのないよう、周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、航行している他船が錨泊している自船を避けてくれるものと思い、釣り道具を片付けることに夢中になり、周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、自船に向かって衝突のおそれがある態勢で接近するワ号に気付かず、音響信号不装備で、避航を促すための音響信号を行わず、機関を使用して移動するなどの衝突を避けるための措置をとらずに錨泊を続けて同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせ、自身が腰部挫傷を負うに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 よって主文のとおり裁決する。


参考図
(拡大画面:16KB)





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION