(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年7月12日20時22分
福島県相馬港南東方沖合
(北緯37度43.3分 東経141度05.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船第十八久寶丸 |
貨物船新大宝 |
総トン数 |
498トン |
435トン |
全長 |
66.52メートル |
71.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第十八久寶丸
第十八久寶丸(以下「久寶丸」という。)は、平成6年3月にD社で進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製油送船で、船橋楼前部の甲板下左右両舷に区画された貨物油槽各4箇が、同楼上部に操舵室がそれぞれ配置されており、同室中央に操舵スタンド、同スタンドの左舷側に隣接して1号及びその左に2号と称するレーダーが各1台、主機遠隔操縦装置、ジャイロコンパス、GPSプロッター及び自動吹鳴機能を有する汽笛制御装置並びに舵角70度まで転舵可能の舵などが装備されていた。
同船は、主として静岡県清水港及び関東諸港から青森県八戸港など三陸諸港までの間において、A重油の輸送に従事し、空倉時の最大速力が機関回転数毎分310のときに約11ノットで、この速力で舵角70度まで転舵すると、舵効発生とともに速力が急減する性能を有していた。
イ 新大宝
新大宝は、平成7年8月にE社で進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製貨物船で、船橋楼前部の甲板下に貨物槽1箇が、同楼上部に操舵室がそれぞれ配置されており、同室中央に操舵スタンド、同スタンドの左舷側に隣接してサブ及びその左にメインと称するレーダーが各1台、主機遠隔操縦装置、ジャイロコンパス、GPSプロッター及び自動吹鳴機能を有する汽笛制御装置並びに舵角70度まで転舵可能の舵などが装備され、船橋頂部甲板に1キロワットの探照灯が設置されていた。
同船は、不定期で雑貨等の貨物輸送に従事し、進水直後の海上試運転成績による最大速力が機関回転数毎分315のときに11.8ノットであった。
3 事実の経過
久寶丸は、A受審人ほか4人が乗り組み、荷積みの目的で空倉のまま、船首1.6メートル船尾3.3メートルの喫水をもって、平成15年7月12日16時30分仙台塩釜港を発し、京浜港川崎区に向かった。
ところで、A受審人は、船橋当直体制を、一等航海士及び二等航海士と3人で、入港時の当直者が次航海の当直順の最後になるように割り振る単独の4時間3直制とし、入出港時、視界制限時、狭水道通航時及び船舶輻輳海域通航時などのほか必要に応じ、自ら昇橋して操船指揮を執っていた。
こうして、A受審人は、発航操船に引き続き21時00分までの予定で船橋当直に就き、法定灯火を表示し、仙台湾に出て南下を始めたところで、左舷正横少し前方約2海里のところに、自船よりも少し速い同航船(以下「第三船」という。)を見ながら南下を続け、19時00分鵜ノ尾埼灯台から033度(真方位、以下同じ。)10.2海里の地点で、針路を180度に定め、機関を全速力前進が回転数毎分310のところ290にかけ、10.9ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、自動操舵によって進行した。
定針時にA受審人は、霧によって視界が急速に悪化し、視程が約300メートルの視界制限状態になったことに気付いたが、レーダーで第三船のほかに付近に他船が見当たらなかったことから、他船と接近しても、広い海域で通航船も少ないので針路を変えれば避けることができるものと思い、安全な速力にすることも、霧中信号を吹鳴することもなく、操舵スタンドの後方に立ち、時々6海里レンジとした1号レーダーと3海里レンジとした2号レーダーとを監視しながら、南下を続けた。
20時04分A受審人は、鵜ノ尾埼灯台から119度6.3海里の地点に差し掛かったとき、レーダーにより右舷船首2度6.4海里のところに新大宝の映像を初めて認め、その動静を監視しながら続航した。
20時15分A受審人は、鵜ノ尾埼灯台から133度7.5海里の地点に達し、新大宝の映像を右舷船首5度2.4海里のところに認めるようになったとき、同船と著しく接近することとなる状況であることを知ったが、少し右転すれば左舷を対して無難に航過することができるものと思い、大角度の右転をするなど、著しく接近することとなる事態を避けるための動作を適切にとらず、互いに左舷を対して航過するつもりで、針路を200度に転じ、同じ速力のまま進行した。
20時16分少し過ぎA受審人は、鵜ノ尾埼灯台から134度7.6海里の地点に至り、新大宝の映像を左舷船首14度2.0海里のところに認め、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったことを知ったが、いずれ同船も右転するものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを止めることもなく、同じ針路、速力のまま続航した。
20時18分A受審人は、鵜ノ尾埼灯台から136.5度7.7海里の地点に至り、新大宝の映像を左舷船首14度1.4海里のところに認めるようになったとき、その方位が明確に変化せずに接近することから、同船が視界制限状態下で左転したことを知ったが、依然、いずれ同船が右転するものと思いながら、同じ針路及び速力を維持したまま進行した。
20時21分半A受審人は、レーダーから目を離して前方を見張っていたところ、左舷船首45度約200メートルのところに、新大宝が点灯している探照灯の明かりを初めて認め、その直後に同船の右舷灯を視認して衝突の危険を感じ、汽笛によって短音を繰り返し吹鳴するとともに右舵70度をとったが、間に合わず、20時22分鵜ノ尾埼灯台から141度8.0海里の地点において、久寶丸は、船首が270度を向き、3.0ノットの速力になったとき、その左舷後部に、新大宝の船首が直角に衝突した。
当時、天候は霧で風力1の東北東風が吹き、潮候は低潮時に当たり、視程は約200メートルで、福島県浜通り地域に濃霧注意報が発表されていた。
また、新大宝は、B、C両受審人ほか2人が乗り組み、鋼材1,300トンを積み、船首3.4メートル船尾4.4メートルの喫水をもって、平成15年7月10日15時05分広島県福山港を発し、仙台塩釜港仙台区に向かった。
ところで、B受審人は、船橋当直体制を、C受審人と2人で、入港時の非直者が次航海の出港当直者になるように割り振る単独の6時間2直制とし、入出港時、視界制限時及び必要に応じて自ら昇橋し、操船指揮を執っていた。また、同受審人は、同年6月にC受審人が初めて新大宝に乗船した際、同人が関東以北の太平洋岸沖合の航行が初めてであることを知り、何かあったら報告するように指示していたが、その後、当直を無難にこなしていたことや、同人が船舶の輻輳する瀬戸内海で長年船長として運航経験のあることを知っていたことなどから、霧中航海にも慣れており、何かあれば知らせてくれるものと思い、特には注意も与えずに単独の当直に就かせていた。
こうして、B受審人は、同年7月12日15時00分福島県小名浜港南東方沖合6海里付近で単独の船橋当直をC受審人に引き継ぐ際、20メートル等深線の少し外側を北上し、GPSプロッターに入力してある仙台塩釜港仙台区の港口に向けるように引き継いだものの、依然、何かあれば知らせてくれるものと思い、霧により視界制限状態になったときには報告することなどの指示を十分に行うことなく、降橋して自室で休息した。
18時24分C受審人は、小良ケ浜灯台から095度2.7海里の地点で、福島県福島第2原子力発電所の沖に至ったとき、B受審人から引き継いだ予定針路で仙台塩釜港仙台区の港口に向けて航行すると、海図上に記載の同港口付近に設置してある海底波高計の灯浮標に接近することに気付き、針路を同灯浮標の少し沖に向く000度に定め、機関を全速力前進にかけ、11.0ノットの速力で、メインレーダーの電源を切ってサブレーダーを2.5海里レンジで作動させ、操舵室中央の操舵スタンド後部のいすに腰を掛けた姿勢で、時々レーダー画面を見ながら、自動操舵によって進行し、日没時に法定灯火を表示した。
20時04分C受審人は、鵜ノ尾埼灯台から151度10.8海里の地点に差し掛かったとき、右舷船首2度6.4海里のところに、南下中の久寶丸の映像を探知することができる状況であったが、2.5海里レンジとしたレーダーで他船を探知したときに対応すればよいものと思い、他船の存在を早期に探知するとともに、レーダープロッティングその他の系統的な監視を行って衝突のおそれの有無を判断するために、時々長距離レンジに切り換えて監視するなど、レーダーを適切に用いず、久寶丸の存在に気付かないまま、同じ姿勢で続航した。
20時10分C受審人は、鵜ノ尾埼灯台から148度9.9海里の地点に至ったとき、霧によって視界が急速に悪化し、視程が約200メートルの視界制限状態になったことに気付いたが、B受審人から視界が制限されてきたときに報告するよう指示されていなかったことから、この状態を同人に報告しなかったばかりか、レーダーに他船の映像が表示されていないのでその必要がないものと思い、安全な速力とすることも、霧中信号を吹鳴することもなく、依然、レーダーを適切に用いていなかったので、久寶丸の接近に気付かないまま、同じ針路、速力で進行した。
20時15分C受審人は、鵜ノ尾埼灯台から145度9.1海里の地点に達したとき、レーダーにより右舷船首5度2.4海里のところに久寶丸及びその右方に第三船の各映像を初めて認め、久寶丸と著しく接近することとなる状況であったが、両船との航過距離を広げることを思い立って針路を350度に転じ、少し左転したので久寶丸と互いに無難に航過できるものと思い、引き続きレーダーによって同船に対する動静監視を十分に行うことなく、このとき久寶丸が右転したことに気付かず、大角度の右転をするなどして同船と著しく接近することとなる事態を避けるための動作をとらないまま、自船の存在を示すつもりで、右舷船首方に向けて探照灯を照射しながら、同じ速力で続航した。
20時16分少し過ぎC受審人は、鵜ノ尾埼灯台から144.5度8.9海里の地点に至ったとき、久寶丸の映像を右舷船首16度2.0海里のところに視認することができ、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となっていたが、依然、動静監視を十分に行っていなかったので、このことに気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを止めることもなく、同じ針路及び速力を維持したまま進行した。
20時22分少し前C受審人は、前方を見張っていたところ、右舷船首方間近に久寶丸のマスト灯を初めて視認し、衝突の危険を感じ、急いで右舵一杯、機関を中立、次いで全速力後進としたが、及ばず、新大宝は、船首が000度に向いたとき、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
B受審人は、C受審人から視界制限状態となった旨の報告を受けられず、自ら操船指揮を執ることができずに自室で休息中、機関音が聞こえなくなったことに気付いた直後、船体に衝撃を受けて衝突したことを知り、急いで昇橋して事後の措置に当たった。
衝突の結果、久寶丸は左舷後部外板に破口及び同舷ブルワークの倒壊を、新大宝は球状船首及びファッションプレートに圧壊をそれぞれ生じたが、のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件衝突は、霧のため視程が約200メートルの視界制限状態となった福島県相馬港南東方沖合において、南下する久寶丸と北上する新大宝との間で発生したもので、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第19条の視界制限状態にある水域を航行している船舶間の航法が適用される。
すなわち、本件においては、予防法第19条第3項により、予防法第5条(見張り)、予防法第6条(安全な速力)、予防法第7条(衝突のおそれ)及び予防法第8条(衝突を避けるための動作)の、あらゆる視界の状態における船舶について適用される各航法規定と予防法第35条(霧中信号)とを、その時の状況及び視界制限状態を十分に考慮して励行することが求められる。
ところで、視界制限状態にある水域を航行している船舶は、予防法第19条第4項に「他の船舶の存在をレーダーのみにより探知した船舶は、当該他の船舶に著しく接近することとなるかどうか又は当該他の船舶と衝突するおそれがあるかどうかを判断しなければならず、また、他の船舶に著しく接近することとなり、又は他の船舶と衝突するおそれがあると判断した場合は、十分に余裕のある時期にこれらの事態を避けるための動作をとらなければならない。」と定め、これを受けて同条第5項で、「前項の規定による動作をとる船舶は、やむを得ない場合を除き、次に掲げる針路の変更を行ってはならない。」と示し、同項第1号で「他の船舶が自船の正横より前方にある場合(当該他の船舶が自船に追い越される船舶である場合を除く。)において、針路を左に転じること。」と、同項第2号で「自船の正横又は正横より後方にある他の船舶の方向に針路を転じること。」とを挙げていることを遵守するため、レーダー画面上に探知した船舶の動静について、レーダープロッティングその他の系統的な監視を行い、当該船舶の針路、速力、最接近距離、最接近時刻等を知り、著しく接近することとなる状況か否かを判断し、同事態となると判断すれば、「十分に余裕のある時期にとらなければならない。」とする条件を満たしたうえで、同事態を避けるための動作をとらなければならない。そして、この時期を過ぎた時点においては、予防法第19条第6項に「自船の正横より前方にある他の船舶と著しく接近することを避けることができない場合は、その速力を針路を保つことができる最小限度の速力に減じなければならず、また、必要に応じて停止しなければならない。」と定められていることを遵守し、視界制限状態の下での衝突を避けるための動作をとらなければならない。
本件は、両船の大きさ、運航模様、海域等を加味し、両船の距離が2.0海里に接近し、その後著しく接近することを避けることができない状況となったとき、両船とも予防法第19条第6項を遵守して適切な措置をとれば、本件発生は免れたものと認められることから、これを適用する。
(本件発生に至る事由)
1 久寶丸
(1)A受審人が、当直に就いて南下中に視界制限状態になったときに、安全な速力にせず、霧中信号を吹鳴しなかったこと
(2)A受審人が、新大宝と2.4海里に接近したとき、著しく接近することとなる状況であると判断して右転した際、大角度の右転をしなかったこと
(3)A受審人が、新大宝と2.0海里に接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを止めることもしなかったこと
2 新大宝
(1)B受審人が、当直交替時にC受審人に対して視界制限状態になったときの報告について十分に指示を行わなかったこと
(2)C受審人が、当直に就いて北上中に視程約200メートルの視界制限状態になったことに気付いたときに、B受審人から視界が制限されてきたときに報告するよう指示されていなかったことから、この状態を同人に報告しなかったこと
(3)C受審人が、視界制限状態になったときに、安全な速力にせず、霧中信号を吹鳴しなかったこと
(4)C受審人が、レーダーを時々長距離レンジに切り換えて監視しなかったこと
(5)C受審人が、久寶丸の映像を初めて認めたときに、大角度の右転をするなどして同船と著しく接近することとなる事態を避けるための動作をとらずに、針路を000度から350度に小角度の左転をしたこと
(6)C受審人が、転針後レーダーにより久寶丸の動静監視を行わなかったこと
(7)C受審人が、久寶丸と2.0海里に接近し、その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、必要に応じて行きあしを止めることもしなかったこと
(原因の考察)
本件は、霧のため視界制限状態となった福島県相馬港南東方沖合において、南下中の久寶丸と北上中の新大宝とが、互いに自船の正横より前方に相手船のレーダー映像を探知した状況で接近して衝突に至ったものである。
視界制限状態の下、久寶丸、新大宝両船が、いずれも安全な速力とすることも、霧中信号を行うこともせずに航行したことは、本件発生の原因となる。
久寶丸は、レーダーで6.4海里の距離に新大宝を探知したのち、2.4海里に接近したとき、著しく接近する事態を避けるために、針路を右方に20度転じたが、この措置は予防法第8条に規定されている相手船が自船の針路の変更等を容易に認めることができる大幅なものではなかった。しかしながら、新大宝がレーダーにより久寶丸の動静監視を行っていれば、その転針に気付いたものと考えられることから、大角度の右転を行わなかったことは、本件発生の原因とならない。しかし、このことは、海難防止の観点から、今後、是正されるべきことである。
新大宝は、レーダーレンジを2.5海里としたままで航行し、久寶丸と2.4海里に接近したとき、漸くレーダーによって右舷船首5度に同船を探知したものの、レーダープロッティングその他の系統的な監視を行う時間的、距離的な余裕が得られず、同系統的な監視を行わないまま、直ちに針路を左方に10度転じたが、この措置は予防法第5条及び第7条に規定されている他船の存在を早期に探知するとともに、同系統的な監視を行って衝突のおそれの有無を判断するために、時々長距離レンジに切り換えるなどしてレーダーを適切に用いるなど、そのときの状況に適したあらゆる手段による見張りを行わなければならないことに反するものであった。しかしながら、この転針ののち、引き続き久寶丸に対する動静監視を行い、同船と2.0海里に接近し、その後著しく接近することを避けることができなくなった場合、予防法第19条第6項に定められた措置を遵守していれば、本件は発生していなかったものと思われることから、長距離レンジに切り換えるなどしてレーダーを適切に用いた見張りを行わなかったことは、本件発生の原因とならない。しかし、このことは、海難防止の観点から、今後、是正されるべきことである。
また、C受審人が、久寶丸の映像を初めて認めた際、同船の右方に第三船を同時に認めたことから、左転すればこの2隻と無難に航過できると思い、直ちに針路を左方に10度転じたことは、予防法第8条に規定されている相手船が自船の針路の変更等を容易に認めることができる大幅なものではなかったうえ、久寶丸と第三船との船間距離が2海里以上あることを考慮すれば、同法第19条第5項に定められた、やむを得ない場合を除き、他の船舶が自船の正横より前方にある場合に針路を左に転じてはならないことに反した行動をとったことになる。しかしながら、同受審人が2.4海里になるまで久寶丸のレーダー映像を認めておらず、初めて認めてから針路のみの避航を検討するには、時間的にも、距離的にも、すでに「十分に余裕のある時期」の条件を満たし得ない状況になっていたことから、本件においては、予防法第19条第4項及び同第5項を適用することができず、同受審人がこの転針ののち、引き続き久寶丸に対する動静監視を行い、同船と2.0海里に接近し、その後著しく接近することを避けることができなくなった場合、予防法第19条第6項に定められた措置を遵守していれば、本件は発生していなかったものと思われることから、針路を左方に10度転じたことは、本件発生の原因とならない。しかし、このことは、海難防止の観点から、今後、是正されるべきことである。
これらのことから、C受審人が、針路を左方に10度転じたのちに、引き続きレーダーによって久寶丸に対する動静監視を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
そして、両船の距離が2.0海里に接近し、その後著しく接近することを避けることができない状況となったとき、両船が予防法第19条第6項に定められた動作をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
B受審人が、視界制限状態の下で直接操船指揮を執らなかったことは、船員法第10条の規定に反するものであり、同受審人が、同法第7条を遵守し、当直交替時に、関東以北の太平洋岸沖合の航行経験がなかったC受審人に対し、視界制限状態になったときの報告について十分に指示を行っていれば、同人から同報告を受けることができ、同経験が豊富な自らが昇橋して直接操船指揮を執ることができたものと思われることから、同指示を十分に行わなかったこと、及びC受審人が同状態についての報告を行わなかったことは、いずれも本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は、夜間、霧のため視界制限状態となった福島県相馬港南東方沖合において、北上中の新大宝が、霧中信号を行うことも、安全な速力とすることもしなかったばかりか、船長による操船の指揮が執られず、南下中の久寶丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、レーダーによる動静監視が不十分で、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことによって発生したが、久寶丸が、霧中信号を行うことも、安全な速力とすることもしなかったばかりか、新大宝と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じず、必要に応じて行きあしを止めなかったことも一因をなすものである。
新大宝の運航が適切でなかったのは、船長が、関東以北の太平洋岸沖合の航行経験が少ない当直航海士に対し、視界制限状態になったときの報告について十分な指示を行わなかったことと、当直航海士が、視界制限状態になったことを船長に報告しなかったばかりか、レーダーによる動静監視を十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
C受審人は、夜間、霧のため視界制限状態となった福島県相馬港南東方沖合を北上中、レーダーで前方に久寶丸及びその右方に第三船の各映像を探知し、針路を左に10度転じた場合、その後久寶丸と著しく接近することを避けることができない状況となるかどうかを判断できるよう、引き続きレーダーによって久寶丸に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同受審人は、少し左転したので同船との航過距離が広がって無難に航過できるものと思い、引き続きレーダーによって久寶丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、著しく接近することを避けることができない状況となったことに気付かず、針路を保つことができる最小限度の速力に減ずることも、必要に応じて行きあしを止めることもなく進行して衝突を招き、久寶丸の左舷後部外板に破口及び同舷ブルワークの倒壊を、新大宝の球状船首及びファッションプレートに圧壊をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人は、夜間、関東以北の太平洋岸沖合の航行経験が少ない航海士を船橋当直に就かせて、福島県相馬港南東方沖合を北上する場合、視界制限状態になったときの報告について十分に指示するべき注意義務があった。ところが、同受審人は、C受審人が初めて新大宝に乗船した際、同人が関東以北の太平洋岸沖合の航行が初めてであることを知り、何かあったら報告するように指示していたが、その後当直を無難にこなしていたことや、同人が船舶の輻輳する瀬戸内海で長年船長として運航経験のあることを知っていたので、霧中航海にも慣れており、何かあれば知らせてくれるものと思い、視界制限状態になったときの報告について十分に指示しなかった職務上の過失により、自ら操船の指揮を執ることができず、久寶丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、必要に応じて行きあしを止めるなどの措置をとることができずに進行して同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
A受審人は、夜間、霧のため視界制限状態となった福島県相馬港南東方沖合を南下中、レーダーで前方に新大宝の映像を探知して針路を右に20度転じたのち、著しく接近することを避けることができない状況となったことを知った場合、針路を保つことができる最小限度の速力に減じ、また、必要に応じて行きあしを止めるべき注意義務があった。ところが、同人は、いずれ新大宝も右転するものと思い、針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも、また、必要に応じて行きあしを止めることもしなかった職務上の過失により、同じ針路及び速力を維持したまま進行して同船との衝突を招き、両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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