(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月23日10時05分
山口県宇部港南方沖合
(北緯33度52.6分 東経130度13.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船大漁丸 |
漁船大平丸 |
総トン数 |
4.93トン |
4.0トン |
登録長 |
10.73メートル |
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全長 |
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13.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
15 |
70 |
(2)設備及び性能等
ア 大漁丸
大漁丸は、昭和53年7月にB社で進水し、県知事から小型機船底びき網漁業の許可を受け、瀬戸内海の福岡県沖で手繰第二種(えびこぎ網)漁業及び山口県沖で手繰第三種(けた網)漁業に従事するFRP製漁船で、山口県沖では、長さ約5メートルのブーム2本を船体中央部に設けられた操舵室の前部に取り付けて両舷側船外に張り出し、直径9ミリメートルのワイヤ製曳綱を各ブーム先端を経て45メートル繰り出し、幅2メートル高さ0.4メートルのけた網漁具2個を曳網していた。
イ 大平丸
大平丸は、平成8年9月にC社で進水し、県知事からさし網漁業の許可を受け、同県内海海域において、さわら、たい、まながつお流しさし網漁業に従事するFRP製漁船で、船首端の後方6.9メートルのところから船尾方に、海面からの高さ約2メートル、船首尾方向の長さ約3メートル及び幅約1.6メートルの操舵室が設けられ、同室内に磁気コンパス、舵輪、機関操縦ハンドル及びGPSプロッタが備えられており、また、同室から周囲の見張りを妨げる構造物は何もなく、十分な視界が確保されていた。
3 事実の経過
大漁丸は、昭和57年11月に四級小型船舶操縦士免許を取得した船長Dが1人で乗り組み、けた網による底びき網漁の目的で、船首0.15メートル船尾0.60メートルの喫水をもって、平成15年12月23日06時00分宇部港を発し、同港沖の漁場に向かい、07時ころ同漁場に到着してトロールによる漁ろうに従事していることを示す鼓型形象物を操舵室上方に掲げたのち、出漁日1日に10回ほど繰り返す操業を開始し、09時45分同日第4回目の曳網を開始した。
09時58分D船長は、本山灯標から252.5度(真方位、以下同じ。)1.60海里の地点で、針路を010度に定め、機関を全速力前進が回転数毎分2,900のところ2,300にかけ、2.6ノットの曳網速力で、船尾甲板で漁獲物の選別作業を行いながら、時々身体を左右に動かすなどして周囲の見張りを行い、その状況に合わせて適宜曳網針路を変えることができるように、操舵室から同甲板まで延ばしたコントローラー式の遠隔操舵器を手元に置いて進行した。
10時00分D船長は、本山灯標から255.5度1.56海里の地点に差し掛かったとき、左舷船首64度1,080メートルのところに、自船の前路を右方に横切る態勢で接近する貨物船(以下「第三船」という。)を、更にその右方の左舷船首42度1.57海里のところに、船首を自船の方に向けて南下する大平丸をそれぞれ認め、漁獲物整理の手を止め、船尾甲板に立って両船の動静を監視しながら続航した。
10時02分D船長は、本山灯標から258.5度1.53海里の地点に達し、第三船を左舷船首65度570メートルに、大平丸を同舷船首42度1,620メートルに認めるようになったとき、このまま進行すると両船と衝突のおそれがある態勢で接近することになると判断し、曳綱を短縮して右舵5度をとり、ゆっくり右回頭しながら、同じ曳網速力で進行した。
10時05分少し前D船長は、針路を110度に転じたとき、左舷船尾21度115メートルに第三船及び同舷正横後23度135メートルに同船を追い抜いた大平丸をそれぞれ認め、両船がいずれも自船とほぼ同じ針路で並んで航行するようになったことから、両船と無難に航過することになったと判断し、漁獲物整理を再開するために両船から目を離して船尾甲板に屈み込んだところ、大平丸が右転を開始して自船の前路に進出する態勢で接近したが、どうすることもできず、10時05分本山灯標から258度1.40海里の地点において、大漁丸は、原針路、同じ曳網速力のまま、その左舷船首に、大平丸の船首が、後方から60度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力1の西風が吹き、潮候は下げ潮の初期に当たり、視界は良好であった。
また、大平丸は、A受審人が1人で乗り組み、さわら流しさし網漁の目的で、船首0.35メートル船尾1.00メートルの喫水をもって、平成15年12月23日09時40分山口県刈屋漁港を発し、周防灘航路第2号灯浮標付近の漁場に向かった。
10時01分半A受審人は、本山灯標から285度2.12海里の地点で、針路を144度に定め、機関を全速力前進が回転数毎分2,300のところ2,200にかけ、19.0ノットの対地速力で、数分前に右舷前方に認めていた東行中の第三船の動静を監視しながら、手動操舵によって進行した。
10時02分A受審人は、本山灯標から282.5度2.01海里の地点に差し掛かり、第三船を右舷船首15度1,110メートルのところに認めるようになったとき、同船が自船の前路を左方に横切り、衝突のおそれがある態勢で接近することを知ったが、右転して第三船を避航すると、同船の航走波を自船の船首に受けることになって動揺が激しくなることから、もう少し接近してから左転して第三船と並走し、同船を追い抜いたのちに右転してその船首方至近を横切ることとし、同じ針路、対地速力のまま続航した。
10時04分少し過ぎA受審人は、本山灯標から264度1.54海里の地点に達し、第三船を正船首150メートルに認めるようになったとき、同船の左方で左舷船首11度340メートルのところに、船首を東方に向けてゆっくりとした速力で進行する大漁丸を視認することができる状況であったが、第三船の動静を監視することに気をとられ、大漁丸を見落としたまま、針路を110度に転じ、同じ対地速力で進行した。
10時05分少し前A受審人は、本山灯標から261度1.40海里の地点に至り、第三船を右舷正横後33度100メートルのところに認めるようになったとき、右舷船首67度135メートルのところに、鼓型形象物を掲げた大漁丸を視認することができ、同船がトロールによる漁ろうに従事していることが分かり、そのまま進行すれば、大漁丸を無難に航過する状況であったが、第三船との船間距離の目測に気をとられ、転針方向の見張りを十分に行うことなく、このことに気付かず、右転を開始して針路を170度に転じ、大漁丸の前路に進出する態勢で続航中、同時05分わずか前正船首至近に大漁丸を初めて認めたものの、何をする間もなく、大平丸は、原針路、原対地速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、大漁丸は船首部を大破し、のち修理費の都合で廃船処理され、大平丸は船底に擦過傷並びにプロペラ及び同軸に曲損等を生じたが、のち修理された。
(航法の適用)
本件は、山口県宇部港南方沖合において、けた網による漁ろうに従事中の大漁丸と、漁場に向けて南下中の大平丸とが衝突したものであり、同海域は港則法及び海上交通安全法の適用がないから、一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)によって律することとなる。
予防法上、漁ろうに従事中の船舶と航行中の船舶との関係については同法第18条に規定されているが、事実認定の根拠による大漁丸及び大平丸の両船の運航模様から、衝突直前に大平丸が右転して大漁丸の前路に進出したものであり、同法第38条及び第39条の規定によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 大漁丸
(1)D船長が、衝突直前に大平丸及び第三船両船から目を離し、両船に対する動静監視を行わなかったこと
(2)D船長が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 大平丸
(1)A受審人が、第三船との衝突を避けるための動作として左転して追い抜いたこと
(2)A受審人が、第三船の船首至近を右方に横切ったこと
(3)A受審人が、転針方向の見張りが不十分になっていたこと
(原因の考察)
大漁丸は、海難の事実に示したとおり、鼓型形象物を操舵室上方に掲げ、けた網による漁ろうに従事中であった。また、同船は、漁ろうに従事中であっても、衝突のおそれがある態勢で接近する他船を認めたときには、回頭してその見合い関係を解除する動作をとっていたが、そのためには、十分な時間的、距離的な余裕が必要であった。
本件当時、D船長が、けた網を曳網しながら右舵5度でゆっくり右回頭し、衝突少し前に第三船及び大平丸両船と同じ針路で平行に進行するようになったときに、いずれも無難に航過することになったと判断し、漁獲物整理を行うために両船から目を離して船尾甲板に屈み込み、引き続き両船に対する動静監視を行わなかった。しかし、仮に両船の動静監視を十分に行っていたとしても、大平丸が、突然右転を開始してから衝突に至るまでわずかな時間であったために、自船の前路に進出する態勢で接近する大平丸に対し、警告信号を行うことも、衝突を避けるための協力動作をとることも、その時間的な余裕がなく、何らの措置もとれない状況であったものと認められる。
したがって、大漁丸が、衝突直前に両船の動静監視を行わなかったこと、警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは、いずれも本件発生の原因とならない。
一方、大平丸は、右舷前方に初認した第三船が、前路を左方に横切り、衝突のおそれのある態勢で接近していたのであるから、同船の進路を避けなければならず、また、航行中の船舶であるから、見張りを十分に行うことにより、漁ろうに従事中の大漁丸に気付いたならば、同船の進路を避けなければならない立場にあった。
ところで、A受審人は、第三船が自船の前路を左方に横切ると、第三船の航走波を自船の船首に受けることになって動揺が激しくなることから、これを厭い(いとい)、第三船が間近に接近したときに左転したのち、同船と並走して追い抜いてから右転し、針路を当日予定していた漁場に向かう針路から大きく外れた170度に転じ、第三船の前路至近を右方に横切るという行動をとった。しかも、同人は、右転する際に、追い抜いた第三船との距離を目測することに気をとられ、転針方向の見張りを十分に行わなかったことから、大漁丸に気付かないまま右転を開始し、同船の前路に進出する態勢で接近することになったもので、第三船の前路を横切った直後に大漁丸を初認したものの、何をする間もなく衝突に至った。
これらのことから、A受審人が、転針方向の見張りを十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
なお、A受審人が、第三船に対する避航動作として前示行動をとったことは、本件発生に至る過程において関与した事実であるが、同船を追い抜いてから右転する際に、転針方向の見張りを十分に行っていれば、大漁丸の存在に気付き、同船に向かって転針することはなかったものと思われることから、本件発生の原因とはならないが、近距離を並走中の他船の前路を横切ることは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(主張に対する判断)
A受審人は、大漁丸が第三船の陰に隠れて見えなかった旨を主張するので、これについて検討する。
大漁丸、大平丸及び第三船の各運航模様を海図上に作図して求めた相対位置関係により、第三船の存在が大漁丸の視認を妨げることはなかったものと認められる。
よって、大漁丸が第三船の陰に隠れて見えなかった旨のA受審人の主張は認められない。
(海難の原因)
本件衝突は、山口県宇部港南方沖合において、漁場に向けて南下中の大平丸が、東行中の第三船に遭遇していったんその手前で左転し、同船と並走して追い抜いたのちに針路を右に転ずる際、転針方向の見張りが不十分で、トロールによる漁ろうに従事中の大漁丸の至近で右転し、同船の前路に進出したことによって発生したものである。
(受審人の行為)
A受審人は、山口県宇部港南方沖合において、漁場に向けて南下中、針路を転ずる場合、転針方向に存在する他船を見落とさないよう、同方向の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、並走して追い抜いた第三船との距離を目測することに気をとられ、転針方向の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、大漁丸に気付かないまま、その至近で右転を開始し、同船の前路に進出して衝突を招き、大漁丸の船首部に大破を、大平丸の船底に擦過傷並びにプロペラ及びプロペラ軸に曲損等をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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