(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月14日18時12分
愛媛県越智郡波方町 波方オイルターミナル
(北緯34度07.2分 東経132度54.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船睦和丸 |
総トン数 |
696トン |
全長 |
67.02メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
回転数 |
毎分375 |
(2)設備及び性能等
ア 睦和丸
睦和丸は、昭和58年9月に進水した、液化石油ガスの運搬に従事する鋼製油送船で、京浜港、大分港などの石油ターミナルから国内各港の消費基地との間で運航され、C社が船舶管理と配乗業務を行っていた。
(ア)船体構造等
船体は、船尾船橋型で、船体中央部に2個の貨物タンクが収められ、船尾楼甲板に居住区、ボート甲板に空調機械室等、そして最上層に航海船橋をそれぞれ配置していた。
航海船橋(以下「船橋」という。)は、操舵室中央に操舵スタンド、その左舷側にレーダー、右舷側には機関制御盤を組み込んだコンソールがそれぞれ配置され、同室外に左右両舷ウィングが延びていた。
(イ)機関装置
主機は、減速機を介してプロペラを駆動するほか、増速機を介して375キロボルト・アンペアの主発電機を駆動できるようになっていた。
発電機は、軸発と呼ばれる主発電機のほか、補機ディーゼル機関駆動の130キロボルト・アンペア及び20キロボルト・アンペアのものが装備されていた。また、出港に備えて主機を始動した後は、軸発が主要な電力をまかなっており、出港及び入港時のウィンドラスや係船ウィンチを使用中には負荷変動が大きく、船内電源の周波数にも影響を与えることがあった。
(ウ)プロペラと主機の操縦
プロペラは、右回りの可変ピッチプロペラで、港内では毎分回転数298にして操船制御され、前進範囲では翼角4度で3ノットの微速力、13ないし14度で8.5から8.9ノットの半速力、また、後進範囲では4度で1.5ノットの微速力後進を出すようになっていた。
主機は、船橋の機関制御盤の翼角操作ダイヤルを時計回りに廻して前進翼角に、反
時計回りに廻して後進翼角にそれぞれ操縦するようになっていた。
(エ)船橋での遠隔制御
操舵は、操舵スタンドの舵輪を廻して行うほか、同スタンドから延長コードで取り出された操作箱で遠隔操舵することができ、同コードが両舷ウィングまで届くようになっていた。
機関制御盤は、盤面上端に、いずれも同じ形状の軸発周波数計、翼角指示計、主機回転計等が並び、手許に翼角操作ダイヤルと主機の回転数調節スイッチ(以下「ガバナスイッチ」という。)とが並んで置かれ、その他主機や補機の警報表示灯、警報スイッチ類、主機非常停止スイッチ等が配置されていた。
翼角指示計は、機関制御盤上のほかに装備されていなかった。
イ バース
波方オイルターミナルは、D社が所有する国内出荷のためのタンクと荷役設備で、来島海峡の西口に面した海面の中央に主受入バースが、西側に1バースから3バース、東側に4バースから6バースの各出荷バースが配置されていた。
2バースは、敷地西端の護岸から西北西方に、約50メートル毎に合計10基設置された係船ドルフィンの4基目の北側に設置された、係留面長さ約40メートルの積荷ドルフィンで、液化石油ガスを出荷するためのローディング設備が備えられていた。
3 事実の経過
睦和丸は、A受審人及びB受審人ほか5人が乗り組み、有臭プロパンガス300.232トンを積載し、船首2.6メートル船尾4.0メートルの喫水をもって、平成16年1月14日夕刻積荷役を終えて波方オイルターミナルの2バースを発し、広島港に向かうこととなった。
ところで、睦和丸は、同日16時05分着桟する際に、左舷錨を同バースの積荷ドルフィン(以下「桟橋」という。)北側約100メートルの位置に投入して錨鎖が5節水中まで延ばされ、桟橋に船首尾のスプリング索を、また、隣の両係船ドルフィンに船首尾ホーサーをそれぞれ係止され、船首を116度(真方位、以下同じ。)に向けて右舷付けで係留されていた。
A受審人は、出港に先立って、船首に3人を、船尾に2人をそれぞれ配置に就かせ、船橋ではB受審人に翼角など機関操作に当たらせ、18時02分出港スタンバイを令した後、船首スプリング索を残して他のロープを放させ、遠隔操舵の操作箱を使用せずに自ら舵輪を操作して右舵一杯に取り、微速力前進を令し、船尾を桟橋から離した。
18時05分A受審人は、船首スプリング索を放させるとともに船首配置に錨の巻揚げを令し、後進と前進とを繰り返しながら左回頭を行い、その間ウィングと操舵スタンドとを行き来しながら、離桟開始後にレーダーの電源を入れた。
B受審人は、機関操縦盤の後方に立ってA受審人の発令を受けて復唱し、左手で翼角操作ダイヤルを操作し、その後の翼角指示計の動きを、声を出して確認していたが、錨の巻揚げによる影響を受けて軸発周波数計が変動していたので、ときどき右手でガバナスイッチを操作していた。
18時10分A受審人は、船首が030度に向き、船尾と桟橋との距離が約30メートルとなったとき、船首の一等航海士から錨が揚がった旨の報告を受け、直ちに微速力前進を令した。
B受審人は、折しもガバナスイッチを操作していたところで、A受審人の微速力前進の発令を受けて復唱し、左手で翼角操作ダイヤルを操作したが、ガバナスイッチを操作して調整した軸発の周波数に気を取られ、その後発令どおりに設定されたか翼角指示計で翼角を確認することなく、誤って後進側に操作したことに気付かなかった。
A受審人は、微速力前進を令した後、来島海峡から出てくる船舶の状況に気をとられ、B受審人に対して翼角を報告させて確認することなく、起動直後のレーダーの調整と監視を行い、徐々に船体が後退して船尾が桟橋方向に向かい始めたことに気付かなかった。
18時11分B受審人は、ようやく指差呼称をしながら翼角指示計を見て後進4度の翼角になっていることを認め、誤操作に気付いて翼角操作ダイヤルを前進4度に合わせ直した。
同じころ、A受審人は、船尾配置の一等機関士から船体が後退している旨の報告があり、これを聞いて右舷ウィングに出て船尾と桟橋との距離が約20メートルになっているのを認めて、18時11分少し過ぎ全速力前進を令した。
睦和丸は、翼角が後進から中立を経て全速力前進の16度に上がる間も後退する勢いが続いて、船尾をわずかに右方向に振りながら桟橋に接近し、18時12分波方ターミナルシーバース灯から259度430メートルの地点で、船首を026度に向け、わずかに残った後進行きあしで、右舷船尾が桟橋の北面西端に衝突した。
当時、天候は晴で風はほとんどなく、潮候は下げ潮の末期であった。
衝突の結果、睦和丸は右舷船尾外板の凹損、フェアリーダーの破損、及びオープンレールの曲損を生じ、桟橋には北西角のコンクリートの欠損、ゴムフェンダーの割損などを生じたが、のちいずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 A受審人が、遠隔操舵の操作箱を使用せずに自ら操舵スタンドで舵輪を操作していたこと
2 B受審人が、左手で翼角操作ダイヤルを操作するほか、右手でガバナスイッチを操作していたこと
3 A受審人が微速力前進を令した後、起動直後のレーダーの調整と監視を行っていたこと
4 B受審人が、微速力前進の発令を復唱して翼角を操作したのち翼角指示計で翼角を確認しなかったこと
5 A受審人が、B受審人に対して翼角を報告させて確認しなかったこと
(原因の考察)
本件桟橋衝突は、船長が前進を発令したのに対して機関長が後進側に誤操作して、船体が後退しているのに気付かなかったことによって発生したものである。船長が、自らの前進発令に対して、いつもは復唱して翼角の動きまで確認していた機関長の応答がないことをはっきり認識しないまま、時間が経過しているので、発令から操作までの経過を検討する。
まず、B受審人は、誤って後進側に翼角を操作したものの、A受審人の前進発令をおうむ返しに復唱していたので、結果的にしばらく後に、他から指摘される前に指差し呼称をして誤操作に気付いている。すなわち、発令内容の復唱は励行していたものの、復唱と組合せに行うべき翼角確認を忘れてしまったもので、B受審人が翼角指示計で翼角を確認しなかったことは、本件発生の原因となる。
一方、A受審人は、前進の発令の後、B受審人の発令復唱は聞いたものの、翼角確認の声を聞いていないことを本件後に思い出しているが、本件当時は発令どおりに翼角が設定されたかを尋ねていない。すなわち、A受審人が、翼角を報告させて確認しなかったことは本件発生の原因となる。
さて、A受審人が、操舵スタンドとウィングを行き来して自ら舵輪を操作しながら、レーダーを操作していたことは、ウィングとの行き来が激しくなり、船体の動きを直ちに感じ取れなかった背景になったとも言える。すなわち、遠隔操舵箱を使い、かつ、レーダー操作を少しの間見合わせることが、船体の後退を早期に認めることとなり、本件発生を防止できた可能性も否定できない。しかしながら、船橋の人員配置と遠隔操舵箱を使用しないこととは同受審人が乗船以来とってきた体制で、レーダー操作も含めて、見張りを行うことと両立しないものではなく、本件発生と相当な因果関係があるとは認められないが、海難防止の観点から十分な配慮を要する点である。
また、B受審人が、機関操作盤の前で、左手で翼角操作ダイヤルを操作するほか、右手でガバナスイッチを操作していたことは、船長の発令を聞き取り、翼角を操作し、その後翼角の動きを追うという一連の手順を行うに当たって、注意力をそがれることの背景になったことは否めず、また、翼角操作ダイヤルとガバナスイッチとが、いずれも時計方向または反時計方向に操作するという共通性も、混同される背景になることが否定できない。しかしながら、周波数の変動が直接運航に影響をするような緊急性は考えられず、先ず翼角の確実な操作が優先されるべきで、その調整は次に行うことで十分対処できるものである。すなわち、翼角操作ダイヤルを操作するほか、ガバナスイッチを操作していたことは、本件発生と相当な因果関係があるとは認められないが、海難防止の観点から十分な配慮を要する点である。
(海難の原因)
本件桟橋衝突は、日没後、愛媛県越智郡波方町の波方オイルターミナルの桟橋から離桟して出港操船中、可変ピッチプロペラの翼角の確認が不十分で、前進の発令に対して誤って後進翼角がとられ、桟橋に向かって後退したことによって発生したものである。
翼角の確認が十分でなかったのは、船長が前進を発令した後、機関長に翼角を報告させて確認しなかったことと、機関長が翼角を確認しなかったこととによるものである。
(受審人の所為)
A受審人は、出港操船中、錨が揚がって微速力前進を発令した場合、機関長に対して翼角を報告させて確認すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、来島海峡から出てくる船舶の状況に気を取られ、機関長に対して翼角を報告させて確認しなかった職務上の過失により、後進側に誤操作されたことに気付かず、船体が後退して桟橋との衝突を招き、右舷船尾外板に凹損、フェアリーダーの破損などを、また、桟橋には北西角のコンクリートの欠損、ゴムフェンダーの破損などをそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、船橋で出港配置に就き、機関制御盤で操作中、前進翼角を発令されて翼角を操作した場合、発令どおりに設定されたか翼角指示計で翼角を確認すべき注意義務があった。しかるに、同人は、ガバナスイッチを操作して調整した軸発の周波数に気をとられ、発令どおりに設定されたか翼角指示計で翼角を確認しなかった職務上の過失により、翼角操作ダイヤルを後進側に誤操作したことに気付かず、船体が後退して桟橋との衝突を招き、睦和丸と桟橋に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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