日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) >  衝突事件一覧 >  事件





平成16年神審第41号
件名

貨物船第五住福丸閘門衝突事件

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成16年10月5日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤、平野浩三、橋本 學)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:第五住福丸船長 海技免許:五級海技士(航海)
B 職名:第五住福丸機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
第五住福丸・・・船首部に擦過傷
閘 門・・・凹損などの損傷

原因
逆転機遠隔操縦装置の前進電磁弁の点検不十分

主文

 本件閘門衝突は、逆転機遠隔操縦装置の保守管理にあたり、前進電磁弁の点検が不十分で、後進クラッチの嵌入が不能となったことによって発生したものである。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年9月25日18時12分
 尼崎西宮芦屋港尼崎閘門
 (北緯34度41.8分 東経135度24.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船第五住福丸
総トン数 497トン
全長 50.99メートル
機関の種類 過給機付4サイクルディーゼル機関
出力 735キロワット
(2)設備及び性能等
 第五住福丸(以下「住福丸」という。)は、昭和63年12月に竣工した鋼製貨物船で、年間を通じ、砕石などの輸送に従事していた。
ア 主機
 主機は、C社が製造した、6LU26G型と称する機関で、推進軸系に逆転機及び固定ピッチプロペラを備え、微速力から常用航海速力までの回転数を毎分200ないし370として運転されていた。
イ 逆転機
 逆転機は、D社が製造したMN730型と称し、湿式多板油圧式クラッチを内蔵したもので、前進又は後進クラッチの嵌脱を司る作動油圧が、前進、中立及び後進の3位置を有する前後進切替弁を経て各クラッチ油圧ピストンに作用し、推進軸系に動力を伝達するようになっていた。
ウ 主機及び逆転機遠隔操縦装置
 主機及び逆転機遠隔操縦装置(以下「遠隔操縦装置」という。)は、C社が製造した、A-FG-3型と称する電気・空気式で、主機の速度調節及び逆転機の前・後進切替を、操舵室において1本の操縦ハンドルにより操縦できるほか、機関室においても同様の機構により操縦でき、また、これらの遠隔操縦機能が不能となった場合に備え、機側において手動操縦することも可能なようになっていた。
 遠隔操縦装置用制御空気(以下「制御空気」という。)は、最高使用圧力が30キログラム毎平方センチメートル(kgf/cm2)の主機始動用空気槽から、圧力を8kgf/cm2に低下させる減圧弁を経て、操舵室及び機関室の各遠隔制御機構に供給されていた。
 逆転機の遠隔制御機構は、操舵室にて遠隔操縦を行う場合、操縦ハンドルを中立位置から前進又は後進位置に移動させると、前進又は後進電磁弁が開き、制御空気が供給された前・後進切替用シリンダによって前・後進切替弁が所定の位置に移動し、圧力が上昇した作動油により、前進側又は後進側のクラッチを嵌入すると同時に、操縦盤上の前・後進いずれかの表示灯が点灯する動作が、また、同ハンドルを中立位置に戻すと、同電磁弁が閉じるとともに、同弁から下流に残留している制御空気を大気に放出し、クラッチを脱状態として中立の表示灯が点灯する動作がそれぞれ行われるようになっていた。
 また、主機は、操縦ハンドルを中立位置にすると、回転数がアイドリング回転数である毎分約200に保持され、同ハンドルを前進又は後進位置に移動すると、その移動量に比例した空気圧信号が調速機制御シリンダに入力され、同シリンダの変位量に応じて調速機出力、更に燃料油の噴射量が増減し、速度調節が行われるようになっていた。
 ところで、遠隔操縦機構は、操縦ハンドルを前進又は後進位置から中立位置を越えて後進又は前進位置に移動させた場合、急激なトルク変動を受けるおそれが生じる動力伝達装置を保護する目的で、瞬時に応答してクラッチの嵌入動作をさせないよう、前・後進電磁弁が限時装置によって制御されるようになっていたが、逆転インターロック装置を備えていなかったので、主機が一旦アイドリング回転数まで減速されるものの、限時装置で設定された4秒以内にクラッチの切替が行われない場合であっても、前・後進いずれかの作動油圧が確立されていると、その後、ガバナ出力が増加し、操縦者の意志に反した回転方向で増速されることとなるので、操船に重大な影響を及ぼすおそれがあり、同電磁弁などの確実な動作を維持できるよう、十分な点検及び保守が必要であった。
(3)尼崎閘門
 尼崎閘門は、兵庫県尼崎市沿岸の高潮対策の一環として建設されたのち、平成14年に改良工事を終えたもので、南北方向の水路を有し、東西に隣り合う第1及び第2閘門からなり、各閘門が、南北両端をそれぞれ前扉及び後扉と称した左右2枚の開き戸式鋼製扉で閉鎖できる、長さ90メートル、幅17メートルの区画(以下「閘室」という。)1室を有し、高潮時に南航する場合、船舶を、前扉を閉じた状態の閘室に入れて後扉を閉鎖したのち、そのまま待機させ、同室内に海水を入れて潮位差が解消されると、前扉を開放して同室から出す手順で通航させるようになっていた。
 そして、閘門の南北各入口には、通航しようとする船舶に対し、使用すべき閘門を判別できるよう、第1閘門東側に設けられた集中コントロールセンターが制御する赤及び緑の信号灯が設置されていた。

3 事実の経過
 遠隔操縦装置は、制御空気系統が、混入することが回避困難な水分、油分及び塵埃などによる汚損のほか、動作機器各摺動部の摩耗及び同部に使用されていたゴム製パッキンの硬化などが進行して、円滑な動作が阻害されるおそれが生じることから、前・後進電磁弁などの各機器を定期的に開放し、掃除、損耗部品の新替などの予防的保守を必要とする旨が取扱説明書に記載されていたところ、新造以来、同系統のドレンが排出されることなく使用され、また、一度も各機器の保守が行われていなかった。
 平成15年9月上旬B受審人は、操縦ハンドルを前進及び中立位置間で双方向に移動時に、制御空気の大気放出時間及びクラッチ嵌入表示灯の点灯所要時間が、いずれも以前に比べて長くなっている現象を認めた際、前進電磁弁の開閉動作が緩慢になっていることがわかる状況であったが、時間を要しながらもクラッチの嵌脱が可能なうえ、同現象が頻繁に生じなかったので大丈夫と思い、業者に依頼するなどして同弁の点検を行わなかった。
 住福丸は、A受審人及びB受審人ほか2人が乗り組み、船首0.75メートル船尾2.60メートルの喫水をもって、B受審人が操船指揮に、また、A受審人が船首配置に就き、空倉で、平成15年9月25日14時45分広島県上蒲刈島の砕石積出地に向け尼崎西宮芦屋港を発し、大阪湾に出るため、ほどなく兵庫県尼崎市南部臨海地域に所在する尼崎閘門に接近した。
 15時00分、B受審人は、尼崎閘門に接近したところ、集中コントロールセンターから、同閘門北側の水域で油の流出があり、その処理作業を行うため一時通航を停止する旨の連絡を受け、待機のため第1閘門北側で錨泊した。
 やがて、流出油の処理作業が終了し、18時00分B受審人は、緑色信号灯が点灯した第1閘門に向け抜錨することとし、主機を始動し、前記人員配置のまま、遠隔操縦装置の試運転が行われることなく航行を再開した。
 18時02分B受審人は、主機を種々使用して進行し、18時11分2ないし3ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で第1閘門の閘室内に進入したのち、その中央部で停船させるべく、操縦ハンドルを微速力前進位置から中立位置を越えて同後進位置に操作したところ、遠隔操縦装置の前進電磁弁が固着したまま動作せず、前進クラッチが嵌入したままの状態に陥り、一向に前進行きあしが低下しないことに気付いた。
 その後、B受審人は、動転したこともあって、クラッチの前進表示灯が点灯したままとなっていることに気付かず、操縦ハンドルを全速力後進位置に進めたことから、作動油圧が低下せずに前進クラッチが嵌入された状態のまま、限時動作が解除された主機が増速し、前進行きあしが増す状況となり、急ぎ左舷錨を投じたものの、効なく、18時12分尼崎港橋橋梁灯(R2灯)から真方位056度420メートルの地点において、約5ノットの速力で船首部が閉鎖されていた前扉に衝突し、危急停止装置を操作して主機を停止した。
 当時、天候は晴で風力2の西風が吹き、潮候はほぼ高潮期であった。
 衝突の結果、住福丸の船首部分に擦過傷を生じ、尼崎第1閘門前扉に凹損などの損傷を生じ、のち、いずれも修理された。

(本件発生に至る事由)
1 B受審人が、主機及び逆転機の遠隔操縦装置に逆転インターロック機構が組み込まれていないことを承知していなかったこと
2 B受審人が、逆転機の遠隔操縦にあたり、前進及び後進表示灯の点灯状況の確認を行わないまま操縦ハンドルを後進位置とし、前進クラッチが嵌入された状態で主機を増速したこと
3 B受審人が、尼崎閘門の通航にあたり、逆転機の遠隔操縦が不能となった場合に備えて、速やかに機側での手動操縦ができる人員配置としていなかったこと
4 B受審人が、逆転機の制御装置の動作に異常を認めた際、適切な保守を実施しなかったこと
5 B受審人が、制御空気系統の汚損に対する配慮を欠いていたこと

(原因の考察)
 本件は、尼崎閘門北側の後扉から閘室内に進入し、機関を微速力前進として進行中、逆転機の遠隔操縦装置に組み込まれた前進電磁弁が固着し、後進への切替操作が不能となった結果、前進行きあしを落とすことができない状況のまま進行し、閉鎖されていた同閘門南側の前扉に船首部が衝突するに至ったもので、以下、その原因について考察する。
 遠隔操縦装置は、動作流体として圧縮空気を用い、同空気を電気信号で制御する電気・空気式のもので、制御空気系統中に数箇所のドレン排出装置及びこし器が設けられていたものの、水分、油分及び塵埃などの異物が侵入することを完全に防止することは極めて困難であり、それらによる動作部品の摩耗、汚損及び材質変化は時間と共に進行することが避けられない。
 したがって、遠隔操縦装置を使用するにあたっては、ドレンの排出及びこし器の開放掃除を励行することは言うまでもなく、定期的に動作部品を開放して点検し、掃除及び損耗部品の新替などの予防的保守を行う必要がある。
 本件発生前に認められた前後進電磁弁の緩慢な動きは、概して温度、湿度などの動作環境及び弁体の相対的位置などの影響を受けることから、再現性に欠ける現象であり、そのような異変を認めたときは、すでに予防的保守の段階を過ぎていると捉え、直ちに開放し、適切な保守を実施すべき事態である。
 長さが短く狭隘な水路で、底部がコンクリートで固められた閘室内では、主機を停止したうえ投錨して停船させる措置にその効果を期待することは困難と考えられる。
 加えて、閘門通過にあたり、住福丸の乗組員数及び船首尾の係留索を取る作業等を勘案すると、非常の事態に備え、逆転機を手動操縦できる人員を機関室に配置することが極めて困難な状況であったと認められることから、船橋において逆転機の確実な遠隔制御が可能であることが不可欠であったと言わざるを得ない。
 したがって、B受審人が、機関の保守管理責任者として、逆転機の制御が不確実な状態であることを承知していたのであるから、同状態を改善するための適切な保守を行わないまま閘室内を進行したことは、本件発生の原因となる。
 B受審人が、遠隔操縦装置に逆転インターロック機構が組み込まれていないことを承知せず、前進クラッチが嵌入された状態で操縦ハンドルを全速力後進の位置にしたこと、平素から制御空気系統の汚損を防止する措置をとっていなかったことは、いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、これらは、海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 また、A受審人が抜錨するにあたり、遠隔操縦装置の試運転を行わなかったことは、前進電磁弁の異常な動作に確実な再現性を認めることができないので、本件発生の原因とはならない。

(海難の原因)
 本件閘門衝突は、推進軸系に装備された逆転機の遠隔操縦装置について、前進電磁弁の開閉動作が緩慢となった際、同弁の点検が不十分で、同動作が改善されない状態のまま運転を繰り返すうち、前進で運転中に同弁が固着し、後進への遠隔操作が不能となったことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 B受審人は、推進軸系に装備された逆転機の電気・空気式遠隔操縦装置について、前進電磁弁の開閉動作が緩慢であることを認めた場合、制御空気系統での塵埃の混入や汚損の進行を避けることが困難であり、同系統各機器の摺動部品に摩耗などの経年劣化が進行するのであるから、同弁を円滑に開閉させることができるよう、業者に依頼して同弁の点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、時間を要しながらもクラッチの嵌脱が可能なうえ、同現象が頻繁に生じなかったので大丈夫と思い、同弁の点検を行わなかった職務上の過失により、同弁が固着して後進への遠隔操作が不能となる事態を招き、停船させることができない状態で進行して閘門前扉に衝突し、船首部に擦過傷、同扉に凹損をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人の所為は、本件発生の原因とならない。

よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION