(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年12月27日10時23分
愛知県河和漁港沖合
(北緯34度46.1分 東経136度55.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
押船第五富士丸 |
被押バージ第十六富士丸 |
総トン数 |
19トン |
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全長 |
13.87メートル |
40.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
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出力 |
1,472キロワット |
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船種船名 |
漁船孝和丸 |
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総トン数 |
0.7トン |
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登録長 |
6.85メートル |
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機関の種類 |
電気点火機関 |
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漁船法馬力数 |
30 |
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(2)設備及び性能等
ア 第五富士丸
第五富士丸(以下「富士丸」という。)は、平成14年9月に建造された、2機2軸の推進装置を有する船首船橋型鋼製押船で、被押バージを連結して押船列を構成し、名古屋港及び愛知県衣浦港でばら積したトウモロコシを、同県河和漁港に所在するC社のサイロに揚げ荷する、定常的な穀物輸送に従事していた。
イ 第十六富士丸
第十六富士丸(以下「バージ富士」という。)は、船首にサイドスラスターを装備し、1個の貨物倉を有する1,000トン積の非自航型鋼製バージで、富士丸の被押バージとして、前示輸送に従事していた。
ウ 孝和丸
孝和丸は、昭和59年10月に進水した、採貝藻漁業に従事する伝馬船型FRP製漁船で、船外機を装備し、船体外板が白色に塗装され、船首から約3メートル後方の両舷に渡したローラー台に揚網用ローラーが設置されており、主としてのり養殖網の酸処理手入れに使用されていた。
また、同船は、汽笛を備えることを要しない船舶であったので汽笛を備えておらず、これに代わる、有効な音響信号を行う手段も有していなかった。
3 事実の経過
富士丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、空倉で船首0.9メートル船尾1.1メートルの喫水となったバージ富士の船尾凹部に船首をかん合し、全長約51メートルの押船列(以下「富士丸押船列」という。)を構成し、船首1.40メートル船尾2.56メートルの喫水をもって、平成15年12月27日10時15分愛知県河和漁港を発し、名古屋港に向かった。
ところで、河和漁港は、北防波堤と南防波堤とが北方に向かって「八」の字状に築造され、北西方に延びている南防波堤の先端に河和漁港南防波堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)が設置されており、同灯台から北西方約150メートルのところにカクダテと称される定置網が設置されていることから、出航船が南防波堤に沿って港内を北西進し、同防波堤の先端付近で右転して同定置網を避け、その後港口北側の左右に設定されている漁業区域に挟まれた航路筋を北上する状況であった。
A受審人は、発航直後に左回頭していたところ、南防波堤の北方で入港待機していた僚船第三富士丸から、港口の東方に漁船が存在している旨トランシーバーで連絡があったが、同船を十分に確認しないまま、機関を回転数毎分500の極微速力前進にかけ、3.0ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で港口に向かった。
10時21分少し過ぎA受審人は、南防波堤灯台から265度(真方位、以下同じ。)20メートルの地点で、針路を前示定置網の東側を向く355度に定め、機関を回転数毎分700として増速を開始したとき、孝和丸を右舷船尾82度520メートルに初認し、その後同船と衝突のおそれのある態勢で接近したが、そのころ定置網の東方約200メートルのところに入港待機している第三富士丸と定置網との間に向けて保針することに集中していた上、孝和丸は河和漁港に入港する漁船で自船の船尾をかわるものと思い、孝和丸に対する動静監視を十分に行わなかったので、この態勢に気付かず、警告信号を行わないまま進行した。
A受審人は、徐々に増速しながら定置網の東側を航過したものの、依然として動静監視不十分で、機関を使用して直ちに停止するなど、孝和丸との衝突を避けるための措置をとらずに北上中、10時23分わずか前右舷至近に孝和丸を認め、急ぎ機関を後進にかけたが効なく、10時23分南防波堤灯台から351度220メートルの地点において、富士丸押船列は、355度を向首し、5.0ノットの速力となったとき、バージ富士の右舷船首角部に孝和丸の左舷船首が後方から60度の角度で衝突した。
当時、天候は晴で風力4の北西風が吹き、潮候は下げ潮の初期で、視界は良好であった。
また、孝和丸は、B受審人が船長として及び家族1人が甲板員として乗り組み、船首0.05メートル船尾0.10メートルの喫水をもって、同日09時30分南防波堤灯台北西方約1,500メートルの新江川河口を発し、同灯台の東方約1海里に設置したのり養殖場に向かい、同養殖場に至ってのり網の手入れ等を行った後、10時18分同灯台から104度1,250メートルの地点を発して帰途に就いた。
B受審人は、甲板員を船首中央部に船尾方を向いて座らせ、合羽とそのフードを着用して左舷船尾に立ち、船首やや右方を向いて操船に当たり、10時21分南防波堤灯台から096度570メートルの地点で、針路を295度に定め、機関を半速力前進にかけ11.0ノットの速力として、手動操舵により進行した。
10時21分少し過ぎB受審人は、南防波堤灯台から093度500メートルの地点に達したとき、左舷船首22度520メートルに、南防波堤先端をかわった富士丸押船列を認め得る状況であったが、そのころ右舷船首方約450メートルのところで南西に向首しほぼ停留している第三富士丸の船首方をかわすことに気をとられ、左舷方の見張りを十分に行わなかったので、富士丸押船列の存在にも、その後同押船列と衝突のおそれのある態勢で接近することにも気付かず、有効な音響信号を行う手段を有しないまま注意喚起信号を行うことも、更に接近したとき、停止するなど、衝突を避けるための措置をとることもなく続航した。
B受審人は、10時23分わずか前左舷至近に迫った富士丸押船列にようやく気付き、機関のスロットルを緩めたものの効なく、孝和丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。
衝突の結果、富士丸押船列はほとんど損傷を生じなかったが、孝和丸は、横転して船底にバージ富士の錨が突き刺さり、右舷船首部船底に破口と左舷船尾外板に亀裂を生じ、甲板員が、顔面及び胸部に全治約10日間の挫傷を負った。
(本件発生に至る事由)
1 富士丸押船列
(1)A受審人が、第三富士丸船長から港外の漁船の存在について連絡を受けた際、同船を十分に確認しなかったこと
(2)A受審人が、孝和丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(3)A受審人が、孝和丸に対して警告信号を行わなかったこと
(4)A受審人が、衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 孝和丸
(1)B受審人が、左舷船尾に立ち船首やや右方を向いて操船に当たり、甲板員を船首部に船尾方を向いて座らせていたこと
(1)B受審人が、左舷方の見張りを十分に行っていなかったこと
(2)B受審人が、富士丸押船列に対して有効な音響による注意喚起信号を行わなかったこと
(3)B受審人が、衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
富士丸押船列は、事実認定のとおり、河和漁港を発航して北上中、動静監視が不十分であり、一方孝和丸は、定係地に向けて西行中、左舷方の見張りが不十分であった。
A受審人が、警告信号を行って孝和丸に自船の存在を知らしめていたなら、孝和丸が停止距離や旋回径の小さい小型船であり、衝突を避けるための措置をとって本件発生を避けることは容易であった。また、富士丸押船列が微速で進行していたので、機関を使用して停止するなど、衝突を避けるための措置をとっていたなら、本件発生を避けることが十分に可能であったと認められる。
したがって、A受審人が、動静監視を十分に行わなかったこと、警告信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
B受審人が、有効な音響による注意喚起信号を行っていたなら、前示のとおり富士丸押船列の衝突を避けるための措置によって本件発生を避けることが可能であったと認められ、また、同人が機関を使用して停止するなど、衝突を避けるための措置をとれば、本件発生は容易に回避できた。
したがって、B受審人が、左舷方の見張りを十分に行わなかったこと、有効な音響による注意喚起信号を行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは、本件発生の原因となる。
A受審人が第三富士丸船長から港外の漁船の存在について連絡を受けた際、同船を十分に確認しなかったことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から、得られた情報を確認して有効に利用することが望ましく、是正されるべき事項である。
B受審人が、船首やや右方を向いて操船に当たっていたこと及び甲板員を船尾方に向けて座らせていたことは、本件発生に至る過程で関与した事実であるが、本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら、海難防止の観点から、厳重な見張りの励行という意味において、甲板員にも見張りを行わせるよう、是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は、愛知県河和漁港沖合において、富士丸押船列が、同漁港を発航して北上中、右舷正横方に接近する孝和丸を視認した際、動静監視不十分で、警告信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったことと、定係地に向けて西行中の孝和丸が、見張り不十分で、有効な音響信号を行う手段を有しないまま注意喚起信号を行わず、衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、愛知県河和漁港沖合において、同漁港を発航して北上中、右舷正横方に接近する孝和丸を視認した場合、同船との衝突の有無を判断できるよう、同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、孝和丸が同漁港に入港する漁船で自船の船尾をかわるものと思い、同船に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により、警告信号を行わず、機関を使用して直ちに停止するなど、衝突を避けるための措置をとらずに進行して同船との衝突を招き、孝和丸の右舷船首部船底に破口と左舷船尾外板に亀裂を生じさせ、同船甲板員の顔面及び胸部に挫傷を負わせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は、愛知県河和漁港沖合において、定係地に向けて西行する場合、同漁港を発航する富士丸押船列を見落とすことのないよう、左舷方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、右舷船首に南西を向首してほぼ停留していた他船の船首をかわすことに気をとられ、左舷方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、富士丸押船列の存在に気付かず、有効な音響信号を行う手段を有しないまま注意喚起信号を行うことも、更に接近したとき、停止するなど、衝突を避けるための措置をとることもなく進行して同押船列との衝突を招き、前示のとおりの事態を招くに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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