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平成16年門審第24号
件名

漁船宝神丸浸水事件

事件区分
浸水事件
言渡年月日
平成16年7月13日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(寺戸和夫、千手末年、上田英夫)

理事官
大山繁樹

受審人
A 職名:宝神丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
船尾管軸封装置のスタッド、パッキン押え、締付ボルト及び非常用パッキンが脱落、ウェッジリング及びシールリングが船首側に移動、主機及び発電機などがぬれ損

原因
船尾管軸封装置の点検不十分

主文

 本件浸水は、海水潤滑式船尾管軸封装置の点検が不十分で、同装置のウェッジリング締付ボルトが緩んだまま主機の運転が続けられ、海水が機関室に流入したことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年7月22日17時50分
 山口県角島北方沖合
 
2 船舶の要目
船種船名 漁船宝神丸
総トン数 16トン
登録長 16.26メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 433キロワット
回転数 毎分1,900

3 事実の経過
 宝神丸は、昭和50年7月に進水したFRP製漁船で、平成7年5月に一級小型船舶操縦士の免許を取得したA受審人が、同年8月中古で購入したのち、周年いか釣り漁に従事し、主な漁場を山陰沖として島根県西部及び山口県北部や西部の港で水揚げを行い、午後発航して夕刻から操業を始め、翌早朝帰航する航海を繰り返しており、主機として、B社製のS6A3-MTK型と称するディーゼル機関を備え、主機の年間運転時間は、3,000ないし3,500時間であった。
 宝神丸は、操舵室の船尾側に乗組員居住区があり、同居住区の前部下方で機関室の後方上部にあたる場所に、集魚灯用の安定器室が設けられ同居住区から安定器室の下方にかけてプロペラ軸が伸びていた。
 船尾管の軸封装置(以下「軸封装置」という。)は、C社製のTSS型(商品名TWシールスタン)と称する海水潤滑式で、安定器室のほぼ真下あたりに位置する船尾管及びプロペラ軸に取付けられており、同装置の点検は、安定器室床板にある出入口蓋を開けて行うようになっていた。
 軸封装置は、ステンレス製のシールリングが、ウェッジリングによって軸径85ミリメートル(以下「ミリ」という。)のプロペラ軸に固定され、シールリングのセラミック部をしゅう動面として、船尾管に固定されたダイアフラムのシートリングとの接触面で海水を密封する端面シール構造となっており、ウェッジリングをプロペラ軸に固定するウェッジリング締付ボルト(以下「締付ボルト」という。)は6本で、同ボルトは、ねじの呼びM6ねじ部の長さ20ミリばね座金付きで、パッキン押えを保持している2本のスタッドボルト及びナット(以下「スタッド」という。)は、ねじの呼びM12全体の長さ約90ミリであった。
 また、軸封装置は、パッキンボックス内に3本のグランドパッキンを内蔵し、前示の端面シールが損傷した場合には、スタッドのナットを締め込んでパッキン押えを働かせ、同パッキンによって海水を密封することができた。なお、同装置への海水は、主機の逆転減速機用潤滑油冷却器の冷却海水出口側から供給されており、シール部から僅かに漏れて滴下した海水は、隔壁の下部に開けた小孔を経て、機関室のビルジ溜まりに溜まるようになっていた。
 ところで、機関室のビルジは、同室に設置されているビルジポンプで排出され、同ポンプは、通常自動運転にセットされてビルジ溜まりに一定の量が溜まると運転を開始し、吸入圧力が負圧になると自動停止するようになっていた。
 そしてA受審人は、発航から帰航までの間に一度は手動で運転を行い、ビルジ排出完了までのポンプ運転時間の長短によって、ビルジの溜まる量の多少を推測していた。
 A受審人は、宝神丸を購入後主機や軸封装置の開放整備及びプロペラ軸の抽出を実施したことはなく、機関関係に異状が発生すればその都度業者に修理を依頼しながら操業を繰り返していたところ、平成11年同装置のスタッド1本が脱落しているのを見付けたものの、漏洩などの異状がなかったことからそのまま同スタッドを復旧したが、その後機関室ビルジの量に顕著な増加傾向が見られなかったことから、同装置に不具合は生じていないものと思い、船舶検査のときなどに同装置の点検を十分に行わなかったので、やがて船体の動揺やプロペラ軸回転の振動によって、同スタッドがねじの摩耗で再び緩み始め、パッキン押えが動いてシールリングを叩くようになり、同時に締付ボルトも緩み始めたことに気付かないまま運航を続けていた。
 こうして宝神丸は、平成15年7月22日14時00分A受審人が単独で乗り組み、操業を目的として船首0.3メートル船尾1.6メートルの喫水で山口県湊漁港を発し、主機の回転数を毎分1,400に定め9.5ノットの対地速力で同県角島沖合の漁場に向けて航行し、同漁場に到着する少し前、軸封装置のスタッド全2本及びパッキン押え並びに締付ボルト5本更に非常用パッキン全3本が脱落し、ウェッジリング及びシールリングが船首側に移動して同装置のシール機能が失われ、海水が著しく漏洩し始めた。
 宝神丸は、17時30分漁場に至り、主機を停止回転として操業の準備作業に着手していたとき、操舵室で充電用発電機の警報ランプが点滅し、同室に居たA受審人は、ランプの点滅に気付いて機関室に急行したところ、17時50分角島北方沖合の北緯34度40分東経130度39分の地点において、大量の海水で機関室が浸水しているのを認めた。
 当時、天候は晴で風力1の南風が吹き、海上は穏やかであった。
 その結果、宝神丸は、主機及び発電機などがぬれ損したことから操業を中止して救助を求め、20時50分来援した巡視船及び巡視艇の乗組員の助力を得て処置にあたり、脱落していた各部品を回収して仮復旧を行い、その後、巡視艇や僚船に引かれ、翌23日04時30分山口県仙崎漁港に引き付けられた。 

(原因の考察)
 本件は、軸封装置から大量の海水が漏洩して機関室に流入し、同室が浸水して主機や発電機がぬれ損したもので、その原因について考察する。
(1)軸封装置の点検
 本件発生時、スタッド全2本及び締付ボルト全6本中5本がそれぞれ緩んで脱落していたが、スタッドのナットはダブルナットで、締付ボルトはばね座金付であった。このことから緩んだスタッド及び締付ボルトは、短時間にそのすべてが緩んで脱落したとは考えられず、かなり長期にわたって各1本ずつ緩み始め、やがてそれぞれ別個に脱落したと考えるのが妥当である。
 同装置の構造上、締付ボルトが1本ないし2本緩んで脱落しても、シールリングが移動しなければ海水のシール機能は維持され、また過去にスタッド1本が脱落した際には漏洩はなく、締付ボルトが1本になるまでの長い間、ウェッジリングの楔効果が有効であったことやシールリング内側のOリングによって、シールリングの移動が押えられていたと思われる。
 従って、船舶の検査時や船底掃除の上架時などを活用し、一定期間内に同装置の点検が十分に行われていなかったことは、本件発生の原因となる。
(2)軸封装置の開放整備
 同装置の取扱説明書によれば、ダイアフラムとシートリングの一体及びシールリングは、稼働4年間を基準に交換するよう記載されていたものの、宝神丸は、少なくとも8年間は何の措置も講じられていなかった。
 しかしながら、同書に記載されている交換基準の対象は、端面シール構造の部分であり、同装置が正常な組立状態のもとでも経年劣化でシール機能が低下することを考慮して記載されていると考えられ、本件のようにスタッドや締付ボルトが脱落してシールリングが移動するような事態を予測して同部分の定期的な交換を推奨しているものではない。
 従って、同整備が4年毎に行われていれば、そのときスタッドや締付ボルトの僅かな緩みに気付き得た可能性はあるものの、同整備が十分に行われていなかったことをもって、本件発生の原因とするまでもない。
(3)機関室のビルジポンプ
 A受審人は、同人に対する質問調書中、「通常、同ポンプを自動運転としているとき、3ないし4時間毎に約1ないし2分間運転となっていた。本件後、ビルジ高位による同ポンプ自動始動用制御電路が断線していることが分かった。同断線がいつごろ生じたのか分からない。本件前、同ポンプが自動停止せずいつまでも連続運転になっていたかどうか分からない。」旨を供述している。
 一方、同人は、平素午後の発航から翌朝の帰航までの間、一度は同ポンプを手動運転し、運転時間の長短でビルジの量を推定しており本件前日も同様である。
 このことは、本件直前まで軸封装置からの海水漏洩に異状がなかったことを示すもので、シール機能が失われたのち、短時間に主機駆動の充電用発電機設置位置まで機関室の浸水が及んだと推測されるから、同ポンプの自動始動機能が正常で、ビルジ高位信号によって同ポンプが始動したとしても、同人がポンプの長時間連続運転に必ず気付いたとは断定できない。
 従って、本件時、同ポンプの自動始動機能が作動しなかったことは、本件発生の原因とするまでもない。
 
(原 因)
 本件浸水は、主機の保守及び運転管理にあたり、船尾管軸封装置の点検が不十分で、同装置のウェッジリング締付ボルトが緩む状態のまま主機の運転が続けられ、操業準備中、同ボルトのほとんどが脱落し、海水が機関室に流入したことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、主機の保守及び運転管理にあたる場合、船尾管周りは船体の振動が大きいところであるから、船尾管軸封装置の各ボルトなどの緩みの有無が分かるよう、船舶検査のときなどに同装置の点検を十分に行っておくべき注意義務があった。ところが、同人は、機関室ビルジの量に顕著な増加傾向がなかったことから、同装置に不具合は生じていないだろうと思い、同装置の点検を十分に行っていなかった職務上の過失により、プロペラ軸にシールリングを固定するウェッジリングの締付ボルト全6本が徐々に緩み始めていることに気付かないまま、長期間主機の運転を続け、操業準備中、同ボルトのほとんどが脱落して同装置のシール機能が失われる事態を招き、海水が機関室に流入して同室の主機及び主機直結駆動の発電機などがぬれ損するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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