(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年2月6日22時35分
山口県青海島東岸沖
2 船舶の要目
船種船名 |
貨物船第十東光丸 |
船籍港 |
広島県呉市 |
総トン数 |
199トン |
全長 |
49.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
3 事実の経過
第十東光丸(以下「東光丸」という。)は、パルプ製造時に生じるリグニンスルホン酸ナトリウム塩水溶液・水酸化マグネシウムを広島県岩国港あるいは島根県江津港で積み、主として大阪港あるいは名古屋港で揚げる運航に従事する船尾船橋型の鋼製貨物船で、平成16年1月20日から休暇下船して同年2月6日に関門港小倉区で乗船したA受審人ほか3人が乗り組み、荷積みの目的で空倉のまま、船首1.8メートル船尾2.8メートルの喫水をもって、同日17時00分法定灯火を表示して同区を発し、江津港に向かった。
ところで、A受審人は、船橋当直を一等航海士と2人で単独の6時間交替とし、入出港時、狭水道通航時、視界制限時及び必要に応じて昇橋し、自ら操船指揮を執っていた。
A受審人は、出航操船に引き続き六連島沖まで当直に就き、18時ころ一等航海士と交替して自室で休息していたところ、北西の風が強まって海上が時化模様となり、船体動揺が激しくなったことから、20時30分ころ山口県角島の北方3海里付近に至ったころ昇橋し、最寄りの避泊地に荒天避難することに決め、一等航海士と当直を交代して操船に当たり、同県青海島の南側にあって東方に開口している仙崎湾に避泊することとし、単独の船橋当直に就いて川尻岬沖に向かった。
ところで、青海島東岸沖には、通定置漁業組合が山口県知事から受けた定置漁業免許状による免許番号定第5号定置漁業の区域(以下「定置網漁業区域」という。)が、潮場ノ鼻灯台から145度(真方位、以下同じ。)1,400メートルの地点を基点として、同点からそれぞれ180度130メートルの(イ)点、087.5度1,030メートルの(ロ)点、061度1,010メートルの(ハ)点の各点を順に結んで基点に戻る線によって囲まれる水域に設定されており、毎年9月1日から翌年7月31日までの間、同水域内の東部に北北西方から南南東方に長さ約410メートル幅85メートルの本網が、また、同網にほぼ直角にその中央部やや南寄りのところから基点に向かって長さ約800メートルの道網が、さらに、基点、(ロ)点及び(ハ)点付近に、灯色が黄、灯質が4秒1閃光及び光達距離が4海里の標識灯がそれぞれ設置され、このことは本州北西岸水路誌及び特殊図の漁具定置箇所一覧図に記載されており、夜間、同島東岸沖を航行する船舶は、同標識灯の灯光を陸側に見て航行する必要があった。
21時09分A受審人は、長門川尻岬灯台から331度1,670メートルの地点で、針路を092度に定め、機関を全速力前進にかけ、11.3ノットの速力(対地速力、以下同じ。)で、操舵室中央の舵輪の後ろに立ち、左舷側に隣接して設置されたレーダーを1.5海里レンジとし、1海里のオフセンターとして前方2.5海里まで監視しながら、手動操舵によって進行した。
A受審人は、青海島北岸沖を東行しているとき、同島の沿岸を航行して仙崎湾に入航することになるから、沿岸域の漁具等の設置状況や同湾付近の水路状況が気になり、プレジャーボート・小型船用港湾案内を調べたところ、詳しくは記載されておらず、また、東光丸が本州北西岸水路誌も漁具定置箇所一覧図も備えていなかったので、同島東岸沖に定置網が設置されているかどうかが分からなかったものの、15年ほど前に航海士で乗船していたときに同湾に荒天避難した経験があり、そのときには同島東岸の沿岸寄り沖合には航行の支障となる障害物が存在しなかったことから、現在も変わっていないものと思い、仙崎湾への入航進路とその付近の障害物について、最寄りの海上保安部等の関係機関に問い合わせるなり、この付近をよく航行している僚船に電話で聞くなどして水路調査を十分に行うことなく、定置網が設置されていることを知らないまま、同湾に入航するための転針予定地点とした青海島北東端沖に向けて続航した。
22時26分A受審人は、潮場ノ鼻灯台から002度930メートルの転針予定地点に達したとき、針路を137度に転じ、折から昇橋した機関長を右舷側の機関操縦盤の後ろに立たせて見張りの補助に当たらせ、同じ速力で進行した。
22時29分A受審人は、潮場ノ鼻灯台から080度760メートルの地点に至り、正船首わずか左に黄色の点滅灯1灯の灯光を初めて認めて機関を半速力前進に減じたとき、正船首方約1,200メートルのところに定置網があって、同灯光が定置網設置区域の北東端を表示する標識灯の明かりであったものの、そのことを知らず、このまま進行すると、同区域に乗り入れるおそれがあったが、水路調査を十分に行っていなかったので、同区域の存在に気付かず、同灯光を左舷側に見ながら航行すれば、同島から離れて安全に航行できるものと考えながら、同じ針路のまま、7.6ノットの速力で進行した。
22時33分半少し過ぎA受審人は、潮場ノ鼻灯台から113.5度1,630メートルの地点に差し掛かったとき、針路を大島北端に向く185度に転じ、前示標識灯の明かりを左舷側に見ながら、同じ速力で続航中、22時35分潮場ノ鼻灯台から123度1,740メートルの地点において、原針路、原速力のまま、定置網設置区域に乗り入れて道網を乗り切った。
当時、天候は曇で風力6の北西風が吹き、潮候は上げ潮の末期であった。
A受審人は、道網を乗り切った際に衝撃を感じたが、流木に当たったと思ってそのまま続航し、23時00分山口県千貫瀬鼻から072度1,670メートルの地点に投錨して避泊し、翌々日の8日04時00分抜錨して江津港に向かったが、同港が時化のため入港禁止で、凪待ちのため浜田港に入港した際に、仙崎湾からの航行中に機関の排気温度が高いのでおかしいと思って調査した結果、プロペラ及びプロペラ軸に網が絡みついているのを発見し、会社と仙崎海上保安部に通報して事後の措置に当たった。
その結果、東光丸は、左舷船首部に擦過傷を生じただけであったが、定置網は、本網の側張りロープ及び障子部のワイヤの各一部切断、道網の破網450メートル及び側張りロープの一部切断、並びに土俵の移動等、復旧に約2週間を要する損傷を生じた。
(原因)
本件定置網損傷は、夜間、山口県青海島東岸沖において、荒天避難の目的で南下する際、水路調査が不十分で、定置網設置区域に向首進行したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、夜間、山口県青海島東岸沖において、同県仙崎湾に荒天避難する目的で南下する場合、定置網設置区域に乗り入れないよう、仙崎湾への入航進路とその付近の障害物について、関係機関等に問い合わせるなどして水路調査を十分に行うべき注意義務があった。ところが、同人は、15年ほど前に航海士で乗船していたときに仙崎湾に荒天避難した経験があり、そのときには青海島東岸の沿岸寄り沖合に航行の支障となる障害物が存在しなかったことから、現在も変わっていないものと思い、水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により、青海島東岸沖に定置網が設置されていることを知らずに進行して同区域に乗り入れ、定置網の道網を乗り切り、東光丸の左舷船首部に擦過傷を、定置網の道網に破網等の損傷をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。