(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年1月16日06時00分
沖縄県慶佐次漁港南東方沖合
(北緯26度29.5分 東経128度25.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船エリ丸 |
総トン数 |
7.82トン |
登録長 |
11.40メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
202キロワット |
(2)設備及び性能等
ア エリ丸
エリ丸は、昭和54年10月に進水し、主にそでいか旗流し漁業に従事するFRP製漁船で、船体中央部から船尾方にかけての甲板下に機関室を備え、同室上部の甲板上に、船首方から順に機関室前部ケーシング、船員室及び操舵室をそれぞれ備えていた。
イ 機関室機器配置等
機関室は、長さ約3.0メートル幅約1.8メートル高さ約1.7メートルで、そのほぼ中央に、主機としてB社が製造したUM08MA1M型と称する、前部左舷側に主機直結の冷却海水ポンプ(以下「冷却海水ポンプ」という。)が設けられた4サイクル8シリンダV型ディーゼル機関を装備し、主機動力取出軸に取り付けた外径180ミリメートルのVプーリによりベルト駆動できるよう、同軸右舷方に操舵機油圧ポンプを、同ポンプの下方に電圧24ボルトの直流発電機をそれぞれ備えていたほか、船底から101センチメートル(以下「センチ」という。)上方に位置する同室前部隔壁の壁面に、幅30センチの蓄電池格納棚を船横方に設け、同棚に主機始動用兼船内電源用の蓄電池2個を格納し、同室後部のほぼ中央に電動式ビルジポンプなどを備えていた。
機関室の出入口は、同室前部ケーシング頂面の前部左舷寄りに縦38センチ横56センチの出入口ハッチ(以下「船首側ハッチ」という。)と、船員室床面に杉板3枚をかぶせた80センチ四方の出入口ハッチ(以下「船尾側ハッチ」という。)があり、両ハッチには常設の昇降用はしごが取り付けられていなかった。
そして、船首側ハッチから機関室前部に入室する際には、船首甲板上に格納されている鉄製の昇降用はしごを同ハッチから入れて入室するようになっていた。
ウ 機関室前部の空所等
機関室前部は、高さ30センチ幅19センチの主機据付台が船体中央線から約35センチ右舷方及び左舷方にそれぞれ位置する船底に、同室前部隔壁から船尾方に向けて据え付けられ、船底から60センチ上方に位置する主機動力取出軸の軸端と、船底から90センチ上方までの部分が同室側に約30センチ突出した構造を有する同室前部隔壁の壁面との距離が約50センチで、また、同取出軸から約30センチ上方に設けられた縦25センチ横50センチ高さ30センチの主機冷却清水タンクと、蓄電池格納棚の船尾側縁との距離が52センチであった。
主機架構の右舷方及び左舷方は、外板付燃料油タンクが右舷側及び左舷側にそれぞれ備えられていることや、V型に配列された主機シリンダヘッド列が右舷方及び左舷方に傾斜していることなどから十分な空所がなく、船首尾方への移動がやや困難な状態であったので、船尾管軸封装置、逆転減速機、主機オイルパンの油量及び機関室ビルジ量などの点検を行う際には、船員室床面の杉板を取り外して船尾側ハッチから機関室後部に入室し、また、冷却海水ポンプ、操舵機油圧ポンプ及び直流発電機の点検並びに冷却海水ポンプ用船底弁の開閉操作などを行う際には、船首側ハッチから同室前部に入室するようになっていた。
そして、機関室前部の照明は、同室天井の前部及び中央部に電球が各1個設けられていて、冷却海水ポンプ、操舵機油圧ポンプ及び直流発電機の点検などができる明るさを有していた。
しかしながら、操舵機油圧ポンプ及び直流発電機の各駆動用Vベルトなどの回転部には、保護カバーが取り付けられていなかったので、主機運転中、機関室前部に入室して冷却海水ポンプなどを点検する際には、身体及び着用している衣服などが同回転部に接触して巻き込まれることがないよう十分に注意しなければならなかった。
3 事実の経過
エリ丸は、A受審人ほか1人が乗り組み、操業の目的で、船首尾とも0.8メートルの等喫水をもって、平成16年1月16日03時30分慶佐次漁港を発し、主機を全速力にかけて同港南東方沖合にあるパヤオに向かった。
05時50分パヤオに到着したA受審人は、船尾側ハッチから機関室ビルジだめをのぞき、平素よりも同室ビルジ量が増加しているのを認め、船尾管軸封装置からの漏水を疑って、操舵室で主機を停止したうえで同装置を点検したものの、異常を認めなかった。
そこで、A受審人は、過去に冷却海水ポンプ吐出側のゴムホースに亀裂が生じて機関室ビルジ量が増加したことがあったので、同ポンプの漏水箇所、漏水状況を点検するため、05時55分操舵室で主機を再始動した。
そして、A受審人は、操舵室にいた甲板員に冷却海水ポンプの点検を行うことを告げないまま、スリッパを履き、帽子及び手袋を着用せず、長袖の作業服及び作業ズボンを着用して機関室前部に入室することとしたが、同点検は短時間で終わるから大丈夫と思い、着用していた同服を脱いだり、同服の全てのスナップ式ボタン(以下「ボタン」という。)を確実に留めたうえで、そのすそを同ズボンの中に入れるなどして、Vベルトなどの回転部への衣服の巻き込み防止措置を十分にとることなく、作業服下方のボタン3個を軽く留めただけの状態で、船首側ハッチに昇降用はしごを入れた。
機関室前部の船底に降りたA受審人は、身体を左舷方に向け、腰を少し落とした前かがみの姿勢で、冷却海水ポンプ吐出側のゴムホース及びホースバンドなどの点検を終えて立ち上がろうとしたとき、作業服下方のボタンが外れ、06時00分瀬嵩埼灯台から真方位161度15.8海里の地点において、同服の左すそが操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトに巻き込まれ、次いで左足なども同Vベルトに巻き込まれた。
当時、天候は晴で風力3の南東風が吹き、海上は穏やかであった。
操舵室にいた甲板員は、A受審人の叫び声を聞いて船首側ハッチをのぞき込み、同人が操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトに巻き込まれているのを認め、操舵室に急行して主機を停止し、機関室前部から同人を引き上げようと努めたものの、同ハッチが狭く、1人ではこれができず、無線で海上保安庁に救助を要請した。
A受審人は、来援した巡視艇の海上保安官によって救出されたのち、ヘリコプターにより沖縄県立北部病院に搬送された。
その結果、A受審人は、右肩峰骨折、左大腿骨頚部外側骨折並びに左二、三、四及び五肋骨骨折等の重傷を負った。
(本件発生に至る事由)
1 操舵機油圧ポンプ及び直流発電機の各駆動用Vベルトなどの回転部に保護カバーが取り付けられていなかったこと
2 冷却海水ポンプを点検するために主機を再始動したこと
3 主機運転中に機関室前部に入室する際、Vベルトなどの回転部への衣服の巻き込み防止措置をとっていなかったこと
(原因の考察)
本件乗組員負傷は、操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトに作業服のすそが巻き込まれたことによって発生したものである。
A受審人が、主機運転中、冷却海水ポンプを点検する目的で機関室前部に入室する際、操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトなどの回転部に対して、その危険性を十分に認識していたのであるから、同回転部に接触することのないよう、作業服を脱いだり、同服のボタンを確実に留めたうえで、そのすそを作業ズボンの中に入れるなどして、同回転部への衣服の巻き込み防止措置をとっていれば防止できたもので、同人が、同措置をとらないまま同ポンプの点検を行ったことは、本件発生の原因となる。
しかし、本件は、操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトなどの回転部に保護カバーが取り付けられていたならば作業服のすそがVベルトに巻き込まれることを防止でき得たものと考えられ、同カバーの取付け不備など設備上の問題点は、当該漁船の機関室前部の構造などの制約があるものの、同種海難の再発防止の観点から是正されるべき事項である。
A受審人が、冷却海水ポンプを点検する目的で機関室前部に入室する際、主機を再始動したことは、同室前部が狭隘な空所で、操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトなどの回転部の危険性を十分に認識していたものの、同ポンプの漏水箇所、漏水状況を点検するためであったことから、強いて原因とするまでもない。
(海難の原因)
本件乗組員負傷は、沖縄県慶佐次漁港南東方沖合の漁場において、主機運転中、冷却海水ポンプを点検する目的で機関室前部に入室する際、Vベルトなどの回転部への衣服の巻き込み防止措置が不十分で、同ポンプの点検中に作業服のすそが操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトに巻き込まれたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は、冷却海水ポンプを点検する目的で機関室前部に入室する場合、主機が運転中であったから、着用していた作業服のすそが操舵機油圧ポンプ駆動用Vベルトなどの回転部に接触することのないよう、同服を脱いだり、同服の全てのボタンを確実に留めたうえで、そのすそを作業ズボンの中に入れるなどして、同回転部への衣服の巻き込み防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら、同人は、同点検は短時間で終わるから大丈夫と思い、同回転部への衣服の巻き込み防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により、冷却海水ポンプの点検を終えて立ち上がろうとしたとき、作業服下方のボタンが外れ、その左すそが同Vベルトに巻き込まれる事態を招き、右肩峰骨折、左大腿骨頚部外側骨折並びに左二、三、四及び五肋骨骨折等の重傷を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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