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 海難審判庁採決録 >  2004年度(平成16年) > 死傷事件一覧 >  事件





平成15年那審第50号
件名

旅客船ラ・トルチェ潜水者死亡事件
第二審請求者〔受審人 A〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年8月31日

審判庁区分
門司地方海難審判庁那覇支部(杉崎忠志、小須田 敏、加藤昌平)

理事官
熊谷孝徳

受審人
A 職名:ラ・トルチェ船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
潜水者が溺死

原因
荒天下(強風、波浪注意報発表中)ダイビングツアーを中止しなかったこと

主文

 本件潜水者死亡は、強風、波浪注意報が発表されている状況下、ダイビングポイントに向け航行中、寒冷前線の通過が気象予報よりも早くなったのを認めた際、ダイビングツアーを中止しなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年1月3日10時55分
 沖縄県伊良部島西方沖
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船ラ・トルチェ
総トン数 10トン
全長 16.50メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 506キロワット

3 事実の経過
(1)ラ・トルチェ
 ラ・トルチェは、平成5年4月に進水した、2機2軸の推進装置を有する、最大とう載人員24人のボートスキューバダイビング(以下「ダイビング」という。)ツアーに従事するFRP製旅客船で、甲板下には、船首方から順に船首格納庫、客室、機関室、船尾格納庫及び舵機庫などを配置し、船体を濃いピンク色に塗装していた。
 また、甲板上には、船首端から5.10メートルの位置に操舵室を配置し、同室後部に便所などが設けられたエントランス、次いで船尾方に長さ1.15メートル幅1.20メートルのスロープ(以下「スロープ部」という。)を有する船尾甲板をそれぞれ設けていた。
ア 操舵室等
 操舵室は、長さ2.40メートル幅2.0メートル高さ1.55メートルで、同室前部の右舷側に、主機遠隔操縦装置、操舵輪、コンパス、GPSなどの操船機器類を備えていた。また、同室上部には、同操縦装置、操舵輪及び操縦席などが備えられたフライングブリッジを配置し、同ブリッジから操船できるようになっていた。
 しかし、フライングブリッジの操縦席から船尾方への見通しは、船尾甲板前部の上方に張られたオーニングが視界を遮って船尾端が見えなかったうえ、両舷船尾端から約0.9メートルの左右舷方の海面及び船尾端中央部から約5.7メートル後方の海面がそれぞれ死角となっていた。
イ スロープ部
 スロープ部は、船尾方に向かって緩やかに傾斜しており、同部の両舷端に長さ1.15メートル幅0.55メートルの潜水者昇降用階段、続いて両階段の船尾端に幅約0.5メートルのはね上げ式潜水者昇降用タラップ(以下「タラップ」という。)を設けていた。
ウ プロペラ及び舵板の取付け位置
 両プロペラは、直径0.7メートルで、スロープ部の船尾端から船首方に約3メートル、船体中央線から両舷に0.72メートル、船底外板から下方に0.50メートルの位置にそれぞれ取り付けられていた。
 両舵板は、高さ0.60メートル上部幅0.42メートル下部幅0.31メートルで、スロープ部の船尾端から船首方に約2.5メートル、船体中央線から両舷に0.82メートルの位置にそれぞれ取り付けられていた。
(2)受審人A
 A受審人は、平成3年5月に一級小型船舶操縦士の免許を取得したのち、同4年4月B会社(以下「B」という。)の設立に参加し、同5年5月からラ・トルチェに船長として乗り組み、沖縄県平良港を基地として、同県の伊良部島及び下地島周辺でのダイビングツアーに参加する潜水者の搬送などの業務に従事していた。
 そして、A受審人は、潜水者をダイビングポイントに搬送するに当たり、テレビ放送、インターネット及び電話などにより気象情報を入手し、波高4メートル以上及び風力毎秒15メートル以上であれば出港を中止するようにしており、また、出港する際には、ダイビングを終えて疲労した潜水者の揚収を安全、確実に行うことができるよう、南寄りの風向及び波浪の場合には、下地島北方の同ポイントに、北寄りの場合には、同島南方の同ポイントに潜水者を搬送するようにしていた。
 ところで、Bは、主にダイビングツアー及びダイビング器具の販売などを営業目的とし、資本金が500万円で、本店を沖縄県平良市に置き、ダイビングインストラクター(以下「インストラクター」という。)2人を擁し、船舶所有者である代表取締役Cからラ・トルチェを傭船し、これを運航していた。
(3)平成15年1月3日ダイビングツアーに参加した潜水客
ア 潜水者D
 D潜水者は、熊本県熊本市に在住する身長169センチメートル(以下「センチ」という。)、体重約70キログラムの48歳の会社員で、これまでの潜水回数が245本に達し、そのうち200本以上が宮古島周辺での潜水回数であり、7、8年前からBの潜水客であった。
 平成14年12月下旬D潜水者は、Bのダイビングツアーに参加するに当たり、同ツアー申込書に、過去に頭部に損傷を受けたことも、てんかん、心臓障害、狭心症、高血圧及び貧血症などの病歴もないこと、及び常用している薬がないこと、並びに同月30日から翌15年1月4日までの予定などをそれぞれ記入し、また、同ツアーに参加中は、体調の悪い時は事前に連絡すること、船長及びインストラクターの指示に従うこと、気象などの悪化で同ツアーを中止、変更することがあることなどを承諾していた。
イ 潜水者E
 E潜水者は、40歳のF官(医官)で、整形外科を専門としており、昭和56年7月からダイビングを始め、インストラクタートレーナーの資格を有し、潜水回数が1,000本を超えており、そのうち600本以上が宮古島周辺での潜水回数で、Bのなじみの潜水客であった。また、D潜水者とは、バディを組み合うなど潜水者仲間でもあった。
ウ 女性潜水者
 女性潜水者は、28歳の医師で、これまでの潜水回数が47本で、宮古島周辺でのダイビング経験はなかった。
(4)気象情報
 平成15年1月3日09時の地上天気図によれば、九州の南岸には、1,020へクトパスカルの発達中の低気圧があり、15ノットの速度で東進しており、同低気圧から南西に伸びる寒冷前線が伊良部島北西方にあって、同島付近では、風向が南方から北方に回り、同前線の通過に伴って北寄りの風が強まる状況であった。
 また、同日04時35分宮古島地方気象台は、宮古島地方に対し、強風、波浪注意報を発表していた。
(5)本件発生に至る経緯
 ラ・トルチェは、A受審人ほかインストラクター1人が乗り組み、ダイビングツアーに参加した潜水者3人を乗せ、ダイビングを行う目的で、船首0.6メートル船尾1,2メートルの喫水をもって、平成15年1月3日09時30分少し前平良港下里船だまりを発し、伊良部島北西端から西方約400メートルに位置する干出さんご礁帯北方沖にある、通称クロスホールと呼ばれる、入口及び出口の各水深が約26メートル及び約8メートルの海底洞窟のダイビングポイントに向かった。
 出港に先立ち、A受審人は、宮古島地方に対して強風、波浪注意報が発表されていること、及び06時30分ごろテレビ放送の気象予報で、同島付近では、寒冷前線の通過により昼前ごろから風向が南方から北寄りに変化し、風力が強まって波高が約4メートルに高まることを知っていた。
 A受審人は、伊良部島東岸に沿って北上中、沖縄県佐良浜漁港沖を航過した09時45分ごろ風向が南方から西方寄りに回り始めるとともに、雲の変化などから寒冷前線の通過が気象予報よりも早くなったのを認め、予定していた約40分間のダイビングツアーを終えるころには北寄りの増勢した波浪により船体が激しく動揺して潜水者の揚収が困難となるおそれがあることから、直ちに機関の回転数を減じ、クラッチを中立としてラ・トルチェを止め、同ツアーを中止することとしたが、なじみの潜水客であったD及びE両潜水者が同ツアーの中止に強く反対したこともあり、また、これまで荒天下でも潜水者を揚収することができたので大丈夫と思い、同ツアーを中止することなく、予定していたダイビングポイントに向け航行を再開した。
 そして、ラ・トルチェは、10時00分下地島空港管制塔から010.5度(真方位、以下同じ。)4,390メートルの地点に至り、伊良部島北西端から西方に拡延する干出さんご礁帯の約50メートル北方沖の、水深約5メートルの岩礁に予め設置された、直径20ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ約2メートルのロープの先端に取り付けた水中ブイに、船首から延出した直径22ミリのロープを連結し、機関を停止して係留し終え、マスク、ウェットスーツ、ベスト式浮力調整器(以下「B.C」という。)、レギュレータ、エアボンベ、フィン、ダイビンググローブ、ウエイトベルト、ダイビングブーツ及びダイビングコンピュータなどのダイビング器具を着用・装着したインストラクター及び潜水者3人が、同時05分海中に入り、クロスホールの入口に向かった。
 ラ・トルチェに残ったA受審人は、10時20分ごろから風向が更に北方に変化し、北寄りの波浪も次第に増勢して船体の動揺が激しくなったものの、ハンドレールを叩くなどしてインストラクターに浮上を促すこともせず、船首を北方に向けて係留を続け、同時40分過ぎ左舷正横から約10メートルの海面にインストラクター及び潜水者3人の気泡を認め、そろそろ浮上してくると思っているうち、同時43分ごろ水中ブイのロープを固定していた岩礁が激しく船体動揺を繰り返していたラ・トルチェの係留索に引っ張られて破壊され、このためラ・トルチェが風下の干出さんご礁帯に向けて流れ出したので、機関を始動して北方沖に向け移動したのち、左舵を取って船首を南方に向け、同時47分インストラクター及び潜水者3人が順に右舷船首から30度50メートルばかりの海面に浮上したのを認め、更に左舵を取って船尾部を遊泳しているインストラクターに向けた。
 一方、海面に浮上したインストラクター及び潜水者3人は、ラ・トルチェから約30メートル離れた位置にインストラクターを先頭として、更にその後方約5メートルにE潜水者を頂点とする、一辺が約2メートルの三角形の隊形で、北寄りの波高4メートルばかりに高起した波浪の影響を受けて船尾を激しく上下、左右に動揺させているラ・トルチェに向けて遊泳しているうち、左方に回頭して船首を東北東方に向けながら風下方に圧流されてきたラ・トルチェの右舷側タラップにインストラクターが取り付き、次いで右舷側後方の船体に取り付いたE潜水者が、打ち寄せる激しい波浪にほんろうされながら左舷側タラップにたどり着き、先に上がり終えたインストラクターの支援を受けながら同タラップを上がった。
 また、右舷側タラップにたどり着いた女性潜水者は、波浪にほんろうされるままとなり、1人では上がることができず、インストラクター及びE潜水者によって同タラップから引き上げられた。
 こうして、E潜水者の左後方から元気に遊泳しながらラ・トルチェに近づいていたD潜水者は、女性潜水者が船上に引き上げられる状況を見守っていたところ、突然、波浪などの影響を受けて激しく動揺しながら急接近してくるラ・トルチェの右舷側後部船底を認め、船体と接触の危険を感じ、潜水して水中に避難しようとB.Cの空気を排出しているうち、頭部及び顔面などが激しく動揺を繰り返していた同船底と接触し、このときマスク及びレギュレータが損傷したこともあって、エアボンベの空気を吸引することができない事態となり、精神的動揺をきたして血圧が著しく上昇するかして、くも膜下出血を発症し、多量の海水を吸い込み、10時55分下地島空港管制塔から010度4,370メートルの地点において、南東方に向首したラ・トルチェのフライングブリッジの操縦席にいたA受審人が、右舷舷側から約7メートルの海面に、マスクが外れた顔面から出血しながら浮上してくるD潜水者を発見した。
 当時、天候は曇で風力6の北風が吹き、海上には高起した波高約4メートルの北寄りの波浪があり、潮候は下げ潮の中央期であった。
 A受審人は、D潜水者の異常を認め、船尾甲板にいたインストラクターに同潜水者の救助を指示し、船上に引き上げられた同潜水者に対し、医師のE潜水者及び女性潜水者が心肺蘇生術などの救急救命措置を行いながら平良港下里船だまりに急行した。
 D潜水者は、待機していた救急車で県立宮古病院に搬送されたが、12時30分死亡が確認され、溺死と検案された。また、同潜水者は、右側頭部に長さ4.5センチ幅0.7センチ、及び右眼窩部に長さ5.8センチ幅0.8センチの各裂傷などを負い、大脳の左半球にくも膜下出血を発症していたほか、着用していたB.Cの背中上部に長さ約5ミリの裂け目が、使用していたエアボンベにラ・トルチェの船底部に塗装されていたピンク色の塗膜片の付着が、レギュレータのセカンドステージ及び残圧計の各ゴムホースの欠損がそれぞれ生じていることが判明した。

(主張に対する判断)
 本件は、沖縄県伊良部島西方の干出さんご礁帯の北方沖において、荒天下で潜水者の揚収中、潜水者が死亡したもので、その死因が溺死と検案された。
 しかし、死亡した潜水者は、右側頭部及び顔右眼窩部に裂傷などを負っていたほか、大脳の左半球に限極的なくも膜下出血を発症し、着用・装着していたレギュレータのセカンドステージ及びマスクなどを損傷していた。
1 くも膜下出血を発症した時期
 補佐人は、D潜水者は、ほかの潜水者とともに潜水を終えて浮上し、ラ・トルチェに向け遊泳中、建設会社での年末までの勤務、続いて宮古島周辺での潜水の繰り返しによって蓄積された疲労から血圧の上昇を招き、くも膜下出血を発症し、突発的な意識障害などにおそわれてとっさに乗船は無理と判断し、B.Cの空気を排出して潜水したものと主張するので、この点について検討する。
(1)D潜水者の遊泳模様
 浮上して遊泳を開始するまで、D潜水者が着用していたB.Cに異常がなく、Gインストラクターを先頭として、その後方約5メートルにE潜水者を頂点とする、一辺が約2メートルの三角形の隊形でラ・トルチェに向かい、D潜水者はE潜水者の左後方約2メートルの位置で遊泳していた。
(2)浮上後、D潜水者が水中に避難しようとした点
 風力6の北風が吹き、海上には高起した波高約4メートルの北寄りの波浪がある状況下で、ラ・トルチェは上下等に激しく動揺していたこと、潜水者3人は、高起した波浪で海中に没し、再び海面に顔を出したとき、約5メートル前方にいたラ・トルチェが潜水者3人の目の前に迫っていたほど短時間のうちに圧流される状況であったこと、荒天下で浮上する際、D潜水者は水面を移動するよりも海底を移動する方が楽で危険性が少ないと認識していたこと、及び同潜水者が着用していたダイビングコンピュータに再潜水したことが記録されていることなどから、同潜水者は、女性潜水者が船に引き上げられる状況を見守っていたところ、突然、波浪などにより急接近してくるラ・トルチェの右舷側後部船底を認めて船体と接触の危険を感じ、潜水して水中に避難しようとB.Cの空気を排出したものと判断される。
 しかしながら、D潜水者が浮上し、隊形を組んでラ・トルチェに向かって遊泳してから同潜水者の異常を発見する間、誰も同潜水者を見ていなかった。
(3)D潜水者の体調
 D潜水者は、1月2日の夜は遅くならないよう健康管理に気を付け、酒もあまり飲んでいなかったこと、翌3日ダイビング中、誰も同潜水者の行動や体調に異常を認めていないこと、及びインストラクターがラ・トルチェに接近中、隊形を保って遊泳している同潜水者を視認していることなどから、同潜水者は体調に異常がなかったと考えられ、疲労等により遊泳中に突然血圧が上昇したものとは判断しがたい。
 以上のことから、D潜水者は、B.Cの空気を排出している約5秒間に、激しく上下等に動揺し、かつ、圧流されて急接近してきたラ・トルチェの右舷側後部船底と接触し、右側頭部などに裂傷を負ったほか、レギュレータ及びマスクなどの損傷により、エアボンベの空気を吸引することができない事態となり、精神的動揺をきたして血圧が著しく上昇し、大脳の左半球に限極的なくも膜下出血を発症した可能性が高いと判断される。
2 D潜水者が着用していたB.Cの損傷について
 H補佐人提出の、本件時、D潜水者が着用していたB.Cの背中上部に長さ約5ミリの裂け目が認められた。
 B.Cに生じた裂け目は、D潜水者が浮上してラ・トルチェに向け遊泳中までB.Cに異常が認められていないこと、E潜水者に対する質問調書中、同裂け目は、決して潜水中に生じる箇所の傷ではなく、D潜水者を船に引き上げ、同潜水者からB.Cを外したあとに生じたものであると考えられる旨の供述記載にあるように、潜水中においては、浮遊物などとの接触により同箇所に同裂け目が生じにくいこと、及び同裂け目が生じていた箇所に相対するウェットスーツに異常が認められていないことから、B.Cの損傷は、同潜水者が船に引き上げられたのちに生じたものと判断される。
3 荒天下における潜水者の揚収等
 投錨したうえで、錨索を延出して潜水者を揚収する方法等について検討する。
 ラ・トルチェは、約10キログラムの錨と長さ約50メートルの係留索を備えていたが、A受審人は、当廷において、クロスホールのあるダイビングポイントは水深が深く、投錨しても錨がかからない可能性があり、また、浅い箇所では波浪が高起して危険であった旨を供述していること、ダイビングを終えて浮上した潜水者のエアボンベの残圧は低下しており、揚収時間が制限される状況下にあったこと、北寄りの風及び波浪は増勢する状況下にもあったこと、投錨してもラ・トルチェの船尾方の船体動揺及び圧流がどの程度軽減されるのか疑問があること、当廷において、A受審人、Gインストラクター及びE潜水者は、水中ブイが使用不能となったラ・トルチェは漂泊したままタラップのある船尾を潜水者に向けて揚収する方法が最良であった旨の一致した供述をしており、また、同インストラクターは投錨する方法が必ずしも最良であったとは思わない旨も供述していることなどから、北寄りの波浪などが増勢する状況下、ラ・トルチェの係留・揚収設備及び船体構造などを考慮すると、本件時、投錨したうえで、エアボンベの残圧が低下していた潜水者を順に揚収することが可能であったか、また、これが最善策であったか疑問である。
 ところで、潜水者は、自己の健康管理を十分に行い、水中においては基本的に自己責任のもとで行動すべきであるが、揚収時の潜水者の安全を確保する義務、責任は船長及びインストラクターが負うべきものである。
 本件は、船長が、ダイビングポイントに向け航行中、寒冷前線の通過が気象予報よりも早くなったのを認めた際、揚収時、潜水者が北寄りの増勢した波浪などにより激しい動揺と圧流される船体に接触するおそれがあったから、計画したクロスホールのダイビングツアーを中止するか、北寄りの波浪などの影響が少ないダイビングポイントに変更していれば、例え、潜水者がくも膜下出血を発症したとしても、大事に至ることはなかったものと判断する。

(原因)
 本件潜水者死亡は、強風、波浪注意報が発表されている状況下、伊良部島西方の干出さんご礁帯北方沖にあるダイビングポイントに向け航行中、寒冷前線の通過が気象予報よりも早くなったのを認めた際、ダイビングツアーを中止せず、揚収時の潜水者が、北寄りの増勢した波浪の影響を受けて激しい動揺及び圧流される船体と接触し、右側頭部などに裂傷を負うとともにくも膜下出血を発症し、多量の海水を吸い込んだことによって発生したものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、強風、波浪注意報が発表されている状況下、伊良部島西方の干出さんご礁帯北方沖にあるダイビングポイントに向け航行中、寒冷前線の通過が気象予報よりも早くなったのを認めた場合、揚収時の潜水者が北寄りの増勢した波浪の影響を受けて激しく動揺する船体に接触するおそれがあったから、ダイビングツアーを中止すべき注意義務があった。しかしながら、同人は、なじみの潜水客2人が同ツアーの中止を強く反対したこともあり、また、これまで荒天下でも潜水者を揚収することができたので大丈夫と思い、同ツアーを中止しなかった職務上の過失により、波浪の影響で激しく動揺しながら急接近する船体と接触の危険を感じた潜水者が、水中に避難しようと再潜水を始めたときに船体と接触し、右側頭部などに裂傷を負うとともにくも膜下出血を発症する事態を招き、多量の海水を吸い込んで溺死するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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