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平成16年広審第47号
件名

旅客船せとじ旅客負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年8月26日

審判庁区分
広島地方審判庁(吉川 進、黒田 均、佐野映一)

理事官
蓮池 力

受審人
A 職名:せとじ船長 海技免許:五級海技士(航海)(旧就業範囲)
B 職名:せとじ機関長 海技免許:五級海技士(機関)(機関限定)

損害
旅客1名が右下腿打撲及び血腫の負傷

原因
客室の安全確保不十分

主文

 本件旅客負傷は、旅客乗船前の客室の安全確保が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年7月16日07時17分
 岡山県笠岡港
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船せとじ
総トン数 29トン
全長 17.5メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 669キロワット
回転数 毎分2,170

3 事実の経過
(1)せとじ
 せとじは、昭和57年8月に進水した、軽合金製旅客船で、岡山県笠岡港と同県笠岡市北木島町の白石島、北木島及び真鍋島の各港を結ぶ定期航路に就航し、1日5便の往復運航に従事していた。
 船体は、平甲板型で、全通の上甲板船首側には同甲板から段差が付けられて低くなった前部客室を、同船尾側に後部客室をそれぞれ配置し、両客室中央の上にまたがる位置に船橋操縦室を置き、後部客室の床下が機関室及び操舵機室となっており、2機2軸の機関を装備していた。
 後部客室は、船首側をエントランスホールとし、船尾方への中央通路を挟んで両舷に3人掛けの座席が7列設置され、同ホールが両舷扉からの乗下船場所となっていると同時に、右舷側が前部客室への階段口に、また左舷側が船橋と機関室への昇降口にもなっていた。
 機関室は、両舷中央部に主機を配置し、主機船首側に電源パネル及び潤滑油など小出しタンクが並び、右舷機船首側から客室空調機(以下「エアコン」という。)のための冷却海水ポンプの駆動軸が取り出され、同室船尾中央部には操舵機室にわたる燃料タンクが置かれていた。
 機関室への昇降口は、エントランスホールに面した、船橋下部区画の左舷側扉の内側床面に550ミリメートル(以下「ミリ」という。)四方のハッチが取り付けられていたほか、後部客室の中央通路の床面に、機関のメンテナンスに際して部品や用具などを出し入れするのを主目的とした600ミリ四方の開口部が設けられ、同開口部には、床表面が平滑になるよう蓋が取り付けられていた。
(2)笠岡港専用桟橋
 笠岡港におけるせとじの係留桟橋は、浮桟橋で、事務室の旅客待合所にある改札口から南西方向の海面に係留され、東側をせとじの着桟場所としていた。
 せとじは、平素、前日の終便後、笠岡港の桟橋に係留され、翌朝の第1便では、出勤してきた船長が客室の見回りを行い、機関長が主機を始動した後、船長が船橋操縦室で遠隔操作による前後進操作をして主機の試運転を行い、更に操舵テスト、無線機通話テストを行ったのち、改札口と連絡を取り合って出港15分前から遅くとも10分前までの時間帯に乗船案内を放送後に改札を始め、桟橋に渡って来る旅客を、船長及び機関長が桟橋側または客室扉付近に立って船内に案内していた。
(3)受審人
 A受審人は、昭和56年にC社に入社後、定期旅客船の機関長及び船長として乗船し、平成4年ころからは専ら船長として定期航路の運航に従事していた。
 B受審人は、昭和51年から同社のフェリーに乗り組んだのち、一度退職した後、昭和63年からは高速旅客船部門の乗組員として再入社し、専ら機関長として定期航路の運航に従事していた。
(4)本件発生に至る経過
 せとじは、平成14年7月16日笠岡港の桟橋に入船左舷づけで着桟していたところ、06時45分ごろA受審人が客室の見回りを行い、第1便として出港するため主機の始動を待った。また、B受審人が07時05分ごろ見習いの機関員を伴って機関室で両舷主機を始動し、続いてエアコン用冷却海水ポンプを始動して甲板に上がり、同時07分ごろエントランスホール右舷の客室扉から同ポンプによる冷却水の排出模様を確認したのち、船橋操縦室に上がって客室エアコンのスイッチを入れた。
 A受審人は、機関室からの運転音で主機の始動を認め、その後機関長が機関室から出てきたのを見て船橋操縦室に上がり、07時08分ごろ両舷主機を順次前後進操作して試運転を行い、続いて操舵テストと無線機通話テストを行ったのち、エントランスホールから客室の安全確認をして、旅客の乗船に備えることとしたが、いつものように機関長から試運転結果についての報告がなされず、その後、旅客の乗船開始前に客室床面の機関室開口部を開いて作業をすることはあるまいと思い、機関長に対して、同開口部を開いて行う作業があれば報告するよう指示することなく、同時10分過ぎ桟橋に降りた。
 B受審人は、いつもは主機始動後の点検と確認で自らの担当について出港準備を終えたと判断していたところ、主機始動時に右舷機の後部に置いてあった廃油缶に廃油が数リットル入っていることに気付き、機関員に廃油処理を教えておこうと思い立っていたので、旅客の乗船開始が迫っていたにもかかわらず、同処理作業を旅客乗船までに済ませられると思い、客室の安全な状態を保つよう考慮することなく、07時10分ごろ、同床面の開口部の蓋を開き、機関員を機関室に降ろして廃油缶を取り出し、旅客待合所裏の廃油タンクに廃油を投棄して来るよう指示した。
 B受審人は、客室床面の機関室開口部にいったん蓋を戻したのち、07時15分ごろ機関員が戻ってきたので再び蓋を開けて廃油缶を所定の場所に戻させたが、続けて機関員からエアコン用冷却海水ポンプの点検方法を質問されたので、自ら機関室に降り、同開口部を開放したまま、右舷主機の船首側で同ポンプの構造と、海水が汲み上げられているときのケーシングの触診を機関員に教え始めた。
 A受審人は、桟橋上で乗船案内放送を待つ間、船尾側フェンダーの取付け高さがずれていることが気になり、手直しをしていたためか、機関員が廃油缶を持って出入りしたことに気付かず、07時15分過ぎ、改札口から乗船を開始しても良いか確認を求められたので、手を挙げて合図をし、桟橋に来た旅客を船内に案内した。
 こうして、せとじは、A受審人及びB受審人ほか1名が乗り組み、船首0.6メートル船尾1.3メートルの喫水をもって、第1便として出港するに先立ち、旅客がエントランスホール左舷側の扉を開いて客室に入ったところ、07時17分片島灯標から真方位334度2,480メートルの着桟地点において、他の旅客と談笑しながら後部客室通路を座席に向かっていた旅客のDが、床面の開口部から機関室に落下した。
 当時、天候は晴で風はなく、海上は穏やかであった。
 D旅客は、手に持った荷物が開口部の端に掛かってようやく足が機関室に届く状態になっていたところ、客室の同僚たちに腕を持って救出されたが、右下腿打撲及び血腫を負った。
 B受審人は、前示説明を終えて振り返り、機関室後部に見慣れない旅客が立っているのを認め、同旅客が客室側に引き揚げられるのを見てようやく客室床面の開口部から落下したことに気付いた。
 せとじは、定刻どおり第1便として出港し、旅客の機関室落下についてはB受審人からA受審人に報告されなかったので、同日の運航が全て終了した後に本件の発生状況が確認され、のち出港準備作業とその後の旅客の乗船について、厳重な安全確認がなされるよう改善された。

(原因)
 本件旅客負傷は、定期旅客船の運航に当たり、旅客乗船前の客室の安全確保が不十分で、後部客室床面から機関室に降りる開口部の蓋が開放されたまま放置され、乗り込んできた旅客が同開口部から機関室に落下したことによって発生したものである。
 客室の安全確保が十分でなかったのは、船長が主機試運転など出港準備作業を終わった後、機関長に対して後部客室床面の蓋を開いて行う作業があれば報告するよう指示しなかったことと、機関長が同客室を安全な状態に保つよう考慮せず、乗船開始時間帯に同蓋を開けたまま放置したこととによるものである。
 
(受審人の所為)
 A受審人は、定期旅客船の運航に当たり、主機試運転など第1便の出港準備作業を終えて旅客の乗船に備える場合、機関長に対して、客室床面の蓋を開いて行う作業があれば報告するよう指示すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、旅客の乗船開始前に客室床面の蓋を開いて行う作業をすることはあるまいと思い、機関長に対し、客室床面の蓋を開いて行う作業があれば報告するよう指示しなかった職務上の過失により、その後、同蓋が開かれて作業が行われていることに気付かないまま、旅客を乗船させ、旅客が同床面の開口部から機関室に落下する事態を招き、同旅客に右下腿打撲及び血腫を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は、定期旅客船の運航に当たり、試運転など出港前の準備作業が終わり、旅客の乗船開始が迫っていた場合、既に船長が客室床面の蓋が閉まっていることを確認していたのであるから、客室を安全な状態に保つよう考慮すべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、思い立った作業を乗船開始までに済ませられると思い、客室を安全な状態に保つよう考慮しなかった職務上の過失により、客室床面の蓋を開き、機関員を指導して廃油の投棄を行わせ、更に機関室に降りて同蓋を開放したまま、機関員に冷却海水ポンプの点検方法を教えているうちに、乗船した旅客が同床面の開口部から機関室に落下する事態を招き、同旅客に前示の傷を負わせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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