(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成15年8月14日13時55分
長崎県多々良島湾内
2 船舶の要目
船種船名 |
交通船プリンセス・マーメイド |
登録長 |
9.40メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
147キロワット |
3 事実の経過
(1)プリンセス・マーメイド
プリンセス・マーメイド(以下「マーメイド」という。)は、昭和54年に建造された旅客定員12人のFRP製交通船で、潜水ポイントへの潜水客の送迎等に使用する目的で、A受審人が平成元年1月に妻の名義で購入し、船尾ブルワークを開閉可能な構造に改造して金属パイプ製のステップを取り付け、潜水者が海中に降り易いようにしてあり、船体ほぼ中央が操舵室、その前方が乗客キャビン、後方がオープンデッキになっていて、操舵室前部の右舷側に操縦席、左舷側にはキャビンに通じる階段が設けられていた。
(2)受審人A
A受審人は、学校卒業後、建設会社に勤務していたが、会社が倒産したのを機に趣味で行っていたスキューバダイビング(以下「ダイビング」という。)の技術を生かして潜水作業を請け負うようになり、昭和62年12月に四級小型船舶操縦士免許を取得し、翌年に結婚してからは主として7月から9月のシーズン中に潜水作業の傍ら妻と2人で潜水指導やガイドを行うようになった。
そして、平成4年に長崎県の県条例が改正され、海域等レジャー事業を行う者が届出制となったことに従い、同5年6月に県の公安委員会にレジャー潜水者のガイドとして個人名で届出を提出し、このころインターネットに「D」なるホームページを開設したところ、徐々に潜水客が増え始め、やがて、客が多いときや複数のダイビング初心者から予約があるときには、知人や友人(以下「援助者」という。)に作業の手助けを頼むようになったが、雇用契約を結んだり報酬を支払うことはなく、代わりにダイビング用具の無償貸与等で対応していた。
また、同人は、潜水者の技術水準に応じ、体験ダイビングと称し、装具の付け方から指導する初心者向けのコースと、ファンダイビングと称し、潜水ライセンス(潜水スクール等で一定のダイビング技術を習得した者に対して民間認定機関が発行する証明書、以下「Cカード」という。)取得者を対象に、潜水ポイントをガイドするコースの2種類のコースを設けており、体験ダイビング潜水客の安全管理については全面的にガイドが責任を負うものと考えていたが、ファンダイビングの潜水客に対しては、ガイドダイバーの仕事は基本的にガイドであり、潜水中の安全については潜水客自身も責任を負うべきと考え、潜水ガイド契約書にもその旨を記載していた。
ところで、A受審人は、潜水客を受け入れるに当たり、その指導や安全管理については自らの経験に基づいて注意事項を設定し、当初は妻や援助者にも、操船するときは潜水者の気泡に気を付けて側に近づかない、潜水客の人員点呼はこまめに行うなどの指示を現場で細かに行っていたが、注意事項をマーメイドの船内に掲示するようになってからは、全員が慣れてきたこともあって、次第に細かな指示は行わずに作業を任せるようになった。
(3)受審人B及び指定海難関係人C
B受審人は、地元漁船の乗組員で、平成5年3月に一級小型船舶操縦士の免許を取得しており、A受審人とは古くからのダイビング仲間であった関係から、1箇月に1週間前後の休暇中に同人を手伝うようになり、潜水ガイドを引き受けることもあったが主に操船を受け持っていた。
やはり地元漁船乗組員のC指定海難関係人は、A受審人とは妹が同受審人と結婚して以来のつき合いで、平成5年ごろから、依頼を受けたときに主として潜水ガイドや潜水指導の役を引き受けるようになった。
(4)長崎県多々良島
長崎県福江島の福江港から北方約3海里までの海域には、庖丁島や、竹ノ子島等の小島に続き周囲約2,000メートルの屋根尾島、同島より一回り大きい多々良島等の諸島が、福江島本島の東岸に沿って散在し、Dはインターネットでこれら諸島周辺の潜水ポイントを紹介していた。
このうち最も北側の多々良島は、北東端の赤ハエ鼻に灯台が設置され、北西部に湾口幅約280メートル、湾口から湾奥まで約350メートルの北北西方に向いた湾があり、湾内の水深は深いところで10メートルばかりと比較的浅く、また潮流も緩やかであったが、中央から湾奥にかけて東側ほぼ半分の海底は一面が珊瑚礁で所々水深が浅くなっている箇所があり、船舶は航行を避けていた。
そして、湾の中央東寄りに、この珊瑚礁に接する格好で海底から水深約3メートルの高さまで隆起した楕円状の浅瀬があり、この周囲に沿って湾奥から同珊瑚礁までの間を生息生物等を鑑賞しながら往復する片道約150メートルのコースが、ファンダイビングの潜水ポイントになっていて、湾奥に私設の係留ブイが設けられていた。
(5)当日の予定
Dは、午前に2コースと午後に1コースそれぞれ約1時間のガイドコースを設けて予約を受け付けており、平成15年8月14日当日は午前の2コースにE(以下「E潜水者」という。)等3人から、午後のコースに関西のグループ9人(以下「関西グループ」という。)からそれぞれ予約を受けていたほか、地元の女性ダイバーからも全コースの予約を受けていた。
E潜水者は、数年前訪れたタイ王国プーケット島で女友達とともにCカードを取得しており、インターネットでDを知り、同女友達とダイビング未経験の妹を誘い、Cカード取得後久し振りにダイビングを楽しむ積もりで、メンバーのうち2人がCカード受有者であることを告げて7月中旬に予約をしていた。
関西グループは、ダイビングショップを経営する潜水指導者がリーダーのダイビング愛好者9人で、全員Cカードの受有者であったが、Dを利用するのは初めてで、予約する際にダイビング中はリーダーがグループをまとめることと福江には当日午前に到着することを伝えていた。
A受審人は、これら予約のほか、同14日当日はお盆の帰省者を含む親戚縁者10数人を集め、屋根尾島でシュノーケリングやバーベキューを楽しむ計画を立て、午後のガイドを終えたあとこれに合流する予定としていた。そして、ダイビング未経験者にはシュノーケリングから指導する必要があるので午前のガイドは屋根尾島で行い、午後のグループは多々良島の潜水ポイントをガイドすることとし、事前にB受審人とC指定海難関係人に手助けを依頼し、当日の午後に備えて総トン数10トン旅客定員30人の遊漁船五島を借り入れるなど準備を進めていた。
(6)予定の変更など
8月13日午後A受審人は、市の水産課から電話で翌日の潜水作業を依頼され、多忙を理由に一旦は断ったが、現場が近隣で短時間の作業だったこともあり、結局これを引き受けて翌日14時ごろ作業現場に赴くことを約束した。
また、翌14日朝A受審人は、E潜水者に集合時間等の確認電話を入れたところ、天気が悪いので午後のコースに変更してもらいたい旨頼まれ、関西グループに合流させることとし、福江港を12時に出港するマーメイドに乗船するよう伝えた。
こうして、A受審人は、午後に仕事が集中し、多人数の潜水客を一度にガイドすることとなったが、市の潜水作業を断るなり、援助者を増員することを検討しないまま、午前中は援助者2人及び妻とともに、親戚縁者数人と女性ダイバーを屋根尾島に案内し、シュノーケリングの指導やポイントのガイドを行った。
(7)事故発生の経緯
マーメイドは、潜水ガイドの目的で、A受審人が乗り組み、潜水客4人のほか、同人の妻及び知人2人並びにC指定海難関係人を乗せ、8月14日12時30分、予定より30分遅れで福江港を出港した。そして、B受審人が乗り組み、潜水客9人とA受審人の息子及び甥を含む親戚等8人を乗せて先に出港した五島と同港沖で合流し、途中で屋根尾島に寄って両船からA受審人の息子及び甥を除く親戚等8人を降ろしたうえ、多々良島に向かった。
A受審人は、13時20分ごろ多々良島に到着して北西部の湾内に入り、私設ブイの錨索をマーメイド船尾右舷側に取り込み、南方に向首して係留したうえ、続いて到着した五島をマーメイドの右舷に左舷付けさせた。
ところで、A受審人は、いつもは前もって潜水客にガイド契約書の記入を求め、Cカード受有の有無、最近ダイビングを行った年月、過去のダイビング回数などの記載内容から、潜水経験を判断していたが、当日は多人数の潜水客を正午前に一度に迎えたうえ、スケジュールが遅れ気味であったことから、仕事の段取りに手一杯で同契約書に記入させておらず、E潜水者と女友達がCカード取得以来、数年振りのダイビングであることを把握していなかった。
A受審人は、援助者らが機材の準備や潜水客の手伝いをする間に、海中に入ってしばらくE潜水者の妹にシュノーケリングを指導したあと同人の指導と監視を甥に任せ、マーメイドの船上に戻って潜水客にポイント付近の水深や潮流の状況を説明したうえ、別の仕事で一旦現場を離れる旨を告げ、妻及びB受審人とともに潜水作業に出発することとした。
このとき、A受審人は、現場を離れると、責任者が不在のまま潜水経験を十分に把握していない大勢の潜水客をC指定海難関係人1人に任せることになったが、全員がCカード受有者で関西グループには潜水指導者がついているので大丈夫と思い、市の担当者に連絡して潜水作業をしばらく遅らせ、全員でガイドに当たるなど、潜水客の経験と人数に応じた数のダイバーをつける措置をとることなく、13時45分C指定海難関係人と潜水客全員が海中に入ったころ、同指定海難関係人に頼むと声を掛け、錨索を五島に取り直すなど出発準備に掛かった。
C指定海難関係人は、マーメイドと五島から次々と海中に入った潜水客の様子を見ていたところ、ウエイトの選択を誤ったものかE潜水者が潜降に苦労していたので、あまり潜水経験がないことが分かったが、海底まで降りさえすれば一般に自由に行動できるようになるので、係留ブイの錨索を伝わらせたり海底の石を持たせるなど補佐して海底まで潜降させ、遊泳体勢をとったE潜水者が指を丸めてOKサインを出すのを確認し、待機していた関西グループの前方に進んで全員を先導し、13時50分ガイドを開始した。
マーメイドは、A受審人がB受審人及び妻を同乗させ、B受審人に操船を任せて発航を指示し、潜水者が排出する気泡が潜水ポイントに達して全員がファンダイビングを開始したことを見届けたのち、五島から係留索を解き放ち、13時52分船首0.5メートル船尾1.0メートルの喫水をもって潜水作業の現場に向け、赤ハエ鼻灯台から真方位237度1,000メートルばかりの係留地点を離れた。
A受審人は、潜水ポイント近くは潜水者が急に浮上してくるおそれがあったが、自ら操船することも、操船者に対して同ポイントを迂回するよう指示することもなく、潜水機材の片づけに掛かった。
B受審人は、機関を使用してゆっくり五島から離れたのち左旋回し、13時53分湾口の西岸寄りに向けて発進し、潜水開始時に潜水者の1人が潜降に苦労していることを認めていたが、全員が潜降してダイビングを開始したので急浮上することはないものと思い、潜水ポイントを十分に迂回する針路としなかったばかりか、前路の見張りを行わないまま、機関回転数を毎分700にかけて2.5ノットの対地速力で、潜水ポイントの至近に向かって進行した。
E潜水者は、ウエットスーツにジャケット式の浮力調整衣を着け、水中眼鏡、足ひれ及び酸素ボンベを装着し、海底に潜降してC指定海難関係人にOKサインを出し、潜水ポイントに着いてダイビングを開始したものの、久し振りのことでなかなか要領を思い出せずにグループから遅れ始め、焦りを覚えて呼吸法を誤ったものか、50メートルばかり進んだころ徐々に浮上し始めた。
こうして、マーメイドは、見張り不十分で、潜水者が排出する前路の気泡に気付かないまま、潜水ポイントの海面近くまで浮上してきたE潜水者に接近し、13時55分赤ハエ鼻灯台から真方位241度1,030メートルの地点において、同潜水者をプロペラに巻き込んだ。
当時、天候は曇で風力3の北風が吹き、海上は穏やかであった。
C指定海難関係人は、グループの先頭について、後方のE潜水者が潜水ポイントの周囲に沿って進み始めたことを確認したのちも、時々振り向きながら全員を先導していたところ、周囲の関西グループや気泡音に妨げられたものか、E潜水者が浮上し始めたことも、接近するマーメイドの機関音にも気付かないまま、ゴツンという異音がしたので頭上後方の海面を見上げ、マーメイドの船底と一緒に移動している黒い陰を認めた。
B受審人は、衝撃を感じて直ちに主機のクラッチを切り、後方を確認したところ、海面にうつ伏せの状態で浮いている潜水者を認めて接触したことを知り、浮上したC指定海難関係人及びA受審人とともにマーメイドに引き上げた。
A受審人は、関係機関に連絡をとって福江港に直行し、手配した救急車で負傷者を病院に搬送させるとともに、ほかの潜水客への対応など事後の措置に当たった。
その結果、E潜水者が両下腿複雑骨折を負い、搬送された病院で溺水及び出血性ショックによる死亡と確認された。
(原因)
本件潜水者死亡は、長崎県多々良島の湾内において、潜水ガイドを行うに当たり、潜水客の安全に対する配慮が不十分で、潜水客のグループがダイビングを開始したのを見届けたのち回航を開始した際、海面近くまで浮上した潜水者をプロペラに巻き込んだことによって発生したものである。
潜水客の安全に対する配慮が十分でなかったのは、潜水ガイド責任者が、潜水経験を確かめないまま大勢の潜水客を手伝いの潜水指導者1人にガイドさせ、また、潜水ポイント付近を通って回航する際、操船を任せた同乗者に対して潜水ポイントを迂回するよう指示しなかったことと、操船を任された同乗者が、同ポイントを迂回しなかったばかりか、前路の見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は、長崎県多々良島の湾内において、潜水ガイドを行う場合、経験の浅い潜水者がガイドダイバーが気付かないうちに急に浮上することのないよう、事前に潜水客の潜水経験を確かめたうえ、同経験と人数に応じた数のダイバーをつけるべき注意義務があった。ところが、同受審人は、ダイビングを行う潜水客は全員Cカードの受有者で、関西グループには潜水指導者がついているので大丈夫と思い、潜水客の経験と人数に応じた数のダイバーをつけなかった職務上の過失により、ガイドダイバーの監視が届かないまま海面近くまで浮上した潜水者に接近する事態を招き、同潜水者をプロペラに巻き込んで死亡させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月15日停止する。
B受審人は、潜水客全員が潜水ポイントに向けてダイビングを開始したことを見届けたのち、操船を任されて回航する場合、潜水ポイント近くは潜水者が不意に浮上してくるおそれがあったから、同ポイントを十分に迂回すべき注意義務があった。ところが、同受審人は、全員がダイビングを開始したので急浮上することはないものと思い、潜水ポイントを十分に迂回しなかった職務上の過失により、潜水ポイント近くに浮上した潜水者に気付かないまま接近する事態を招き、同潜水者をプロペラに巻き込んで死亡させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
C指定海難関係人の所為は本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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