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平成15年横審第93号
件名

旅客船やまゆり旅客負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成16年7月23日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(安藤周二、中谷啓二、浜本 宏)

理事官
千葉 廣

受審人
A 職名:前やまゆり船長 操縦免許:小型船舶操縦士 
B 職名:やまゆり船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
C 職名:E社技術者

損害
旅客2名が2日ないし3日間で治癒する熱傷の負傷、やまゆりは航行不能

原因
主機遠隔停止装置の整備不十分、発航前の主機の仕業点検不十分、機関整備技術者の主機冷却水ポンプの整備不適切

主文

 本件旅客負傷は、主機遠隔停止装置の整備が不十分で、船室の機関ケーシング囲壁に加工された開口部の修復措置がとられなかったばかりか、発航前の主機の仕業点検が不十分で、遊覧航行中、冷却不良となって沸騰した冷却清水の水滴が同開口部から旅客席に飛散したことによって発生したものである。
 機関整備業を営む技術者が、主機の冷却水ポンプの適切な整備を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 受審人Bを戒告する。
 
理由

(事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月30日15時00分
 神奈川県津久井湖
 
2 船舶の要目
船種船名 旅客船やまゆり
総トン数 4.98トン
登録長 10.65メートル
2.62メートル
深さ 0.76メートル
機関の種類 過給機付4サイクル4シリンダ・ディーゼル機関
出力 77キロワット
回転数 毎分2,910

3 事実の経過
 やまゆりは、昭和46年8月以来、神奈川県津久井湖の城山公園に設けられた専用桟橋を係留地とし、遊覧航行に就航している最大搭載人員51人の一層甲板型FRP製旅客船で、船室の船首側に操縦席、中央部に木製囲壁と上蓋(うえふた)からなる長さ1.68メートル幅1.26メートル高さ0.35メートルの機関ケーシング並びに同ケーシング囲壁の船首側及び船尾側に旅客席がそれぞれ設置されており、操縦席前方の操縦台には操舵輪のほか主機の遠隔操縦ハンドル及び計器盤が装備され、計器盤には回転計、冷却清水温度計、遠隔始動装置、遠隔停止装置、冷却清水温度上昇警報装置、警報ブザー及び警報ブザースイッチ等が組み込まれていた。
 主機は、平成6年2月機関ケーシング内部に据え付けられた、D社製造のEM436A型と呼称されるディーゼル機関で、直結駆動の冷却水ポンプとして、外径65ミリメートル(以下「ミリ」という。)幅50ミリ羽根長さ16ミリの合成ゴム製のインペラを内蔵したヤブスコポンプが装備され、船体付弁から冷却水こし器を介して同ポンプに吸引された冷却水が、潤滑油冷却器、空気冷却器及び清水冷却器の各冷却管群を順に通って熱交換を行った後、船尾の排気管に導かれ、排気とともに排出されていた。
 一方、主機の冷却清水系統は、長さ145ミリ内径30ミリ厚さ5ミリのゴムホースが、シリンダヘッド出口水温を摂氏85度ないし90度の標準値に調節するサーモスタットと清水冷却器との間に装着され、総水量13リットルの冷却清水が、同冷却器から直結駆動の冷却清水ポンプに吸引されてシリンダブロック及びシリンダヘッドを順に冷却した後、サーモスタットに戻る経路で循環しており、シリンダヘッド出口水温が摂氏101度を超えると冷却清水温度上昇警報装置が作動し、警報ブザーが鳴るようになっていた。また、清水冷却器の上部には、プラスチック製の冷却清水補給用タンクが設けられ、同タンクの蓋に取り付けられたビニールホースが同冷却器に接続されていた。
 ところで、やまゆりの運航管理規程には、船長が、船体、機関、諸設備及び諸装置等について、発航前の仕業点検を行わなければならないことや、異状を発見した際に修復措置をとらなければならないことなどが記載されていた。
 A受審人は、昭和62年2月に四級小型船舶操縦士の免許を取得し、平成3年3月にやまゆりの船長として乗り組み、同6年から運航管理者を兼ね、操船のほか主機の運転保守にあたっていたところ、同8年5月に遠隔停止装置が作動しなくなった際、同装置の整備を十分に行わないまま、機関ケーシング囲壁左舷船尾側に開口部を加工した後、貫通した針金の一端を調速機の出力制御レバーに接続して他端を引くことで停止操作を行っていた。
 B受審人は、同5年2月に四級小型船舶操縦士の免許を取得し、同12年4月以降、A受審人の後任船長としてやまゆりに乗り組み、同15年2月から運航管理者を兼ね、操船のほか主機の運転保守にあたっていたところ、遠隔停止装置が作動しなかったうえ、機関ケーシング囲壁左舷船尾側に加工された開口部を認めていたが、船体が古くなっていたことから、船舶所有者に申し入れるなどして同装置の整備を十分に行うことなく、同開口部の修復措置をとらないまま、平素、発航前の仕業点検として主機の始動後には、湖面に浮遊する水草やビニール袋等のごみを吸引しないよう冷却水の排出状態を見て確かめ、遊覧航行を繰り返していた。
 ところが、やまゆりは、同年8月20日遊覧航行を終えて旅客が下船した後、主機の運転中、湖面のごみが船体付弁に付着したことから、冷却水ポンプの吸込み抵抗の増加により吸引水量が不足してインペラ羽根がハウジングとの摺動摩擦(しゅうどうまさつ)で折損し、冷却清水温度の著しい上昇により冷却清水補給用タンクの蒸気圧を受けて同タンクの蓋が外れ、冷却清水が飛散する状況となり、修理作業を機関整備会社に依頼することになった。
 C指定海難関係人は、昭和28年から同51年にかけて機関整備会社に勤務し、翌52年以降、E社と称する機関整備業を営み、自ら技術者として同業務にあたっていた。C指定海難関係人は、機関整備会社からやまゆりの前示修理作業を行うように連絡を受け、翌21日冷却水ポンプを開放した際、インペラ羽根の折損を認めて予備品の手持ちがなかったので、保管されていたインペラの同羽根が硬化していることに気付いたものの、これを取り付ける応急措置をとって試運転に立ち会い、冷却水の吸引管に触手して通水を確かめ、インペラの新品を手配したが、その後、速やかに新品と交換するなどの適切な整備を行わなかった。
 B受審人は、同月22日やまゆりの遊覧航行に従事中、主機の冷却水ポンプのインペラ羽根が弾力性低下でハウジングとの摺動摩擦により亀裂を生じて折損し始めたものの、計器盤の警報ブザースイッチを入れていなかったことから、冷却清水温度上昇警報装置が作動しても警報ブザーが鳴らないまま、専用桟橋に着桟した後、主機を停止していた。
 越えて30日B受審人は、遊覧航行に備える目的で、14時30分に主機を始動した際、冷却水量が不足する状況であったが、旅客が乗船していたので、発航を急ぐことに気を取られ、冷却水の排出及び計器盤の警報ブザースイッチ等の各状態について発航前の主機の仕業点検を十分に行うことなく、その状況に気付かないまま、また、警報ブザースイッチを入れないで運転を続けた。
 こうして、やまゆりは、B受審人が1人で乗り組み、旅客11人を乗せ、同日14時40分専用桟橋を発し、主機を回転数毎分2,300にかけて遊覧航行中、主機の冷却水ポンプのインペラ羽根が前示折損破片をかみ込んでいるうち同羽根全数の折損により冷却水が途絶し、冷却清水温度上昇警報装置が作動したものの、同受審人が警報ブザースイッチを入れていなかったため、警報ブザーの鳴らないまま、冷却清水温度の異状に気付かず、冷却不良となってサーモスタットと清水冷却器との間のゴムホースが破裂したことから、沸騰した冷却清水の水滴が機関ケーシング囲壁左舷船尾側に加工された開口部から旅客席に飛散し、15時00分神奈川県津久井合同庁舎西端から真方位346度600メートルの地点において、旅客2人が同水滴に触れて熱傷を負った。
 当時、天候は曇で風力2の東風が吹き、湖面は穏やかであった。
 B受審人は、負傷した旅客の悲鳴を聞いて主機の異状に気付き、主機を停止した後、陸上側に連絡して救援を求め、同旅客を来援した救助船に移乗させて病院に搬送する措置をとった。
 その結果、負傷した旅客は、両人ともに2日ないし3日間で治癒する熱傷と診断され、やまゆりは、他の旅客を乗せて航行不能となったまま、救助船により専用桟橋に引き付けられた。
 また、本件後、C指定海難関係人は、主機等の応急措置をとった際には、船側に説明のうえ速やかに部品を交換するなど、適切な整備を行って再発防止に努めることにした。 

(原因)
 本件旅客負傷は、主機遠隔停止装置の整備が不十分で、船室の機関ケーシング囲壁に加工された開口部の修復措置がとられなかったばかりか、発航前の主機の仕業点検が不十分で、遊覧航行中、冷却水ポンプのインペラ羽根の折損により冷却水量が不足したまま運転が続けられ、冷却不良となって冷却清水系統のゴムホースが破裂したことから、沸騰した冷却清水の水滴が同開口部から旅客席に飛散したことによって発生したものである。
 機関整備業を営む技術者が、主機の冷却水ポンプの応急措置をとった後、適切な整備を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 
(受審人等の所為)
 B受審人は、遊覧航行に備える目的で、主機を始動した場合、冷却水量が不足することがあるから、異状を見逃さないよう、冷却水の排出及び計器盤の警報ブザースイッチ等の各状態について、発航前の主機の仕業点検を十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同受審人は、旅客が乗船していたので、発航を急ぐことに気を取られ、発航前の主機の仕業点検を十分に行わなかった職務上の過失により、冷却水量の不足する状況に気付かないまま、警報ブザースイッチを入れないで遊覧航行中、冷却不良となって冷却清水系統のゴムホースが破裂したことから、沸騰した冷却清水の水滴が機関ケーシング囲壁に加工された開口部から旅客席に飛散する事態を招き、同水滴に触れた旅客に熱傷を負わせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては、海難審判法第4条第2項の規定により、同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 A受審人が、主機の遠隔停止装置の整備を十分に行わないまま、機関ケーシング囲壁に開口部を加工したことは、本件発生の原因となる。しかしながら、このことは、後任船長が長期間、遠隔停止装置の整備を十分に行うことなく、同開口部の修復措置をとらないまま、遊覧航行を繰り返していた点に徴し、同受審人の職務上の過失とするまでもない。
 C指定海難関係人が、主機の冷却水ポンプを開放した際、応急措置をとった後、手配した新品のインペラと速やかに交換するなどの適切な整備を行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては、本件後、主機等の応急措置をとった場合には適切な整備を行って再発防止に努めることにした点に徴し、勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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